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14:おつかいクエスト


「これを頼むよ」

 手に持っていた本を渡すと、ロブルは丸眼鏡を押し上げてそれをまじまじと眺めた。

 渡したのはひどく古ぼけた歴史書だ。

 ロブルはそれをひっくり返したりしてからニヤリと笑うと、2500だ、とそっけなく告げた。

 今の私には結構痛い金額だが、それもまぁ仕方ない。

 言われた通りの金額を払うと、本はとうとう私の物となった。思わず顔がほころんでしまう。

 

「まいど」

「うむ。売れてしまわなくて良かった。金を用意するのに手間取ってしもうて、ハラハラしたよ。他の本を先に買ってしまったしのう」

 

 ここ、ロブルの古書店に通い始めてもう何日になるのかそろそろ忘れてしまいそうだが、私はこの店に並んだ本のほとんどを読み終えていた。

 もっとも全ての本が読める本な訳ではなく、壁の棚の上の方は飾りだったりもしたのだが、とりあえず目に付く限りは大体制覇した気がする。

 だがその過程で見つけた二冊の魔道書を誘惑に負けて先に買ったら、肝心の始まりの木の葉の書を見つけた時に金が足りないと言う間抜けな破目に陥ってしまった。

 どうにか外で狩りをして金を作れて本当に良かった。

 私がいそいそと本をしまいこんでいると、ロブルは短いひげを擦りながら首を傾げた。

 

「何だ、あんたは何か手に職を持っとらんのか?」

 手に職、と言う所で一瞬考えたが、要するに生産職のことだろう。

 私が頷くとロブルは呆れたように首を横に振った。

「職もないくせにこんなところに入り浸っておったら、そりゃ金もなくなるだろうさ、まったく」

「や、職業は一応魔道士だし、それでも少しは外で稼いどったぞ」

「ここにいる時間の方がどう考えても長そうだ。まぁ、学者なんてもんは、大体貧乏と相場が決まっとるから仕方ないのかも知れんな」

 

 どうやらロブルの中では私は魔道士というより学者に近いような認識をされているらしい。確かにここで本を読んでばかりいるからなぁ。

 って、ちょっと待て、学者!?

 それはもしかして、私はこのまま行くと学者になるかもしれないって言う事か?

 

「それは困る!」

「何だねいきなり」

「あ、いや、すまん。独り言じゃ」

 私はロブルにごまかすように笑いかけ、一言断ってからウィンドウを開いた。

 ステータスの欄はいつもと特に変わりはない。良かった、まだ特に何もないようだ。

 

 RGOがサービス開始されておよそ二ヶ月だが、まだ職業の分岐についての条件が完全に解明されたものはあまり多くなく、誰もが手探りをしている時期だ。

 剣士と魔道士の二択で始まるこのゲーム、その次の二次職はそれなりに色々と出揃って来てはいる。しかしその中にも転職のための細かい条件が明かされていないものもある。更に上位の職についてはちらほらと名前は出てきてはいるようだが、現段階で転職できるレベル帯の人間が最前線の一握りだけという事もあって姿も見せていないものが大半だ。

 

 そんな状況なので転職について私が得た情報もあまり多くはないが、ステータスやスキルなどの条件が整い転職可能になると、ステータスウィンドウの職業の欄の横にマークが出て転職可能職業一覧を見れるようになり、それにより確認できるという事は聞いている。それが出たらそれぞれの転職クエストを受ける事が出来るのだ。

 そしてそれとは別にまだ条件は整っていないが今一番可能性がある職業を知るには、セダの街にいる占い師に占ってもらったり、NPCと話をした時に彼らが呼びかけてくる言葉で予測がある程度可能だ、という話も見かけた。

 

 もしさっきのロブルの言葉がそれを示唆するものだったとしたら、このまま行くと私はいずれ学者とやらに転職できるかもしれないということだ。本を読みすぎた、とかも実は影響していたりするんだろうか?

 学者がどんな職業なのかさっぱりわからないが、立派な老魔道士を目指している身からすると方向がずれてしまうような気がする。

 いや、それに転職しなければ良いという話ではあるのだが、いざと言う時になったら好奇心に負けてしまいそうだし。

 これはちょっと困った。

 そろそろもっとレベルを上げるとか、使える魔法を更に増やすとか、魔道士らしさをもう少し追求するべきだと言う事だろうか。

 

「副職も考えんとだしのう……そういえば、ここには生産に関する本があまりないようじゃったの?」

 問いかけるとロブルは本棚を見回しながら頷いた。

「ああ、うちにはそういった本は少ないな。そういう産業に関する本は、確かセダの商業ギルドなんかが熱心に収集しとるはずだ」

「なるほど、収集にも場所によって得意分野があるのか。そうすると、セダに行くと参考になる本が色々ありそうじゃの……」

 

 そうだな、と返事をしつつロブルは不意に私の事をじろじろと眺めた。

 ふぅむ、などと唸りながら何か思案している様子に首を傾げる。

「あんた、今魔法はどのくらい覚えとるんだね」

「魔法? ええと……」

 考えてみたが幾つあるかは数えた事がない気がするので正確なところが思い出せない。仕方なくウィンドウを開き、スキル一覧のところを出して数を数えた。

 

 私が今持っている魔道書はミツから貰った赤、青、白の魔道書Ⅰがそれぞれ一冊ずつ。後から自分で買った緑と黄の魔道書Ⅰもある。

 これらファトスの魔法具屋で販売している基本的な魔道書には、それぞれ単体、範囲、補助に当たる魔法が一つずつ、計三つの魔法が入っている。

 色はそのまま属性を表し、火、水(あるいは氷)、風、土、それと回復系の光が白、と言う定番な感じだ。

 その他に古書店で見つけた二冊の魔道書があり、あとは今買った始まりの木の葉の書がある。

 一冊の本で使える魔法の数はばらつきが多少あるのだが、色々数えると二十を少し越えるくらいになることがわかった。いつの間にか随分覚えたもんだ。

 それでもまだ初級の魔道書がほとんどなのだから、先は長そうだ。

 

「今のところ二十と少しくらいかのう」

「それを全て覚えておるか?」

「暗記しているかと言う事ならしておるが。あ、そういえば本はもう要らないから売ってもいいのか」

 そうだ、もう手に入れた本の呪文は全て覚えてしまったのだから売っても良かったんだ。

 アイテム欄が空くし丁度いいな、と考えていると、不意にロブルが何かの包みを差し出してきた。

 

「二十を越えた魔法が使えるなら、まぁ何とかなるだろう。あんた、これをもってサラムへ行ってみんか」

「サラム?」

 私は脳内でグランガーデンの地図を開いた。

 グランガーデンは横に大きく伸びた形の大陸で、オーストラリアなんかに少し似ているだろうか。ファトス地方はその東の端っこに位置している。

 そこから西隣がセダ地方で、広い港を有する大きな街がある。セダから北へ行くとサラムだ。この間踏破されたばかりのフォナンはセダのさらに西側にある。

 フォナンよりもサラム方面の方がフィールドのモンスターが弱く、そちらが先に踏破されたらしい。

 しかし弱いといってもサラム近辺の適正レベルは15から20くらいだと聞く。

 サラムどころか、未だにファトスを離れた事がなく、セダにさえ行っていない私には遠い場所だ。

 

「サラムはわしにはまだ遠すぎる気がするが……それはなんだね?」

 カウンターに置かれた包みは両手で持てるくらいの大きさで、茶色い油紙で包まれていた。

「娘への土産じゃ。あと婆さんにもな」

「娘さん? 娘がおったのか? 婆さんって……今出かけていると言っていた?」

「ああ、そうだ。ここにいたら会っとるだろうが」

 

 確かに、ロブルの奥さんは今家にいないとだけは聞いていたし、未だ顔を合わせた事はない。

 NPCには時間によって大まかな行動パターンが決められていて、大体誰しも一日に一度くらいは外に出てくるような設定になっているらしいから、奥さんも娘さんもここに住んでいる事になっているなら一度くらい会っているはずだろう。

 ちなみにロブルは夜七時になると店を閉めて西通りの端にある宿屋兼酒場に夕飯がてら一杯引っ掛けに行くのが日課だ。

 後をつけて何回か一緒に食事をしたので良く知っている。この街にいるプレイヤーでNPCと一緒に食事をするような人間は恐らく私くらいかもしれない気がしたが、楽しかったので問題なし。

 

「サラムには娘夫婦がおるんだが、ちょいと前に子が生まれての。しかし娘の産後の容態が良くないもんだから、婆さんが手伝いにいっとるのさ。丁度行き来が再開されて良かった。それだけは旅人らに感謝しとる」

「そうじゃったのか」

 ロブルは頷くと包みをぽんと叩き、頼まれてくれんかと呟いた。

「今はエッタの実が取れる季節だろう。八百屋の婆さんに頼んで干したのを作ってもらったんだ。滋養に良いのさ。娘はこれが好きだったしな」

 エッタとはプルーンに似たこの地方特産の果物で、プレイヤーにとっては休憩時に食べられるMP回復アイテムの一つだ。

 庶民的な値段の割りにMP回復効果が比較的大きいので私も時々買って外に行く時に持っていっている。

 干した物は見た事がなかったなと思っていると、ポーン、とウィンドウが開く音がした。

 

 私の右前方に勝手にウィンドウが姿を見せた。正面に出てくると邪魔になることが多いので場所を調整してあるのだ。

 視線を走らせると、文字が出ているのが見えた。

 

『クエスト「ロブルの届け物」が発生しました。依頼を受けますか?』

 

 YesとNoの項目には手を触れず、私はロブルに視線を戻した。

 

「サラムは確かに近くはないが、それだけ魔法が使えるなら、馬車を使えば何とかなるだろうさ。それにあそこはニナス程ではないが魔法が盛んな街でな。あんたの為になる事も多いはずだ」

 ニナスというのが一体何番目の地方の街なのかはわからないが、魔法が盛んな街と言うところは私を惹きつける。

 ロブルからの頼みごと、と言うのもポイントが大きい。この旅人嫌いの偏屈ジジイと頼みごとをされるまでに仲良くなったのかと思うと感無量というものだ。

 本当はもう少しレベルを上げてからこの街を旅立とうと思っていたので少し悩んだが、結局私は好奇心に任せる事にした。

 

「わかった、引き受けよう」

 手を伸ばして包みを持ち上げると、ロブルはほっとしたのか頬を緩めた。

 開いたままのウィンドウの文字が勝手に変化し、『クエストを受理しました』と案内が出る。

 

「すまんな、助かるよ。うちの婆さんは少々手強いが、まぁあんたなら何とか上手くやるだろう。よろしくな」

「……心しておこう」

 包みをアイテム欄にしまうと、私はその場でしばし考え込んだ。

 順番に目指すべきセダに腰を据えずに一息にサラムを目指すとなると、それなりの準備が必要となる。

 どの道セダは経由する訳だからそこで色々装備を見直すなどするべきだろう。それならそこまでに少し金を稼いでおきたいところだ。

 考えを巡らせながら、ウィンドウを開いて受注クエストの詳細を見る。

 クリア条件は預かった包みを、サラムの九番通りの魔法具店にいるグレンダさんに届ける事。

 期限はなし、報酬は???となっている。

 

「ふむ、期限はないのか」

「ああ。別に腐るようなもんは入っとらん。あんたの都合でいいさ」

 それなら何とかなりそうだ。

 私は一人で頷くと、ロブルの顔を見た。この偏屈ジジイの顔もしばらく見られなさそうだ。

 サラムまで行くとなると、どうしてもしばらくは帰って来れないだろう。そう思うと何だか寂しい。

 

「しばらく会えんな。元気で」

「ふん、旅人なら旅人らしく、振り向かずにさっさと行ったら良かろうに」

「届け物をしたら、報告しに戻ってくるよ。では、またの」

 ふん、と鼻を鳴らすとロブルは椅子をぐいと回してそっぽを向いてしまった。

 話は終わったとばかりの様子に、私は苦笑しながら店の出口へと向かう。

 

「気をつけてな」

 ギィ、と扉が立てた音に紛れて、奥から小さく聞こえた声に思わず振り返った。

 だがそこにはさっきと変わらない様子のロブルが本をめくっている姿があるだけだ。

 私はそっと扉をくぐり、パタンと閉じてからくすくすと笑ってしまった。

 ああ、あの爺さんのツンデレぶりがもうたまらない。

 このゲームの開発者とは本当に気が合いそうだ。

 

 私は店の前に立ったまま、今後の予定をざっと考える。

 まずはいらない魔道書を売り払って、旅のための薬などに変えよう。

 その後は、魔法ギルドへ行って練習室で今しがた手に入れた魔道書を使って覚えてから、いつも通り瞑想室で詳しい計画を立てよう。

 私は機嫌よく鼻歌を歌いながら表通りへとゆっくり歩き出した。

 

 

 

 

 

「旅立つの?」

「ああ、しばらく会えんが元気でな」

 図書室の机の上で私の土産のクッキーをぱくついていたブラウは一瞬寂しそうな顔を見せた。

 こういう表情も芸が細かいと言うかなんと言うか。

 

「そっか、行っちゃうんだね」

「また遊びに来るよ」

 約束だというと、ブラウは顔を上げて笑顔を見せてくれた。

 本を読み終えた後も時々訪ねていた事もあって、ブラウともかなり仲が良くなった気がする。

 ブラウはしばらく黙っていたが、不意に立ち上がって私の手を取った。

 取ったといっても何せサイズが大分違う。小さな手で私の小指を掴んだ、と言うべきだろう。

 

「あのね、一つ気をつけてね」

「うん?」

「ぼく達妖精と一度出会った人は、他の妖精とも出会いやすくなるんだ。でも、祝福を受けたらだめだよ」

 唐突な言葉に私は首を傾げた。

 妖精には色々な種類がいるらしいことは確かに本にも書いてあった。

 そうすると、他の種類の妖精から祝福を受けるなという事だろうか。

 

「他の妖精から祝福を受けるとどうなるのかね?」

「知の妖精の祝福は消えちゃうんだよ。そうしたらもう受けられないんだ」

 祝福は上書きできるが、一度消したものはもう二度とは受けられないということらしい。

 そこら辺は生産スキルのように都合よくは行かないようだ。

 

「知の妖精はぼく一人じゃないから、ぼくの友達からなら祝福を受けても大丈夫。でも、他の妖精はだめだよ」

「わかったよ。それなら気をつけるとしよう」

 何事も欲張ってはいかんという事らしい。

 この世界にどれだけの妖精種がいるのかは知らないが、他を諦めなければいけないと思うと少しだけ残念な気もした。

 それでも、そういう多少の不自由さや制約があるところも逆に考えれば良さなのかもしれない。

 

「全てを手に入れる事は出来ないからこそ、手に入ったものに価値があるのかもしれんのう」

全てを手に入れられなければ、人はその出会いを大事にするだろうし、自分に合う道を懸命に考えるかもしれない。


「ウォレス、また遊びに来てね。ぼくの仲間に会ったらよろしくね!」

「ああ、伝えておくよ」

 私はブラウの頭を撫でてから、図書室を後にした。

 挨拶も終えたし、準備もあらかた整っている。

 まずはセダを目指さねば。

 予定よりも早い旅立ちを迎える事になってしまい、大分今後の予定を修正しなければならなかったが、新しい街に行く事を思うとやはり心が弾む。

 

「……しかし、残念ながら今日はまだ木曜なのであった、と」

 独り言をこぼしながら、私は修正した予定に従って練習室の扉を開いた。

 早く旅立ちたいが、今日と言う日がそれを許してくれない。

 今すぐ旅立っても今からでは次の村まで辿り着けないのだ。

 まとまった時間がとれる土日まで我慢だ。

 私は鬱憤を晴らすように、気が済むまで一人で魔法を使い続けた。

 


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― 新着の感想 ―
 これ、違う妖精が騙してくる可能性あるよな。
[一言] 魔法が盛んな街の情報は大きいですねぇ まだ旅人はそこまで到達していないのかな。
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