58:引いて駄目なら
「おっりゃぁ! カニ刺し!」
雄叫びを上げてギリアムがメイスを振るう。でかいズワイガニっぽいカニの右のハサミがその一撃で砕けた。
「カニクリームコロッケ!」
もう片方のハサミをスピッツの斧が勢いよく切り落とし、カニの武器がなくなる。そこにもう一度ギリアムのメイスが振るわれ、カニの頭がひしゃげた。それを最後にカニはパチンと弾けた。
「肉出たか?」
甲殻類アレルギー持ちの男が嬉しそうに振り向いて聞いてくる。どれどれとパーティの共有アイテム欄を見れば、カニ肉というアイテムが増えている
「出とるよ。これ一つで何人分かは分からんが……わしは普通に塩茹でした奴がよいな」
「俺カニグラタンが良い」
「私は焼いたのかしら」
「俺はカニ鍋が良いです」
「よし、もっと狩ろうぜ!」
別に良いけど、なかなか祭壇につかないな。まぁ良いけど。
あの哀れなハッピーセットを何回か同じようにやり過ごし、洞窟の奥へと私達は一応順調に進んでいる。
出てくるモンスターも徐々に種類を増してきた。
行き止まりで待っているので大体回れ右されてしまうイソギンチャクや、天井からわかりやすくぶら下がっているので私に凍結させられユーリィに撃ち落とされるワカメ、触角に衝撃を受けると反射で後ろに跳んで岩に挟まってしまいミストに串刺しにされる海老など、様々な海の生き物と遭遇している。何故かどれも少々残念な気がするのは運営のせいだと思う。
今倒したカニは横移動以外は素早く動くことができないので、後ろと前から同時に攻撃すると前後を気にしてその場で右往左往しだし、ろくに攻撃してこなくなる。これも結構残念なモンスターだった。
ヤライが壁を駆け抜けて後ろに回って適当に突けば後は正面からギリアムとスピッツが叩き潰せる。ドロップでカニ肉を落とすと分かってからの皆の士気も高い。
私達の中に生産で料理をやっている人はいないので直接の使い道はないのだが、宿か海鮮料理屋に渡せばきっと美味しく料理してくれると提案したら特にギリアムが食いついたのだ。
現実と違ってアレルギーを気にせずカニ三昧出来るかもしれないとあって、カニに対する殺意がすごい。武器の相性が良い事もあって、ギリアムはカニが出ると嬉しそうに走って行くようになった。たまにカニのハサミがかすったりしているようだが耐久が高いので気にしていないようだ。
あ、でも流石に何回もやってると結構HP減ってるな。
「ギリアム、回復しようか?」
「ん? ああ、いや、こんくらい自分でやるわ」
ギリアムはそう言って腰のアイテムポーチに手を入れた。回復薬を取り出すのかと思いきや、出てきたのは本。
『来たれ来たれ、光の子。その羽根に光宿し、汝が優しさをどうか我らに恵みたまえ。灯れ、癒やしの光』
ぽ、とギリアムの体が白く光り、HPバーが回復する。しかし回復量は多くないらしく、一回では全快までいかなかった。私は初めて間近で他人が魔法を使うのを見て目を見張った。
「ギリアムは魔法も使うのかの」
「ああ、白系を少しだけな。素材集めであちこち行くから回復くらい自前でと思ってよ。生産に金回して薬ケチってるしな」
ギリアムがそう言うとユーリィが首を傾げた。
「でもドワーフでしょ? あんまり量も回復しないし面倒なだけじゃない?」
ドワーフは確かにMPもあまり多くないし知性なんかも上がりにくいらしい。しかしギリアムはその言葉に首を横に振った。
「良いんだよ、どうせ俺は生産メインのエンジョイ勢みたいなもんだし。それよりも大事なのは浪漫だ! 魔法が使えるなら、少しくらい自分でだって使いたいじゃねぇか!」
まぁ浪漫だよね。わかる。
「それはまったく同意するしかないのう……魔法系への転職は考えとらんのか?」
「剣士始まりで今闘士だからさすがに無理だろ。頭の出来もそこまで良くねぇから、憶える魔法も絞ってんだ。そりゃ、殴りプリ……いや、モンクとか神官戦士? みたいな……そういうのも憧れるけど、今んとこそういう職があるって聞かねぇしな」
魔法は使いたいけど全部は無理だから、役に立つ回復系だけに絞ってるのか。そういうのも確かにありだ。浪漫の前には多少ステータスにばらつきが出ても良いというのが、潔くて良いね。
「浪漫ねぇ。まぁ少しは分かる気もするけど……私だってもうちょっと使いやすかったら魔法系考えたもんね」
「ユーリィも試してみたのかの?」
「オープンβの時にね。でも結局向いてないっぽいから止めちゃったのよ」
「俺もそうだな。あとレベル上がった時の補正考えるとどうしてもあんま浮気出来なくてさ」
それぞれ憧れはあれど悩みもあってやめたらしい。
スピッツは面倒だからこれでいい! と言いきり、ヤライ君は忍者に必要なら今後考えますと言っていた。ぶれない。
「皆一応魔法に興味はあったのかの」
「そりゃまぁね。βの時は魔道士の方が多かったくらいよ。皆すぐ挫折しちゃったけど」
「あー、魔法職しか募集で見つからなくて、仕方なくパーティ組んだらめちゃくちゃとかあったよな。弱い敵なら良いけど、ちょっと強くなると誰かミスすると雪崩れて全滅とかさ」
盾もいないならそれはそうなるだろうな。私だってソロの時は間違いなく勝てる相手にしか挑まないし。
「それはそれで見たかったの……残念じゃな」
「まぁ、ある意味面白かったけどね。そんな失敗もβなら笑い話になったし」
「でもいざ正式オープンになったら、魔法職少なすぎて笑えませんでしたね、逆に」
「そこなのよねぇ」
なるほどね。それで魔法職は人を選ぶって事が広がって職業が偏ったのかぁ。私は納得しながら、ふと良いことを思いつき、インベントリを開いて一冊の本を取り出した。
「ギリアム、お主にこれをやろう」
そう言って差し出したのは白い表紙の魔道書だ。もちろん私特製、ただし、そのうち捨てようかと悩んでいた本であるが。
「魔道書?」
「うむ。まぁそうなのじゃが、それは試作品でな」
「爺さんが作ったのか!?」
ギリアムは驚いて声を上げた。あ、そういえばギリアムにはまだ私が何の生産職してるのか教えてなかったっけ。ヤライ君も驚いたように目を丸くしている。
「え、じゃあ最近話題の魔道書って、ウォレスさんが作ってたんですか!?」
「ユーリィやスゥちゃんから聞いとらんかったかね?」
「あら、フレンドだからって許可無くそんな事教えたりしないわよ」
「ボクもお姉ちゃんに商人は秘密を守ってこそだって言われたから言ってないよ!」
おお、えらい。胸を張ったスゥちゃんの頭をなでなですると、嬉しそうな笑顔を見せてくれた。
「いや、誰が作ってるか謎なオリジナルの魔道書って、オクでヤバい金額になってる奴じゃねぇか。んなもん貰えねぇよ」
ギリアムはそう言って私が差し出した本を押し戻そうとしたが、私は構わずウィンドウを開いてトレード申請を投げた。
「いや、困るって!」
「まぁまぁ、取りあえず受け取って使ってみてくれ。実はその試作品は少々どころか大分問題がある欠陥品なのだよ。じゃから売らずに廃棄しようかと悩んどったのだ」
「欠陥品……廃棄?」
ギリアムは私の言葉にしばらく考え、渋々トレードを了承して本を受け取った。
そして片手に取り出して、ぱらりと開く。ページがめくれて出てくる文字は、一行だけ。
「……癒やしの光しか、書いてないな」
そう、実は回復魔法一つしかその本には載っていないのだ。ファトスで買える光の魔道書Ⅰにだって、複数の魔法が載っている。なのにこの本には本当に一つだけ、しかも基本中の基本、初級の単体回復魔法のみ。
「実は……編纂の可能性について色々検証中で、少々遊んでみたのだよ」
「いや……なんだこれ。この本を装備時に限り記載魔法の回復量が通常の五倍!?」
そう、でも所詮単体回復魔法だけだし……まぁ他の回復魔法をカンペなしで詠唱できたら、載っていないものの効果も倍くらいにはなる、多分。
「一体どんな作り方したんだ?」
「いや、単純に、制作時に制限時間内に、癒やしの光の詠唱を十回重ねただけじゃよ」
そうしたら効果が十倍にならないかなって思って。残念ながら無理だったけど。
「……十回?」
「同じ魔法を十回。スキルを使ってもギリギリじゃった。舌がもつれるかと思うたぞ」
その本初級用の本だから、制限時間もそう長くないんだよね。普通なら入る魔法は頑張って四つ、ギリギリ五つという所なのだ。早口言葉が得意だからこその強引な生産だった。でも同じ魔法重ねたらどうなるか知りたかったので、結果はまぁまぁ面白いものが出来る事が分かったから満足だ。使えるか売れるかは別問題だけど。
「そういうわけで、威力は上がっても一つの魔法のみじゃからな。そのうち処分しようと思うておったのだ。素材集めの時には多少の役に立つかも知れぬし、良かったら貰ってくれ」
「いや、役に立つどころかめちゃくちゃ助かるけど……ホントに良いのか? コレ、多分すげぇ売れるぞ?」
そうかなぁ。本見て詠唱してる人には不便じゃないかな。あと初級魔法くらいは憶えてる人の方が多いはずだから、魔法の増幅効果とカンペ代わりの両方を考えても、普通にもっと上級の魔道書持つ方が良いと思う。逆に初心者はHP量からいってもそんなに回復量を必要としないはずだ。
「ウォレスはちょっとずれてるから……まぁ良いんじゃない、本人が良いって言うなら貰っておけば。他の人に言いふらさなきゃいいわよ。パーティ的にも、単体回復でも魔法使える人がもう一人くらいいると結構助かるし」
うんうん。ギリアムの回復量でも五倍に増幅されれば結構役に立つと思うな。
「じゃあ有り難く……爺さんの装備作る時に、借りは返すよ」
「楽しみにしとるよ」
さて。話もついたところで、また洞窟の奥に進むと、やがて道は広場のように開けた場所に繋がった。
結構広く天井も高いようだが、壁の所々に今まで通った通路と同じく、村人が設置したという明かりが埋め込まれているのでそんなに暗くはない。
「あれが祭壇かしら」
ユーリィが指す方向を見れば、広場の突き当たりに一畳分ほどの広さで地面から少し高くなった場所があり、そこに小さな石造りの祠のようなものがある。アレがクエストの目的地らしい。やっと着いたか。
「あそこにお供えを置くと、ボスが出てくるって話だったわ。その前に休憩する?」
「そうだな、もう一回休むか」
私達は祠の前まで行って一休みすることにした。
祠は近くで見てもそう凝った作りではなかった。村人が頑張って石で作ったという感じの、素朴な作りだ。長方形の本体に、屋根と土台、観音開きの扉……観察していると、チリンとベルの音がした。
「む……」
「どうしましたウォレスさん」
「本の気配がする」
「本? 本なんて無いよ?」
周囲を見回しても、岩壁ばかりで祠の他は何もない。しかし間違いない。私の『図書探索』スキルが、ここに本に類するものがあると告げている。
私はパンパンと祠に手を合わせると、ちょっと失礼してそれに手を伸ばした。
「いや、それどう見ても開かないだろ」
祠の扉は、長方形の本体に扉に見える風に雑に線が彫ってあるだけ、と見せかけて――やっぱり彫ってあるだけだ。私の本命はこっち。屋根だ。
「ぐっ、重い……持ち上がらん……ミスト!」
「ウォレス……今それ持ち上げてパカッと開けたらすごい出来る感じで格好良かったのに」
くっ、やかましい! 極振りみたいなステータスに育ちつつある私に無理言うな!