62:祝福されし海鮮丼が食べたい
クラゲを狙って出てくる敵を倒すこと、何セットめか。
敵は一匹倒すとすぐに補充される仕様になっていたので、今はなるべく新しいのを出さないように適当に弱らせて引きつけて躱しつつ防衛に徹している。
私も被ダメージを抑えるために防御や素早さアップのバフを入れたり、敵にもデバフを入れたりと忙しい。
こちらが必死でクラゲを守っている間にスゥちゃんも黙々と自分の仕事を進めていた。ギリギリの間隔を見極めながら肉料理を投げ尽くし、屋台のジャンクフードやカロリーの高そうなお菓子へと移行し、それから一スタック分の魔法焼きへ。
回数を重ねる間に、同じアイテムなら完全に同時に投げ入れれば一度に複数個入れられるとわかりペースが上がった。しかし料理が変われば段々とゲージの減りは遅くなる。
「魔法焼きもなくなっちゃいそうだよー!」
それはまずい。そうなればあとはクッキーのような携帯食が僅かに残るばかりになってしまう。
「マズイわね、あとちょっとなのに……何か他に食べ物っぽいアイテム残ってない!?」
確かに、クラゲの空腹ゲージはもうほんの僅かだ。あと十分の一ほどでなくなりそうだというのに、携帯食料ではその少しが遠い。
私は急いで左手を振ってインベントリを開いた。何かないか、食べ物っぽいものならこの際何でも……あ!
「スゥちゃん、共有!」
「うんっ、て……サザエの肉!?」
「道中のサザエからドロップした奴じゃよ。生の素材じゃが、投げて食べるかどうか試しておくれ!」
「う、うん!」
スゥちゃんが躊躇いつつも取り出したそれは、二十センチ四方くらいの白いブロックのようなものだった。
肉といいつつ全然食料アイテムには見えない。完全に合成された謎のブロックという感じで、コレが肉だとしても食欲はそそらない。本体がでかいから肉もでかいのだろうか?
「全然食べ物に見えないよこれ!?」
「良いから投げて! 効果あればラッキーよ!」
ユーリィに促され、スゥちゃんがその謎肉をクラゲに向かって投げる。クラゲの口に白いブロックが吸い込まれると、残ったゲージがまた少し短くなった。
「あ、効いてるみたい! 肉系ほどじゃないけど、効果あるかも!」
ゲージの減りは肉料理にははるか及ばず、けれど魔法焼きと同じくらいか、僅かに良いくらいはありそうだ。
最初の供え物の中にも生の鹿肉を入れていたが、あれもそういえば料理と一緒に消えたのだから拒絶されなかったのかもしれない。もっと早く気付けば良かった。
素材のままでも食料アイテム扱いされるなら、道中で出たドロップ品がそれなりにあるからそれも使える。
ただ、ボス前の休憩の時についでにアイテム整理したから、素材は分配しちゃったんだよね……!
「とりあえずスゥの手持ち投げといて! すぐ分けた奴戻すから!」
「りょーかい!」
スゥちゃんが自分の取り分のサザエやカニ肉を投げている間に、手の空いてる私の分をまず共有に戻す。
全員分を出せば多分足りると思うんだけど、皆は手が離せないからすぐ済ませて手伝わなければ。
えーと、サザエ肉にカニの足やハサミ、海老の身も少しある。あと食べるかどうかわからないが、ワカメも入れておこう。自分の分はこれで良し、と。
インベントリを消して、口の中に入れていたブルードロップを急いで噛み砕く。MPが即座に幾らか回復した。
「補助陣起動」
そう唱えて右手の杖を持ち上げる。杖の先の白蛇の頭で目の前の空中に円を描く。それから円の上部、左右斜め下に短い線を合計三本描くように、更に杖を動かした。
杖の軌跡は光を纏い、描いた図形を空中に残す。私は左手を出し、その円の真ん中の空間に突っ込んだ。感触は何もないが、円が僅かに光を増す。
次いで呪文を唱えながら、皆が戦っている敵を順番に視界に入れ、杖で指定する。
『踊れ踊れ大地の子、優しき揺り籠、命の運び手。その緑の御手に、地を行く全てを絡み取れ。三叉の鉾を振るい、時の幕を更に重ねよ。縛せ、大地の鎖』
左手をぐっと握り、右手の杖で地面をトンと打つ。そして魔法は発動した。
「ウォレス、ありがと!」
「今のうちにアイテム移動を!」
「了解!」
「おう!」
「わかりました!」
ウミウシもカニもサザエも、全て緑の蔦で絡め取られて身動きが取れなくなっている。
サラムの図書館で得た魔法の応用技術、どうにか使いこなせるようになってきた技を初お披露目だ。
杖で補助の魔法陣を描き、追加の詠唱を入れることで魔法の簡単なカスタマイズが出来るようになるという技術だ。
今回の場合は距離の離れた三体に対象を指定して、更にMPを盛ってそれぞれを拘束する時間を長くするというカスタマイズ。消費MPは大分増えるが今の私には大した負担じゃない。
まぁあまり器用ではない私としてはこのくらいがせいぜいだね。今後も要修行だ。
ブルードロップをもう一つ口に含み皆を見回すと、どうにか全員アイテムを移動し終えたらしい。
「うう、海老……カニ……俺のカニ刺し……」
「あとでカニ狩り付き合うから諦めてよ!」
ギリアムが切なそうにカニ肉に別れを告げている。魔法焼きといいカニ肉といい、あとでギリアムにも埋め合わせしなければ。
一悶着あったが、大地の鎖の時間切れの前に皆どうにかアイテムの移動を終え、補給を受けたスゥちゃんがまたせっせとクラゲに餌を投げ入れ始める。
よし、じゃあもうひと頑張りだ。
「んしょ、コレで、終わり!」
太さが十センチ、長さは四十センチくらいありそうな、薪のようなカニの足をスゥちゃんがクラゲの口に放り込む。
それを最後に黒ゲージは完全になくなり、青にすっかり塗り替えられた。
「カニ刺し!」
未練がましい叫びと共に振るわれたメイスの一撃で最後に残っていたカニも倒され、戦闘も終わる。お代わりは……出てこないね、よし。
ホッと息を吐いて見上げれば、クラゲの巨体がチカチカと光り出した。
「終わったか……ギリギリだったな」
「ホント時間ヤバかったわー」
「お疲れ様です」
「おつかれー!」
「おつおつ……あ、カニ肉出たぞ!」
そこはちょっとカニ肉から離れなさいって。
「お疲れ様」
私も声だけかけてクラゲを見つめる。クラゲは少しずつ光を強め、段々と眩しく輝いてきている。
その輝きが一際強くなって皆が目を瞑った次の瞬間、洞窟に響いたのは場違いに明るい声だった。
「ふっかーつ! やだもー、やっと!? 君たちほんとありがとー!」
お、おう。テンション高いね……。
光が収まり目を開けた私達の前に現れたのは、巨大な……何と言えば良いのだろう? 多分人魚? という感じの存在だった。
外見的には可愛らしい少女めいた顔立ちの女性の人魚だと思う。
ただし大きさはさっきのウリクラゲと変わりがない……つまり、巨大だ。
青と水色のグラデーションの長い髪に、真珠のような白い肌。耳は美しいヒレになっている。
胸から腹はクラゲのようにふわふわひらひらとした白い服に覆われ、その裾から青い鱗が煌めく尻尾が伸びていた。尻尾の先の長いヒレがひらひらと宙にそよいで綺麗だ。
そんな美しくも巨大な人魚はにこにこと笑顔を浮かべ、空中でくるりと一回転して私達に手を振った。
「やー、ありがとねー! もうずっと干物ばっかりで、食べ飽きたし全然足りないし、お腹空いて死ぬかと思ったよー!」
そのセリフに私達は何となく顔を見合わせる。誰が話しかける? 俺はちょっと……俺もパスで、みたいな空気が漂う。そして皆の視線が私に向いた。
まぁ仕方ないか。このクエスト起こしたの、私だろうしね。
「ええと……貴女は、セタラの村の守護者でお間違いないか?」
「そーだよ、一応ね! 村だけじゃなくこの辺の海を守る水の精霊なんだけどー」
話を聞くと、彼女はどうやらこの周辺の海を縄張りにする水の精霊らしい。
随分昔にセタラや周辺の海辺の守護者となり、以来この海域を守ってきたとのことだった。
「それがねー、何かあちこち段々寂れちゃって、海でお供え貰えなくなったりしちゃってさー。村にも、肉の方が好きだし元気出るからお供えはできるだけ肉にしてねって言っておいたのに、いつの間にかそれも忘れられちゃったのよねー!」
昔は往来する船や漁船などがこの辺を通る度に、何かしらの肉料理を海に捧げるという風習があったらしい。しかし国が衰退するに従ってそれもいつしか忘れられたとのこと。
役割を持つ精霊はその仕事を続けられなくなったり、関心や信仰を失うと力が衰えるのだという。
「それは難儀な事でしたの」
「ほんとよー! だから久々に満腹になるまでお供え物貰えてすっごい助かったの! もうこの姿も保てなくなってたしね! この辺の村を守るのもそろそろ限界で、危なかったのよー」
洞窟に魔物が出るようになったのはそれが理由らしい。
彼女の守護がなくなれば、海には今よりも危険な魔物が増え、危ない魔物のいない村の海岸もいずれ様子が変わっていたかもしれないと。
「良かった……あの村の海鮮丼が守られたわ」
「帰ったらまた食べようぜ」
「いいですね」
「俺カニが食いたい」
「ボクも!」
海鮮丼が食べたくなる会話は止めて欲しい。もう僅かな携帯食料しかないというのに。
どうもこのメンバーだと方向性が迷子になっていく気がする。
そんな事を考えていると、水の精霊は不意に手のひらを上に向け、そこに光を灯した。
「さてさて、復活させてくれたお礼しなきゃね! とりあえず、私の祝福と眷属解放とー、あと何かあるかしら? 鱗とかいる?」
「祝福……わしは知の精霊の祝福を貰っておるので上書きされるなら困るのじゃが」
「それは大丈夫! 妖精と違って精霊のはそういう縛りがないのよ!」
「それなら助かるが……では眷属解放というのは?」
問いかけると精霊も何故か首を傾げる。
「うーん、なんていうのかしら……お供とか……ペット? そういうのを持てるようになる感じ?」
「なるほど?」
そういえばペットってゲームではありがちだけど、RGOではまだ聞いたことなかったな。ミストのやってる騎獣生産とはまた違うのかな?
「騎獣は生産品で、乗り物とかアイテム扱いだぞ」
「それと眷属は別枠なのかの?」
ミストの言葉に首を傾げると、精霊の方が頷いた。
「そうそう、それとは別なのよー。眷属は世界に散らばる賢き獣と心を通わせて得るものなの。精霊の試練を経て、資格を授かった者にだけ解放されちゃうんでーす!」
軽い言葉とドヤ顔が若干ウザいが、その言葉に全員が嬉しそうに笑みを浮かべた。賢き獣っていいね。ファンタジーっぽくて何だかワクワクする話だ。
「手に入れられれば色んな形で貴方たちの旅を助けてくれるかもね。あ、でも賢き獣は貴方達が自分で探してね。私もイルカで良ければ紹介するよ!」
いえ、イルカはいいです。連れ歩けなさそうだし。
全員同じ気持ちでそれは遠慮した。
「じゃあほんとありがとー! 村人に、今後はくれぐれも肉でって言っておいてね~!」
精霊の言葉と共に、手のひらの上の光が六つに分かれてそれぞれに向かってくる。光はスッと胸の辺りに吸い込まれて消え失せた。直後に、レベルアップを知らせる音が鳴り響く。
精霊は笑顔でパタパタと手を振ると、すぅっと空気に溶けるように姿を消した。
『特殊クエスト:村の守護者の空腹を満たせ!』の脇にはClear!の文字。
そしてワールドアナウンスが響いた。
『眷属を持つ資格を得たプレイヤーが現れました。以後、眷属システムが解放されます。詳細は公式サイトを参照ください』
「あ、出たわね。雑なことに定評のある公式アナウンス」
「大体参照してくれで終わりなんだよな。その参照もあんま詳しい事書いてないし」
「俺ワールドアナウンス出したの初めてです」
「多分全員そうだろ」
「わーい、やったね!」
「アナウンスか……普段聞いてもおらんな」
ワールドアナウンスとは、誰かが世界に関わる何か大きな事を成した時にプレイヤー全体に問答無用で聞こえるお知らせのことだ。MMOではそれなりに定番の機能らしい。
RGOの場合は新しい地方が開放されたとかそういう内容が多くて、後発かつエンジョイ勢の私にはあんまり関係ないのが多いので実は気にしたことはほとんどない。最前線なんて行かないしね。
今はそれよりも、報酬だ。
「水精霊の祝福は……うわ、DEXアップだって! やったぁ!」
器用さがアップするという効果にユーリィやヤライ君、ギリアムが喜ぶ。ユーリィとヤライ君は戦闘スタイル的に素早さや器用さを重視しているし、ギリアムは生産で必要らしい。
私は器用さは余り必要じゃないが、水系魔法の効果アップも付いていたのでそれは嬉しい。
その他の報酬は、眷属取得資格、水精霊の涙、水精霊の鱗、海月の薄布、水練青石、青珊瑚の枝、十万Rと祝福されし海産物セット。
特殊なクエストだったせいか、それらが全員に同じだけ報酬として与えられた。大体は生産素材のようだが、後で確かめようっと。
「しかしこの、祝福されし海産物……運営によほど魚介類が好きな人でもいるのかの?」
「海鮮丼食べたいからいいと思う!」
「単純に料理素材なら宿とかに持ち込むか料理してくれる人探すかだな……とりあえず俺もそろそろ空腹度やばそう」
「カニと海老入ってっかな……」
「一度戻りますか」
「そうね。もう料理アイテム全部投げちゃったし、帰って宿でご飯食べようか」
部屋の入り口だった場所にはいつの間にか帰るための転送ゲートが出ている。
海鮮丼に思いを馳せながら、皆で連れ立って帰路につく。
「あ、あとでカニ狩り忘れないでくれよ」
「俺の肉も!」
「ちゃんと憶えてるわよ」
村での滞在予定はまだ残っている。
ひとまず帰って、海鮮丼を食べてゆっくり休んで……その後はまたカニ狩りかな?
肉料理補充は街に帰ってからだろう。
「楽しかったのう」
「うん! 面白かった!」
「眷属って、どんなのが手に入るんでしょうね。俺、黒猫とかカラスが欲しいです」
「探すのも楽しそうじゃな」
「ペット手に入れると多分目立つから掲示板にクエスト情報載せて拡散したいけど……混むと困るからカニ狩りの後ね」
そんな相談しながら洞窟の外へ。
さて、じゃあ皆でご飯食べに行こうか!
脱線しかけるのはウォレスのせいの割合も高い。
海鮮丼食べたいです。
クラゲ話は一段落です。