表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/79

49:妖精の誘い

 

『――以上が、それぞれの力に特化した魔道士の受ける恩恵の例である。

 熟練度にもよるが、選んだ職によって上がる魔法の威力は無視できないものがある。

 加えて魔道士に喜ばれる恩恵は、呪文の短縮、あるいは世界の判定の緩和であろう。これもまたその恩恵を受けるには鍛錬が必要だが、長じれば幾つかの新たな技能を習得できる可能性がある。

 魔道士にとってはたとえ一音節でも短縮できるのは大きいことだ。加えて詠唱された呪文に誤りがあっても、それを受け取る世界が多少のことに目を瞑ってくれるというのは何ともありがたい――』


「……なるほどのう」

 読み終えた本をぱたりと閉じて膝の上に置く。

『魔の道を選ぶ』という題名の本を読み終わり、私は目の前の棚の上から二段目の端にそれをそっと戻した。腕を振ってステータスウィンドウを開き、右上に出た時計を見るとまだ本を読み始めてから三分しか経っていなかった。

 今読んだ本は他の本よりちょっと厚めで結構読みごたえがあったし、なかなか参考になって面白かった。それなのに三分とか、『速読』ほんとすごい。熟練度が上がるごとに段々時間も短くなってるし。


「純粋な魔道士系統の上位職を進めば詠唱の短縮や、間違い判定に幅がでる……それは、まぁ有り難い、かの?」

 一般的な魔道士は良いんだろうけど、私には余り関係がない気がする。何故って、記憶力と早口には自信があっても、応用に今ひとつ不安が残るからだ。

「短くなったらその度に憶え直しがいるだろうしの。攻撃力や効果がアップするのは確かに助かるのじゃが……いつか短縮じゃなく、無詠唱までいけるとかならありじゃろうが、そこまでは書いとらんかったな」

 皆大好き無詠唱。それはそれで浪漫だ。

「しかし魔法学者というのはこの本には出てこなかった……やはり系統が違うのかの。なかなか見つからん……」

 ブツブツと独り言を言っていると、ねぇ、とどこかから小さな声がした。

「ん?」

 それに気づいて振り向き、立ち上がったんだけど。

「わひゃっ!?」


 ゴン、ドスン、と鈍い音を立てて自分の体が床に落ちる。

 書架に斜めがけされた脚立の上にいたのに、足を滑らせて踏み外してしまった。

 盛大に床とお友達になってしまい、私は思わずうう、と呻いた。落ちる時に脚立の段に顔も打った。別に痛くはないけど衝撃はあったし、地味に痛い。心が。

 足を滑らせると同時に体に引かれて脚立を掴んでいた手も滑らせるとか……もう片方の手は反応すらできなかった。

 よろよろと身を起こし、本棚に寄り掛かるように座りなおすとため息が零れた。本当に、なんでRGOはこんな滑るとか転ぶとかまで実装してるんだ……街中とか室内ではなくてもいいんじゃないかと運営に要望を送りたい。

「ねぇ、大丈夫?」

「ああ、ラウニー。大丈夫……」

 近くにあった机の上に、心配そうにこちらを見下ろす少年の顔が見える。

 グレンダさんのところで紹介され、祝福をくれた知の妖精ラウニーだ。彼は私がここの図書室に入り浸るようになってから、たまに訪ねてきては雑談をしにくるのだ。多分今日もそのつもりで私に声を掛けたんだろう。なのにこの醜態……辛い。

「顔も打ってたけど、平気?」

「心配を掛けてすまぬな。大丈夫じゃよ、ありがとう」

 痛くは無いから大丈夫。心以外は平気だから、どうか忘れて欲しい。

「ウォレスさん、どんくさいんだね」

 ひどい感想を貰った! くっ、その哀れむような顔も止めて欲しい。傷つくから!


 さすがにちょっとぶすくれた顔で机の前の椅子に座り直すと、ラウニーがごめんごめんと謝ってくる。仕方なく許す意志を込めて頷くとホッとした顔をした。

「ごめんね、ウォレスさん。驚かせちゃったみたいで」

「いや、わしがどんくさいのは事実じゃからして……どうにも体を動かすのは苦手での」

「あはは、学者らしいね!」

 そう言ってラウニーは笑う。また学者と言われてしまった。やっぱりその道が私に向いているのかな?


「ラウニー、わしは、学者に見えるかね?」

「うん? ウォレスさんは学者じゃないの?」

 そう問うと、逆にラウニーに問い返された。

「違うのじゃよ。わしはまだ転職もしとらんし……魔法学者に転職できる可能性は出ておるのじゃが、その詳細を探していたところで……ラウニーは魔法学者について何か知らんかの?」

「そうなの!? そんなに知を集めてるからてっきりもう学者なんだと思ってたよ」

 知を集める? 何だか不思議な言葉だけれど、本を沢山読んだって事だろうか。

「知を集めるというのはどういう事で、どんな風にわかるんだね?」

 そう聞くとラウニーは首を捻り、よくわかんないと答えた。

「ウォレスさんが本を沢山読んだ人だって、ぼくらにはわかるってことかな。どんな風にって言われても、何となくわかるってしか言えないけど」

「そうなのか……それでは、何故学者と?」

「知を集めて、それを使って戦うのが学者だから?」


 わかるようでわからない。戦うって、どんな風にだろう。私は何となく、ぐるりと今いる場所を見回した。

 ここはサラムの魔法ギルドの中にある『図書室』だ。

 広さは正確なところはよくわからないが、ざっと見た感じだと二十畳くらいだろうか? 円形の部屋なので今ひとつ判断が付かないが、何となくそのくらいな気がする。

 天井は高く、その上の方まで本棚が埋め尽くしている。

 塔の中っぽい、古い映画の中でしか見たことのないような、天井の高い円形の部屋の壁面をぐるりと覆い尽くした大きな本棚と、そこに取り付けられた可動式の脚立を初めて見た時にはちょっと感動したものだ。

 ファトスの魔法ギルドの図書室よりずっと広いのは間違いなく、所蔵も比べものにならないくらいに多い。けれど……知を集めて戦うという言葉には何となく少し物足りない気がする。


「……ここの本は八割方読んだが、直接的に戦いの役に立ちそうなものはさほど多く無かった気がするのだが」

「もうそんなに読んだの?」

「ああ。速読スキルのおかげじゃな。さすがにここは魔法関連の本が多かったかの」

 そう言う意味では確かにここの本は魔法職には役に立ちそうだった。さっき読んでいた系統別の魔法職の紹介本なんかも、参考能力値とかあって助かったし。

「モンスター図鑑などには確かに弱点なども載っているからそれを使って立ち回ることは出来るが……そう言うことかの?」

 それなら今までもやって来ているからまぁわかる。知っているのといないのでは結構大きい事もあるし。

 あとここで見かけた中で使えそうだったのは、魔法の応用的な使い方とか補助スキルを紹介した本とかかな? 使えそうな部分は参考にしようとは思ってるけど。

 しかしラウニーは私の言葉には応えず、ただにこにこと笑顔を浮かべただけだった。


「八割かぁ。うん、この『図書室』の本をそんなに読んだなら、もうすぐだね」

「おや、意味深な言葉じゃのう」

「すぐわかるよ。ぼくは、ウォレスさんは塔に登るより下りる方が合ってると思うよ」

「下りる……下りるとはどこに?」

「内緒! それは自分で探してよ。謎や秘密っていうのは、何だって自分で探す方がずっと楽しいんだよ?」

 それは同意する。そうすると、この部屋の本を全部読み終えた時にまた何かわかるとかかな?

「確かに、それはそうじゃな」

「でしょ? 魔法学者への手がかりも、きっとウォレスさんの行く先にあるよ。可能性があるならすぐさ。だって、それは世界にそう望まれたってことだからね!」

 そういってラウニーは楽しそうに笑い、くるくるとその場で回った。オルゴールの人形のようでとても可愛い。回るごとにラウニーの姿が少しずつ薄れてゆく。

「外に出て魔法を放つより時間を忘れて本に溺れるような人は、塔に登っても得られるものはそう多くないよ。だからウォレスさん、ぼくらと行こう。知の海へ」

 その言葉を最後に、ラウニーはキラキラと一筋の光を残して消えていった。


「……面白い。その誘い、受けるとしよう」

 ワクワクしてきて、思わず口角が上がってしまう。

 見上げれば私に読まれるのを待っている、あと二割ほどの本がある。

 私は立ち上がると脚立を引っ張り、落ちないように慎重に登り始めた。

 ……この本棚に、もう少し運動性能を上げる秘訣とか書いた本はないだろうか?


おかえりコメントなど沢山ありがとうございます!

皆様大変気長に待って下さって……

無理のない範囲でぼちぼち頑張ります。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
 空中浮遊があればね……
[良い点] 久しぶりの更新ありがとうございます❗ ウォレス爺様の活躍がまた読めるなんてッ感激にうち震えております♪
[一言] おお懐かしのRGO!! 更新が止まってしまって悲しく思ったもんだが今でも内容を覚えてる! たまんねぇぜ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ