59:何だかよくわからないもの
「よっと……ほら、開いたぞ」
「すまんな」
ミストの手によって祠の屋根は無事持ち上げられた。
ちょっと面白くないが、とりあえずそれよりも中身だ。私はぽっかりと空いた石の箱の中をいそいそと覗き込む。
「お……なるほど、石版か」
へぇ、こんなのも図書探索に引っかかるのか。憶えておこう。
「本じゃないの?」
「まぁ、厳密には本ではないが、何か記されている事は間違いなかろう。どれ」
私はそれを手に取ってみた。祠の中に安置されているものを勝手に触って良いのかとかそういうことはまぁこの際気にしない。私の探索スキルに引っかかったと言うことは、プレイヤーが手に取るために用意されているに決まっている。決まってなくても決めてしまう。
「何この模様。普通の文字じゃないのね?」
「これは……多分、この大陸の少数民族が使う文字じゃな。ええと、この感じは……確か人魚文字だった気がするのう」
「そんな事まで憶えてるのか?」
「まぁ一応の」
確かに絵のようにも見えるこれに対して、私の記憶力は普通の文字や数字ほどには積極的に働かない。しかし銀葉の庵で読んだ妖精を始めとした幻想種の中に人魚が載っていて、そこから読んだ関連する本の中に解説が載っていた。最近の事なので記憶に新しいし、時間をかければどうにか思い出せる。
「ふむ……水の精霊、約束、記す。友好、証……」
記憶を漁りそれらをゆっくりと読み解く。多分こういうのも学者に転職したらもっと簡単に色々出来るようになるんじゃないかと思うんだけど、どうなんだろう? 早く転職したいなぁ。
「ふむ……わかったぞ」
石版に書かれている文字は多くなかったが、慣れない翻訳には少し時間が掛かった。それでもどうにか一通り読み終え、私は石版から顔を上げた。全員の視線が私に向かう。
「おじいちゃん、なんて書いてあったの?」
スゥちゃんがワクワクした顔で聞いてきた。そんな顔されるとちょっと答えづらい。
「うむ……そのな、供え物は魚じゃなく肉にしろとある」
「……」
沈黙と視線が痛い。いや、本当なんだってば。
説明することしばし。
私達はそれぞれアイテム欄を開き、お供えする丁度良さそうな物を探していた。
「これどうかしら、モモペスのモモ焼き」
「うわ変な名前……お姉ちゃん、何それ」
「それ俺もモツ煮持ってますね。多分サラムの店で買った……なんか羊っぽいけど微妙に違う何かの生き物の肉だと思います」
「サラムの料理は訳わかんないから止めようぜ、変なもんだったら困るだろ」
「俺、魔法焼きしか持ってねぇんだけど駄目かなやっぱ」
「うむ……わしは甘いものと携帯食と果物……種類は結構色々じゃが軽いかの。あとは……む、少しだが串焼きがある。ポルクルのじゃが」
「鼠の串焼きとかなんで持ってんだよ!」
「いや、セダの屋台で売ってたから好奇心で。結構美味いぞ」
鼠といってもサイズ的にはもう小型の猪くらいある奴だし、草食動物だし、そんな気にするようなものでもない。他にも猪とか牛とか人気の肉も多少あったのだが、ドロップした端から売ってしまったんだよね。どうせ料理出来ないし……。
結局その後、どれが良いか分からないので、皆で海産物以外に出せる物を一通り供えてみようということになった。
「うう、俺のセダジシのステーキ。とっておきだったのに……」
「好物を取っておくからそうなるとそろそろ学習せい」
メインには一番供物っぽくて良いんじゃないかという事で、ミストのお楽しみ非常食だったセダ周辺にいる猪のステーキが選ばれた。評判の店のテイクアウト品で、結構良い値段だったらしいが、上手く行ったらあとで皆で補填するからと説き伏せた。
好物を大事に取っておく癖のあるミストは、今までにも何度も好物を最後に残してお腹いっぱいで入らなかったり、嫌いなのかと思われて友達に食べられたり、食べ忘れて冷蔵庫で腐らせたりしている。なのに懲りないからそういうことになるのだ。いくらしまっておけば腐らないからって、適当に食べれば良かったのに。いやまぁ、その癖のおかげで今は助かったので礼を言っても良いけど。
皿に載った状態で出てきたステーキの周りに、モモペスのモモ焼き、モモペスのモツ煮、スペシャルミックスジュース、魔法焼き、ポルクルの串焼き、それと誰かが持っていたドロップ品の鹿の生肉が並べられた。
料理も並べ終えたので、石版を祠に戻し元通りに蓋をして皆でお参りする。すると祠が淡く光りだした。
「これ……お供えするとボス戦だったっけお姉ちゃん」
「そう、クラゲのボスが上から出てくるって話だったんだけど、肉の場合はどうなるのかしらね?」
「俺、何か嫌な予感しかしない」
「楽しみですね!」
「なぁ、なんか揺れてねぇか?」
「ボスはどこから……って、んん!?」
何と、開かないはずの祠の小さな扉が、開い――!?
石に溝が彫ってあるだけだった扉が目映い光を放ちながら開いた、と目を見張った次の瞬間、そこから溢れ出た大量の水に私達は呑み込まれた。がぼっと全員が一息で水に沈み、水流のせいで目も開けていられない。何がどうなったのかと思う間もなくもみくちゃにされ、それが一瞬止まったかと思ったら今度はその水流によって体がどこかに流される。
思わず手を伸ばしたが、触れる物は何もない。仲間は、と思った一瞬の後、今度はざっぱんと勢い良くどこかに放り出され、私はゴロゴロと転がって仰向けに倒れた。
「げっほ! うえっ、何だコレ……あ、ウォレス、生きてるか!?」
最初に立ち直ったのはミストだったらしい。声が聞こえ、覗き込む顔が微かに見えた。
「う、む……生きとる……前がよく見えぬが」
「そりゃ髭のせいだ……起きて払えよ、ほら」
ああ、この視界を半分遮っているのは顔に張り付いた自前の髭か。何かと思った。
背を支えて貰って起き上がり、張り付いた髭を落とすと、私以外の皆ももそもそと起き上がって水を吐いたりしているところだった。幸い私は水は飲まなかった。
「くっそ、しょっぺ……思い切り飲んじまった」
「あーもう、ビショビショ! 何コレ!」
「それよりもここどこですか……」
「あ、サンゴ綺麗……アレ持って帰っちゃ駄目かな」
サンゴ? とスゥちゃんの言葉に周囲を見回せば、辺りはまた別の広場のような開けた場所だった。別の、と判断出来るのは辺りの岩壁に、さっきはなかった無数のサンゴやイソギンチャク、海藻などが張り付いているからだ。濃い灰色の簡素な岩壁とは全く異なり、色とりどりのそれらは花畑のように美しい。さっきまでの洞窟のような人工の明かりはなく、その代わり特定のサンゴやイソギンチャクが光を放ち、辺りを幻想的に照らし出していた。
しかしその美しさに浸っている暇はなさそうだ。
「スゥ、お前他に見るもんあるだろ……」
「シーッ! 見ない振りしてるの!」
そんな美しい広場の中心、私達の目の前には、巨大な……なんだろうこれは。良くわからない巨大な何かが浮いている。
「あれなに? ここのボスってクラゲだって話だったんだけど……」
「さて……なんじゃろうの。半透明だし、多分アレもクラゲの一種なのかもしれん」
「ひょっとしなくてもレアボスかよ……」
「アレここのボスじゃないの?」
「攻略だとここのボスは確かもっと普通の、傘みたいなのに足があるタイプだったと思います」
「ああ、ありゃあ多分、ウリクラゲって奴だ。アホみたいにでかいが」
幸い私達がいるところは端っこで、相手が敵意を抱く範囲にはまだ入っていないらしい。とりあえず私達は服が乾くまで刺激しないことにして慎重に距離を取る。その上でそれぞれが戦闘準備をしながら、油断なくクラゲらしき物を観察した。
ちょっと月末&冬支度アレコレで更新が遅れ気味になります。
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話の雰囲気が変わってないって喜んで貰えるの、再開時に苦心したとこなので嬉しいですね。