69:ユーリィとスピッツ
久しぶりに再開です。
二人がいたのはまた草原だった。サラムへの道行きで、皆で大蛇と戦ったあの草原に雰囲気が似ている。ただ、草の丈は場所によって変わったりしていないので、戦うときに背後を気にする必要はあまりなさそうだ。
ユーリィとスゥちゃんはその草むらに座り込んで、モニターで私達の戦いを見物していたらしい。これは、急がないとギリアムが可哀想な感じになっていそうだね。
「ウォレス、ね、あの飛んでたの何!? 魔法?」
「おじいちゃん、フクロウ本物!?」
二人はずっとそれが気になって私が来るのを待っていたらしい。
「もちろん本物じゃよ。ほれ、ウィズ」
まだ杖の頭に乗っているウィズに声を掛けると、ウィズはホウと一声鳴いてバサリと翼を広げた。
「うっわー、可愛い! おじいちゃんのペット!?」
「うむ。わしの眷属になってくれた、ミミズクのウィズじゃよ。賢き獣の一種だそうな」
私の言葉にその場にいた全員が羨ましいと声を上げる。
「まだ誰も眷属を手に入れておらんかったか」
「そもそも、賢き獣っていうのにまだ出会えてないって。探そうと思っても手がかりもないしな」
「私も。小鳥とか猫とか、可愛い子いないかなって思ってるんだけど」
「ボクもまだ! 可愛い犬とか、一緒に冒険できそうな子がどっかにいたら教えてね!」
「俺はカラスか黒猫を探しています」
皆それぞれ希望があるらしい。気に入る相手と出会えると良いんだけど。
で、さっき飛んでたのはですね。
杖での飛行術スキルについて説明すると、ユーリィも皆も興味深そうに聞いてくれた。
「飛行術ねぇ……面白いのがあるのね。便利そう!」
「わしには便利じゃよ。しかし結構MPを消費するし、まだ外では目立つゆえつかっておらんのだ」
飛行術のMPの消費量は運動量に比例するらしく、浮かんでいるだけなら最初に少し使う分だけで済む。しかし移動すればその度に僅かずつだが消費するので、長距離移動なんかは途中で休んだりする必要がありそうだった。
あと若干ヘイトを集めやすくなるらしいので、街の外で使うと多分飛行系の魔物に狙われる率が上がると思うからその辺も注意がいりそうなんだよね。
「剣とか槍とか、盾とかでもあんのかな、そういうの」
「あるかもしれんが……自分の武器がそれに向いているかは考えねばな。騎獣に乗れるなら、そっちの方が便利かもしれんぞ」
皆は自分の武器を見て、それぞれ首を捻ったり横に振ったりした。
銃とか小剣はちょっと無理がありそうだよね。
「そういえば、そのミミズクは何かしてくれるの?」
「それは……まあ、秘密じゃよ」
出来れば聞かれたくなかった質問に、口の前に指を立ててにこりと笑う。
「さ、そろそろ次に行こうか。ギリアムが待っとる」
ギリアムを引き合いに出して話題を逸らし、さっきから浮いたまま私を待っている新しい本の方にくるりと向き直っていそいそと近づく。
……ウィズが私の補助輪だという事は絶対に秘密にしておこうと思います!
さて、本の数はこれで八冊目くらい? 私の周りをくるくると回る光の帯は数を増やし、浮かぶ本も多くなった。
新しい本に手を伸ばす私の姿をミストやユーリィが写真に撮ってくれている。後で送ってもらうのが楽しみだと思いながら私は本に触れ、それが開くのを待った。
『汝らの知と力を示せ』
本に浮き出た言葉はやはりここまでと同じだ。本が光り出すのを放って急いで後ろに下がる。
今までの戦いを教訓に、今度はすぐに攻撃されないようしっかり離れた。
「皆、来るぞ!」
「おう! ウォレス、こっち!」
盾を構えて前に出たミストに呼ばれ、急いでその後ろに移動する。足を止めると杖の上から飛び立っていたウィズが戻ってきて、私の肩に止まる。出てくる敵の正体がわかるまでは飛行もせず様子見だ。
何も言わずともユーリィとヤライ君は少し距離を取り、スゥちゃんは斧を構えてミストの傍に並んだ。
本から出てくる光は今度も大きい。いや、さっきまでよりもさらに大きい気がする。範囲も広く、高さも……と、何が出てくるのかと固唾を呑んで見つめていると、やがて光はパッと弾けるように消え失せ、そこに現れたものを顕わにした。
「……木?」
現れたのは一本の木だった。背は四から五メートルくらいだろうか。巨木という訳ではないが、高さの割に不自然に幹が太く立派で、上の方は丸っこい葉がもっさり繁っている。枝が全く見えないほど隙間なく葉が繁り、遠目から見るとどことなくブロッコリーっぽい。
いや……幹も薄緑だから、どことなくどころじゃない気がするね?
「トレント系ね。森の奥とかに行かないと見ない敵だけど……これは見覚えないわね?」
ユーリィがそう言って教えてくれて、ヤライ君も頷く。
「俺もですね。もっと枯れ木っぽいのとは戦ったことありますけど」
「ブロッコリーにそっくり!」
「ウォレス、コイツの名前とか、心当たりは?」
「ううむ、トレント系は本で数種類見たが、こんなブロッコリーみたいなのはおらんかったのう」
図鑑に載ってたのはヤライ君が口にしたような枯れ木に似たタイプとか、もう少し細身で枝葉の量も普通程度のスッキリしたタイプだった。
そもそも私は、トレントについて本では読んだけど実物を見るのは初めてだ。一人だと森とか危なくていかないもんね。せいぜいその入り口や端で狩りをした経験しかないかな。
「でもトレント系なら斧の出番だし、とりあえずやってみようよ!」
そう言って嬉しそうにスゥちゃんがタッと飛び出す。
「あ、スゥ、まだ早いって!」
ユーリィが慌てて制止したが、スゥちゃんは真っ直ぐトレントの傍まで走り、横に大きく振りかぶった斧を幹に思い切り叩きつけた。
途端、オオォオン! と低い雄叫びが上がり、木の枝葉がバサバサと激しく揺れる。
そして木の頭の上にHPバーだけがフッと現れた。
「おや、コイツは名前はないがHPバーは表示されるのじゃな」
「あ、ホントだ。ならさっきより楽かもな」
ハリネズミも大トカゲもHPバーが出なかったから、攻撃が効いているかどうかを判断するのがなかなか難しかった。その二体と戦ったミストは少し気が楽になったのか、嬉しそうに頷く。
動き出したトレントはずずず、と地面から根を引抜きながら体を持ち上げ、その根で歩くように移動を始めた。
まず狙われたのは、当然ながら初撃を入れたスゥちゃんだ。木に近い場所にいたスゥちゃんに勢い良く枝が振り下ろされる。しかし彼女は幹を回り込んで、攻撃を素早く避けた。
それと同時に幹から離れた場所の地面からも木の根が何本もずるずると持ち上がり、鞭のように振り回される。木の傍にいたスゥちゃんには近すぎて逆に当たらなかったが、少し離れていたヤライ君やユーリィが慌てて跳びすさったり、しゃがみ込んで避けた。
「っと!」
私は根が届く範囲外にいたが、私の前にいたミストは伸びてきた根を盾で防ぐ。ぶつかった音は意外と軽く、すぐ傍で受けた場合でなければ当たってもダメージはあまり大きくなさそうだ。
「もう、いきなり飛び出すなっていつも言ってるでしょ!?」
「ごめん~!」
ユーリィがスゥちゃんを叱ると、スゥちゃんは慌てて謝った。
「とりあえず、この辺の根は俺が切り払いますね」
「私はタゲを散らすの手伝うけど、トレント系は銃と相性悪いから期待しないでね!」
ユーリィがそう言って銃を撃つ。幹に洞のように開いた目や口を狙って弾が当たるが、トレントは鬱陶しそうに枝を振るだけであまりダメージを受けたようには見えない。
しかしスゥちゃんが再び斧を幹に向かって振るうと、トレントの頭の上のHPバーがぐっと減った。確かに、スゥちゃんが振り回しているような斧の方が効果が高い。
トレント系にあと効果がありそうなのは――
『射て、炎の矢』
――当然、炎系の攻撃だ。まぁ、実際の生木がよく燃えるかどうかは置いといて。
私が放った炎の矢を次々浴びて、トレントの一部に火が着いた。グオォォ、と叫び声が上がり、燃えている枝が嫌がるように大きく振り回される。しかし火は消えず、HPバーがぐんぐん減ってゆく。
「お、やっぱ木に火はよく効くな!」
「うむ、これなら楽に……」
行きそう、と続けようとした言葉はすぐに途切れた。
「うひゃっ、何!? 水?」
火に巻かれたトレントが一際高く叫んだ直後、その頭の周囲に突然大量の水が現れたのだ。それを浴びたスゥちゃんが驚いて悲鳴を上げた。
水は宙を帯のように流れて木を取り巻き、枝や葉に着いた火をあっという間に消してゆく。
「警戒!」
ユーリィが距離を取ってそう叫び、火が消えた後にその水で攻撃してくるかもしれないと全員が身構える。
だがその水は私たちに襲いかかってくることはなく、キラキラと光を放って霧散するようにかき消えた。
心配しすぎだったか、とホッとしたのも束の間、次に起きた現象に私は思わず目を見開いた。トレントのHPバーがいきなりぐぐっと右に伸び、大きく回復したことを示したのだ。
「うそー!」
「何それずっる!」
スゥちゃんとユーリィがそれを見て思わず声を上げた。HPバーはかなりの回復を見せ、ほとんど元通りに戻ってしまったのだ。
長らくお待たせしましたが、また更新を再開しようと思います。
ペースは遅めですがご容赦を。
また、活動報告にてお知らせがあります。どうぞよろしくお願いします。