66:ミストとハリネズミ
「ミスト、盾! 正面、頭を低く!」
短く叫んでから、私は慌ててミストの背に隠れ身を縮める。それと同時くらいに、獣がさっと背を向けくるりと体を丸めた。
「うっわ!」
シュババッと何かが発射される様な音と、キンキンと盾に何かが当たる音。そしてミストの声が響く。
首をすくめて盾を構えるミストの背から出ぬように気をつけて、脳内で検索した相手の特徴を思い出す。それから、ミストの戦い方もだ。
「ミスト、相手は連撃ハリネズミだ! 飛ばしているのは針、毒は無いがしばらく続くぞ!」
「わかった、真後ろにいろよ! 鉄壁!」
ミストがスキル名を叫ぶと同時に、構えた盾が光を帯びる。盾の防御効果を上げ、範囲を上下左右に大きく広げるスキルだ。ミストの熟練度では今の持続時間はおよそ五十秒。強力だが展開中は移動能力がかなり落ちるとのこと。
いきなり戦闘になるのは少々予想外だったが、それでも準備はしてきた。
この日のために本人への聞き取りや実演であれこれ教えてもらった仲間のステータスやスキル、さらに今まで知識として仕入れてきた情報をぐるぐると頭の中で混ぜる。
連撃ハリネズミは素早くない。しかし背中側の防御力が異常に高く、そして敵を見定めると間断なく鋭い針を撃ち続け、その範囲も広い。それを掻い潜って攻撃するのは至難の業。
他に仲間がいてくれたら、ミストが挑発でヘイトを受け持ち、回り込んで攻撃もできるがここには二人きり。
ならば倒すチャンスは、この針の雨が三十秒続いたその後!
「ミスト、後およそ十五秒後にハリネズミの背が一秒間隔で二回光って、三回目に大技が来る。それに合わせてカウンターを!」
「了解!」
ミストは、カウンター技は大分訓練したから自信があると言っていた。それを信じて私も呪文を選ぶ。
『来たれ来たれ炎の子。其は暖かき灯火、燃え盛る焚き火――』
詠唱はいつもより少しゆっくりめで、時間を正確に合わせるように。
「来るぞ!」
針の雨が一瞬止み、ミストが叫ぶ。盾越しに光が一回、二回と漏れて見えた。
そして、三回目――
「攻守反転!」
――ミストがスキル名と共に一歩前に勢い良く踏み込み、盾を両手で構え大きく前に突き出す。盾はその動きに呼応するように白く輝いた。
ズドンッ! と空気が震えるような激しい衝突音の後、ギュィィッ! と叫び声が上がる。
魔法で作った特大の針を射出したハリネズミが、ミストのスキルで反射されたそれを食らって吹き飛び転がったのだ。
よし、今度は私の番!
ミストの背から半身を出して位置を確認し、合わせた魔法を解き放つ。
『射て、炎の矢!』
今や十本に増えた炎の矢が、露わになった白い腹に降り注ぎ突き刺さった。
「っあー、ちょっとビビった……」
「お疲れじゃの」
腹側からの攻撃と火魔法に弱いハリネズミは倒れ、パチンと弾けて消えた。
後に残るは、宙に浮いた一冊の本。
触れると本はまた開き、新たな問いが書かれている。
『汝らの知と力は示された。汝が知で友に示す新たな道はあるか?』
道……?
それは難しい問いだ。どういう意味だろう。このゲームのストーリー? それとも強くなるための方針とか、転職先?
「道か……道。ううむ……確か、ミストは騎士を目指すと言っておったの?」
「ん? ああ、転職か。そうなんだけど……意外と条件が面倒くさくて悩み中。まあどうせまだレベルも足りないんだけどさ」
ミストは今中級職の盾剣士。上級職では騎士系統に進みたいらしい。
騎士の条件の一つである騎乗スキルは育てているらしいが、騎士系統の派生職のどれにするかで悩んでいると聞いている。
その辺の転職に関する詳しい本もそういえば図書館には置いてあった。
「有名どころは神殿騎士、正騎士、放浪騎士かの? 確かにどれも一長一短だからの」
例えば神殿に所属する神殿騎士、国や領主に仕える正騎士、仕える者を決めない放浪騎士。
神殿騎士なら神殿から出されるクエストをこなして資格を得た後、神に仕えると誓いを立てる必要がある。
神殿騎士固有の魔法やスキルが使えるようになるが、受けられるクエストが基本的に善行系や神殿からのお使いになると本には書いてあった。
正騎士は正騎士試験が厳しい。まずフォナンの闘技場でそれなりの戦績を上げる必要があるし、そこから先で採用してくれる領地を探さなければならない。
登用への道は年一回の採用試験や、クエストを通しての縁故採用など、望む場所によって色々らしい。領地にも当たり外れがあるので、条件が緩いからと飛びつくのは愚策だと本には書いてあった。
能力的には純粋に物理系スキルが色々増えて強化される。国や領地からの政治がらみのクエストを受けられるようになるが、民間のクエストは出会う数が減るらしい。
放浪騎士は人助け系の連続クエストをクリアして、騎士の証を手に入れればなれる。多分一番簡単だろう。その後にさらにクエストをこなして実績を積めば、他の騎士系統に鞍替えも可能なようだ。
能力的には本人のステータスや今まで選んできたスキルに補正が入り、新しい系統は騎獣やそれに乗りながら戦うスキルなんかが増える。
まあ普通に戦うには騎乗は向いていないのでパーティを組む時には下りて戦うんだろうし、厳密に騎士と言えるのかどうかはよくわからない。
このまま盾職を選ぶなら、他に重戦士とか、そういう道もあるんだけども。
「そうだの……ミストに向いているのは、放浪騎士か……あるいは、守護騎士であろうな」
「守護騎士?」
「うむ。国や神殿といった大きな組織ではなく、自ら選んだただ一人を守護する騎士となる、と守護の精霊に誓いを立てた騎士の事だ」
「え、知らないな。そんなのがあるのか……」
あるらしいよ。
性能は独特で、盾系などの守りに関するスキルがぐっと増えるらしい。
攻撃力はそこそこだが、守護する相手がパーティに所属していると能力がかなり盛られる。相手からの魔法やスキルでの援護も倍増しくらいになるらしい。
ただ相手を死なせてしまうと自分も同時に死んで、相手の分までデスペナを背負う。それに、その相手がいないパーティではレベル相応の中級職くらいのステータスになってしまうようだ。
かなりピーキーだし、転職への道も結構遠い。
フォナン地方のさらに向こう、ファブレ地方以降のどこかにある忘れ去られた神殿を探し出し、そこに守護する相手を連れて行かなくてはいけないらしい。
それらを説明してやると、ミストは興味が湧いたらしく目を輝かせた。
「守護騎士……忘れ去られた神殿……なんかかっこいいな、それにしてみようかな!」
どうやら男心が刺激されたらしく、乗り気らしい。じゃあ行けるようになるまでに適当な相手を探さないとね。
「目指すなら、ずっと一緒にいるような仲間か、好きな女子でも連れて行くと良いかもしれんな」
「ぐっ……」
私の言葉に、何故かミストはがっくりと項垂れた。
その直後、放ってあった本が強く光る。
光るページに浮かんだ文面が解けるように消え、そして新しい文面が出てくる。
『汝の知と、友との絆はここに記された』
おや、こんな雑談混じりの答えでも良かったらしい。途中から本の問いのことを一瞬忘れかけていたから危なかった。
私のそんな内心は知らず、ポーン、とシステム音が聞こえた。
『魔法学者への道(六):達成率約二十五% スキル:『大樹の一枝』を習得しました。このスキルはクエスト失敗時には失われます』
お、何かかっこいい名前のスキルが手に入った。
えーと……
『大樹の一枝:その枝葉には汝の知が刻まれている。いつの日かその小さな枝が、大樹へと育つかもしれない。効果:(P)知識にある対象へのスキル及び魔法効果アップ(大)』
Pという表記は、パッシヴスキルであることを示している。フレーバーテキストも含めてなんかちょっと心躍るね。
まだクエストが途中なのに憶えるということは、もしかしたらこの後必要になるのかも知れない。
そんな事を考えつつMP回復のドロップを口に含み、ミストの様子を確認し、また文面が変わった本を覗き込む。
『汝が次に出会った友は?』
二番目にフレンド登録したのは……。
「……ヤライ。ヤライ・ココノエ。二十四歳、ヒューマン。忍者を目指す礼儀正しい青年じゃな。セダへの道の途中で出会ったよ」
ヤライ君も、もちろん設定が細かいロープレ派なのだ。
スキル名など、後日少し変更するかもしれません。
内容的には多分変わらないと思います。