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4:理想の姿


「ひゃー、広いや」


 神殿から見下ろしたファトスの街はかなり大きかった。

 始まりの神殿は街の北側の高台に立っており、神殿から街へと続く長い長い石段の上から街を見下ろすのはなかなかの絶景だ。

 街の大半が見下ろせてしまいそうで、人が無数に行きかう通りをつい熱心に眺める。

 このゲームが発売されてからもう一月半ほど経っているのでファトスから旅立った人も随分いるという話だが、見たところまだ街は賑やかそうだ。

 探索するのが今から待ち遠しい。

 その前にまずは待ち合わせの場所にいって、光伸と合流しなくては。

 この石段を下りきったところには大きな噴水のある広場があり、その噴水前が光伸との待ち合わせ場所だ。


 初期装備であるぺらぺらの布のローブの長い裾をひょいと摘み、私は軽い足取りで石段を下り始めた。

 生身でない為か身体が随分と軽い気がした。

 いつもならこんな階段を上るのも下りるのも絶対にごめんな身の上としては非常に喜ばしく、自然足取りも速くなる。

 少しずつ近くなる街並みは様々な色に溢れ、まるで鮮やかなモザイク画のように見えた。

 

 私は景色を堪能しながらも足早に石段を下り終え、やがて広場に辿り着いた。

 広場はどうやら待ち合わせの場所になっているらしく、立ち止まっている人や噴水の縁に座っている人が多かった。

 輪になって談笑しているグループもいて、これからの予定でも話し合っているのか楽しそうだ。


 そうしたプレイヤーに近づいて見てみるとやはり右も左も美男美女で溢れていた。全てがそうだとは言わないが、美形率はかなり高い。

 RGOには人間、エルフ、ドワーフ、獣人の四種族がいるが、どの種族もこの街から旅を始める事になっている。

 だからこの広場にもそれらの種族の美男美女が入り乱れている訳だが、その美にも少しずつ種族差があるらしいのも興味深い。

 小さい子供の姿の人も数多くいて、子供が背丈に似合わぬ大剣を背負ったりしているのはなんだか可愛らしかった。

 

 それらを横目に見ながら私は噴水の方へと歩み寄った。

 魔道士を示すローブを身に着けていると声を掛けられたりするかもしれないと事前に光伸に言われていたのだが、幸いにして誰かに止められる事もなく噴水に近づく。

 幾つかの視線を感じたような気もしたのだが、何故か誰も近づいてはこなかった。

 噴水の少し手前で足を止め、周囲を見回す。頭の上に名前が表示されている人に注意して視線を向けた。

 光伸はキャラクターネームを表示モードにしておくと言っていたのだ。名前はミストだと言っていた。

 元の名前とあんまり代わり映えしない、と突っ込んで怒られた事は記憶に新しい。

 

 見回していると少し先に探していた名前が浮いているのが目に入った。

 ミストと書かれた青い文字の下には噴水の縁に腰を下ろす人物が一人。

 その人物は年齢は現実の光伸と変わらないか少し上くらいに見え、背丈もそこそこ高そうで、細身だが精悍な印象の青年だ。顔立ちは本人と似ておらず、鋭い印象の良い男だが間違いはなさそうだった。


 現実の光伸も見た目はさほど悪くないと思うが、そっちはかなり温和そうな顔立ちをしている。前からたまにもっと男らしい顔立ちに生まれたかったとこぼしていたが、どうやらそれをこの世界で実現させたらしい。

 金色の短い髪の青年は外見に目立った特徴がないので多分種族は人間だろう。

 簡素な茶色の革鎧に身を包み背中には大剣を背負っている。

 アイテム整理でもしているのか、手元のウィンドウを熱心に見ている青年に向かって私はゆっくりと近づいた。

 青年は人が動く気配でも感じたのか一瞬だけ顔を上げて私の方を見たが、すぐに興味を失ってまた視線を下ろす。

 気付かれなかった事に気を良くしながら私は彼に声を掛けた。

 

「ミツ?」

 呼びかけられた青年はパッと顔を上げた。そして声の主を探すように一瞬目を彷徨わせる。

 その視線が確かに自分に止まった事を確かめ、私はもう一度声を掛けた。


「ミツだよね?」

「そうだけど、まさか……南海?」

 うん、と頷くとミツことミスト青年は現実よりも幾分切れ長の目を大きく見開き、ぽかんと口を開いた。

 格好いい青年の間抜け顔というのはなかなか珍しい、と私は思わずくすりと笑う。

 笑われた事で我に返ったミストはパクンと口を閉じ、それからまた大きく開いて声を張り上げた。


「……ちょっ、ホントに南海かよ!? 何だよその格好!」

「間違いなく私だからそんなに大きな声で名前を呼ばないでよ。名前なら、上に表示されてるの呼んでくれ」

 初期設定ではキャラクターネームは表示されるようになっている為、私の上にも当然名前が出ている。

 ミストは私の顔から視線を外し、顔を上に向けた。

 

「……ウォレス?」

「そうそう」

 名を呼ばれたことで何となく嬉しくなって私は頷いた。

 ミストは相変わらず呆然とした顔を浮かべたまま私の顔と名前に交互に視線を投げているが、驚きに声が出ないらしかった。

 これは仮想の世界なのだから現実の面影がなくても当たり前だし、外装をカスタマイズするソフトを貸してくれたのはミストに他ならない。

 なのにここまで驚くとは。なんだか盛大ないたずらが成功したような気持ちになって大声で笑い出したかったが、ぐっと堪える。

 この姿で馬鹿笑いは少々好ましくない。

 

「驚いた?」

「ああ……俺、お前が、どんな美女だの美少女だので来ても驚かない自信はあったのに……」

「ミツ、一体私と何年の付き合いだ。私がそんなもんになるとでも?」

「ああ、そうだよな……俺が馬鹿だった。お前がそんな普通の精神の持ち主じゃないってことを忘れてた……」

 普通じゃないってなんだそれは。

 どこからどう見ても私は至極普通だと言うのに。


「失礼だな。私はどっからどう見ても普通だろう。普通すぎてつまらないくらいだよ」

「どこがだ! 普通の女がそんな外見選ぶか!」

「こら、そんな大声でばらすな。中の人などいないってことにしとくのがマナーだろう」

 何故かひどくショックを受けているらしい幼馴染の頭を平手でぺしっと一発叩く。


 どうせコイツの事だから何かまたおかしな妄想でもしていたんだろう。

 男と言うのは案外夢見がちなところがあるが、光伸もその例に漏れない部分がある。いい加減幼馴染の女の子とか言う単語に夢を見るのを止めればいいのに。

 近所に同じ歳頃の女の子が少なく、光伸を始めとした男子とばかり遊んできた私は、見かけはともかく中身はあまり女の子らしくは育たなかった。

 そういう自覚はあるが、まぁそれも個性と言う奴だろうと思っている。

 平凡の代名詞のような私としては、そのくらいの多少の個性は大事にしたい。

 そういう訳で私は仮想の世界では思い切り自分の理想を体現することにしたのだ。

 

 まだぶつぶつと何事か呟いている男は置いておいて、私はさっき神殿でもしたように自分の手を持ち上げて眺めた。

 肌の質感まで実に良くできている。目の前のミスト青年の若々しい肌と自分の肌を見比べ、その質感の差にうっとりとため息を吐いた。己の枯れ枝のような指と少々かさついた肌が愛しい。


「お前……そんなもんにうっとりすんな!」

「うるさいよ、ミツ。あんただってその格好になった時はどうせ散々鏡を眺めただろ?」

「う……そりゃ、まぁちょっとくらい」

「んじゃ人の事をとやかく言わない。私がちょっとぐらい理想の姿になれた喜びに浸ったっていいじゃない」

 理想と聞いてミストはがっくりと項垂れた。いちいちオーバーアクションな男だ。せっかくの美青年振りが台無しだ。

 

 私は散々拘って長さを調節した、顔の下半分を覆う長い毛をするりと撫でた。

 自分の顔に毛が生えていると言うのは初めての経験だが触感が素晴らしい。

 傍の噴水を覗き込むとゆらゆらと揺れる水面に一人の男の姿が朧に映った。

 肩より少し長い銀灰色の髪、同じ色の睫毛に縁取られた瞳は良くは見えないがきっと設定画面で見たとおりの水色だろう。

 すっきりと通った鼻筋は日本人の目から見ると少しばかり高すぎる印象があるが、それも理想通り。口元は胸まで流れる髪と同じ色の長い髭で覆われている。

 背丈は現実の私より少し高いくらいで、身に纏った簡素な布のローブが必要以上に良く似合っている。

 むしろ似合いすぎ、と私はうっとりと水面を見つめ胸の内で呟いた。

 

 水面に映った男はどう見ても推定年齢七十歳以上。

 その姿には既に魔道士としての風格さえ感じられ、中身が十七歳の少女とは到底思えない。

 

 私――南海なみ、こと魔道士ウォレス。

 嬉しいことに、どこからどう見ても、彼は立派な――『爺さん』だった。

 

「よろしくのう、青年」

 

 愛を込めてウインクを送ったというのに、返ってきたのは悲痛なうめき声だった。

 全く、我が幼馴染ながら失礼な男だ。

 

 

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― 新着の感想 ―
更新再開で最初から読み返してます。   この主人公、全方向で共感できる。   運動音痴なとこも。 何より魔法使いの王道といえばマーリンやガンダルフやダンブルドアだろ。
[良い点] ブクマしたw
[一言] こういうの待ってた
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