表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/79

15:セダまでの道のり


 待ちに待った土曜日、RGOの朝の時間を選んでログインした私はついにファトスの街を旅立ち、西へと続く街道を歩いていた。どうせなら落ち着いて旅をしたかったので土日まで待っての出発だ。

 歩きながら街道脇をうろつくモンスターを時々倒してのレベル上げと金策を兼ねた道行きを予定している。

 その為にファトスとセダを結ぶ定期馬車を利用しなかった。

 今のレベルはまだまだ高くないが、街道を大きく逸れなければセダまでは何とか一人で辿り着けそうだと見ている。

 流石にセダからサラムでは馬車を利用しないと死ぬと思うが。

 

 セダまでは敵を倒しながらのんびりと進み、道中にある安全地帯と小さな村で休憩していく予定なので、ゲーム内時間で二日ほどの行程を見ている。

 この辺り、RGOはゲームながら妙にリアルだ。

 ちなみに馬車なら多分半日ほどで着くだろう。

 徒歩でも敵に構わず休まず歩き続ければ夜にはどうにか辿り着くだろうが、その気はないし暗くなる前に村に入って休む予定だ。夜はモンスターの種類も変わるし、数も多くなる。

 夜目が良く利き、夜になると能力が上がる種族特性を持つ一部の獣人系プレイヤーなどでなければ、夜にフィールドを一人で歩くのはさすがに危険すぎる。

 プレイヤーの中には、夜はライバルが少なくモンスターが多いので効率が良いという事で好んで夜狩りをするパーティもあったりするらしいが、私はまだせいぜい街や安全地帯のすぐ傍で細々と狩りをすることくらいしかしたことはない。

 

 

 私は明るい朝の日差しの中を歩きながら地図を開いた。

 地図によれば街道沿いにも定期的に安全地帯があるので、それなりにMPを使っても大丈夫そうだ。

 街道には多少曲がりくねったり分岐があったりするのだが、街にあった地図屋で街道周辺の地図を入手してきたので不安は少ない。

 ちなみにこの地図は生産職の一つの測量士の人が地図屋に販売したものだ。

 

 RGOの地図は基本的にオートマッピングで、知らない土地を歩けばそれだけでウィンドウに表示されるマップは広がるのだが普通はあまり細かい地図は作られない。

 測量士になった人だけが詳細な地図を作れ、そこにさらに細かい情報を書き加えたりも出来る。

 出来た地図を地図屋に持ち込むと、まだ誰も登録していない部分の地図があった場合は買い取ってもらえ、以降はそれを他のプレイヤーも一定金額で買うことが出来る。

 自分で自由に値段を設定する事はできないのだが、登録した部分の地図を他のプレイヤーが買うごとにその収益のほとんどが測量士に入るので、新しい場所へ早く行けば行くほど儲かると言う職業だ。ライバルは少なくないが、自分で店を持ったり交渉したりする手間もなく、定期的な収入が見込めるところもメリットらしい。中には型通りの地図ではなく、様々なお得情報なども記した非常に細かい地図を売っている人もいるらしく、そういう人の地図は当然人気も出る。

 彼らがいないと新しい場所を踏破しても詳細な地図が作れないので、最前線の攻略チームには人気の職業らしい。

 私のような初心者はその恩恵を受けるばっかりだ。

 

 

 少し先の道脇で草を食んでいたポルクルを炎で焼きつつ街道をさくさく進む。

 現実よりも早いペースで長く歩いても疲れたりしない所が素晴らしい。

 実は個人の体力によって休まずに歩き続けられる距離はある程度決まっているのだが、どんなに体力の数値が低くても安全地帯から次の安全地帯までの距離くらいは絶対に歩けるようになっているので私でも安心だ。

 途中の安全地帯で何度か瞑想してMP回復をしたりする予定だが、ファトス地方とセダ地方の境にある村まではのんびりしていても夕方までには余裕で辿り着けるだろう。

 

「セダに行ったら転移の書だけでも買うかなぁ」

 転移の書とはその名のままに、一度行った街や村に一瞬で移動できる転移魔法を覚える事のできる魔道書だ。

 これを覚えられない職業の人は転移所と呼ばれる施設へ行って金を払って移動するか、回数制限のある転移用アイテムを買って移動するかのどちらかになる。

 仲間に魔法使いがいれば一緒に連れて行ってもらう事は可能だ。

 この転移魔法は不人気な魔法職にとっての数少ない利点と言って良いだろう。

 しかしあいにくというか当然と言うか、ファトスにはその魔道書は売っていなかったので、私はまだ覚えていない。

 早くこれを覚えてしまえばロブルやブラウに会うのも簡単だ。

 商業都市と言うからには欲しいものが沢山ありそうで今からちょっと待ち遠しいような恐ろしいような気持ちがする。

 

「買い物には気をつけんとのう……」

 サラムへも行くのだから、多少は資金に余裕を持っておきたい。

 セダからサラムへは流石に敵を倒しながら歩いていく余裕はないだろうから、馬車を利用しなくてはいけない。

 定期馬車といっても実はそれも敵に襲われることが皆無ではないため、できれば一人で戦わなくてもいいように他の利用者がいる時間帯を選ぶ必要がある。

 そういう事も含めてどの道少しは情報収集の為にセダに留まるべきだろう。

 考える事は沢山あるが、行ってみないとわからないことも多い。

 楽しみが尽きないように思えて、私は歩きながらも笑顔を浮かべた。

 ファトス地方は今日も快晴。旅をするには、最高の日だった。

 

 

 

 

 

「世話になったのう。ではまた」

「いってらっしゃい。またどうぞ!」

 ゲーム内での翌日、ファトスとセダの境の村の宿を、女将さんに見送られながら後にした。

 小さな村の小さな宿の部屋はさすがに街のものよりも大分質素だったが、寝心地は悪くなかった。といってもただログアウトする為に利用しただけなので心地よさは関係ないのだが。

 動き出した村の朝は実にのどかで、何となく旅立つのが惜しくなるほどだ。

 

「あー、和む……」

 あちこちを見回し感想をこぼした時、道の先で何かが動くのが目に入った。

 見れば目の前を親らしき雌鶏がひょこひょこと横切り、その後ろを数羽のひよこが追いかけて行く。

 本物の鶏なんて、小学校の飼育小屋で飼っていたのを見た以来だ。

 いや、VRだから本物じゃないわけなんだけど、この際それは置いておいて。

 ああ、鳥可愛い。

 

「うーん、いつかホームを持つなら田舎にしようかのう」

 街や村にはあちこちに大小様々な空き部屋や空き家といった物件があって、それは何か条件を満たせれば買えるのでは、とまことしやかに囁かれている。

 噂では、プレイヤーは『旅人』なのだから、旅を止めて一定時間一つの場所に滞在し続けなければならないのではとかも言われているが、それなら買う人間は恐らく少数だろう。

 気にはなるが、今のところ私も旅を止めるつもりはないのだから特に関係はない。

 でも、遠いいつか隠居した老魔道士を気取ってどこか田舎にホームを持つのもいいかもしれない。夢は広がるばかりだ。

 

 

 

 

 村を出てふらふらと敵を倒しつつ歩く事数時間。

 安全地帯で休憩を終えた私は午後に入りかけた頃の高い日差しを浴びながら、相変わらず適当に敵を倒したりしながら進んでいた。

 境の村を出てから敵の種類も徐々に変わり、強さも上がってきている。

 敵はアクティブのものが多くなり危険も増しているが、街道から逸れない限りはまだ私にも戦える範囲内だ。

 とは言えすぐ近くに見える森なんかには、大型の蜂や狼など群れで行動する事の多いリンクするモンスターも存在しているので油断は出来ない。

 まぁ、彼らにはそれぞれテリトリーがあって基本はそこから出てこないらしいので、うっかり足を踏み入れなければ大丈夫だろうが。

 

 そんな風に、ファトスからセダまでの地方に出てくるモンスターについては、あらかた本に載っていたので予習が出来ている。

 練習室でも仮想敵として呼び出すことが可能なものばかりだったので、一通りの事は試してきた。

「セダに行ったらサラムまでのモンスターの予習しなくては……」

 またそこでそれなりに時間を取られることになりそうだが、低レベルなのだから仕方ない。

「知識も力だしな。うむ」

 自分で自分を納得させながら、近寄ってきた猪に似たモンスターを焼き尽くす。

 猪系はHPが多いが単体相手なら五つに増えた炎の矢を全弾叩き込めばまだ余裕だ。

 足が遅いので向こうがこちらに気付いても近づく前に呪文を唱え終える事が出来るし、真っ直ぐにしか突撃してこないのでターゲットの指定も外れにくく、私にとってはいいカモだった。

 

 

 

 

 猪の落としたアイテムを確かめていると、不意に何か聞こえた気がして私は振り向き耳を澄ませた。

 エルフは獣人には若干劣るが耳がいいと言う種族特性がある。

 比較的とがりの小さい自分の耳に手を当て、立ち止まって息を潜める。

 聞こえた、と思った方向にパッと目を向けると、草原の向こうに何か小さなものが見えた。

 辿ってきた街道の方角にあった森の端の辺りから何かが砂煙が立ちそうな勢いで走ってきている。

 何だろう、と目を凝らすとそれは人のようだった。黒い服を着ているおかげか、遠い割りに良く見える。

 更に見ているとその人は段々と近づき、向こうも走りながらもこちらに気付いたらしく、何かを懸命に叫んでいる。

 

「……と! ……げて……さい!」

 よく聞こえない。

 首を捻っているうちにその人はどんどん近づき、背の高い男である事がわかった。彼はこちらが動かないのを見て取ると、もう一度声を張り上げた。

「そこの人! すいませんっ、逃げて下さーい!」

 今度はちゃんと聞こえた。短い時間にどんどん近づいてくる所を見ると、彼はかなり足が速いらしい。

 へ? と思って彼の後方に目をやれば、後を追ってくる狼に似た獣の姿。それも五頭もいる。

 

「うわ、トレインか」

 緑色の体をした森林狼はこの辺の森で出くわす、アクティブな上に仲間を呼ぶタイプの敵だ。牙には毒があって、噛まれると痺れるんだっけか。普段はテリトリーから出てこないがその攻撃性は意外に高いらしいから、傍を通られたら距離によっては私も巻き込まれるだろう。

 だが逃げろと言う彼の言葉に私は従わず、杖を持った手を持ち上げた。

 

『踊れ踊れ大地の子――』

 杖を構え早口で呪文を唱える。この魔法の熟練度はあまり高くないのだが、まぁ何とかなるだろう。最後の言葉を言う前で魔法を止めて、魔法を待機状態にする。この状態を維持できる時間は熟練度によって差がでるが、どうにか今でも二十秒は持つ。

 彼の足の速さならそのくらいで私の近くまで来るだろう。しかし、その足の速さでも振り切れないのだから森林狼も恐ろしい。

 

「逃げてください!」

 動かない私に叫びながら、彼はどうにか道の上にいる私を巻き込まないために、近づいてきていた街道から再び斜めに逸れるように進路をとって足を進めている。

 そのおかげでやがて彼らは私の数メートル横を丁度良く通り過ぎる形となり、私はタイミングを計って彼のすぐ背後、狼達の予想進路に向かって杖を向けた。

 

『縛せ、大地の鎖』

 ゴゥン、と鈍い音がして、地面が揺れた。

 私が立っている場所には影響はなかったが、その揺れに足を取られて走っていた青年が派手に転げる。

 この魔法の難点は発動時に少々地面が揺れるので、敵のみならず傍にいたプレイヤーも若干の影響を受ける所だ。

 

 だがその魔法のおかげで、狼達は突然隆起した土とそこから這い出た棘のある緑の蔓に足を取られ、その場で動きを止めてキャンキャンと声を上げた。

 転がりまくって地面で呻いている青年には悪いが無視して、私は続けてもう一つの魔法も唱え終えた。

 

『踊れ、炎の円舞』

 指定された範囲に高い炎の壁が立ち上がる。

 大地の鎖の捕縛効果時間はまだ熟練度が今ひとつなので四十秒ほどしかないが、それだけあれば別の初級魔法を詠唱するには十分だ。

 五匹の狼は炎に巻かれ、甲高い悲鳴を最後に光へと姿を変えた。

 

 

 

 

「助けて頂き誠にかたじけない!」

「ああ、いや……どういたしまして」

 数分後、立ち上がった青年にがばりと頭を下げられ、私は少々困惑していた。

 うーん、かたじけないと来たか。

 

 顔を上げた青年は明るく爽やかな雰囲気だが、かなり普通っぽい顔をしていた。

 私はその顔の普通さに逆に思わず目を見張った。

 美形を見慣れていたので何だかとても珍しい。すごく普通な顔のプレイヤーって逆にレアだ。

 薄い灰色の髪に濃い灰色の目という地味な取り合わせの色に、可もなく不可もなくな普通の顔立ち。若干鼻が高めだろうか。

 外装カスタマイズソフトを使っていないのかもな、と一人納得していると青年がにっこりと笑って手を差し出してきた。

 

「ヤライと申します。初めまして」

「これはご丁寧にどうも。ウォレスと呼んでくだされ」

 私も挨拶に応え、差し出された手を取って軽く握った。

 ヤライと名乗った青年はまじまじと私の顔を見、その視線が一瞬私の頭の上に向かう。

 私を見た人が良く見せる反応だ。NPCかと思ったのだろう。

 しかし彼は、私がNPCじゃないとわかると何故だかとても嬉しそうな顔を浮かべた。

 

「ご老人で、魔道士ですか! 渋いですねぇ」

「はは、それはどうも」

 彼の声にも表情にも社交辞令のようなものは感じられなかったので、恐らく本当にそう思ってくれているのだろう。

 訝しげな目で見られることに慣れてきていたので、真っ直ぐにそう言われると何だか面映い。

 落ち着かなくて髭を梳いたりしてみたが、ヤライ君はそんな私の様子には気付かず、にこにこと更に笑顔を向けた。

 

「あ、言い忘れました。俺は忍者です!」

 

 忍者、と聞いて私はまた目を見張った。

 その職業についてはあるらしいと言うことは知っている。ロブルの古書店でそれに関する本を見かけたのだ。

 本によれば、かつてこの大陸に来た小さな島国よりの移民が、細々とその技術を伝えているというような話らしい。詳しい転職の仕方などは載っていなかったが、その存在を示唆するには十分だ。

 魔道士を目指す私には関係のない話だが、面白そうだとは思っていた。

 その忍者がなんと目の前に。

 そういえば服装も比較的軽装で、黒い革ジャケットに黒いインナー、黒いパンツに黒いブーツと黒尽くめだ。本人の色の地味さも手伝って、忍者に見えないこともない。

 忍者は中級職の中に名を連ねておらず、恐らく上級職だろうと予想していたので、そうすると彼は実はかなりレベルが高いのかもしれ――

 

「あ、自称です!」

「……は?」

 あまりにも爽やかに告げられて、私はそれを理解するまでに若干の時間を要した。


 どうやら私は、何か変な人と出会ったようだ。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
ひとさまのことは言えないかもw
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ