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31:二度目の出会い

 バシャン、と大きな音と共に水が高く跳ねた。

 

 体よりも幾分遅れて地面に着いた手元からも水飛沫が上がり、頬にかかる。その水滴の冷たさと不快さに私は思わず顔をしかめた。最近何だかこうして跳ね飛ばされることが多い気がするなぁ、と頭のどこかで他人事のように思う。

 ステータスには表示されていないが存在するらしい数値の一つである体重が軽過ぎるのか、そもそもの体力や防御力が低すぎるのか。

 水溜りに座り込んだままそんなことを考えながら私を跳ね飛ばした人物をぼんやりと見上げ、次いでそれが無意識の現実逃避だったと気づいて軽く頭を振った。


 その揺れた視界の端に一瞬何かが映る。気になってそちらに目をやれば、私のすぐ脇の地面に何か少し欠けたお好み焼きのような物が転がっていた。それが目の前の男がぶつかった拍子に落とした物だと気が付いた瞬間、その姿がゆらりと歪み、次第に薄れてゆく。

 消える、と思って伸ばした手は、しかし目標には届かずに宙に浮いた。

 

「ひゃっ!?」

「大丈夫か?」

 私は突然感じた浮遊感に驚いて手足をばたばたと動かした。

 どうやら手を伸ばした隙に脇に手を入れられ、急に上に持ち上げられたらしい。足もつかない高さに持ち上げられてやっと相手と目線の高さが合う。あ、この人は。


「あの、下ろし」

 そう最後まで言い切らないうちに彼は私を両手に持ったままスタスタと歩きだした。急なその行動にかなり驚いて思わずもがいたが、腕力の違いなのか私がじたばたしても男の腕はびくともしない。RGOは仕様上こういう行為も可能なのは知っているが、これはちょっと困った。もちろんハラスメント申請の操作をすればすぐに距離は開くのだが、今のところ彼から悪意の様なものは感じられないし。

 どうしようか、と辺りを見回すと広場の端のベンチが目に入る。


(あ、ひょっとしてあれか)

 ぶつかった時に動かずに呆けていた私を心配したのか、どうやら男は私をそのベンチの一つまで運ぶつもりのようだった。そう予測がついてほっとした私は暴れるのをやめ、手足をぶらんと下げた。大柄な男とは身長差があるのだから仕方ないが、足元が完全に浮いているのがちょっと気に食わない。

 だが彼はそんなこちらの気分など知るはずもなく、軽々とベンチの前まで私を運ぶと、そこにひょいと下ろしてくれた。

 男は私から手を離すと、軽く頭を下げた。

 

「悪かった」

「……いや、ええと、こちらこそ。よそ見しとって、申し訳ない」

 さっき離れたベンチに再び腰を下ろす羽目になった私も、目の前に立った大柄な男に向かって同じように頭を下げる。それから、もう一度彼を見上げてじっくりと眺めた。

 ああ、やっぱりあの人だ。

 

 私に向かってどことなくむっとしたような顔つきで頭を下げている男は、やはりどう見てもつい先だってオットーの店でぶつかったばかりの、あのヤクザスーツ(希望)の彼だった。

 同じ日に同じ人と二回もぶつかるという馬鹿げた偶然に、私だってしばし呆然としても当然だろうと思う。

 今度は曲がり角でぶつかるとは一体どんな運命の出会いだと思いつつ、ぐっしょりと濡れた自分のローブの端を持ち上げてベンチの背もたれに引っ掛ける。こうしておけば直にまた乾くだろう。

 

 服や装備が濡れるというのはシステムとしてあるが、幸い汚れというのは今のところ存在しない。

 このローブも今は濡れているが、乾けば染みも残らず元通りになるから助かる。あとは気分の問題だが、洗濯という行為はさすがにないので気にしても仕方ない。

 それよりも元に戻らないのはさっきぶつかった時に目の前の男が地面に落としてしまった食べ物っぽい物の方だ。

 

「さっき、ぶつかった拍子に何か落とされたようじゃったが……拾うのが間に合わず申し訳ない」

「ん? ああ、別に構わねぇよ。食いかけだったからシステムに使用済み消費アイテム扱いされたんだろう。まぁ、汚くなくても落ちたもんをまた口に運ぶのもなんだしな」

 確かにそれは気分的にあんまりよろしくはなさそうだ。しかし結果的にまた彼に損をさせてしまったらしいことがかなり申し訳なかった。

 

 同じ物を買って返そうかと考えながら何度目かに下げた頭を上げると、こっちを睨むように見つめる彼と視線が合う。どうも彼はさっきから私をものすごく見てるんだけど何だろう。

 上から下までじろじろと見つめられてはっきり言って落ち着かない。こちらはベンチに座っているので、彼に目の前に立たれると何かすごい威圧感を感じるし。

 何か怒っているようならもう一回くらい謝罪した方がいいのかと悩んでいると、彼は不意に一つ頷き、ぼそりと口を開いた。

 

「爺さん、さっき魔道具店で会ったよな? それも含めてすまなかった。俺は、ギリアムという」

「ん、うむ。確かにさっき会ったが、それもお互い様じゃろ。わしはウォレスじゃよ。よろしく、ギリアムさん」

 彼の謝罪に首を横に振って名を告げると、ギリアムの口角がぐぐ、と下がり反対に眉がぎゅっと上がる。いや怖いから怖いから。やっぱり何か怒っているのかな?

 

「……名前」

「へ?」

「ギ、ギリアムでいい。呼び捨てで。いや、殿とかついてても似合うか? いやいや、でもそれだと俺が偉そうになっちまうからだめだ……むしろここはいっそギルとかって愛称の方が……」

 

 ……うわぁ。

 これはひょっとすると、どうやらまたちょっと変な人だったのかもしれない。内心で少し引いてる私には気づかぬまま、彼は一人で何か己の呼称についてぶつぶつと呟いている。

 この場合考え込む彼を置いて全力で逃げ出した方がいいのだろうかと一瞬悩んだが、何となく面白そうなのでそのままそっと見守ることにしてみた。

 割と好奇心に殺されるタイプだという自覚はあるが、面白そうな事にはやはり勝てない。

 私が内心でドキワクしたりしているうちに、彼の脳内会議はどうやら議決したらしく、ギリアム青年(?)はパッと顔を上げて握りこぶしと共に雄々しく宣言した。

 

「やっぱ呼び捨てで! 出来れば重々しく!」

 

 ……うん、やっぱり変な人だった。

 握りこぶしを固め眉間に皺を寄せた顔で、でもどこかこちらの出方を窺うようにそわそわしているヤクザっぽい男の姿ははっきり言って限りなく不気味だ。でもじっと見ているとそこはかとなく可愛い気もしないでもない。

 ぶきカワって奴かと思いつつ、面白そうなので彼のリクエストに応えてなるべく重々しく聞こえるよう意識して口を開いた。

 

「……ギリアム」

「っ!」

 

 わぁ、何かすごく嬉しそう。

 ギリアム青年は名を呼ばれた瞬間ガッツポーズを決めると、コレだ、コレだよ! などと呟いてどすどすと地団駄を踏んだ。

 

「くっ、そうだコレだ、俺はこういうのが見たかったんだ! これこそファンタジーだ! 美形はもう見飽きたっつーの!!」 

 ああ、ここにも変な方向に夢見がちな男が一人。

 うん、そこまで喜ばれると私としてもリクエストに応えたかいがあったというものだ。

 でも広場に人が少なくて良かったなぁって、さすがの私もちょっと思うな。

 控えめに辺りを見回して安堵の息を吐く私には気づかぬまま、ギリアム青年はひとしきりじたじたと不気味に喜びを表現すると、再びガバッと顔を上げて私の肩をぐっと掴んだ。

 

「後はアレだ! アレがあれば完璧だ! 爺さん、あんた今週はどのくらいログインする!?」

「うぇっ? ええと、最近は平日の夜なら割と毎日おるが。多分リアルで七時半……いや、八時くらいには入っとるよ。週末なら大抵昼間から……」

「よし、八時だな! じゃあえーと、三日後……いや、材料の調達があるし、色々準備がいるか……いい加減な仕事はできねぇしな。ならいっそ週末がいいか。よし、じゃあ土曜だ! 土曜の十二時くらいに、ログインしたらまたここで待っててくれ! 今日の詫びをしたい!」

「え、いや、それはお互い様だから別に必要は」

「それじゃ俺の気が済まん! 土曜だ! 良いな、必ずだぞ!」

 

 えええ、そんな果たし合いの約束みたいに言われても。

 私が驚いている間に一方的に捲くし立てると、彼はじゃあ! と片手を上げてあっという間に走り去っていった。

 と思ったらまたすぐに戻ってきて、呆然とする私の手に近くの屋台で買ったらしき食べ物をぐいと押し付けると、「サラム名物、魔法焼きだ、美味いぜ!」 と言い残して彼はうすら怖い笑顔で去っていったのだった。貰ったのはどうやらさっき彼が落としてしまったものと同じ物らしい。

 

 ……変な人だけど、やはり実はいい人だったようだ。

 なら、まぁいいか。

 あ、これほんとに結構美味しい。



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― 新着の感想 ―
ウォレスはオタクとツンデレホイホイかな?
 ギリアムより、咄嗟の口調と反応が乙女になるジジイの方がよっぽど奇妙…奇怪なんだが?
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