56:海辺の生き物
さて、一夜明けて。
「じゃあ、今日はクエストね!」
朝から皆張り切っている。
まずは村長のところヘ行ってクエストを受けないとね。
「ではこの供物を洞窟の祭壇に供えて頂きたい」
村長の話によると、この村の西の海岸に洞窟があり、その奥に村人が海の神を祀っている祭壇がある。村では年に二回祭壇に供物を捧げていたのだが、今年はどういう訳か祭壇への道がしばらく水に沈み、再び行けるようになった時には魔物が出るようになっていた。そこで旅人への依頼は、魔物の駆除と取り急ぎ供物を祭壇まで運んで供えて欲しい、という事だった。
「何か、干物臭い供物ね」
村長の家を出た後、獣人であるが故に鼻が良いらしいユーリィが供物の包みに顔をしかめた。
「わしが持とうか」
「頼める? ありがと」
荷物を受け取ってインベントリにしまう。水を避ける為か結構しっかり包まれていたので私にはあまり匂いはわからない。そういえば私は鼻は普通だが結構耳がいい。ユーリィ達もそうだけど、その辺はエルフの特性かな? そう考えると結構種族って影響があるのかもしれない。
そんな事を考えながら、村の西に向かって海岸を歩く。歩きながら皆でこれからの相談をした。
「簡単に説明しておくと、このクエストの行き先は岩の洞窟タイプの小規模なインスタンスダンジョンだって話だったわ。田舎だからか不人気みたいだし、他のパーティとかち合わないから気楽よ」
「洞窟タイプって足下悪かったりしてちょっとやりづらいよな。広さはどうだろ。罠とかある?」
「俺も調べましたけど、そう広くはないみたいですよ。罠はないらしいです」
「戦闘も考えると、多分二列で歩いて丁度良いくらいね。スゥはハルバードは止めて、柄が短めの斧にしてね。予備あったわよね?」
「あるよ、大丈夫!」
スゥちゃんが早速持っていた柄の長い斧をしまい、別の物を出す。予備の武器は柄がスゥちゃんの背丈の七割くらいの長さで、厚みのある片刃の斧だった。
「前衛は俺とスゥかな。ウォレスとヤライさんは中で、ユーリィとギルさんは後ろ頼めるかな」
「ああ、大丈夫だ」
「オッケーよ。よろしくギルさん」
「おう」
私以外は皆それなりにパーティプレイになれているからテキパキと分担を決めていく。
前を行くのはミストとスゥちゃんで、私と遊撃のヤライ君が真ん中、射程の長いユーリィが後ろ。それは分かるが。
「ギリアムは何をメインの武器にしとるんだね?」
「ん? ああ、俺の武器はこれだな。わかりやすいのが好きなんだ」
そう言って見せてくれたのはこれぞ鈍器というようなメイスだった。太い握りと柄の先にトゲの生えた金属の塊のような頭がついている。ハンマーと言うには少し小さいが、顔に似合っているバイオレンスな武器だ。
「ドワーフだから耐久力はあるし、素早さとかも多少補強してあるから、バックアタックされてもまぁ少しの間なら臨時の盾くらいは出来るだろ」
広さ的に前に三人は出られないので、後ろを守るので丁度良いと言うことらしい。
私はどうしようかな。洞窟だし、広さとか考えるとあんまり攻撃魔法は向いてなさそうだ。補助魔法を中心に、足止めくらいだろうか。今回は割と適正レベルが低めのクエストらしいから楽勝だとユーリィも言うし、皆の戦い方をゆっくり見物させて貰おうかな。
などと思った事もありました。
「ちょっ、キモいキモい、こっち来ないでー!」
うねうねと身をくねらせながら近づく巨大なウミウシにスゥちゃんが斧を振り下ろす。しかし斧は粘液で滑ってあまりダメージを出さず、地面を打った。
「斧が滑るー! やだもー!」
「スゥ、下がれ!」
ミストが盾を構えてスゥちゃんの前に割り込む。その直後、ウミウシがブルブル震えて青紫の粘液を飛ばしてきた。酸が含まれているらしく、ミストの盾から薄い煙が立った。二人は慌てて少し後ろに下がって距離を取ろうとした。しかし二匹いるウミウシはその分じりじりと前に出て交互に酸を飛ばしてくるのでミストは盾を下げる事が出来ない。ウミウシ手強い。
『降れ、氷の華』
そんなドタバタ戦闘を眺めながら詠唱を終え、魔法を発動するとウミウシ二体が飛ばしかけた酸ごとたちまち白く凍り付く。ウミウシのHPがみるみる減って半分ほど残して止まったところで、勢いよく振り下ろされたミストの剣とスゥちゃんの斧がそれぞれとどめを刺した。レベル的には余裕というのは確かだったらしく、ちゃんと当たればダメージが出ているようだ。
カシャン、と氷が砕ける涼やかな音が洞窟に反響する。そしてそれを台無しにする野太い声も。
そうだ、後ろも忙しかったのだった。
「くっそちょろちょろすんな! てめぇ殻から出てこいっつの!」
「あっ、ちょっと雑に避けないでよ! もー、鬱陶しい!」
殻にこもってぎゅるぎゅる回転しながらバックアタックで襲ってきた巨大サザエをギリアムはすれすれで躱した。手にしたメイスでどうにか叩こうとしているのだが、サザエの方が動きが速くて上手く行っていないらしい。ユーリィも銃を撃っているが、殻が固くてダメージが出ない。
ギリアムは何度か攻撃を避けながらタイミングをはかり、すれ違いざまにサザエの殻から出た尖った角をメイスに引っかけてすくい上げ、壁に向かって思い切り放り投げた。しかし跳ね返ったそれがユーリィの方へと向かう。
ユーリィは壁を蹴って素早く避け、今度は跳ね返らず岩にぶつかって止まったサザエにヤライが一撃を入れた。しかし殻が固すぎてやはりヤライの攻撃もあまり効いていない。
『縛せ、大地の鎖』
私も急いでもう一つ詠唱を終え、再び回り出す前にサザエを蔦で絡め取った。
「どりゃあ!」
すかさずギリアムが走り寄ってメイスを振り上げる。打撃系はちゃんと当たればサザエとの相性が良いのか、ゴシャッと大きな音がして殻が砕け散った。
「あー、海産物舐めてたわ……このクエは人気がいまいちって聞いてたけど、敵がムカつくからねきっと」
そんな感じで大騒ぎしながらどうにかこうにか少し先に進んで、安全地帯で私達はぐったりと休憩した。皆思い思いに軽食を取り出したり飲み物を飲んだりして息を吐いた。
私が出したのはサラム名物魔法焼きだ。ギリアムも同じ物を食べている。好きなんだなきっと。
「隊列はもう止めにして、ちゃんと偵察出して敵によって誰がメインで相手にするか変えないと駄目だな」
「そうね、レベル差あるしって思ってたけどやっぱ舐めプじゃだめね」
ホットドッグのような物を囓りながらミストが提案し、ユーリィもそれに頷いた。
「偵察は俺に任せて下さい」
「じゃあよろしく。あとは分担どうするかだな。ウミウシは多分遠距離が良いだろうし、俺はサザエは止められると思うんだけど、盾の耐久がな……」
「盾なら俺が簡易修復出来るから心配いらねぇぞ。こまめに直せばいけるだろ。あとで見てやるよ」
ギリアムの言葉にミストは顔を輝かせ、ホッと息を吐いた。装備の耐久は壁役の悩みの種らしい。
「ウミウシなら俺とユーリィで、サザエならスピッツさんとミストさん、ギリアムさんですかね。ウォレスさんの魔法すごい助かりましたけど、それにばかり頼る訳にいかないですし」
「MPはある程度温存しときたいもんね。先に進むと他の敵も出るらしいけど攻略情報あんまりなかったから、配分気をつけないとよね」
そこで言葉をふと止めると、ユーリィが私の方を見た。
「何かの?」
「ウォレス、もしかしてここの洞窟で出るモンスターの弱点とか、知って……ないわよね?」
「うむ、多分知っとるよ」
この地方の魔物図鑑にそれっぽいモンスターの詳細が確か載っていた。ただ、セダ近辺の海岸や洞窟に生息するって言う記述があっただけで、はっきりここのとは書いてなかったから実物を見るまでわからなかったけど。
あと皆にも特に聞かれなかったしいちいち事前にそこまで打ち合わせるのもどうかと思って黙っていたのだ。
私がそう答えるとユーリィはしばらくポカンとしたあと、ぎゅっと不満そうな顔をしてジタバタと手を動かして抗議してきた。
「知ってるなら言ってよー!」
「いや、ユーリィも掲示板とか見とるだろうと思ったし、わしもあれらがここに出るモンスターとは知らなかったのでな。あとネタバレしたらつまらないのかと思っておった」
「私はいつもなら効率厨だからネタバレ上等派なの!」
「それは胸を張って力説する事なのかの……」
まぁ私も本で予習してるから同じ派閥に入るのかもしれないけど。仲間だね。