60:敵か味方か
それは全体的には円筒形で、大きく細長く、両端がすぼまった形をした半透明な何かだった。確かに瓜と言われればそう見える。そんな形状のものが、ふよふよと地上から一メートルくらい浮いて、その場でゆっくり回転しながら漂っている。
表面には上から下まで縦に延びた筋が何本も走り、その筋は細い毛で出来ているらしく細かく波打ってキラキラと光っていた。形は瓜だけど、全体的に見るとなんだかちょっと宇宙船ぽくもある。時々全体が波打ってる所を見ると柔らかそうだ。
うーん、なんか微かに覚えがある気がする。これっぽい表記をどこかで見たように思うのだ。けれどはっきりと思い出せない。敵認定されないと名前もHPバーも出てこないのだ。
「で、どうする?」
しばらく呆然と眺めた後、ミストが振り向いて皆に問いかけた。
その言葉にそれぞれが何となく顔を見合わせる。
「そりゃあ、ここ一方通行のボスエリアみたいだし、倒すか全滅しかないんじゃない? 部屋に入ってこの距離で赤ゲージになってないのは気になるけど……」
「あれ普通の奴とは攻略違いますよね多分。掲示板で見たボスだと、毒触手をまず少しずつ切り落として、下りてきたところを削ってく感じでしたけど」
「触手は見当たらねぇが、攻撃は一応届きそうだな」
「毒はないのかなー? おじいちゃん、なんか知らない?」
「うむ……さっきから考えておるのだが、出てきそうで出てこないのじゃよ。何だかああいう、もよっとした生き物について書かれた本を読んだ記憶がある気がするのだが、はっきりしなくての……大きすぎるからピンとこないのか、挿絵がない本で読んだのか考えておった」
レアモンスターとかだと、一応図鑑には載っていてもほぼ未確認扱いで名前やわずかな記述だけという事もあるのだ。
「確かに、小さな船くらい飲み込めそうに大きいですね」
「そうじゃな、漁船くらいならいけそうな……ん……船?」
あった。そんな話を読んだ覚えがある。アレは確か……セダの魔物図鑑の追補編にあった、未確認の生物に関する覚え書きか何かだったはず。
「フネ……フネクイスライム、だったか?」
「スライム?」
「うむ……もしかしたらアレがそれかもしれん。本にはあくまで仮名だと記されていた。襲われた者はあれがクラゲだとわからなかったのかもしれんな。確か……小舟より大きな半透明のぶよぶよしたものが舳先にとりつき、丸呑みされそうになった、とあったような」
「船を丸呑み……確かにあのサイズなら出来そうだな。あれだと盾で防ごうにも丸呑みかなやっぱ。そうなると正面からぶつかるのは厳しいか」
「ヘイト管理が大分シビアになりそうね。順番にスキルや強攻撃で正面に立たないよう回す感じかしら」
流石にゲーム慣れしているミストやユーリィはもう対策を考え始めている。しかし相談しながらミストは首を傾げた。
「そうだなぁ……けど、あいつの正面ってどこだと思う?」
その言葉に全員がクラゲを見上げる。正直なところ、正面どころか上下とか左右もあるのか怪しい。相手は完全なる左右対称に見えるし、どこかに目や口が見える訳でもないのだ。
「……多分、どちらかの端が口だと思うのじゃが」
「全然わかんないわね」
皆で首を傾げていると、ヤライ君は私の話を聞いて首を傾げた。
「ウォレスさん、そういう記録が残ってるって事は、撃退したんですか?」
「いや……櫂で殴ったらビリビリと痺れて取り落とし、もう駄目かとヤケになって、手当たり次第舟に積んであった荷物のうちの手に触れた物を投げたら何故か逃げられたと」
「痺れる……じゃあ投げた物の中に何か弱点があったんですかね?」
うーん、そんなはっきりしたことは書いてなかった。あの本は詳細の定かでない魔物に関する記述ばかりで、読んだ時は役に立つかわからないと思った記憶がある。
駄目だ、もっと正確に思い出せ、思い出せ……!
そう強く念じて頭の中の本棚から本を取り出す事を想像する。追補のための小冊子は薄く、表紙はクリーム色の紙製。読んだ時と同じようにページをめくりその記述の冒頭から文字を追うことをはっきりとイメージする。そうすれば、いつだって私の目の前にその記憶は甦る。
「……『自分の命を救ったものが何だったのか、漁師ははっきりとはわからないと語った。ただ、無我夢中で最後に投げた物は、その日妻が作って持たせてくれた弁当の入った籠だったような気がすると言っていた。何故か化け物はそれを飲み込み海に沈んでいったように思うと語っていた事を記録しておく』と、あった」
「……」
私がそらんじた一節を聞いた皆の視線がクラゲへと向かい、それから何となく周囲を見回す。私達が捧げた食べ物は、一緒に流れ着いてもおかしくないはずなのにそういえばどこにも落ちていなかった。消えたにしては少し早い気がする……もしかしたら、そこに一つの可能性があるかもしれない。
「じゃあとりあえず、どっちが口かを確かめるとこからね。よろしくヤライ君」
「了解です」
私達はまず一定の距離を取り、食べ物を投げてみてそれに反応するかどうかを確かめることにした。
左右対称の瓜のような形ではどちらが口なのか分からない。船をも呑み込むような巨大な口に飲まれたらひとたまりも無いので、まずは遠くからということになったのだ。
ヤライ君は足音も無くクラゲに近づき、すっと右手に丸い円盤状の物を取り出した。
「ハッ!」
それをクラゲの上空めがけて高くフリスビーのように放り投げる。
「丸い魔法焼きは流石に良く飛ぶのう」
「そうだな……」
魔法焼きの提供者のギリアムがちょっと悲しそうに呟いた。
魔法焼きだけで一スタック……つまり99個近く持ってるって言ってたのに何で一個失うだけでそんなに悲しそうなんだろう。むしろ少し減らそうよ。というか、ポーションより先にそれをケチるべきなのでは?
「あ、動いた!」
魔法焼きの食べ過ぎについてギリアムに突っ込もうかどうしようか考えていると、食べ物の匂いを嗅ぎつけたのかクラゲが向かって右側の端を持ち上げた。その持ち上がった側がまるで巾着袋の口を開くようにふわりと広がり、落ちてきた魔法焼きをパクリと受け止める。
どうやらあっちが口らしい。呑み込まれた魔法焼きが半透明の体の中に透けて、徐々に沈み込んで行くのが見えている。
まるで咀嚼するかのようにもにょもにょと波打つ巨体を見つめていると、ピコン、と小さな電子音が聞こえた。
「何か音がしたかの?」
「ん? あ、HPゲージ出てるぞ!」
ミストがそう言って指さしたのはウリクラゲの体の少し上。そこに名前とHPを示す棒、そしてその下に細い棒がもう一本出現していた。
名前は『フネクイウリクラゲ(?)』となっている。?って何だろう。
「HPゲージが緑ですね……敵じゃないんでしょうか」
ヤライ君が言うように、HPゲージは緑色だ。それは敵対的じゃないモンスターであるという事なんだけど……じゃあその下の黒いゲージは何だろう?
何かヒントはないかと私は腕を振ってウィンドウを開いた。するとそこにピコピコとお知らせマークが光っているのが見える。
何だろうと思いながらトンと触れると、新しいウィンドウがパッと開いた。
『特殊クエスト:村の守護者の空腹を満たせ!』
「……なるほど?」
クエスト欄には詳細と、制限時間をカウントするタイマーが出ている。
この時間内にクラゲに餌を与えて空腹を満たせばクエストクリアらしい。
発生条件は村で預かった干物ではなく、肉を供える事……石版の解読は条件には無いようだ。
クエストで与える物は肉以外でも構わないみたいだが、与えたアイテムによって満腹度の伸びに差が出る、と。
皆に声を掛けて詳細を伝えると、全員が困ったような顔を浮かべた。
「あの黒いゲージが、餌を与えると変化するって事かしら」
「食料アイテム足りるか?」
「調理した物はあんまり持ち合わせがないんですよね」
さっき供え物の相談をした時に、皆手持ちの食料は一通り確認している。
空腹状態にならないようにそれぞれ食料品は持っているのだが、アイテム欄を圧迫しないように種類はそう多くない。
私やユーリィなら甘いものや携帯食料が多いし、スゥちゃんはジュースが好きらしい。ミストとヤライ君は肉っぽい屋台料理が多い。後は魔法焼きを一スタック持つ男が一名。
……魔法焼きについてギリアムに突っ込むのは止めにしよう。何が役に立つか分からないものだなぁ。
「とりあえず一通り投げてみて、その反応でどうするか決めるか? 最悪出直しも視野に入れて」
「そうね……こんなことなら早めに薬師止めて料理取っておくんだったかも」
「そうですね、そしたらここで料理出来たかもしれない……まぁ、今更ですが」
生産職が料理人なら、野外でもそれなりの道具と火があれば料理が出来るらしいもんね。
ひょっとするとこのクエストは、生産に力を入れている人向けのものだったのかな?
道中の微妙なギミックを搭載した敵の数々も、それなら何となく納得がいく話だ。やり方を工夫すれば多少レベルが低くてもここまでたどり着けそうだし。
お待たせしました。
流れに迷ったら詰まってしまいました。
やっと詰まってたとこ抜けました。