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24:小さな油断


 一体どのくらいの間戦っているのか、私はしばらく前からもう考えるのを止めていた。多分時間にしたらそれほど長い時間ではないだろうと思う。

 とりあえず補助魔法を何回かかけ直すくらいの時間が経っていることは確かだ。けれど私達の上に流れるのはそんな事を数えるのも馬鹿らしくなるくらい濃密な時間だった。

 

 

 

 口を動かす事に体力が関係なくて良かったと思いながら、私は呪文を紡ぐ。

 これが現実だったらそろそろ口がだるくなっている頃だろう。

 蛇のHPは残り三分の一をギリギリきったくらいだろうか。

 私は口は止めないまま腰につけたポーチの中を手で探り、戦いに入る前にオブジェクト化しておいた小瓶を取り出した。その瓶の中身が青い液体である事を一応確かめると、急いで蓋を取り去り、瓶の中身を頭から被った。

 口を動かし続けているので飲む時間が惜しいのだ。こうすると飲むより効果は遅いのだが今はそれでも構わない。

 灰色の髪や髭を液体が伝う感触が不快だったが、どうせしばらくすれば消えるのだからと我慢する。

 視界の端に浮く自分のHPとMPを見ると、残りが心許なかったMPがじわじわと増えていくのが見えて少しほっとした。

 

 MP回復薬は食べ物の類よりも遥かに回復量が多くて即効性がある。もちろんその分高価なのだが、そんなことを心配している場合じゃないので諦めている。

 いつも安全地帯で瞑想したり休憩したりしつつ狩りをしていた私にとって、実はこの薬を使うのは今回が初めてだった。今更ながらそんなことも新鮮だ。

 もう何度目か数えるのも忘れた炎の矢が当たり、また少しHPを削られた蛇は首を大きく反らし尻尾を叩きつけようと持ち上げる。

 しかしその前に側面からスゥちゃんの強力な一撃が炸裂し、その動作は中断を余儀なくされた。

 更に振り向いた頭をユーリィの銃弾が狙い、ヤライ君の刀があちこちに出来た傷を抉って蛇の気を逸らす。

 

 この連携もかなり全員が慣れてきて、良い具合に私が狙われる事を避けることが出来るようになった。

 何回かに一回は攻撃を受けるが、それはかろうじてミストが受け止めてくれている。

 魔道士が安心して魔法が使えるというこの状況は、きっとかなり幸運な事なのではないだろうか。

 炎の魔法を届かせる為には、どうしても蛇が体を伸ばせば届いてしまう距離まで近づかなければならない。

 一撃喰らえば簡単に死んでしまう状況で、私は仲間のありがたさをしみじみと実感していた。

 

「結構削れたから、もう一息ね!」

 ユーリィの言葉に誰もが頷き、気合を入れなおす。

 私は頭の中で手持ちのMP回復薬の残量を数えた。ポーチの中の残りは二本で、オブジェクト化していない分があと四本はあったはずだ。

 攻撃魔法は使用MPが少ないものを使っているのでいいのだが、合間に挟んでいる防御力を上げる魔法と回復魔法がMPを食っている。

 皆も回復薬を使ってはいるのだが、それが切れた時が不安なので私も小まめに回復をかけているのだ。

 それでもどうにか最後まではMPも持つだろう。

 勝てる、という言葉が頭を過ぎり、思わず頬が緩むような気がした。

 

 

「ごめん、弾が切れたから下がって補充するよ! ヤライ君、フォローよろしく! ミスト、上がって!」

「了解です!」

「わかった!」

 ヤライ君は返事をすると立ち位置を少し移動し、ユーリィが下がった代わりにミストが走って前に出た。

 私もユーリィの言葉を受けて再び唱え始めていた攻撃魔法を止め、回復魔法に切り替える。

 蛇の通常の間合いから離れたユーリィはウィンドウを操作して銃弾や予備のカートリッジをオブジェクト化して腰や肩に回した革ベルトに手馴れた仕草で次々着けていく。

 オブジェクト化させて身に着けられる弾やカートリッジの数には限界があるそうで、長引く戦闘ではそうやって時々補充しないと弾切れになるらしい。

 銃士というのはかなり格好良さそうなのだが、弾代といい補充といいそれなりの苦労があるらしい。やっぱり何でも一長一短のようだ。

 

「お待たせ!」

 ユーリィの弾の補充が終わり、彼女が走って行く背中を見ながら私は魔法の詠唱を開始した。

 炎の魔法を最後の一言を言うだけにして待機し、ミストが駆け戻ってくるのを待つ。

 戻ってきたミストのHPが少し減っているのにすぐに気付いたが、このくらいなら尻尾の一撃には十分耐えられると判断し、私は魔法を切り替えなかった。

 蛇を指差した私にミストも頷き、盾を構えて背中を向ける。

 私は杖の先を蛇に向け、炎の矢の最後の一言を放った。

 それが、最大の失敗だった。

 

 

 

 私の背に現れた炎の矢が風を巻いて飛んでゆく。

 二本目の矢が放たれた直後、ヤライ君の鋭い声が周囲に響いた。

「ウォレスさん、後ろ!」

「えっ?」

 その言葉に振り向いた動作が私の明暗を分けた。

 ガツン、と右肩に殴られたような衝撃を感じて視界が流れる。

 体が浮いた感触がし、次いでドサリとどこかに打ち付けられる感覚。

 システムの恩恵で痛みはなかったが、衝撃に意識が一瞬揺れた。何が、と思う間もなくミストの声が響く。

 

「ウォレス!」

 ザン、と鼓膜を打った音が、ミストの剣が振られた音だと気付くのに一瞬の間を要した。

 倒れた体を起こそうと伸ばした手が草の中に沈み、私は自分の置かれた状況をやっと理解した。

 蛇の攻撃を防ぎながら少しずつ場所を移動していた私とミストは、いつのまにか草丈の高い見通しの悪い一帯を背にする位置まできてしまっていたのだ。

 うつ伏せに倒れた状態で頭を起こし、振り向いて斜めに見上げた視界に入ったのは、草むらから出てきたらしい大きなカマキリのモンスターを切り払うミストの姿と、まるでスローモーションのように剣を振った直後の彼の側面に迫る蛇の尻尾。

 風を切る音と、すさまじい風圧に私は思わず地面に身を伏せた。

 伏せた頭の上でひどく重い音が響き、思わず息を呑む。

 

「ミスト!」

 ユーリィの悲鳴のような声に慌てて顔を上げると、蛇の尻尾に弾き飛ばされたミストがガシャンと音を立てて地面に落ちるところだった。

 パン、と銃声が響き、私の後ろにいたカマキリがとどめを刺され光へと変わる。

 けれどそんな姿は視界に入っていても、私の頭に届いてはいなかった。私はふらふらと立ち上がり、倒れたままのミストに回復をかけなければと走り出そうとした。

 

「ウォレス、駄目! 危ない!」

 ユーリィの言葉に止められ、私はハッと上を見上げた。

 倒れたミストに蛇の頭が迫る。スゥちゃんやヤライ君がそれを止めようと動くが蛇の動きは止まらない。ミストの落ちたところが運悪く蛇の顔に近すぎたのだ、と気付いた時には、ミストの体は蛇の顎にがっぷりと捕らえられていた。

 

「ミスト!」

 私は思わず叫んだが、それはもちろん何の助けにもならなかった。

 まるで獲物で遊ぶように、ミストの体が左右に振り回される。かろうじてHPが残っていたミストは顎を外そうと暴れたが、蛇の力には敵わない。

 立ち止まったままの私の頭の中が、一瞬白く染まった。

 まだ生きているミストに回復魔法をかければ間に合うだろうか――それとも、攻撃魔法でターゲットを外させるべきなのか。

 思考がめまぐるしく空回りし、纏まらない。

 私は自分がパニックに陥っているという事にすらその時は気付かなかった。 

 

「こっの、離しなさい、よぉっ!」

 状況を変えたのは、蛇の頭をその跳躍力で駆け上がったユーリィだった。

「たぁっ!」

 シャキン、と音を立ててユーリィの右手の爪が一瞬長く伸び、瞼のない蛇の目玉を鋭く引っ掻く。

 弱い部分に攻撃を受けた蛇は嫌がるように首を振り、ぶるん、と頭を大きく振ってミストを放り出した。

 

「ミストっ!」

 ミストが地に落ちる音が私を思考の渦から解き放った。

 遠くに飛ばされたミストを追って、慌てて彼の元へと走る。

 ミストが落ちた場所は背の低い草地で、蛇から十分距離がある。すぐに回復魔法をかければ何とかなるかもしれない。

 ああ、しかし蛇の牙には毒があるんだ。魔法よりもすぐに出せる回復薬を出すべきかも知れない。

 けれど、そう思った私の行動は間に合わなかった。

 

「ウォレス、来……」

 それがミストの最後の言葉だった。

 

 目の前で、本当に私の目の前で、ミストの体はパチン、と軽い音と共に弾けた。


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― 新着の感想 ―
このまま(誰も死なずに)行けそうってとこで…… 確かに強敵を倒してる最中に、範囲が重なった小物が攻撃してくるのゲームあるあるだけど。
 ボス戦の最中もモブが来るのはリアリティーある。
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