55:息抜きは重要
「海!」
海に向かってそう叫んでスゥちゃんが元気に走って行く。服装はピンクの花柄のムームーのようなワンピースで、頭には同じ布で出来たスカーフ。鎧はないし足下もサンダルだ。
「あっ、スピッツさん駄目ですよ! ここの海は一応モンスターが出ますから確かめてから!」
真面目なヤライ君がそれを追っていく。こちらはいつも通りの格好。というか、夏の浜辺でその黒ずくめの格好は暑くないんだろうか?
「スゥ、ここで死ぬとセダまで戻されるわよー」
「だいじょーぶだもん! ボクのHP舐めんなー!」
そう言って海に足を付けたスゥちゃんはバシャバシャと走りながら片手に長柄の斧を出す。
「うぉりゃっ!」
女子らしくない掛け声と共に振られた斧が水しぶきを高く上げ、それをパッと引き上げると衝撃で巨大な貝が水の中から飛び出してきた。
「うぉっ!? いきなり何するんですかスピッツさん!」
「でっかい貝! 食べれないかなぁこれ!」
飛んできた貝が近くにいたヤライ君に当たりそうになり、慌てて彼が跳びすさった。素早い動きは流石だ。
「相変わらず好き放題だな……」
「元気が良くていいじゃねぇか」
私の近くにいたミストがため息を吐き、今日皆に紹介したばかりのギリアムがその肩を叩く。こうしているとギリアムはなんか大人の余裕感あるね。浪漫を追い求めてない時だけは。
結局、ユーリィとの約束のリゾートは、私がクエストを頼もうと思っていたフレンド全員で来る事になった。スゥちゃんが絶対付いていくと言い張り、その子守にヤライ君が巻き込まれ、心配したミストが参加したいと言い出して、それならついでに皆に紹介しようとギリアムを誘ったのだ。
待ち合わせ場所のセダで皆にギリアムを紹介した時はまぁそれなりに一悶着あったが、今は友好的な雰囲気でほっとする。
フレンドのドワーフ男が来ると私が言っていたのに、来たのは最大身長クラスのヤクザめいた男だったため、皆けっこうびっくりしたらしい。皆に訝しまれ事情を説明したらギリアムがまた落ち込むなどしたが、とりあえず馬車に押し込み出発は出来た。馬車の中で落ち込むギリアムを皆で励ましたりしたのが良かったのかも知れない。
で、ここは目的地だったセタラの村の海岸なのだが。
「結構混んでおるな」
「そうねぇ、やっぱり皆夏っぽいとこ行きたいのかもね」
村から出てすぐの海岸には結構沢山の人がいた。パーティ単位で来て海辺に転がってお喋りしていたり、遠泳勝負をしているっぽい数人がすごい速度で泳いでいたり、カップルが木陰に座って見つめ合ったり、色々個性的だ。水着の人も沢山いる。
ここの海岸はあまり強い敵も出ないらしく、水着や街着でも問題ないらしい。私もさっき村で買った普通の服に着替えていた。
「ウォレス、アロハ似合うわね」
「ありがとう。ユーリィも似合っとるよ」
私は白地に青い椰子の木の模様が描かれたシンプルなアロハシャツに、七分丈の涼しいパンツを履いている。ユーリィは青地に鮮やかな木の葉が描かれたアロハシャツだ。
と言うか、よく考えたら何でファンタジーでアロハなんだと思わないでもないが、そこはもう忘れることにしている。一応買う時にも、これはアロハではない、セタラ名物のセラハという街着だと紹介されたしね……。
今日はいつもと違い、髪も一つに結んで髭も三つ編みしてあるので首元も涼しい。
「宿取っておいて正解だったなやっぱ」
「海沿いの良い宿が空いてて良かったよな。南国リゾートっぽい宿、浪漫があるしよ」
出たな浪漫派。そんなところにまで浪漫感じるのか……いやまぁわからないでもないけど。
というかミストとギリアムもアロハ……ならぬセラハなのだが、そうなるとヤライ君だけが激しく浮いている。
「ヤライ君、海辺でその格好は目立ちすぎるから、セラハにしたらどうじゃね」
私がそう声を掛けるとヤライ君は少し迷った顔を見せた。と言うか、顔が赤いから大分暑いんじゃないだろうか。
「いえ、しかし忍者たる者、常在戦場の心構えでいないとですね……」
ああ、ここにも浪漫派がいた。
「ふむ。それはとても良い心がけじゃが、普段は世間に溶け込み世を忍ぶのも、忍者には重要なことではないのかの?」
「そっ、それは確かに……! ウォレスさん、俺が間違ってました! 着替えてきます!」
ヤライ君は私にあっさり説得されて風のように走っていった。セラハを買ってくるんだろう。
「ウォレスって、口は上手いよなぁ」
「口はって他は駄目みたいに言うでない」
事実なのが悲しいだろうが!
「え、この貝食べれないの?」
「うむ、毒がある。それはそのまま倒してしまうといい。質はさほど良くないが、稀に真珠をドロップするらしいぞ」
「ちぇー、はーい」
スゥちゃんが長柄の斧で抑えていた貝を離して、思い切り叩き割る。貝はパッと光って消え去り、後には五センチ角ほどの、綺麗な虹色に光る四角い塊が落ちた。
「真珠……じゃないね?」
「それはシェルブロックじゃな。装飾品に使う材料じゃよ」
「そうなの? 残念」
スゥちゃんがそれを拾って唇を尖らせると、ギリアムが手を差し出した。
「いらないなら俺に売ってくれ。装飾品では結構使い勝手のいい材料なんだ。スキル上げにもなる」
「そうなの? うーん、じゃあボクにも何か作ってくれる? そしたらこれあげる」
「おう、いいぜ、何が良い? これだけだとあんまり強い補正のあるアクセサリーにはならねぇから、普段使いの小物って感じになるが」
スゥちゃんは少し迷うように視線を彷徨わせた。中学生だし、あんまりお洒落に興味無いみたいだからわからないかな?
「ブローチかペンダントが邪魔にならなくて良いんじゃないかの。いつも被ってる帽子に付けても可愛いじゃろう」
「ん、じゃあそうしようかな! 帽子に付ける可愛いブローチが良いかな。猫とか星とか、そういうの!」
「わかった。じゃあ出来たらメールで送っとくわ」
「ありがと、ギルたん!」
「ギルたん……いや、うん。良いよ、それで」
呼ばれ慣れない名で呼ばれた見た目ヤクザが困惑している。まぁ、仲良くなったようで良かった。
やがて黒っぽい地に白い花が描かれたセラハを着たヤライ君が戻ってきて、皆でどこかに昼食でも食べに行こうかという話になった。
何故か誰も海で泳ぎたがらないので、散歩くらいしかやることがないのだ。まぁ中身はともかく見た目的な女子は一人しかいないので、男ばかりで泳いでも楽しい事はとくにないだろうしね。
ここには何日か留まる予定で遊びに来ているので、日程には余裕がある。洞窟を遊覧する船の予約は今日の午後だし、クエストは明日以降に挑戦する予定になっている。海でのんびりしたくなったらまたその後で遊んでも良い。
「どこで食べる? レストランぽいの何軒かあったわよね」
「屋台もあったよ!」
ユーリィとスゥちゃんがそう言って村の広場の方を指さす。
どうせ食べるなら美味しいところが良いかな。
「ちとここで待っててくれ」
そう言って皆を待たせて、近くにあった私達が予約した宿に入った。受付には宿の奥さんらしき人が立っている。
「女将さん、少し良いかね?」
「大丈夫ですよ。どうかしましたかお客さん」
女将さんは愛想良く笑顔を向けてくれた。予約した客はちゃんと憶えているらしい。
「この近辺で、お勧めの料理屋はあるかね? せっかくだからこの村の名物や名産の美味いものが食べられたら嬉しいのじゃが」
私の問いに女将さんは嬉しそうに頷いた。
「この村は海の幸と果物くらいしか名産なんて無いんですけど、昼食なら広場から西へ続く通りを入って、三軒ほど向こうにあるレベロの海鮮料理屋がお勧めですよ。私達も時々行くくらいなんです」
「それなら信用が出来ますな。ありがとう」
「どういたしまして。お勧めは今日のお任せ魚料理ですよ。朝の漁で獲れた魚介を一番美味しい食べ方で料理してくれるんです」
それは気になる。というか、やっぱり地元民がやる店はどこもお任せが実は美味しいんだろうか。
「わかりました。早速行ってみます、ありがとう」
重ねて礼を言い、宿を出る。外では皆がお喋りしながら待っていた。
「あっちに美味い店があるらしい。そこにしよう」
「そうなの? 何料理?」
「海鮮料理屋だそうだ。その日のお任せが美味しいらしいぞ」
「ウォレスがそう言うなら信用できそうだな……」
何度か私と食事をしているミストの言葉に私は思わず笑ってしまった。この前はプリン味の何かをあんなに嫌がっていたのに。それに、信用できるのは私じゃないと思う。
「それは、この世界の住人に少々失礼というものじゃな」
もちろん、新鮮な海の幸を使った料理はどれも文句なしに美味しかった。
午後の遊覧船は楽しかった。
船頭の他定員六人の小舟に乗り、海岸の洞窟を案内して貰うツアーだ。
トンネルのようになった洞窟をくぐって通り抜けたり、干潮時にだけ中に入れる、広いけれど天井が近い洞窟を身を低くして怖々見学したり、海外にある青の洞窟のような洞窟でその鮮やかな色を楽しんだり。
「ゲームの中で完全な観光目的っていうのも珍しいけど、敵も出なくてのんびりして、こういうのもたまには良いわね」
というのはユーリィの談。
実はこの遊覧船ツアーは、村長の家に行って直に申し込むという経路でのみ発生するらしい。事前に住人と仲良くなって教えて貰ったり、本で知ったりしなければ知る機会がない。見物以外何もないのに地味にハードルの高い観光だ。
途中私じゃなくギリアムが船酔いしたり、はしゃいだスゥちゃんが船から落っこちたりというハプニングもあったが、とても綺麗で楽しいツアーだった。
私が意外なことにVRでは船に酔わないと言うことがわかったのは嬉しかった。そういえば馬車も何故か酔わなかったし、これはひょっとして騎獣に乗れたりする可能性もあるだろうか?
ギリアムはVRと現実の切り替えがものすごく下手と言っていたから、その辺も関係するのかもしれない。
宿の部屋はどうせログアウトに使うだけなので六人部屋。夕方、宿に戻って女将さんに料理屋が美味しかった礼を言うと喜ばれた。
夕飯は宿で食べたが、なんと海鮮丼がメニューにあった。どうやら以前ここを訪れた旅人の強い要望で開発された料理らしい。この村の魚料理は昼にも食べたし、せっかくなので私達も頼んでみることにした。
「やだ美味しい……この海鮮丼美味しい……」
「刺身がプリプリだし、イクラもうにもつやつやで最高じゃな。この魚醤のタレ、何かちょっとライムっぽい風味がするがそこがまた合うのぉ……」
「お魚あんま好きじゃないけど、RGOのは美味しいの、なんでかなぁ」
「最近のVRの味覚再生技術は大分進んでますからねぇ。多分運営に変態的なこだわりを持つ人達がいるんでしょう……本当に美味しいです」
「俺はこの最高の海の幸のデータを作った奴に拍手したい……あと強い熱意でこの宿に訴えたプレイヤーにも」
「俺、エビとかアレルギーで駄目なのあるんだけどよ、VRだと食えんの最高だわ……もっと早く思いつけば良かった……ああ、何年ぶりだろ」
ギリアムは海老を食べながら涙ぐんでいた。何だかいちいち不憫な男だ。
ちなみにイクラやうにはそう見えるからそう呼んだが、多分何か別の名前がついているんだろうと思う。刺身も味はトロだけど白身の魚とか、青魚っぽいのに淡泊な味の魚とか、見た目自体は結構色々だ。でも彩りも良いし何より味が美味しいので言うことはなかった。
皆で美味い美味いと食べていると、女将さんが笑いながら吸い物のお代わりを注いでくれた。
「美味しそうに食べるねぇ。あんた達旅人さんには何故かこの料理が一番受けが良いんだよ。もし入るならお代わりしておくれ」
うう、残念ながら魔道士の胃にはこれ以上は入らない。私は諦めたが、ギリアムとスゥちゃんはお代わりしていた。
「はー、美味しかった。さて、じゃあ今日はこの辺でログアウトね。また明日よろしく」
「うむ。明日は朝八時に集合じゃったな?」
「そうよ。全員の休みが合わせられて良かったわ。寝坊しないでよミスト」
「わかってるって!」
「お姉ちゃん起こしてね!」
「やぁよ。自分で起きなさい」
頬を膨らませて姉に縋り付くスゥちゃんを見て、私はふとヤライ君とギリアムを振り返った。
この二人はきちんとしてそうだからその辺は心配いらないだろう。
と思ったら。
「俺朝苦手なんで、待ち合わせ早い時は自動起床装置使ってますよ。ベッドが起き上がって起こしてくれる奴です」
「あー、便利そう。でも俺の体格のベッド、良い値段すんだよな……」
人それぞれだったようだ。私は寝起きは悪くないから関係ないな。
今日はもう本は読まずにログアウトの予定だし……夏休みの課題でも片付けようかな。いつだって本は読みたいけど、さっさと終わらせておけば後が楽だ。頑張ろう。
ちょっと遅くなりました。
たまにはのんびり観光な回。