68:たまには頑張る
「ヤライ君! これからわしがトカゲに上を向かせるから、逆鱗が見えたらすかさず一撃を頼む!」
「了解です! あ、逆鱗ってすぐわかりますか?」
「首の中程に一枚だけ色の違う鱗があるはずじゃ、そこだけ柔らかいから攻撃も通るはずじゃよ!」
「はい!」
「俺は!?」
「ミストはもう一分我慢じゃ!」
ミストが頑張ってくれている間に、急がなければ!
『来たれ来たれ、秘密の護り手、宵闇の子供――』
まずは特定のスキル効果をアップする魔法を、ヤライ君の攻撃スキルを指定してかける。
ヤライ君が使うだろうスキルは事前に聞き取りしていたから知っている。
魔法がかかったのを確かめ、次に私は杖を持っていない片手を伸ばして、自分の頭に乗っているとんがり帽子をひょいと持ち上げた。
「……ホウ?」
頭の上で不思議そうな鳴き声が聞こえる。急に明るくなったので戸惑っているらしい。
「ウィズ!」
杖を軽く振って声を掛けると、バサリと羽音がして頭が少し軽くなった。
帽子の中にいたのは私の眷属となったミミズクのウィズだ。
眷属となった賢き獣は、小さくなってそれぞれ飼い主の持ち物に潜んだり、服の内側に隠れたりすることが出来るらしい。例えば鞄や服の袖、上着のフードの中や緩い衣服の内などだ。
ウィズもいつものサイズでは帽子に入らないと思うのだが、頭に乗る時だけは少し小さくなる。
どういう訳か頭に乗られても重たくはない。私はウィズの希望を聞いて、表に出していない時にはそこに入ってもらうことにしたのだ。
ウィズが杖の天辺に降り立ったのを確かめ、私は杖に飛行術をかけた。立って乗ると危ないかな……横座りにするか。
「横向きで乗れる椅子になっておくれ」
普段は杖の一部のように寄り添って巻き付いている宿り木に声を掛けると、パキパキと枝が寄り集まって小さな背もたれ突きの座面になる。
私はそこに腰を下ろし、しっかりと杖に掴まってふわりと浮き上がった。
ウィズが端に乗ってくれれば私でもなんとかそれなりに操れる。ただし、あまり高いと怖いし、急な動きにはやはり弱い。
できるだけ高く浮き上がって下を見ると、ヤライ君が目を丸くしてこちらを見上げている。
「ヤライ君、動きを止めると危ないぞ!」
「あっ、え、はい!?」
振り回された尻尾を跳んで避け、ヤライ君が場所を変える。
「ミスト、行くぞ!」
「えっ!? ちょ、ウォレス何だそれ!?」
そういえば、飛べるようになったの初お披露目だったっけ?
「それは後でな!」
いや、それよりも今はトカゲだ。
『来たれ来たれ、氷の子。其は冷たき炎、静かなる狩人。天より降り立ち地に咲く華よ、透き通る怒りをその矛に宿せ。降れ、氷の柱!』
杖から片手を離してトカゲの上をどうにか指定し、魔法を放った。
初めは細いつららを数本降らせるだけだったこの魔法も、レベルや知力、熟練度のお陰で、今では文字通りの柱のような氷が降ってくる。
ドスドスと固い鱗に覆われたトカゲの背に氷柱が当たる。トカゲは痛いのか、大きく吠えるとジタバタと身を捩って暴れ出した。ミストが慌てて距離を取る。
氷柱は流石に鱗に突き刺さりはしなかったが、氷属性に弱いトカゲには確かにダメージを与えたらしい。さらに周りに落ちた氷柱の冷気がその動きを幾らか鈍らせたように見える。
しかし、やはり威力が上がっていても魔法だけでは倒せない。
ぐおおぉぉ、と呻くトカゲの頭上に挑発するように移動すると、金色の瞳が私を確かに捉えた。
よし、ちゃんとヘイトが取れたっぽいぞ。
ヘイトを取って私自身が上に浮かんで囮になる。遠距離攻撃もジャンプもしてこない敵が相手だから出来る作戦だ!
「ほら、こっちじゃ……っわ!? 危なっ!」
「ウォレスっ!?」
ミストに向けられていたその顎が私の方に勢い良く迫る。
慌てて高度を上げたが、鼻先がローブの裾をかすめ、私は泡を食って杖にしがみついた。危ないからと足を上げると、それだけでバランスを崩して背中側にひっくり返りそうだ。
「ヤライ君、頼むっ、うひゃっ!?」
ちょ、意外と首が伸びる! 危ないって、この!
まだ怖くてあんまり高度出せないってのに!
「任せてください!」
トカゲは首を上にぐいと伸ばしては、私に噛みつこうとしてまた地面に落ちるという動きをドスンバタンと繰り返す。
そのタイミングを慎重に見計らい、ヤライ君がトカゲの前方に回り込み、身を低くし小剣を構えた。トカゲの首が大きく持ち上がった、その時――
「行きます! 『暗夜一刀』!」
――次の瞬間、ヤライ君の姿がかき消えた。
そしてフッと再び現れたと思うと、体ごとトカゲの首元に吸い込まれるようにぶつかる。その素早い動きは私の目では捉えきれないほどで、まるで黒い突風のようだ。
トスッと思いのほか軽い音が響き、トカゲの首にあった一枚だけ青銀色の鱗がパリンと砕け散る。その鱗のあった場所にはヤライ君の構えた小剣が深々と突き刺さり……時が止まった様な一瞬の間の後、トカゲの体がぶるりと大きく震えた。
おおぉおぉ……と唸るような低い声が僅かに響き、そして巨体がぐらりと傾く。
ヤライ君がパッと跳びすさると、ずしん、と重い音を立てて黒い体が地に沈んだ。そして、パキンと音を立てて光となって砕け散ってゆく。
大技二回で倒れたところを見るとやはりそんなに強くはなかったのか、私達が強くなったのか。弱点を見破ってそこを突くというのがポイントだった可能性もあるか。
モンスターによっては隠された勝利条件みたいなものもあるらしいし……まあ、どれが正解だとしても、とりあえず勝利だ。
「……っはー、終わった」
「やれやれじゃ……」
「良かった……お疲れ様です!」
三人などという少人数で大物と戦う羽目になって、攻撃を一手に引き受けてくれたミストが座り込んでため息を吐く。
私もよろよろと地面に近づき、落ちないようにゆっくり杖から下りて息を吐いた。
「お疲れ様じゃったの、ミスト」
「おう……レベルが余裕でも、デカい相手はやっぱ緊張するな」
「同じくです」
私も緊張したぞ。もうちょっとで裾に食いつかれるところだったからね。
三人でホッと一息ついていると、どこかからふわりと新しい本が舞い降りた。
『汝らの知と力は示された。汝が知で友に示す新たな道はあるか?』
ミストの時と同じ問いだ。
これには何の意味があるんだろう?
本から得た知識を、周りの人間のために使う気があるのかどうか問われているのかな?
それとも、手を貸してくれた仲間にちゃんと興味や関心を持っていて、大事にしているかどうかとか?
よくわからないけど……まぁいいか。ヤライ君に向けてと言うのなら、ちょうど良いのがある。
ヤライ君向けの本を図書館で見つけて読んだから、どのみちあとで教えてあげようと思っていたのだ。
「図書館に、ディマ族という一族に関する手記があった。歴史の影にその一族ありと折々に噂されながらも、明確な証がなくその存在を疑われ続ける者達。夜の闇と昼の影を渡り歩く……いわゆる、忍びの一族がいると書かれておったよ」
「まさか、忍者ですか!?」
「うむ、恐らくは。結束が固く、その存在は秘されていて探すことは難しい。しかし一族はその血ではなく、生き様を同じくする者で構成されているらしい。邂逅を望むならば道を探し里を訪ねよと。どこかにある隠れ里まで辿り着くことが出来れば彼らに仲間として迎え入れられるかもしれぬそうだ」
私の言葉にヤライ君の顔が輝く。いつもの爽やかだがモブ感溢れる顔が、三割増しくらいにキラキラして見える気がする。
「どこにあるんですかそれ!? 行きます! すぐ行きます!」
いや今すぐ行かれても困ります。
「道は複雑で、大分困難なようじゃが……まあ、愚問じゃったな。では、その本に書かれていた道を示そう。『セダの宵闇通りの外れに小さな祠がある。そこに七晩通い、七種の酒を供えよ』と」
「それで里への道が……?」
「さて、それはわからぬよ。本に書かれていたのはそこまでだったのでな。その先は、自分で確かめて見るとよい」
私の予想では、多分妖精とか精霊とか、それっぽいものと出会うんじゃないかなと思うんだけどね。
それはあくまで道を示す鍵だろう。私の、ブラウとの出会いのように。
「わかりました、ありがとうございます!」
ヤライ君は納得したのか笑顔で何度も頷いた。
そこで、ポーンと音がした。
『魔法学者への道(六):達成率四十% スキル『梟の慧眼』を手に入れました。このスキルはクエストの失敗時には失われます』
お、また新しいスキルだ。今度のは……
『梟の慧眼:その深き瞳はあらゆる真実を見通す。効果:(A)スキルを使用すると指定した対象の情報を取得する事が出来る。必要時間三分 リキャストタイム五分』
今度はアクティブスキルらしい。鑑定っぽい説明だけど……違うのかな? 一回使うのに三分もかかって、再使用に五分もかかるのは微妙かな。使えるんだろうか。
よくわからないが、まあこれは保留としておこう。
さて……では気を取り直して次に行ってみようか。
『貴方が次に出会った友は?』
これは、出会ったのはスゥちゃんが先。しかしフレンド登録は後から一緒にしたからほぼ同時。僅かにユーリィから先にカードを受け取ったような。
どっちを言うべきだろう。正直にそう言うか。
「出会ったのはスピッツ。しかし絆を結んだのは、ユリウス、スピッツの順でほぼ同時であったよ。ユリウスは黒豹の獣人族の青年。スピッツは竜の獣人族の少女じゃな」
二人は純粋なロールプレイ派ではないので、名字もなし、年齢も決めていないらしい。
獣人族は大体見た目に年齢が現れにくいらしいから、年齢不詳って事にしていると言っていた。
私の答えを受けた本が大きく膨らんで、私達をまとめて呑み込む。
さて、次は一人か、二人か。
「あ、やっと来た!」
「おじいちゃん、おっそいよー!」
どうやら、二人と一緒になったらしい?