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20:賑やかな道行き


『渦巻け、風の刃』

 

 馬車の進路を横切るように通り道にしていた数匹の黒い蝶が風に巻かれて高く舞い上がる。

 三メートルほどの範囲で渦巻いた風は、土ぼこりや落ち葉を巻き込んで上へ下へと激しく暴れた。

 土ぼこりを含んだ圧縮された風は薄らとだが目に見える。それは刃のように鋭い切れ味で、蝶達のその薄い羽を次々に切り裂いた。

 サラムへの街道のうち、森の間を通る辺りでよく出るという蝶の群れはあっという間に散り散りになり、パタパタと地面に落ちて姿を消した。

 黒いそれは一匹が五十センチほどとそれほど大きくはなく、HPも少ないし結構弱いのだが羽根に毒を持っていて集団で襲ってくるので厄介な部類のモンスターらしい。

 そういう相手の時には魔法は本当に便利だ。

 

 しかし私が眺めていると、地面に落ちた蝶のうちの一匹がふらふらとまた飛び上がり、こちらに近づいてきた。

 どうやら討ちもらしてしまったらしい。もう一度別の魔法を詠唱しようかと杖を構えたが、不意に私のすぐ脇で銃声が高く響いた。

 目に留まらぬ速さで打ち出された銃弾に体の中心を穿たれた蝶がパンと弾け、光へと姿を変える。

 横を見るとそこにいた親友が、優美な所作で銀色の銃を下ろす所だった。

 

「さすがにアレだけ数がいると一匹くらいは逃れるもんだわね」

「うむ、ありがとう」

「どういたしまして」

 私は両脇に立っていたユーリィとミストを交互に見やり、二人に礼を述べた。

 ミストはそれに対して、俺は何も、と首を横に振る。

 私はそれには取り合わず、ただ笑顔を向けた。

 蝶の群れが馬車を止めた時に私がやろうと外に出たのだが、念のため二人が付いてきてくれていたのだ。それだけで十分心強く、助かっている。

 

「さ、行こうぜ」

 騎士らしい盾と片手剣を構えていたミストは剣を鞘に戻し、馬車の方を振り向いた。馬車の中からはヤライ君とスゥちゃんがじっとこちらを見守っている。

 私達は頷き合ってまた馬車へと乗り込んだ。


 あ、私今ちょっと水戸黄門ぽかったかも。

 



 

 あの出会いの夜、個々の個性の強さもあってすっかり打ち解けた私達は実に色々な事を話して楽しい時間を過ごした。

 その中で私がこのあと一人でサラムへと向かう予定だという話になり、ヤライ君がやっぱり心配なので付いてくると言い出したのだ。

 するとユーリィも「ずるい! 一緒に行く!」 と言い出し、スゥちゃんもそれについて来ると言い張った。

 対抗心を刺激されたのか、勢いでミストもそれに参戦し、結局四人で私をサラムまで送ってくれると言う事になってしまった。

 

 私としては皆を移動のために何時間も付き合わせるのは少々心苦しかったのだが、どうしてもと言われれば無理に断るのも何となく申し訳ない。

 人が見つからなければ一人で退屈な上、運悪くモンスターに襲われるかもというスリルも併せ持つ羽目になるところだったサラムまでの道のりは、一気に賑やかなものとなってしまった訳だ。

 

 結局、私の準備に合わせて数日の時間を取りはしたものの、今はこうして五人で馬車の上。

 予想通りサラムへ向かう同乗者は他になく、五人はそれぞれ気兼ねなく馬車の上で雑談したり、掲示板を見たり、景色を見ながら歌を歌ったりと思い思いの過ごし方をしている。

 人数が増えたせいか、時折今のようにモンスターに道を塞がれたりもするが、それぞれ得意そうな者が対応する事で事なきを得、特に問題なく道のりは進んでいた。

 


 馬車に戻って御者に声をかけると、荷台の片隅で震えていた彼はハッと顔を上げ、また御者としての職務に戻った。

 動き出した馬車に再び揺られながら、私達も他愛もない話を再開した。

 

「やっぱり何度見てもおかしいって、ウォレスの魔法。まだそんなレベルなのに、この辺でも全然やってけるじゃない。もう十分すごいわよ」

 ここに来るまでの道程で何度か私の魔法を見たユーリィが首を横にふりふり声を上げた。

 私は既に何度目かのその言葉に首を横に振り返す。

 こんな風に皆はしきりに私の魔法はすごいと言ってくれるのだが、私としては全く実感が湧いていない。さっきの蝶だって全滅はさせられなかったし。

 ただ、皆にさほど迷惑は掛けずに済んでいるようで良かったと思う程度だ。

 

 

「そりゃあ弱点の属性を選んでおるし、出発する前にも少しレベルを上げたしのう。それでもああして討ちもらしたりするんじゃから、まだまだ油断はできんよ」

「でもボクだってあの蝶キライだよ。ちょろちょろしてさ、大振りすると風圧で後ろに逃げるから当たんないんだよね!」

 スゥちゃんの言葉にヤライ君やミストも大きく頷いた。

 それはただの相性の問題だと思うな。

「わしにだって手も出せん敵は山ほどおるよ。そこはそれ、単に相性の問題じゃろ」

「まぁ、確かにそうですね。そもそもそういうのを補う為にパーティがある訳ですし」

 

 そうそう。それを考えるとパーティというのはやっぱりいいものだ。

 もう少し皆に迷惑をかけない自信がついたら、ぜひあちこち行ってみたいと私も最近思っている。

 そんなことを話し合っていると、何か考え事をしていたミストが顔を上げ、私の方に真面目な顔を向けてきた。

 

「なぁ、ウォレス。お前、ウィザーズユニオンって名前の旅団知ってるか?」

 ミストが不意に投げかけた問いに、私は首を横に振った。

「いや、初耳じゃの」

「あ、それ知ってる。なんか魔法職同士で組んで、相互扶助しようっていう旅団でしょ」

 どうやらユーリィは知っていたらしい。

 彼女の言葉にミストも頷き、その旅団について更に話を進めた。

「そうそう。まぁ、名前からしていかにもそれっぽいとこなんだけどさ。要するに、魔法職同士で大規模な旅団を作って、手持ちの情報なんかをその内部で交換し合って協力して強くなろう、みたいな旅団らしいんだけどよ」

 

 旅団というのは他のMMOでよく言うところのギルドや氏族のようなもので、要するにパーティよりも単位の大きなプレイヤーの集団の事だ。

 プレイヤーは大陸を行く旅人という設定であるので、RGOでは旅団という名になっているらしい。

 作るにはある程度のまとまったお金と三人以上のメンバーが必要だが、大きな街ならどこの地方にいても使える旅団専用の集会所が持て、旅団用の掲示板やチャット、旅団倉庫や金庫などの各種施設が利用できる。

 旅団に所属するメンバーでパーティを組んで、それら幾つかのパーティで協力し合って大規模な狩りをするレイド戦なども出来るらしい。

 私は特にどこかに所属したいという気持ちが薄いので、そういう基礎知識以上のことは良くわからない。

 その魔法職中心の旅団というのも、勿論初めて聞いた話だった。話の先を促すと、ミストは頷いてその旅団について色々と噂を交えて教えてくれた。

 

「入れる条件はもちろん魔法職であることなんだけど、そこに入ると色々な情報の提供や道具の貸し出しとかしてもらえたりするらしい。あとは旅団外の他のパーティから依頼を受けて、回復系魔道士と攻撃系魔道士のセットでメンバーを貸し出すみたいな事もやってるんだってよ」

「あと大規模な狩りなんかもしてるんでしょ? そのおかげで結構レベルも上げやすくて助かるってんで、外の情報サイトでも名が知れてきてるって聞いたわ。それにつられて新規で入ってきてすぐそこに入る魔道士が増えて、魔法職の人口がじわじわ増えてるって話よね」

 なるほど、魔法職の救済に運営が動かない代わりに自分達で創意工夫をしたというわけか。それはなかなか感心だ。

 私がそう感想を述べると、意外にもミストは渋い顔を見せた。

 

「それが、いい話ばっかりでもないんだ。噂によるとな、結構強引な勧誘したり、固定パーティ組んでる奴でも平気で引き抜いたり、有用な情報が掲示板に出回らないように内部で秘匿したり、色々やってるっていう話なんだよ」

「ほう……それはちょっと迷惑かもしれんなぁ。しかし、情報の秘匿については別にどこもやっていることでは?」

「隠すだけならそりゃいいけどな。連中は性質の悪いことに、メンバー以外が掲示板に流した情報が自分達にとって重要なのとかだったりすると、集団でガセ扱いするレスをつけてうやむやにしちまうような事もしてるんだってよ。そのせいか、最近荒れてるスレが増えてるんだ」

「俺もそれ聞きましたよ。その旅団のせいで揉めて解散したパーティも幾つかあるらしいっていう話ですしね。火力でごり押しして、辺りのモンスターを無差別に狩りつくすような迷惑行為もしてるんだとか。

 最近魔法職の助けが必要な場所が増えてきたからその旅団への依頼も増えてて、結構大きな顔してるらしいです」

 ヤライ君もその旅団を知っていたらしく、噂だけれど、と言いつつそんな話を教えてくれた。

 私と同じく余りそういう事に興味のないらしいスゥちゃんだけが、私の隣で面白そうな顔を浮かべて一緒に話を聞いていた。

 

「あと何でもその旅団のメンバーだけが持ってるアイテムってのがあるらしくてさ。メンバーの誰かが作ってるって話なんだけど、魔道書の効果を指輪なんかのアクセサリーにそのまま込めたってのがあるらしい。それを餌に勧誘してるって話だよ」

「へぇ、つまり指輪がカンペ代わりになるのかの。それは面白い」

「アイテム一つにつき呪文一種類って具合らしいけどな。それでも指は十本あるわけだからな。憶えてなくても使える魔法の幅が広がって、まぁ便利って言えば便利らしい」

 それは面白そうな話だが、情報の秘匿をしているということはそういう魔法系の生産職に関しても外から知るには難しそうだ。

 興味はわくが、そのためにその旅団に飛び込む気は今のところ湧かないな。

 

 迷惑行為うんぬんは抜きにすれば、魔法職が増える事自体は私は別に悪いことではないだろうと思う。

 今の状態ではバランスが悪いのだから、それを何とかしようという動きはあって当然な話だ。

 しかしそんなことを思う私にヤライ君は心配そうな顔を向けた。

 

「ウォレスさんは呪文を暗記してるからそういうアイテムは必要ないと思いますが……一応、気をつけてくださいね。杖装備の魔道士って結構目立ちますから、目をつけられると面倒があるかもしれません。俺が受けた訳じゃないですけど、勧誘の激しい所は本当にすごいんですよ」

「あー、ありそう。自覚ないみたいだけど、ウォレスの魔法ホントすごいわよ? 杖装備で属性合わせた魔法があんなに便利だと思わなかったもん」

 二人の言葉にミストも深く頷き、やはり注意するようにと忠告をくれた。

 

「他人に便利に使われるのなんか、お前の信条じゃないだろ? わかった上でお前が入るって言うなら自由だけど、良く考えて入れよ。メンバーは大抵指輪なんかのアクセサリーを限界近くまでジャラジャラさせてるらしいからな。成金ぽい奴に声かけられたら警戒しろよ」

「そうだよ! そんな何とかゆにおんに入るくらいなら、ボクと組もうね!」

 

 すっかり元気にしゃべってくれるようになったスゥちゃんが私の左腕に絡みつく。

 確かにいずれどこかに所属するとしても、どうせならそんな知らない団体よりも気心の知れた仲間達のいるところがいい。

 今はまだ私は弱すぎるが、そのうちそういう事も良く考えてみよう。

 私は頷いてスゥちゃんの頭を軽く撫で、心配してくれた皆に気をつけると約束して笑顔を向けた。

 

 のどかな旅路に変化が起きたのは、その少し後の事だった。



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 派遣もしてるのがマイナスポイントやな。強制的に他パーティーへ派遣してそう。
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