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29:偏屈爺の細君

「……何だったんだ、一体」

 

 強面の青年が慌しく出て行った扉を呆然と見ていると背後から、大丈夫ですか? と声がかかった。

 振り向くと申し訳なさそうな顔を浮かべた店主と目が合い、彼が頭を下げる。

 改めて見ると、この店の店主は人のよさそうな三十代前半くらいの男だった。多分この人がオットーさんなのだろう。

 

「災難でしたね、お客さん」

「……うむ、いや。まぁいいんじゃが、今のは一体?」

 ため息とともに吐き出された私の問いかけに、店主は不思議そうな顔で答えた。 

「あれ、お客さんも今日の入荷が目当てじゃなかったんですか?」

「入荷?」

「ええ、うちは三日おきの夕方、ちょうど今頃に商品が入荷するんですよ。それが今日だったんです。最近どうもそれ目当てのお客さんが多くて、ああいう風にかち合う事が結構あるんですよね」

 

 店主の言葉に納得がいき、私は試しに自分のウィンドウを開いた。

 店内メニューを見ると販売アイテムの一覧が呼び出され、色々な布地や革、ある程度加工された木材、手軽に手に入る貴石の類などなどがずらりと並んでいるのが見える。

 その中で売り切れの物はと探すと、貴石のうちのほとんどの種類と銀や金などの装飾品用インゴット、それとそれらの金属で出来た指輪や腕輪の土台という物の脇に売り切れの文字が出ているのを見つけた。どうやら彼らはこれらが目当てだったらしい。

 

「売り切れている物には販売数に制限があるのかね?」

「ええ、最近妙に需要が多くて供給が追いつかないんです。申し訳ありません。

 うちみたいな小売店で分け合って店頭に並べているので、再入荷までには少し日にちを頂くし、余り多くは入らないんですよ。ですがまだ個人の購入数の制限なんかは商業ギルドから通達が来ていないので……」


 なるほど、それでさっきの二人が買い占めて去ってしまったというわけなのか。

 店に入った途端にあんなに睨まれたのはライバルが現れたと思われていたのかもしれない。

 そういえば確か、販売数が限られている商品を複数人がほぼ同時に購入処理しようとすると、それを行った人数での頭割りになるシステムだとかなんとか、マニュアルで読んだような記憶がある。

 店主は申し訳なさそうな顔で再入荷は三日後になると告げたが、別にそれが欲しい訳ではなかった私は笑って首を横に振った。


「わしは買いたい物があった訳ではないからかまわんよ。それより、さっきの青年は別の店へ行くようなことを言って走っていったが?」

「ああ、商品の運搬屋は街の中を順番に回ってくるので同じ商品を仕入れている店でも入荷に少し時間差があるんですよ。多分、あの人の目当ての店が他にもあるんでしょう。そっちで買えているといいんですが……」

 そうするとあの時ウィンドウが開いたのはタイマーでもセットしておいたのか。

 しかしそこまでして時間差で街中駆け回らないと材料が手に入らないというのは実に面倒くさい話だ。

 

 金属や石系の生産素材はモンスターからドロップしたり採掘スキルでも手に入れたりできるものなので、そういう職や入手アイテムの意味を無くさないようにNPCショップでの流通量にはある程度の限度がある。

 しかし限度と言っても何せ大人数がプレイしているゲームなのだから、ちゃんと流通やその素材を必要とする生産職の人数のバランスを考えられた量になっているはず。それが売り切れて手に入らないとは、現在の需要の高まりは相当なものなのだろう。


 もっとも、さし当たってそれらが必要な職についていない私には余り関係のないことなのだが。

 しかしこうして並んでいる素材を見てるとやはり知らない物も沢山ある。この近辺で採集できる素材について書いた本が読みたいなぁ。

 素材系がこんなに人気ならいっそそういう採集系の生産を取るのも悪くないかもしれないし。

 やっぱり早いところ図書室を訪ねて―― 

 

「あの……ところで、買い物が目当てじゃないとすると、お客さん、何用で?」

「あ」

 危ない危ない、うっかり目的を忘れ去って本を求めに行くところだった。

  

 

「まぁまぁ、あの人からだなんて、わざわざこんな遠くまで届けてくださって……本当にありがとうございます」

 しばしの後、私はNPCショップの奥に通され、お茶をご馳走になるというある意味レアなイベントを体験をしていた。

 クエストで一般家屋には入ったことがあるがこういう店にも奥がちゃんと用意されていて、それを知る機会に恵まれたというのはとても嬉しい。

 居間から続く仕切りの向こうには台所があるようだし、二階へと続く階段も見える。

 漆喰と木の壁の部屋は温かみがあり、味のある木の家具を手作りらしい刺繍のカバーやクッションが彩っている。小綺麗だが生活感のある居住スペースは居心地が良く、ここがVRのゲームの中だということを忘れそうなくらいだ。

 イベントがある場所だからこうして奥まで丁寧に作りこまれているのか、それともどこか別のイベント用スペースに通されているのか。

 

 そこまではわからないがとりあえず店主に義母だと紹介されたグレンダさんは、実に穏やかで上品な雰囲気の老婦人だった。

 正確な年はわからないが思っていたよりも若々しいし、きっと若い頃はさぞかし人気があったろうと思わせる。

 もっと爺さんとガンガンやりあえそうな、婆さんって感じの人を想像していただけにちょっと意外だ。

 一体どんな紆余曲折を経てあの頑固爺としか言いようのないロブルと夫婦になったんだろう。

 そんな事を考えながら事情を説明した私は、当初の目的を果たそうとアイテムウィンドウを開いてロブルからの小包を取り出し、テーブルに置いた。

 

「いや、どのみちいずれ旅に出る予定でしたからの。良いきっかけになりました。で、これがロブルさんからの届け物です。娘さんに、エッタの実を干したものだとか」

「あらあら、それは娘が喜ぶわ。エッタの実は日持ちしないし干すのも手間がかかるから、作る人も多くなくてこの辺まではなかなか届かないんです。あの人にしては珍しく気が利いてるわ」

 くすくすと上品に笑いながら私の差し出した包みを受け取ったグレンダさんは、上品な仕草でそれを開く。

 中から出てきたのはロブルの告げた通り、木の皮で丁寧に包まれた干した果実らしき包みと、その上に重ねられた茶色の薄い包み、それと一通の手紙だった。

 

「ちょっと失礼しますね。……あら、ふふ」

 グレンダさんがそれを開き、時折小さく呟きながら中身を読んでいるのを眺めつつお茶を頂く。

 普通の紅茶なのだが、ファトスやセダの喫茶店で飲んだものと少し香りが違うような気がした。お茶にも地方で特色があるのだとしたら、なかなか凝っている話だ。


 しかし上品な老婦人が手紙を捲る音を聞きながら静かにお茶を楽しむって……ああ、和む。娘さんとお孫さんは今お昼寝中だそうで会えなかったのだが、会ってみたいなぁ。

 あ、でもロブルより先にお孫さんの顔を見ちゃったら友情にヒビが入ったりするだろうか?


 そんな事をつらつらと考えながらお茶を楽しんでいると、手紙を読み終わったらしいグレンダさんが顔を上げた。

 にこにこしながら丁寧に手紙を畳んでいるところを見ると、中には何か嬉しい事でも書いてあったらしい。

 黙って見ていると彼女は私の視線に気づいたのかこちらに向かってにこりと微笑み、それから小包の中にあった薄い方の包みを手にとって私に差し出した。何だろうと思いつつ受け取って中を開くと、出てきたのは一冊の本だった。


「ふふ、私からお礼を渡しておいてくれだそうです。依頼のお礼を渡す本人に運ばせるなんて、困った人で……ごめんなさいね」

「いや、実に彼らしいですな。どうもありがとう」

 ……くっ、面と向かってお礼を渡せないだなんて、何だその捻くれ具合! 最高だ!

 内心の感動を笑顔で隠して本を受け取る。薄めの本はどうやらステータスアップか何かのアイテムらしいが、後でゆっくり見よう。


 本をしまって顔を上げると、グレンダさんが私の方をまだ見つめていた。ものすごく喜んでいたのがばれてしまったかとドキリとしたが、そうではないらしい。

 彼女は何かを思案するような顔つきで私をひとしきり眺めると、おもむろに口を開いた。

 

「ねぇ、ウォレスさん」

「はい」

「貴方……『編纂者』になる気はないかしら?」

「……は?」


 ポーン、と音がしてウィンドウが開く。

 そこに記された文字は。


『クエスト「ロブルの届け物」が終了しました。

 生産クエスト「知を編む者への道」が発生しました。

 クエストを受理しますか?

 Yes   No  』



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