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39:物好きがもう一人

「えーっと、ギリアムさんは……」

 私は歩きながら周囲を見回したが、まだ待ち人の姿は見えなかった。

 とりあえず座って待とうかと更に足を進めると、目指すベンチの近くの細い路地から誰かの声が聞こえた。

 

「……から、悪い話じゃないだろ?」

「どこがだ。それじゃ話にならない。こっちの都合はお構いなしか」

 ……なんか物騒な雰囲気の話し声だ。しかも声の片方には明らかに聞き覚えがある。

 そっと近づいてちらりと路地を覗いて見れば、そこにいたのはやはり待ち合わせの相手であるギリアムさんともう一人の姿だった。会話の相手はもちろん私の知らない男だ。ただ、オーバーアクション気味に持ち上げられたその手の指に沢山の指輪をつけていることにはすぐに気が付いた。

 

「あんただって作ったもんが多少なりとも売れれば助かるだろ? 今よりインゴットは手に入りやすくなるし、スキルも上がるし、何が不満だって言うんだ」

「勝手を言いやがる。あんた達の提案じゃこっちのスキルは彫金しか上がらねぇじゃねぇか。スキルレベルのバランスが悪くなりゃ、後で苦労するのは俺の方だってのによ。それに提示された値段じゃどう考えたって原価ギリギリだ。あんた達は一体どこまで人を馬鹿にすりゃ気が済むんだ?」

 盗み聞きするのは少々心苦しいが、私は二人の声を聞きながらそっとベンチに腰を下ろした。

 どうやら彼らは生産か何かのことで何か揉めているらしい。だが会話を聞いただけではどちらに理があるのかはわからないので、部外者としては黙って聞こえないフリをするしかない。

 

「別に馬鹿にしてなんかいないさ。ただの提案だろ? お互いがこれ以上限られた資源を奪い合わないための、平和的解決って奴だ。大体、この話を蹴って苦労するのはあんたの方だろうに」

「へっ、生憎だが、そっちの生産者がダセぇ指輪しか作れなくて旅団内から不満が出てるのは知ってるんだぜ」

「……そんなことは」

 ギリアムさんがそういうと、相手はむっとしたように押し黙ってしまった。どうやらギリアムさんの指摘は図星だったようだ。


「とにかく、その話を受ける気はねぇ。自分の作った土台やデザインを二束三文で買い叩かれて流用されるくらいなら、NPCにでも売る方が俺にとってはまだ気分がいいさ」

 相手は舌打ちを一つすると、後悔するなよ、と悪役まんまな捨て台詞を残して歩き出した。

 足音が路地の出口であるこちらに向かっていると気づいた私は、とっさにその場で腕を組んで頭を少し下げ、目を瞑る。

 秘技NPCのフリだ。これをすると大抵のプレイヤーに、緑のマーカーが出ていないNPCがいるけどきっとちょっとしたバグか何かだろう、で済まされるのだ。

 案の定、路地から出てきた男は私のことを気にも留めず、そのまま足を止めずに広場を横切って歩き去った。

 

 ……上手くいったけど、何となく少しだけ悲しい気がする。



 そのまま動かずにいるともう一つの足音がカツカツと私に近づき、私の座るベンチのすぐ側で止まった。

 声をかけてくるかとそのまま待っていると、しばしの沈黙の後にぽそりと小さな声が聞こえた。

 

「……これでここに猫でもいりゃあなぁ」

「いやいや、縁側で昼寝とかじゃないんだから」

 がばりと身を起こして反論するとギリアム青年が驚いて仰け反る。 

「おわっ、起きてたのかよ!」

「当たり前じゃよ。宿屋以外で本気で寝てたらそりゃただの状態異常じゃろ」

「う、まぁ、そういやそうか。じゃあなんで寝たふりなんか……って、ああ、原因は俺か」

 彼は待ち合わせの相手である自分がさっきまで別の人間と言い争いをしていたことに思い至ったらしく、ばつが悪そうな顔を浮かべる。そんな彼に私は頷いて軽く頭を下げた。

 

「すまんな。途中からじゃが、聞いてしまった」

「いや、待ち合わせの時間も場所も丁度だったんだ。んな場所で話してた俺が悪いさ」

 ギリアムは首を横に振ると、ドカっと私の隣に腰を下ろした。

 それから耳につけたピアスに触れ、システムウィンドウを開く。

 何をしているのかは私からは見えないが、何かを探しているようだった。しばしの後、探し物が見つかったのか彼は操作の手を止めた。

 

「胸糞悪い話は置いといて、まずはこれだよな。えーっと、爺さんはウォレスさん、だったよな」

「ん、ああ。そうじゃが」

「オッケー、じゃあ『アイテム贈呈、ウォレス』」

 え、と彼の言葉を疑問に思うまもなく、座っていた私の膝の上に白い光が現れた。

「わ、何……」

 驚いてその光に両手で触れた瞬間、パチンと弾けるように光が消える。そしてあとに残ったのは。

 

「……こ、これは! まさか、これをわしに!?」

「つまらんもんだが、詫びの品だ。受け取ってくれ。そして出来れば今すぐここで装備してくれ!」

 そういう言葉って、もっと可愛い女の子キャラに萌え系装備をプレゼントした時なんかに言う台詞なんじゃなかろうか。と、頭のどこかで冷静な突っ込みが思わず入ったが、私は内心ではかなり興奮していた。

 

 私の膝の上に現れたアイテムは二つ。

 一つは、いかにも魔道士装備の定番って感じの、つば広で先のとがった帽子。

 もう一つは、良く磨かれた艶が美しい、こげ茶色の木製のパイプ。これもまたこの上なく定番っぽい作り。


 しかもなんかこの帽子を良く見れば、とんがり部分の緩やかな曲がり具合とか、つばが少しくたびれた感じとか、今私が着ているローブと同じ色合いとかがやたらと良く出来てるし。

 私が今装備している灰色のローブは実はまだミストから最初に貰った毛織シリーズの物だ。

 中に着ているシャツやズボンや靴はセダでもう少し良い物に買い換えたが、ローブは色合いが気に入っていた事もあって変えていない。他と一緒に買い替える事も一応は考えたのだが、どうせ何を着ても紙装甲なのは変わらないのだから一つくらい気に入った物を着たままでもいいかと思い直し、未だにそのままなのだ。

 

 それは余談として、今貰ったこのとんがり帽子はその毛織のローブとセットのような全く同じ色をしている。

 しかし確かこの毛織シリーズの帽子はこんなデザインじゃなかったはずだ。

 ミストから貰った装備の中には帽子がなかったので後から自分で探してみたのだが、毛織シリーズの頭装備はふんわりした丸い帽子で、そのデザインが気に入らなかったので結局買わなかった覚えがある。

 その点この帽子は、はっきり言ってツボだ。ものすごく私のツボだ。

 ちらりと彼の方を見ると、何だかきらきらした瞳でこっちを見ている。

 私はきちんと彼の方に向き直ると、黙ってすっと片手を差し出した。

 ギリアムはその手を見つめて一瞬きょとんとした顔をしたが、すぐに私の意図に気づいたらしくがっしりと手を握り返してくれた。

 

「ありがとう……! まさかこんなにツボな帽子に出会えるとは思ってもみなかった。もしかしてこれは自作かね?」

「気づいてくれたか! そう、あんたのために素材から揃えて作ったんだよ。やっぱり魔法使いの爺さんには帽子がないとな! それさえありゃ完璧だって思ってたんだ。詫びなんだからぜひ受け取って使ってくれ!

 いやぁ、その風合いを出すの苦労したぜ。もう少しくたびれた感じがあった方が理想なんだが、そうすると今度はローブと釣り合いが悪くなっちまうからなぁ。パイプもやっぱりもっと使い込んだ感じを出したかったんだが、こっちはあんまり中古っぽいと使うの嫌がられるかと思ってよ。せめて渋い色合いにしてみたんだ。結構自信作なんだぜ?」

 

 ほぼ一息で言われたそれらの言葉で、彼のアイテムと魔法爺への思い入れは大変良くわかった。その思い入れの詰まったアイテムを私にくれたのかと思うととても嬉しい。

 でも、そんなにこだわりがあるなら自分でも老人をやればいいのにとちょっと思わないこともないかなぁ。そしたら私も老人仲間が出来てちょっと楽しかったかもしれないのに。

 そんな事を少しだけ残念に思いながら、帽子と私を見比べながらそわそわしている彼が不気味なので、とりあえずパイプを膝に残して帽子だけ持ち上げてひょいと頭に乗せた。

 

 む、つばが広いと結構視界が狭まるな。

 仕方ないのでちょっと後ろを下げてつばの前側を少し曲げるようにして持ち上げ、全体的に斜めに被って視界を確保するように位置を微調整する。

 ついでに微調整しながら片手を振ってウィンドウを開き、装備欄を呼び出して帽子の名前を確認した。

 

「んー、位置はまぁこんなもんかの……『毛織のとんがり帽子、装備位置固定』」

 そう声に出すと、ポーンといつものシステム音が聞こえ、ウィンドウに『頭装備の位置が固定されました』とメッセージが出る。

 これで帽子は微調整した位置から動かなくなる。ずり下がってきて視界を塞いだりということもないし、大きく斜めに傾けて被っていても落っこちたり、風で飛ばされたりすることもない。

 

 膝の上のパイプはどうしようか少し悩んだが、分類としては装飾品の類のようだったのでとりあえずは片手に持つことにした。

 今は本を左手に装備しているので右手が開いてるし、位置は固定せず邪魔になったらしまえばいいからこれでいいや。

 ああ、鏡見たいなぁ。これは外見だけならかなり完璧な魔法爺なんじゃないだろうか。サラムに来てからはしまったままの杖も出してみたい。でも杖と本とパイプだと、どれをどうやって手に持つかが重要な問題だ。って、ああ、なんか萌えの余りどんどん思考が逸れてる気がする。とりあえず彼にもう一度お礼を言って、それからすぐそこの建物の窓でも覗きこんで自分の姿を確認しよう。

 

「どうかの? 似合って……」

 重要な案件はひとまず脳内で保留にして振り向いた私は、しかし最後まで言葉を紡ぐことは出来なかった。

 なんかすぐそこに三脚立ててスクリーンショット撮影用のカメラを設置してる人がいるんだけど。

 ……うーん、ま、いいか。後で私にもその写真送ってもらおう。


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― 新着の感想 ―
これ、ずっとスクショ機能はないのかなあと思ってたら、三脚立てて本格的にやるスタイルか。 でも老魔道士といえばパイプだよなぁ。
爺様を路上撮影会とか新しいな…
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