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32:オフラインの放課後

「ナーミー」

 月曜日、授業も終わり教室を出たところで名を呼ばれて振り向くと由里が手を振る姿が見えた。

 

「一緒に帰ろ」

「うん」

 頷いてそのまま二人で並んで玄関へと歩く。私も由里も帰宅部なので、学校帰りはお互いに何か用がない限りは一緒になることが多い。とはいっても、私の家は学校から歩いて十分程の所だし、由里はそれよりもう五分くらいの所に家があるので一緒に歩く時間はさほど長くはないけども。


 私達が帰宅部である理由は単純だ。私は現在一人暮らしなので買い物や家事の事を考えると早く帰りたいというだけだし、由里は趣味に時間を費やしたいのだ。私は家事は好きだしそこそこ得意な方だとは思うが、残念ながら手も足も素早いとは言いがたいので一つ一つに結構時間がかかる。自動機械が発達した昨今、大分手間は減ったとは言え、細々したことはやはり自分でやらなければならないし。


 由里は家に帰るとまず課題などを終わらせ、風呂に入って食事を取って、あとは寝るまでずっとVRゲームに入りっぱなしだということだ。考えて見ると結構不健康な生活っぽいが、やることはやっているので家族からの文句は出ないらしい。

 今日は帰りに買い物をする予定だ、と由里に告げると一緒に行くというので校門を出た後二人で方向を変えた。最近こうして由里と一緒に帰る時の話題は大抵一つに決まっている。

 

「ね、南海、あの後サラムでのクエは無事に終わった?」

「うん、無事にクリアしたよ。ありがとね」

 サラムまでの道程を付き合ってくれた皆のお陰だと言うと、由里は笑って手を横に振った。 

「結局こっちにも得があったんだからいいわよ。何より楽しかったしね」

「私も楽しかったよ。実質初のパーティプレイだったからすごく勉強になったし、皆立ち回りが上手くて驚いたな」

 私がそう言うと由里は嬉しそうな笑顔を見せた。


「MMOやってて言われると嬉しい言葉の一つね、それ。即席パーティにしては悪くなかったわよね」

「そういえば即席だったね」

「そうそう。まぁ、そうは言っても私とリエとヤライ君は結構固定で一緒に遊んでるから慣れてるってのはあるんだけど。ナミこそ、初のパーティプレイだとは思えないくらいの活躍だったわよ?」

 由里はそう言ってくれたが、私は今ひとつそれには頷けなかった。確かに初めてプレイしたVRMMOで、初めてのパーティでの戦闘、と考えれば悪くはなかったかもしれないがそれでも私の理想とは程遠い気がする。

 とは言っても、じゃあ理想のプレイはどんなのかと問われても上手い魔道士の立ち回りとかはまだ見たことがないので多分答えられないけど。

 でも少なくともこの前の私は戦闘中に仲間の死亡で呆けるなんて失態も見せてしまった。いつでも冷静沈着な魔法爺を目指す身としては失格もいいとこだ。


「うーん……そう言って貰えるのは嬉しいけど、個人的にはちょっと残念だったかな。ミストを死なせちゃったし」

「あんなのナミのせいじゃないわよ。ちょっと運が悪かっただけで、よくあることだもん」

 そういうものだろうとは思ってはいるのだが、それでも取り乱したことが今となっては少しばかり恥ずかしい。あの時私がもっと落ち着いていれば、回復が間に合った可能性だってあるのだ。

 私はついでだから昨日からずっと気になっていた事を由里に聞いてみようかと口を開いた。


「ねぇ……由里はさ、色んなVRゲームプレイしてるんだよね? プレイしている時の、仲間とか自分の死亡って、VRだと普通のゲームより気になったりしない?」

「あー、うーん……私は別に気になんないかなぁ。最初は気にしたこともあった気もするけど、もうVRも結構長くやってるからすっかり慣れたし、初めての時も随分前だから忘れちゃったわ。繰り返し死んで体でプレイを覚えるようなVRゲームも沢山あるからどんどん気にならなくなるのよね」

「そうなの? 随分軽いんだね」

「だって、最近のゲームは死亡時でもグロくしないのが当たり前だもん。だから実感薄いのよ。そうじゃない奴はR指定だもの。RGOは死亡頻度で言えば普通程度だし、弾けて消えて光になるってだけだからソフトな方なんじゃないかな。だから特に気にしたことないわね」

「そういうもんなのか……」

 呟いた声は我ながら力がなかった。由里もそれに気づき、心配そうに視線を向けられたので曖昧に微笑んで返す。自分でもあの時あんなにショックを受けると思ってもいなかったのだ。あの瞬間までは。


「やっぱり、初めてだとショックだった? でも実際自分が死んでみると結構あっさりしてて、なんだこんなもんか、って思うくらいだからそんなに気にする事ないよ? RGOなら視界が狭く暗くなって、神殿に戻りますかっていう表示が出るだけだし……ナミはまだ死んだことがないせいで気になるんじゃない?」

「うん……いや、なんていうかな。そういうのとは少し違う、かな? 自分が死んだのなら私も多分気にしないと思うし。そうじゃなくて……むしろゲームだってわかってたのに仲間が死ぬのにショックを受けたことに、驚いたのかな。後から考えてみると」

 口に出してみるとその考えは何となく当たっている気がした。

 多分私は、ゲームだとわかって割り切って楽しんでいたつもりだったのに、いつの間にかそう感じてはいなかった事に気が付いたのだ。ミストが目の前で消えたあの時に。

 当たり前のように『ゲーム』を楽しむプレイヤーとの交流を殆どせず、あの世界で『生きている』NPCと触れ合いすぎたからなのかもしれない。

 

「私はいつの間にか、あそこにいる間はあそこで生きているような、そんな気になってたのかも。それにあの時初めて気づいてびっくりしたのかもね。VRと現実と混同してる、とか言われて笑われそうだけど」

「そっかぁ、なるほどね……でも、それって別に悪くないんじゃない? 何かちょっと羨ましいかも」

「羨ましい?」

 問い返すと由里は笑顔で何度も頷いた。


「インしてる時のナミは、ウォレスとして一生懸命生きてるって事でしょ? 私みたいにVRとかMMOに慣れちゃうとそういう新鮮さって段々となくなるからさ」

「なくなるとどうなるの?」

「そりゃあ、何やっててもつい効率とか重視しちゃって、仲間が死のうが自分が死のうがそういうの全部数字で考えちゃうのよ。何時間無駄にした、何%のロスだ、とかさ。デスペナなんて別に取り戻せないものじゃないのに、結局そっちのが気になっちゃうのよね」

 ナミにはそうなって欲しくないな、と由里は苦笑と共に小さく呟いた。


「いいんじゃない、ウォレスは仲間の死が嫌いって事で。そういう性格なんだって言い張って、仲間を死なせないようにがんばればいいんだし。ナミならすぐ立ち回りも上手くなるわよ」

「うん……いいかもね、それ。じゃあ、がんばろうかな。もっと頼れる魔法爺になれるように」

「あはは、楽しみにしてるから!」

そんな話をして笑いあううちに、私達は目的地である近所のスーパーに着いた。早速中に入り、籠を手にとって野菜なんかを選ぶ。

 あんまり頻繁に買い物をするのは面倒なので、ついでに数日分の料理の予定をざっと決めて材料をまとめて籠に入れた。とはいっても一人なのでさほど買い物の量は多くない。ある程度日持ちする野菜や冷凍できる食材を中心に選んでゆく。最近夜はRGOにすぐログインしてしまうため、ついつい簡単に済ませてしまう事が多いので栄養には気をつけないとなぁ。


 色々と持てる範囲で籠に入れた後、最後に由里のお勧めの新発売のお菓子を少しばかり買い足し、店を後にした。今度は二人で家路をのんびりと辿る。

 今日は特に課題もないし、今から帰って料理を作ったり風呂に入ったりしてもゆっくりとログインできるだろう。ログインする前に相場サイトを覗いて、インした時の中の時間が丁度よければグレンダさんを訪ねようかな、などと考えていると由里が誘いをかけてきた。


「ねぇ、ナミ。クエストクリアしたなら今度一緒に狩りとか、別のクエとかどう?」

「んー、それも惹かれるけど、もうちょっと待って欲しいかなぁ。クリアしたクエスト、別のクエストの前提クエストだったみたいなんだよ。だからまた新しいクエストが出たんだ」

「また時間かかりそうなの?」

「まだわかんないよ。多分そんなに時間かからないとは思うけど。でもせっかく新しい街に着いたばっかりだから色々探索もしてみたいし、そろそろ生産もしてみたいし、時間がいくらあっても足りない感じかも」

 私の言葉に由里は残念そうにため息を吐いた。一緒に遊びたいと言って貰えるのは嬉しいのだが、その他にもまだ私には予定が山盛りで(クエストとか読書とか読書とか読書とか)すぐには遊べそうにないのがちょっと申し訳ない。

 

「そっかぁ、なら仕方ないわね。またリエ達と狩りでもして待ってるわ。ところで、生産は何にするか決めたの? やっぱり魔法系?」

「んー……まだその辺は決定じゃないから、内緒。ちゃんと職に就いたら教えるよ」

 私がそう答えると由里は、相変わらず秘密主義ね、と呆れたように笑った。

 そういえばサラムに着いて早々に、変な男と出会いがしらにぶつかるという運命の出会いっぽいのをしたことを言おうかなぁ。でもそれを言うと由里の事だから心配だから付いてくるとか言い出しそうだ。

 どうせ数日後にまた彼と会う約束を(一方的にだが)しているのだし、まぁそれから考えればいいか。


「そういえば、由里は生産は何をしてるの?」

「んーと、私は色々試したけど、一番やってるのは薬師かな。自給自足できるから便利なんだけど、あんまりお金にはなんないのよね。他にも薬師っていっぱいいるから、せいぜい経費削減になるってくらいかな。身内に一人くらいいると助かるっていう感じね」

「あ、やっぱりそうなんだ」

「そ。だから、もし南海とパーティ組めるならそのうち薬師やめようかなぁとか、ちょっと思ったりもしたけど……あ、でも南海を回復薬扱いするわけじゃないからね? 単純に火力が上がるなら狩りのリスクも減って今より稼げるかもだから、薬くらい買ってもいいかなって思っただけの話だから……ってやだ、これもなんか火力目当てみたいでひょっとして感じ悪い?」

 私は由里の言葉にわかっていると笑いかけて首を横に振った。

 別に私は由里になら回復薬代わりにされても悪い気分はしないけどね。由里ならこちらの都合も考えてくれるから無理は言わないのは分かっているし、どうせ私だって危ないところにはなかなか一人では行けないのだからお互い様だし。


「あ、そうそう。昨日サラムで、魔法焼きって言う食べ物を食べたよ。名物らしいんだけど、由里も食べた?」

「え、何それ食べた事ない! どんなの? 私サラムってあんまり用がなかったから、長居してないのよね」

「甘いクリームをお好み焼きっぽい型に入れて魔法で凍らせて、それにワッフルみたいな感じの衣をつけて、また魔法で外側だけカリっと焼いたものだって。屋台の人に教えてもらったよ」

「へぇ、何か美味しそうね」

 ギリアム青年に貰った魔法焼きはなかなか美味しく、お代わりに行った時に屋台の人に作り方なんかを簡単に聞いたのだ。外側がほんのり暖かく香ばしくて、中がシャリシャリとしたミルクアイスっぽいのが気に入っている。

 

「結構美味しかったよ。広場の近くに大体いつも屋台が出てるらしいけど……そのくらいなら今日は時間取れるかな。良かったら一緒に食べに行く?」

「行く行く! 甘いお菓子なら絶対探さないと!」

 RGOの中で食べ歩きをするのも由里の最近の趣味らしい。私も今度お勧めの店を紹介してもらおうかなぁ。

 そういえば食べ物の話をしていたら何だかちょっとお腹が空いてきた気がする。今日は早めのご飯にしようかな、などと考えていると、いつの間にか私の家がもうすぐそこに見えた。  

 

「それじゃあまた後で。ちょっと相場サイトを見てからログインするから、入ったら連絡するね」

「うん、待ってる。じゃあ、また中でね」

 バイバイ、と言って由里はパタパタと手を振ると自分の家の方角へと歩き去った。

 去ってゆく後ろ姿は本当にいつも通りの彼女で、何だかRGOの中のユーリィの姿を思い返すとそのギャップに不思議な気持ちになる。

 自分の髪質があまり好きじゃない、と昔こぼしていた由里は、その反動のようにVRではいつも真っ直ぐな黒髪を選んでしまうのだと酒場で会った時に笑って教えてくれた。けれど現実の由里にも、きっとあの耳と尻尾はよく似合うだろう。

 そういえば由里やリエちゃんも、私やミツのようにたまには現実とVRの境を忘れて失敗したりすることがあったりするんだろうか?

 今度聞いてみよう、とそんなことを思いながら私は家へと入った。

  

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 火力目当てっていうか、頼りにしてるなら嬉しいけどな
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