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18:分け合う楽しみ


 大釜亭は大きくて少々古びた居酒屋とでも言うような雰囲気の店だった。

 壁や天井にぶら下げられたランプとテーブルの上の蝋燭を光源とする店内は全体的に薄暗い。

 薄暗い酒場と言うとなんとなく怪しい雰囲気を思うが、幸い大釜亭はそんなこともなく、客達は皆明るい空気の中で思い思いに食事を取ったり談笑している。

 目の前のテーブルに並んだ料理は港町に相応しく魚料理中心で、どれも結構美味しい。一人暮らしだと魚料理を遠ざけがちな私としてはとても嬉しかった。

 

 RGOの中では空腹というものを感じることはないのだが、食事は楽しめるようになっている。

 多少のリアリティを出す為か、システム的には食事という行為は最低でも一日に一回くらいは行った方が良いとされていた。戦士系の人なら、一日二、三回はした方がいいらしい。

 料理は緩やかな回復アイテムとしての役割も持っているので、休憩時に何か軽く飲食するだけでもいいのだが、攻略に熱心な人はその時間を勿体ながって回復は薬で済ませてギリギリまで休憩は取らないという人もいるという。

 しかしあまりに長く何も食べずに動き回っていると、HPの回復率が悪くなったり徐々に減っていったりするのだ。あまりそれを続けると、レベルアップ時にも上限の数値が上がりにくくなったり、逆に下がったりするらしい。

 空腹は感じないからその辺は適度に自己管理して食事を取るしかないのだが、その分客を誘う為にかどこの店の食事も味は悪くない。一仕事終えた後の食事を何よりの楽しみにしている人も多いようだ。

 私は魔道士なので一日一回程度でも良いのだが、NPCのお店では特色のある携帯食や屋台料理が色々あるので楽しくて、多分割と頻繁に食事をしている方だと思う。

 

 そういえばセダには生産職で料理をやっているプレイヤーが幾らかいると情報掲示板に書いてあった。

 ここにいる間に探してみるかな、と考えながら白身魚のカルパッチョのような料理をフォークに刺して一口食べてみたが、少し酸味のあるソースと魚の相性が良くてなかなか美味しかった。

 一くくりにして顎の先で赤いリボンで結んだ髭が口を動かすとゆらゆらと揺れる。食べる時に髭が意外に邪魔になることにも最近ようやく慣れてきた。 


「ねぇ、ウォレス、それ美味しい?」

 丸テーブルの向かい側の席からそう声をかけられて私は一つ頷いた。

「なかなかいける。試して構わんよ」

「ありがと。はい、じゃあお返しにこっちのも食べていいわよ」

 向こうに滑らせた自分の皿の代わりに差し出されたのは青魚をたっぷりの香草とともに焼いた料理だ。私は皿を受け取ってフォークで身を少しほぐして口に運んだ。

 うん、皮が柔らかくて塩気が利いていてなかなかいける。

 私は味見した皿を目の前の友人に返しながら、その彼女の姿を何となく眺めた。

 

 室内の穏やかな灯りを受けて艶やかに光る髪は真っ黒で、少し不ぞろいな首筋くらいまでの長さだ。同じ色の睫の向こうの緑の瞳も綺麗だった。瞳孔が縦長なのが少し不思議だ。

 外装はそれなりにいじってあるようだったが、切れ長で少しきつい印象の目元は現実の由里をどこか思いださせる。

 由里のキャラもまた美形と言える顔立ちだが、元々彼女は現実でも美人と言って良いタイプなので違和感は少ない。

 しかし元の由里と決定的に違うところの一つが、その頭上にあった。

 黒い髪に隠れてさほど目立ちはしていないが、その頭の上には小さめの黒い三角が二つ生えている。視線を下ろせば椅子の足の間からもゆらゆらと揺れる長い黒い尻尾が見える。多分これらは見る人が見れば萌えるアイテムであるのだろう。

 それはもちろん彼女が猫系の獣人であることを示している。

 黒豹だ、と教えてもらったのはついさっき、初めてここで顔を合わせた時の事で、黒豹はまぁまぁラッキーな方だとも彼女は言っていた。

 

 ラッキーというのは、獣人はキャラ作成時にどの獣の系統にするかを自分では選べないところから来る言葉だろう。

 そればかりは完全にランダムで、初めてログインした時に決定されるのでどうなるかは誰にもわからない。

 どの系統もそれなりの利点があるのだが、気に入るかどうかは全くの賭けだという話だ。稀にレアな種類になる人もいるらしい。

 決定した姿が気に入らなくても、獣人を作り直す場合はキャラを一度デリートし、三日ほど待たないと再スタートできない事になっている。作り直しても、その姿を気に入る保証はない。

 だから大抵の人が、待つよりは諦めて結果を受け入れるという話だ。


 ちなみにキャラメイキングはどういう風にするのかと不思議に思っていたが、なんでも人間タイプをベースにキャラを作り、種族を獣人にしておくらしい。そうすると初ログイン時にランダムで獣人のタイプが決定され、作ったキャラの姿にもそれに合わせた補正が入るということだ。

 具体的には耳の変化や尻尾の追加、瞳孔の変化、牙や爪の追加、顔つきや体つきの若干の変化と部分的な毛の変化、などなど。基本的には作られたキャラの外観を大きくは損なわない程度に付与される補正なので、美形だったのが不細工になったりとかそういうことはないという。 

 私がそんな事を思い返しながら眺めていると、彼女はにこりと笑ってテーブルの中心付近を指で突付き、酒場のメニューウィンドウを開いた。


「ね、ウォレス、何か甘い物食べない? 半分こしようよ」

「ふむ、構わんが」

 空腹がないと言う事は、当然満腹感も存在しないので、食べようと思えば好きなだけ好きな物を食べられる。

 といってもつまりは味を楽しむだけなのだから、ずっと食べていればどうしても飽きがくるし、無駄な金がかかるだけなのでほどほどで止めるのが普通だ。

 それでも、現実では体重を気にして甘い物を我慢している人なんかには、RGOで欲求不満を解消できるのは嬉しいことだろう。だからこういう酒場でもそういう人のために甘い物も色々と取り揃えてあるらしい。

 

 魚料理を楽しんだ私も、少しばかり違う味を楽しむのも悪くないとメニューを覗き込んだ。

 甘味のメニューは幾つか有ったが海草を煮溶かして果汁と合わせて固めたゼリーのようなものや、ふんわりと焼いたケーキなどが人気だと教えてもらい、少し悩んでゼリーを頼んだ。

 

「んー、じゃあ私はケーキの方にするわね。ああ、いくら食べても太らないってホント素敵」

「元々由里は別に太っとらんじゃろ」

「ユーリィよ、ウォレス」

「ああ、すまん」

 元の名前と似通いすぎているせいか、ついそちらを呼びたくなってしまう。

 ユーリィは、少々混乱している私に楽しそうに笑いかけた。

 と、そこに不意に横合いから不機嫌そうな声が割って入る。

 

「……なぁ、お前ら」

「うん?」

「何よ、ミスト。せっかく楽しんでるのに地の底から響くような声出さないでよね」

 丸テーブルを挟んで向かい合う私とユーリィの間の席でじっと黙っていたミストは、何か頭痛でも堪えるかのような渋い顔をしている。

 私が首を傾げると、ミストはぷるぷると肩を震わせ、声を荒げた。

 

「頼むから……頼むから、爺と若い男が甘い物のシェアとかしないでくれ!!」

 

 由里ことユリウス。愛称はユーリィ。性別:男、種族:獣人

 

 

 

「やぁだ、男だなんて! 違うわよ、さっき言ったでしょ? アタシはオカマよ、オ・カ・マ!」

 語尾にハートマークがつきそうな口調と共に、ユーリィは恥らうような可愛い仕草を見せた。

 それを見てしまったミストが遠い目をしていたのが何だかひどく印象的だった。

 

 

 

 彼(彼女)曰く。

 

「だってね、見かけを女にしとくと色々面倒が多いのよ。他のVRゲームですっかり懲りたの。

 私はゲームを楽しみたいんであって、ちやほやされたい訳じゃないつってんのに、しつっこい男が多いのよね」

 由里は男の外装を選んだ理由をそう聞かせてくれた。

 

「お前に近寄る度胸を逆に買うけどな、俺は……」

「なるほど。それで男キャラの外装なのか。じゃが、オカマというのは?」

 ミストが食べる為にほぐしていた焼き魚の身を、腹いせのごとく脇からひょいひょいとフォークで摘みながら、ユーリィは可愛らしく首を傾げる。 

「それがねぇ、今回は面倒を避けるために男キャラで行くぞって作ってみたのはいいんだけど、考えてみたら私、演技って苦手なのよね。ロールプレイとか全然出来る気がしなくって。いちいち口調を変えるのも面倒じゃない?」

「ふむ……まぁ、確かに」

「でしょ? だから、考えたのよ。もうこれは、普段通りの口調で通して、オカマキャラのロールプレイにすればいいんだって! それなら全然難しくないじゃない。いつも通りの女らしくて可愛い私でいいんだもん。

 姿だって鏡見なけりゃ自分では気にならないし、声がいつもよりちょっと低いかなってくらいの感覚しかないしね。んで、慣れたら段々オカマプレイに愛着が湧いちゃったりして?」

 ミストが「自分で可愛いとか言うか普通」とか何とかぶつぶつ呟いている横で、私は納得して頷いた。

 

 最近のVRゲーム内の人口の男女比率は、半々にかなり近くなってきていると聞いている。

 VRシステム自体が男女問わず人気で、広く普及しているからだ。

 離れていても顔を見ながら話せるし、メールなどより親密に過ごせるし、吊橋効果も狙えるかも? という理由から(一部信憑性は定かではない話もあるが)、カップルで同じゲームを楽しむ人達も珍しくはない。

 当然そこには新たな出会いも数多生まれているので、それに淡い期待を抱く者達もやはり多く居るだろう。

 

 ただし、その男女比は当然ゲームによってばらつきがある訳で、必ずしも均等ではない。

 RGOは確か、男女比は2:1くらいだったはずだ。

 外装を細かくカスタマイズできるのは魅力なのだが、世界の雰囲気がどちらかといえばリアル系よりなので、可愛らしくデフォルメされたポップな雰囲気のゲームほどの女性人気はないのだろう。

 そういった男女の比率が一定でない場合にありがちな面倒ごと、というのをどうやらユーリィは良く知っているようで、それなら男の外装を選択するのも賢い選択に思える。

 世の中にはちやほやされたい女性も多くいるだろうが、そうでない女性も確かにいるのだ。多分、様々な理由から性別を逆にしている女性プレイヤーは探せば他にも沢山いるだろう。ただ、その人達の大半は恐らくオカマプレイはしていないのではないかと思うが。

 

「オカマプレイかぁ……面白い」

「面白くないって! コイツこの外見で、『南海に連絡取ってくれなきゃミストはオカマと出来てるって噂になるようなことするからね!』 って脅すんだぜ!?」

「おお、異色カップルの誕生か」

「誕生してねぇ!!」

 ミストは声を荒げて必死に否定する。

 うーん、ミストもなかなかからかいがいのあるキャラクターだ。

 私がそんなことを考えていると、NPCの店員がテーブルにデザートを運んできた。ユーリィはフォークを片手に嬉しそうな声を上げる。その声は若干高めではあるが、明らかな男性の声だ。

 結構美男子なのに猫耳でオカマ。考えてみるとなかなかシュールかもしれない。

 

「まぁとにかく、外装は男でも心は女の子だからいいのよ。友達とケーキのシェアしたって文句言われる筋合いはないわ。あんた、自分が出来そうにないからって私に当たらないでよね」

「誰がいつそんな事をしたいって言ったんだ!」

「その顔が語ってるわよ」

 学校で良く由里がしてくるように、あーん、と目の前に差し出されたフォークの先のケーキに、私は髭に気をつけつつぱくりと噛み付いた。

 うん、生地がふんわりとしていてなかなかいける。

 お返しにゼリーをひと掬い差し出すと、ユーリィも嬉しそうにそれを口に運ぶ。

 それを見たミストが悲痛なうめき声を上げながらテーブルに突っ伏した。


「……ここに鏡があったなら!」

 それを見て行いを正せとでもミストは言いたいのかもしれないが、そんなことでなんとかなると思う辺り、まだまだ修行が足りない。

 なぜなら私達はどちらも己の姿を全く恥じていないのだ。

 甘い物が好きな老人とオカマが親友だからって別に誰が困るわけでもないし。

 それに室内は薄暗いし喧騒に溢れているのだ。誰も他人のテーブルのことなど気にしてないだろう。

 

「どう見たって、机に突っ伏してうめき声上げてる方が奇行よねぇ」

「うむ。改めた方がいいぞ、ミスト」

「何で俺!?」

 顔を上げたり再び机に突っ伏したりしているミストは放って置いて、私達はデザートをゆっくりと堪能し、話に花を咲かせた。

 

 聞くところによると、ユーリィは銃士という職業をやっているらしい。具体的にはそのまんま、銃で戦う射撃系の職業だ。銃は結構種類が多いらしく、同じ銃士の中でも戦闘スタイルは様々らしい。大体は中から遠距離での戦い方が殆どで、あまりソロはしないということだった。

 密かに格好良さそうだと思っていた職業なので、話を聞くのは楽しい。

 

「一人だと、狩りの時は大体遠くから狙撃するってのが普通ね。パーティの時は主にかく乱とか、トドメとかが役どころかしらね。特殊な魔法弾とか使えば、回復とか補助も少しくらいはできるけど。魔道士ほどじゃないけどあんまりソロ向きじゃないのよね」

 銃士は弾代がばかにならない上に、索敵と狙撃にかなり熟練しない限りは危険も多くソロではあまり金稼ぎにはならないらしい。

 確かに弾は消耗品だろうし、その補充というのは銃士なら必ず付いて回る話だろう。

 ソロ向きでない中、ユーリィはどうしているのかと聞くと私にとっては少し意外な答えが返って来た。

 

「私は普段はリエと一緒に狩りしてるのよ。あの子前衛職だから」

「リエちゃんと?」

 理恵ちゃんというのは本名を田野理恵子といい、つまりは由里の妹である少女だ。

 中学二年生で、大人しい良い子だったと記憶している。あまりゲームをやるようなタイプには見えなかったのだが。

 

「あの子もゲームなんかやるのかの」

「ん、私がやってるから楽しそうに見えたみたい。今じゃなかなかのゲーマーよ。もうすぐ来ると思うから、紹介するね」

 ユーリィは私に彼女も紹介しようと呼んでおいたそうだが、どうやらリエちゃんは寄り道をしていて遅れているらしい。

 由里の家に遊びに行くと時々顔を合わせる少女は、由里とはまた違うタイプの可愛い女の子だ。大人しい彼女がここでどんな冒険をしているのか聞いてみたい。


 私はそこまで考えて、はて、と首を傾げた。

 私の脳裏を栗色の髪が一瞬過ぎる。

 どこかで見たような、と思ったあの姿。あの既視感はもしかしたら。

 しかし、彼女と私の知っているリエちゃんとは随分と印象が違ったが――

 

「お姉ちゃん、おっまたせー!」

「声でかいですよ、スピッツさん!」

 そこまで考えた所で突如割り込んだ聞き覚えのある賑やかな声に、私の思考は中断させられた。

 この声はもしやと予想するまでもなく、視線を上げるとやはりそこにはさっき別れたばかりの顔が二つあった。

 考える前に、どうやら答えの方から先にやってきてくれたらしい。

 あっという間の再会に、どうやら気付いたらしい向こうも目を丸くしているのがここからでも見える。

 

 類は友を呼ぶ、という言葉は、実に良く真理をついているような気がした。


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