52:魔法学者への道
『魔法学者とは何か。
それは魔の道を歩く者の一人であり、また正道な魔の道を行く他者からは時としておかしな者を見る目を向けられる事のある人間の総称である。
魔を使う技術を極める事よりも、様々な知識を集め世界の根源に触れる事を望む、探求の徒だとも言える。その探求の徒にとっては実際に行使する魔法などただの己の知力を生かしたついでの技術でしかなく、新たな探求の道を拓くための補助的な道具に過ぎない。
敵を倒して鍛錬するよりも知識の海に耽溺し、それを日常とする事を望む彼らは、能力的には魔の道を純粋に行く者達にはある意味劣っている。その能力値は本人のステータスを基準とし、そのレベルの魔道士と同程度ほどの攻撃力しか持たぬからだ。魔道士系統の上位職のような種別によるわかりやすい補正は存在しない。
しかし彼らには別の武器がある。それは彼らが集めた叡智に他ならない。知を集め、時にそれを武器として戦う者を学者と呼ぶのだ。そして、大抵の学者はその戦うための手段として魔法を使うため、総じて魔法学者と呼ばれている――』
「なるほど。わからん」
一冊目の本をざっと読み終え、私はパタリと本を閉じた。
いや、言いたいことは大体わかる。要するに魔法学者とは正規ルートを外れた変わり者だということだ。
だが問題はその能力や攻撃手段だ。この本には魔法学者の概念的な説明や、魔法以外の攻撃手段を持つ学者も多少いることが書かれてあったが、あまり具体的な説明がなかった。
「自作の分厚い辞書で殴る……訳ではなかろうなぁ」
物理で殴る学者は物理学者になるのか? ステータス的に魔法以外の選択肢はあんまり多くなさそうだけど。
あと具体的なスキルとかの例が上がってないのは何でなんだろう? 個人差があるのかな?
「読んだ本の数で攻撃力が上がるとか……ありそうだが、それだけではないと思いたいがの」
それじゃ何だかつまらないからだ。
本には歴史上の高名な魔法学者も例と共に何人か上げられていたが、その大体が故人か行方不明らしい。探求者はその心に任せて姿を消したということだろうか。生きててもどこかに引きこもって本を読んだりしてそうではある。
今読んでいた、『魔法学者とは』というタイトルの本はごく軽い読み物だった。少々自虐的な感じの説明もあったので書いた人もきっと、道を外れて誹られた魔法学者の一人に違いない。
で、次が……『賢者の足跡』と『転職の勧め~学者系統を志す者へ~』
賢者から読もうかな。
「賢者……賢者ね」
開いて読んでみると、歴史上の賢者と呼ばれた人々についての足跡や偉業などが書かれた本らしい。数はそう多くないが、それぞれ個性的な人生を送りそれぞれの得意分野でそれなりの偉業を達成したと書かれている。
それと、その本の最後にはこうあった。
『――歴史上、賢者と呼ばれる存在が現れたのは銀葉の賢者が最初だと言われている。始まりの王がこの大陸を統一するまでにした長く困難な旅を傍らで支えたのが彼の方であった。だが彼の方の始まりは一介の平凡な学者だったとも言われている。叡智を集め、集めた知を活かし、王の旅とその後の治世を助ける中で、いつしか賢者と呼ばれる存在に変わったと伝えられている。
とすれば、学者と名の付く者全てに、いずれは賢者と呼ばれる可能性があるとも言える。何故ならその称号は世界が与えるものだからだ――』
お、これはちょっと嬉しい。学者の上位転職先は賢者ってことなんじゃない?
別の本で読んだところだと、魔道士系統は色の名を冠した魔道士から魔導師、大魔導師とか、そんな感じだったはずだ。
そうするとこの道は学者から賢者、その後は大賢者とか銀葉の、みたいな二つ名派生とかかもしれない。格好いい……良いかもしれない。
「能力の補正やスキルがどんな感じかわからぬのが少し不安だが……浪漫はある」
そう、浪漫は大いにある。私の愛する正統派魔法爺から少し脱線するが、魔法が使えなくなる訳じゃないみたいだしそれはそれでありだ。賢者と呼ばれる老人。浪漫だ。うう、悩ましい。
取りあえずその悩みは置いておいて、最後の本を手に取って開いた。
『学者への道は幾つかあるが、気づけばその道を歩いていたという者が大半だ。戦いの手段に何を用いるか、何の学問に精通しているかで多少その名に変化はあるが、概ね転職も難しくはない。ただし、気をつけるべき事がある。それは、学者が望んで歩む知の道は、時として暗がりへと通じているということだ』
「ほう……穏やかでないな」
マッドになりやすいと言うことかな?
『故に、世界は学者への道を幾つか用意したと言われている。一人で歩む道か、友を作り、彼らと歩む道か。どの道でも、そこを歩む者への深い知識と理解が求められる。己だけならばそれは容易い道だ。しかし友と歩む道は深い信頼が必要となる。だが世界はそれこそが学者の歩む道を照らす光となると、その道を作ったのだ。
知の妖精は祝福の際に語る。知の道は目に見え難く、時には薄闇に続く、と。我らが闇に招かれぬよう、世界は我らに友を作れと訴える。薄闇を一人歩く容易き道と、光を目指して友と立ち向かう険しき道と。選ぶのは貴方だが、貴方の道が明るい事を願っている』
本を読み切って閉じた瞬間、ポーンと聞き慣れた音が聞こえた。
『転職クエスト:魔法学者への道の受注条件を満たしました。このクエストは派生が複数あります。確認してから受注することを推奨します』
ウィンドウを開くと、灰色だった魔法学者の文字が白くなっている。触ると、幾つかのクエストが書かれた画面が出てきた。
『転職クエスト:魔法学者(一):受注可能人数1
魔法学者(二):受注可能人数2――』
クエストはパーティの最大人数の6まであるようだ。フルパーティで挑む事も出来るって事か……これ、難易度は結構変わりそうなんだけどどうなんだろう? 一次転職だし、私のレベルでも受注できるんだからそんな難しいとは思いたくないんだけど……。ちょっと聞いてみるか。
本を元の通りにテーブルに重ねると、それがふわりと浮き上がった。驚いてみていると本達は落ちてきた時を逆回しするように上がって行き、するりと元の場所に収まったようだ。便利だ。
私は立ち上がって部屋の中央、アカシアのところへと戻った。
アカシアはテーブルの上で小さな椅子に座り、小さな本を開いて読書をしていた。渋可愛い。
私が近づくと彼が顔を上げてこちらを見る。
「やあ、望む本は読めたかね?」
「ああ、どうもありがとう。一番知りたかった事はひとまず知ることが出来た……少し聞きたいことも出来たのだが、良いかね?」
「どうぞ。答えられる事なら答えよう」
「ありがとう。魔法学者への道が私にも開かれたのだが……その道は幾つかに分かれておるようでな。これについて、本にはそれ以上の記載はなかったのだがどう違うのか教えて貰えぬかな」
クエストの発生場所はここ、銀葉の賢者の庵となっていた。ここに来る事も条件だったようだから、それはわかるんだけども。
「ああ、なるほど。学者への試練は、一人で行くか友を呼ぶかで過程も結果も変わるのだよ。一人ならば、種族や職業、今まで辿ってきた道、学んだ事など、投げられる問いに答えながら先を目指すことになる。しかし、友と行く道を選べば、その友らへの同じだけの知識と理解が必要となる。その道は険しいが、やり直しは可能だから挑む価値はある。そして、得られるものは多いだろう」
「友らへの知識と理解……つまり、彼らの種族や職業などについても詳しく知らなければいけないということか」
「そう。だが旅人……いや、戦う者にとってそれはともすれば秘匿すべき命綱でもある。それを明かしてくれるだけの心を開いた友がいるかどうか、それも重要なところだ」
その言葉に私は目を見開いた。なるほど、気心の知れたフレンドがいるかどうかで違う訳か。私は納得して頷いたが、それでも少しだけ首を捻った。
「必要なことはわかったが……何故、学者にはそのような選択肢があるのだね?」
「本にあったろう? 知の妖精は、知の道は時に薄闇に続くと語ると……知を突き詰めれば、やがて人が知るべきではない事も知りたいと思う事がある。全ての者がそうではないが、その欲求を止められぬ者がたまに出る」
「……人道に悖る知識を求める者が出る、と?」
「そうだ。昔……始まりの王の傍らには、銀葉の賢者だけでなく、本当はもう一人賢者がいたのだよ。しかし彼は暗き道に誘われ、明るい道を踏み外した。全ての種族に深い興味と関心を持ち、それらをその心の動きから臓腑の働きの果てまで知りたがり、多くの者をその好奇心の犠牲とした。そして王らと決別し、二度とは帰らなかった」
マッドな学者にはすでに前例があったのか。そんな話が出てくるクエストもこの先にあったりするのかな。
「その者が世界に付けた傷は大きく、だからこそ世界は求めた。知の道を歩く者の傍らに友がいることを。その絆が、道を踏み外さぬ為の命綱となることを。得られる結果は一人で歩いてもいずれは取り返せるかもしれない程度の差ではあるが、友と歩けばその道はずっと広がるだろう」
なるほどね。
うん、面白そう。そんなの面倒くさくても、絶対フルパーティでやりたい。
私は頭の中で協力してくれそうな人を思い浮かべる。と言っても私のNPCじゃないフレンドは丁度の数しかいないんだけどね。ミストにユーリィ、スゥちゃんにヤライくん。後はギリアム。ギリアムは協力してくれるかわからないが、でもいずれ賢者に至るための道だって言ったら二つ返事でオッケーしてくれそうな感じはする。ギリアムとフレンド登録しておいて本当に良かった。
けど、その前にちょっと試してみたい。
「その試練を、一人で試しに受けて途中で破棄することは可能かね?」
「もちろん。知識が足りなければ、また集めてから来れば良い。世界は寛大だ。何度でも挑戦できるよ」
よし、じゃあやってみるしかないよね。
「ならば、試しに受けてみたい。魔法学者への試練を」