63:新しいスキル
リゾートでのカニ狩りの日々から一週間ほど経った。
たっぷりと目当ての海鮮を狩って堪能した私達は満足し、ユーリィがセタラ村のクエスト情報を匿名で掲示板に載せてから村を後にして解散した。
あれからセタラ村は連日大混雑で、クエストを受注する場所である村長の家は順番待ちの列がすごいらしい。
眷属を得る資格を貰ったプレイヤーの話もポツポツ出てきているが、まだ実際にその眷属を手に入れた話は聞いていない。皆イルカは紹介してもらわなかったのかな。
多分眷属候補を探しているとか、口説いているので秘密にしているとかいうところなのだろう。
そんな訳で、転職の時にまたよろしくと皆と別れてサラムに戻った私は、再び賢者の庵に籠もる日々を送っている。しかし、それもそろそろ終わりが近い。
『――いつの日か、この本を読んでいる君はまた私の足跡と出会うことだろう。私が残した秘密の図書館が幾つあるのか、それは今は語らずにおく。この図書館での最後の本に辿り着いた君に敬意を。知の道は果てしなく遠く、深く続いている。その道が君にとって明るい光で彩られる事を、私は祈っている』
パタリと本を閉じて、ふぅとため息を一つ。
感慨深く最後の本の表紙をそっと撫でて、それから私は高い高い書架を見上げた。
ついにこの図書館の本を全て読み切ったのだ。
長い戦いだった……いや、実はそうでもない。ここの本を読み進むうちに速読さんのスキルレベルがぐんぐん上がって、体感速度と実際に読書に掛かる時間の差がすごかった気がする。
図書館探索のスキルを使うとこの図書館の本を何パーセント読んだのかもわかるので、その数字が増えていくのも励みになったし。
もう最後の方は半ばヤケになって、「まだ読んでない本!」という雑な指定でドサドサやってくる本に文字通り埋もれかけながら片っ端から読んでいった。
そんな日々を思い返しながら最後の本を手のひらに載せ、その手を上に少し上げる。
すると本は私の手からふわりと浮いて離れ、自分が収まるべき場所へと戻っていった。
「終わったかね?」
「アカシア……ああ、たった今」
この賢者の庵の管理人、アカシアが自分の読んでいた本から顔を上げる。アカシアと私がいるのは、この庵の中心、美しく葉を伸ばす木の下だ。
私はそこに置かれたテーブルセットの椅子に腰を掛け、精霊であるアカシアはそのテーブルの真ん中に同じような優雅だがとても小さなテーブルセットを置いて、そこに座っていた。
「おめでとう。君は、この図書館の本を全て読み切った初めての客人だね」
その言葉に少し目を見開く。久しぶりの客だとは聞いていたが、全部読み切った人間がいないとは少し驚きだ。
しかし同時に納得もできた。私と同じようなルートを辿るプレイヤーとはまだ出会っていないからだ。
RGOは色々な事が自由すぎて、スキル構成や成長の過程はどうしてもかなりの個性が出るらしい。
広い世界のどこかには、私と同じように知の道を歩く旅人もいるのかもしれないが、少なくともこの図書館では出会っていない。
そして設定に縛られたNPCの中には、ここの本を読破した者はまだ存在しない、という事なのだろう。
「感慨深いな……これもここで得たスキルのおかげなのだがの」
「そのスキルを得るためにも、そもここに来る資格を得るまでにも、相応の本を読み知を蓄える事が必要なのだ。それを成したのは君の努力の結果だろう」
いえ、実はあんまり努力はしていません。楽しかっただけです。
だって読めば読むほど知力がじわじわ上がって理想の魔法爺に近づいていくのだ。楽しくないわけがない。本一冊の内容もさほど多くはないし、どれも飽きなくて面白かったしね。
何より、ファトスの本屋の偏屈爺ロブルや、小さいが素敵な爺キャラであるアカシアと、同じ空間でただ静かに本を読む、そんな時間が私は好きなのだ。
時折お茶を飲んだり、読んだ本やまだ見ぬ本について話を聞いたり。
それは外で華々しい冒険をするよりも、私の性格に合っているんだと思う。
ミスト辺りに言ったら、インドア派が過ぎるとか言われそうだけども。
「さて、この図書館の本を全て読んだ君に、私から贈り物がある」
「え?」
その言葉に顔を上げると、アカシアが嬉しそうに微笑んだ。
「これを贈る相手が現れると、私も思っていなかったよ」
そう言ってアカシアは立ち上がり、小さなテーブルに立てかけていた小さく、細く長い杖を手に取った。
杖の頭をくるりと回せば、その先の空間が光り出す。ほわりと丸く広がった光を見つめていると、その中から不意に巻物が一本にゅっと飛び出した。
アカシアの杖の動きに合わせて、巻物は光の中からシュルリと出てくるとテーブルの上に落ちて転がる。
アカシアはそれを杖の石突きでとんと叩き、またふわりと浮かせた。
そしてそれは、私の方へとスッと飛んでくる。
「わ、と」
慌てて手を出して受け取ると、アカシアは杖を下ろして満足そうに頷いた。
「それが、ここの本を全て読んだ者に贈られるものだ。開いてごらん」
「うむ……では、遠慮無く」
巻物は古い羊皮紙のような手触りと色合いの紙で出来ていて、黒い革紐で巻かれていた。その細い革紐を引っ張ってするりとほどくと、巻物が自然に広がり、手の上で光を放つ。
そして私の耳にだけ、ポーンという電子音と共にシステム音声が聞こえた。
『特殊スキル:飛行術(杖)を獲得しました』
こ、これは、まさか……!
アナウンスの後、巻物は空気に溶けるように消えてしまった。スキルが取得できる特殊なスクロールだったらしい。
驚いてアカシアの方を向くと、彼は自分の杖の上にゆったりと座り、フワフワと宙に浮いている。
「まさか、今取得したのは……」
「うむ。まさしくこれだとも。その技能は少々変わっていてね。武器や道具に掛けることで、それを媒体としてこうして飛行することが出来るのだよ」
そう言ってアカシアを乗せた杖はスッと動き出し、テーブルの縁に添うように滑らかに一周した。
「これは……動きが遅いわしには最適な……!」
「そうそう、我々のような……その、知的活動の方を少々優先しがちな性質の者のために、誰ぞが開発した技能なのだよ」
つまり、同じように鈍くさい学者仲間の誰かが開発したスキルという事なのだろう。その誰かに深い感謝を捧げたい。
小さい体ながらも高いところにスッと飛んでいけるアカシアをずっと羨ましいと思っていたのだ。
精霊特有のものなのだろうと諦めていたその移動が私にも出来るだなんて、はっきり言って嬉しすぎる!
「これがあれば移動が早くなるのかの?」
「ああ、多分とても。挑戦心溢れる旅人たちのことだから、そろそろおかしな移動手段を持つ者が増える頃合いだろう。君一人くらい目立つまいよ」
確かにミストの騎獣生産の話を時々聞くが、生産者も使用者も普通の馬に飽きて、そろそろワイバーンだとかペガサスだとか、空を飛ぶものがポツポツ出てきたと聞いている。
捕まえるのは大変だが実入りは良いらしい。
自力で飛ぶ者が出たとはまだ聞かないが、種族変更や進化などという話も聞くから、多分そのうち出てくるだろう。
(杖)とあるのを見れば、多分(剣)とか(槍)とかもどこかにあるんじゃないだろうか。
「さて……試しにここで練習していくかね?」
「是非とも。これはええと……杖は普段使っているもので良いのかの?」
「むしろ普段から使っているものの方が君の言う事をよく聞くだろう」
うっ、そういう設定好き……いや、うっかり感動している場合じゃない。まず乗ってみなければ。
私はここ最近ずっと使っているアスクレピオスの杖を取り出し、手に持った。
すっかり使い慣れた白木の杖はいつもながら優美で美しい。長さは私の身長と同じくらいなのだが……乗るには少し細いだろうか? 大丈夫かな。
「ええと……飛行術使用、対象指定、時間指定……発動っと」
飛行術というスキルをステータス画面から選択して、対象に杖を選び、発動している時間を選ぶ。
時間は五分から一時間と選べる幅が結構あった。途中で中断する事ももちろん出来るらしい。
なのでとりあえず二十分を選択して実行すると、手にしていた杖がふわりと勝手に浮き上がる。杖は私の腰くらいの高さで横になってぷかぷかと浮かんだ。
「おお……」
「魔法とは少々勝手が違うが、慣れれば対象も時間も任意で即座に発動出来るようになる。繰り返し使うと良いだろう」
慣れればそのうち、さっと乗って浮かび上がるみたいなカッコいいことが出来るようになるのかな? それはなかなか心躍る話だ。さっと取り出した杖にさっと座り、ふわりと浮く……絶対カッコいいに違いない!
まだ見ぬカッコいい魔法爺ムーブを夢見ながら、私はちょっとドキドキしつつ浮いた杖の先端の方を手で掴み、真ん中辺りに横座りで腰を下ろ――
「お? おおっ!? へぶっ!!」
――そうとして、盛大にぐるりと回って背中から思い切り地面に落っこちたのだった。
大変お待たせしました~。
不定期ですみません。