65:転職クエストのはじまり
全員の都合を合わせた、とある土曜日の朝。
私はもうすっかり見慣れたサラムの中央広場、魔法ギルドの塔の前で仲間たちを待っていた。
「お待たせ、ウォレス!」
「おっはよー、おじいちゃん!」
手を振って元気に現れたのはユーリィとスゥちゃん。
「おはようございます、皆さん」
「はよ……」
いつもと変わらず礼儀正しいヤライくんに、まだ少々眠そうなミスト。
「塔に朝日が当たって良い感じだな……ちょっと写真一枚撮らせてくれ。塔を背景に……あ、杖持ってくれるか?」
皆より先に来て魔法爺の写真を撮る浪漫派の男、ギリアム。
最後のはちょっとどうかと思うが、とりあえず私の転職クエストに付き合ってくれる愉快な仲間たちが勢揃いした。
「今日はよろしく頼むよ」
「おう……どんなクエストなんだ?」
ミストがあくびをしながら頷く。
どんなクエスト、か。何となくこうかなという予想はしているけれど、正解はやってみるまでわからない。
「さて……まだわからぬが、まあ何とかなるじゃろ」
私は自分の予想は語らず、皆を促して魔法ギルドに向かった。
魔法ギルドの中は今日は静かだった。
特にイベントや旅団の集まりなどがない事を確認してきているし、朝だからこんなものだろう。
人気の無いギルドの受付に行き、図書室を仲間と共に使用したい旨を告げる。
「かしこまりました。あちらの扉から奥へどうぞ。転送陣の上で、図書室へとお告げください」
「ああ、ありがとう」
受付のお姉さんに笑顔で見送られ、仲間たちを手招く。
「サラムの魔法ギルドって、奥に行くの初めてだわ」
「ボクも!」
「俺もですね……」
「あんまり用がないもんな」
「写真撮っても良いか?」
それは後にしてください。
ぞろぞろと連れ立って他の階への転送陣がある部屋へと入る。
皆を転送陣の中にはみ出さぬように並ばせ、私はその中心に立った。
「皆入ったかの? ならば行くぞ。『銀葉の賢者の庵』へ、転送を」
私の言葉に反応して転送陣と右手の指輪が光を帯びる。
フッと体が軽くなるような感覚を一瞬覚え、パチリと瞬きをするとそこはもう先ほどの部屋とは違う、明るい光に照らされた草原だった。
「わ、何ここ……外?」
「明るーい!」
薄暗い転送部屋から急に変化した景色に、仲間たちが目を丸くして辺りをキョロキョロと見回す。
ここに初めて来た時の私と同じように、足下を見て、空を見て、それからここをぐるりと取り巻く本棚を見て驚いたように動きを止めた。
「あれ何? 本棚? すっげ……」
「ウォレスさん、ここが図書館ですか? あれ全部読んだんですか?」
「おお……何か浪漫だ……」
浪漫だよね、わかるわかる。
ギリアムの言葉に頷きつつも、驚く仲間たちを手招いて部屋の中心へと向かう。
中心に立つ銀葉アカシアの木の傍には、今日も私の友人たちの姿があった。
「やあ、ウォレス。そしてお仲間も、銀葉の賢者の庵へようこそ」
「こんにちは、ウォレスさん! 準備できたー?」
アカシアとラウニーがニコニコと私を出迎えてくれる。木に止まるミミズク、ソフィアもホッホウと一つ優しげに鳴いた。
「ああ、準備は出来たとも。協力してくれる仲間も連れてきたからの」
「それは重畳。では、どの試練を受けるのだね?」
ポーン、という音とともにウィンドウが開く。
『転職クエスト:魔法学者(一):受注可能人数1
魔法学者(二):受注可能人数2――』
と書かれた文字を横目に、私はその一番下に書かれているものを読み上げた。
「魔法学者への道、その六を。わしを入れたこの六人で、その道を見に行くとするよ」
「承知した。準備はいいかね?」
「うむ」
もうパーティを組んで準備は済ませてある。
後ろを振り向くと、私とアカシアのやり取りを見守っていた仲間たちがそれぞれに頷いた。
「では、これを。仲間と歩む道が君に何をもたらすのか、楽しみに見ているよ」
「ああ。友を失望させぬよう、頑張るとしよう」
手を伸ばして、アカシアがどこかから呼び出した本に触れる。本の表紙は前回と同じ茶色ではなく、深い紺色をしていた。
触れた途端に本の表紙がめくれ、パラパラとページが開かれてゆく。
その動きが止まり、開いたページには問いが一つ。
『貴方たちは誰?』
「……わしはウォレス。魔法学者を目指すエルフの旅人だよ。そしてわしと共に来てくれる仲間たち。ミスト、ユリウス、スピッツ、ヤライ、ギリアム。皆、旅人だ」
私の答えを受けた本がくるくると回りながら大きく膨らむ。それは私一人の時に私を呑み込んだ本よりも遙かに大きく広がってやがてぐらりと傾き、後ろで驚いた声を上げる仲間もろとも、覆い被さるように落ちてきて全員を呑み込んだ。
ハッと気がつくと私は始まりの神殿に立っていた。
慌てて後ろを振り向くが、そこに仲間の姿はない。どうやら仲間たちとは一旦別々になったらしい。
懐かしい神殿の景色と、目の前にやってくる新しい本……前回一人で受けた転職クエストの流れとここまでは一緒だ。
『貴方はウォレス。旅人とは何?』
この本の内容も特に変わらない。
前回と同じように旅人の定義を答えると、また本に呑み込まれ景色が変わる。
着いた場所はミストと待ち合わせをした噴水のある広場だった。
『貴方は旅人。ここで誰と出会い、どこへ行った?』
お、質問が変わった。
「私が最初に出会ったのはミスト。ミスト・ラピッズ。ヒューマンで、年齢は22歳。騎士を目指す若者だ。彼と出会い、友となり、一緒にこのファストの街の南門から草原へと出たかの」
実はミストはちゃんとプレイヤーとしての設定を考えていたらしい。
名字も年齢もキャラクリエイトには特に必要無いのだが、ロールプレイ勢には細かく設定している人もいるそうで、フレンドが見られるプロフィール欄に書き込めるのだそうだ。
私はその存在にしばらく気付いていなかったので見ていなかったし、自分の名字も年齢も決めていないのだが。
というかエルフの老人の年齢ってどのくらいだろう。相場がさっぱりわからない。
この世界の普通のエルフの平均寿命は確か八百歳くらいらしいから、七百歳ほどだろうか。
そんな事を考えている間に、また本が大きくなり私を呑み込む。
「うわっ、ウォレス!?」
本に呑み込まれて着いたのはファトスの南の草原とおぼしき場所で、そこにはいきなり現れた私を驚いた顔で見ているミストがいた。
「ミスト、こんな所におったのか。一人かの?」
「ああ、いきなりここに放り出されて……誰もいないから困ってたとこ。お前のクエストだから、動かない方が良いかと思って」
「なるほど。確かにその方が良かっただろうの。助かったぞ」
「それなら良かったけど……俺は、何すりゃ良いんだ?」
「ええと……撮影かの?」
「それ以外で!」
えー、この光の帯を纏って宙に浮く本を背にした最高にかっこいい魔法爺の撮影をして欲しいんだけどな。というか、それこそがミストに頼みたい本命の用事だし。
などと思っていたのだが、次の本がひらりと現れた。どうやら撮影はお預けらしい。
『汝らの知と力を示せ』
これは……敵でも出るのかな?
「ミスト、来るぞ」
「お? わかった!」
ミストがすぐさま背負っていた盾を下ろして構え、私の傍に立つ。
私は目の前に浮く本から距離を取り、周りにも注意しながらミストの斜め後ろに位置取った。
こちらが警戒している間に、本がチカチカと光る。
何が起こっても対処できるよう、先んじて口の中で防御を上げる呪文を唱える。杖をくるりと回し、私とミストを指定して。
『――奮い立て、我が戦友。汝が肉体は鋼のごとく』
私とミストの体が黄色っぽい光に一瞬包まれる。
その直後に本がゆらりと揺れて消え失せ、その場所には大きな生き物が一匹現れた。
突き出た細い鼻に、つぶらな赤い瞳。丸みを帯びた背中のフォルムは可愛らしくはあるが、その体はイガグリのようなトゲでびっしりと覆われている。
見た目だけで言えば、それは私達も知っているような可愛らしい動物の姿をしていた。
しかし残念ながら随分とでかい。四つ足で立っていてもその体高だけでミストの肩くらいまであり、全体では軽自動車くらいの大きさだ。それだけあると可愛い姿でも非常に威圧感がある。
警戒しながら見つめていると、その丸い目がパチリと瞬き私達を捉えた。
私はこの生き物を……知っている!
お久しぶりの更新です。
キリが良いとこまでぼちぼち行きたい所存。