57:残念な組み合わせ
「じゃあ、説明した通りによろしくの」
「任せて下さい!」
私の読んだ本によれば、この洞窟のモンスターはちょっと変わっている。
まずウミウシ。単体で出てきたなら、ヤライ君の出番だ。
「あれはオオスウミウシというのじゃが……弱点はまずあの触角じゃな。最初にあれを切り落とす」
ヤライ君が素早く駆け寄り、ウミウシの少し手前で方向転換し横の壁に向かって大きく飛んだ。ウミウシの反応速度は速くない。そうやって目の前から一瞬消えるだけですぐにプレイヤーをしばらく見失うらしい。
「ハッ!」
壁を思い切り蹴ったヤライ君はその反動を利用してウミウシの頭ギリギリの所を一瞬ですり抜ける。跳びながら振るわれた小剣によって弱点であるウミウシの触角はすっぱりと切り落とされた。
するとウミウシがブルブルと体を震わせ始めた。
「急げ!」
距離を取って見守る私達の前には盾を構えたミストが待っている。ヤライ君は素早く戻ってくると、ミストの後ろに逃げ込んだ。
ヤライ君が戻ってきた次の瞬間、震えていたウミウシが全身からシャワーのように酸を吹き出した。触角を失ったことで目標を見失ったウミウシの苦肉の策なのだろう。酸のシャワーの射程は少しずつ飛ばしてくる時ほど長くないので、ヤライ君のようにうんと素早ければ安心して避けられる。一応構えているが、ミストの盾までは届いていないし。
そしてその大量の酸は、流石にウミウシ自身の粘液の働きを弱め、さらに水分を失ったことで徐々に体が縮み、二回りほど小さくなる。
「ユーリィ」
「オッケー!」
すぐ横にいたユーリィに声をかけると彼女は待ってましたとばかりに銃を撃った。一発、二発と当たっただけでウミウシがパチンと弾ける。酸のせいで防御力が格段に落ちていたせいだ。
「えっ、チョロ! 嘘でしょ、流石にスキルもなしのノーマル弾でこれだと拍子抜けするわ……」
「レベルはユーリィの方が高いのだから、そんなもんじゃろう」
適正レベルギリギリの時に来たら少しは苦労したかもしれないが、何しろこの方法だと半分はウミウシが自爆するようなものだ。
「この方法だと武器や防具も傷みませんね」
「うむ。触角はほぼ粘液に覆われてないらしいから切りやすいようだしの」
まぁこのやり方はヤライ君のような素早い人がいる事が前提なので、パーティ構成によっては少し苦労するかも知れないけどね。
「ちぇっ、やっぱりボクとかギルたん向けじゃない敵なんだね。いっぱい出てきたらどうするの?」
「ふむ、それが面白くての。このウミウシは数が増えると、何故かサザエとセットで出てくるのじゃよ」
運営のお遊びなんだと思うんだけどね。
私はヤライ君に索敵を頼む。ウミウシが二匹以上で群れていたら教えてくれと。
「いました。この先に、三匹まとまって」
少し歩くとヤライ君が先を窺ってそう言った。気配を探知するスキルを使っていて、範囲は結構広いらしい。なかなか忍者っぽい。
「ウォレス、どうするの?」
「うむ。まず、普通に正面からウミウシに向かう。ヤライ君にウミウシを少しの間引きつけて貰ってだの――」
私はウミウシから適度な距離を取り、ぺたりと壁に張り付いた。隣にはスゥちゃんも同じように壁を背にしている。反対側の壁にはギリアムが張り付き、通路の真ん中にはミストとユーリィが立っている。素早さに劣る組はあらかじめ退避しているのだ。
ヤライ君は前方のウミウシを警戒している。
「ウォレス、俺は後ろを警戒してればいいんだな?」
「うむ。ウミウシがこちらを敵と認識して少しするとサザエが来るはずじゃ。そうしたらあとは打ち合わせ通りによろしく」
「了解。じゃあヤライさん、よろしく」
「わかりました。行きます」
ヤライ君はウミウシにゆっくりと近づき、安全圏のギリギリでパッと何かを投げた。どうやら両手の指にはさんだ細いナイフを何本も一度に投げつけたようだった。粘液に包まれていても細く尖った物なら少しくらいは刺さるらしく、ウミウシ達が嫌がるように身を捻る。そしてヤライ君をターゲットに定めのたのたと動き出した。ヤライ君はそれを止まったままじっと見つめている。
オオスウミウシの攻撃は体当たりと酸だ。しかし動きは素早くないので体当たりはすぐに避けられる。だからメインの攻撃は酸になるのだが、それを飛ばす時には予備動作があるのだ。ブルブルと体を軽く震わせ、触角の少し後ろ辺りに穴がぽかりと開く。どちらもほんの一瞬なのだが、よく見ておけばわかりやすいらしい。
事前に教えておいたそれをちゃんと見定めたヤライ君は、酸の攻撃が来る前にさっと壁際に飛んだ。酸を避けてからまたナイフを投げる。
そうやって軽い挑発と回避を繰り返し、ウミウシ三匹を道の真ん中に留めるようにヤライ君は立ち回った。
それを二、三回繰り返した頃、今度はミストが見ている反対側から何か固い物が岩を擦るような耳障りな音が聞こえてきた。
「ミスト、イワサザエがきたようじゃよ」
「私も避けるわね、あとよろしく!」
「わかった」
ミストは頷くと盾を構え直して音のする方をじっと見つめた。洞窟の向こうの薄暗がりからサザエが転がってきたのだ。ミストの少し後ろで周囲を警戒していたユーリィもそれを確認してさっと壁際に退避した。
「行くぞ、『挑発』! おら、こっち来いバーカ!」
ミストが挑発スキルを使い、ついでに子供のようにサザエに罵声を浴びせる。なんでも挑発系のスキルは使う時にこうやって罵倒を混ぜると効果が上がるらしい。もう少し格好いい罵倒語はないのだろうかと思うが、実際にサザエは岩のような殻の表面からシャキンとトゲを出し、ミストに向かってスピードを上げた。
「三、二、一、ゼロ!」
横で見ていたユーリィのカウントに合わせてミストが盾を翻して横に大きく飛んだ。それに合わせて道の真ん中でウミウシを留めていたヤライ君も大きく斜め後ろに飛び退き、そのまま洞窟の壁に張り付く。
目標に避けられたサザエは止まることも出来ず転がり続け、まるでボーリングの玉のようにウミウシの群れに向かい、鈍い音を立てて激突した。
柔らかなウミウシの体はトゲの生えたイワサザエに勢いよくぶつかられればひとたまりも無い。まるで爆発したかのようにその表皮や肉がはじけ飛んだ。しかしウミウシが三匹もいると流石にサザエもその真ん中で動きを止める。そこにウミウシの体にたっぷりため込まれていた酸が降り注いだ。
貝殻が酸に弱いのはこの世界でも一緒らしい。シュワシュワと殻が溶け、開いた穴から柔らかな中身にも酸を浴びたサザエが慌てたように蓋を開けたが、地面にも溜まっていた酸がその身もたちまち溶かしてゆく。
「うっわ、えぐ……」
ユーリィが思わずそんな感想を漏らしたが、まったくその通りの有様だ。軟体動物が四体、ほぼ一塊になって苦しそうに微かにうごめいている。
「あ、やっと死んだ……」
やがてかろうじて形を残していたウミウシとサザエがパチンパチンと光となって弾ける。それを見てスゥちゃんが小さく呟き、ホッとしたように息を吐いた。
「ウォレス、これ酷くねぇ?」
「何か……見てはいけない物を見たような気持ちです」
「まぁ見た目は確かに最悪じゃが、楽なのだから問題ないと思うがの」
「いや俺しばらく貝食いたくなくなったわ……」
ギリアムは繊細だな。
けど、わざわざセットで出てくるんだからこういう倒し方を推奨してるんだと思うよ? その証拠に、倒すのが楽なだけじゃないのだ。
「実はの、このセットで倒すと経験値がお得! ドロップも何故か良い! ときているらしいのじゃよ」
「嘘でしょ!?」
「え、ドロップ……あ、ホントだ素材さっきまでより多い! あ、真珠出てる!」
経験値はいちいち数えていないので良くわからないが、ドロップアイテムはさっきよりも多い。貝類が落とすレアアイテムの真珠や、シェルブロック、サザエの肉、ウミウシの粘液など色々並んでいる。粘液は紫色の高級染色素材になるらしい。サザエの肉は、さっきのあれに食べるところが残ったのかとか突っ込んではいけない。
「何でなんだよ……っていうか、あれから落ちた肉食いたくないな」
「本にもその理由は何故か分かっていないと書いてあったが……まぁあれじゃよ、楽ちんでちょっとお得な……ハッピーセットみたいなものだと思って気にせんで行こう」
「それ何か違う気がするわ」
「アンハッピーセットじゃねぇかな」
総合的に私達はハッピーだからいいのだ。