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13:ありがちな悩み


『――来たれ来たれ、白き紡ぎ手、氷雪の子供。遥かなる天よりの使者にして、眠りと死を運ぶもの。我が望む全てをその白き御手に包み込め』

 言葉と共に先端の透明な丸い石に、青い光を宿した杖を振り上げる。前方の敵が見える範囲を見えない輪で囲むように、その杖の先端をくるりと動かした。

 

『降れ、氷の華』

 パキパキと何かが軋むような硬い音と共に周囲の温度が急激に下がる。

 およそ五メートルほど先にいた三匹の半透明のゼリー状の生き物の上にチラチラと白い雪が降り、彼らは次々にその体を白く濁らせ凍り付いていく。

 私はそれらが完全に動かなくなるまで待ってからゆっくりと近づき、杖の先で一匹をツン、とつついた。

 途端にパチンと光が弾け、ふわふわと周囲に散った光がその生き物の最期を告げる。

 コンコンと他のスライムも叩くと同じように次々弾けて姿を消した。

 浮かんでいた光が全て消えた事を確かめてから、私はアイテムウィンドウを開いた。

 

「お、出たな、沼スライムの核石。よしよし」

 あいにく今の三匹でもアイテムは一つしか出なかったが、それでも嬉しい。ついでにステータスを見ると、今のでレベルも上がっている。

 

「これでレベル5か。まぁまぁのペースかの」

 レベルが上がってかなり余裕が出てきたMPを見ながら、私はレベルが一つ上がった事にひとまずの達成感を感じて頷いた。

 

 杖を装備しているし、幾つかの魔法スキルの熟練度を大分上げたおかげもあって魔道士が上げたいMPや知性、精神などの数値がかなり上がりやすくなっている。その三つだけはうなぎのぼり状態だと言ってもいいくらいだ。

 他人と比較したわけではないので正確なところはわからないが、このレベルで沼スライム三匹を魔法一発で倒せるのだからまぁまぁいいペースで進んでいるんじゃないだろうか。

 

 その代わりHPやら腕力やら体力やらはかなり底辺を彷徨っているような気もするが。

 といっても元々エルフはそれらの数値はさほど高くないから仕方ない事とも思える。その分、敏捷なんかはエルフという種族の特性のお陰でさほど低くはない。もっとも、私の場合は口だけ素早ければそれでいいので、敏捷は関係ないんだが。

 

 今使った氷の華は青の魔道書Ⅰで覚えられる氷系の初級範囲魔法だ。

 範囲魔法と言っても最初はほんの直径一メートルくらいの範囲しか凍らせられなかったのだが、今では三メートルくらいになって使い勝手が大分良くなった。

 

 ちなみに沼スライムはファトスの北にある湿地帯に住む不定形生物だが、その体の柔らかさから物理攻撃に強く、魔法以外の攻撃が効きにくいという性質を持っている。

 ソロで挑む推奨レベルは7くらいだが、ノンアクティブなのである程度レベルの上がった魔道士には良いカモだ。

 落とすアイテムも小から中程度までの回復薬の材料となるので、生産で薬師をやっている人達にいつでも需要があってそこそこの値段で引き取ってもらえる……はずなのだが。

 

「これで核石が六個か。今の相場から行くと、ちと厳しいかのう……いっそ生産は薬師にでもするべきか……」

 ここに来る前に確かめたそのアイテムの相場は大体一つ80Rくらいだった。そう悪い値段ではないが、このところ少し下がって来ている。

 私はううん、と唸って眉を寄せた。

 

 RGO生活二週間目。

 今のところ、私の計画自体はそれなりに順調に進んでいる。

 ロブルの店のおかげで足りなかった知性も目標をクリアし、こうして杖を装備して予定通りフィールドに出てこれるようにもなった。

 ファトスの周辺なら敵はノンアクティブのものばかりだし、図書室で仕入れたモンスターの知識によって弱点は熟知している上、練習室で仮想敵を相手に一通り試したのでソロでも恐怖はない。

 興味が勝らない限り無理はしない主義なので、ここら辺の雑魚には今のところ無敗と言って良い。

 ブラウやロブルとのイベントによって、魔法を探す旅をしたいという大きな目標も新しく生まれた。

 

 問題はない。

 ただ一点を除いては。

 そして、その一点とは――

 

「ロブルのとこの始まりの木の葉の書も、見つけたはいいけど使う為には買い取りだし、そのうち赤の魔道書Ⅱと白の魔道書Ⅱも欲しいし……やっぱ探索者の書を買ったのは早まったかなぁ」

 色々考えると憂鬱で、思わず言葉遣いも素に戻ってしまう。

 希望を指折り数えてみたが、今の所持金は1200Rくらいだ。

 対して今欲しい魔道書は大体どれも1500Rから3000Rくらいの値段帯。とてもじゃないが欲しい物全てはすぐに買えそうにない。

 目標もできたのでそろそろ次の街への移動を考えているのだが、その前にこの街で買っておきたい物も多い。

 

「完璧、金欠だな……はてさて、どうするかのう」

 

 ――要するに、金の問題というやつだっだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーん、困ったのう」

「のうって言うな!」

「おっと、いかんいかん」

「それもやめろぉ!!」

 朝の通学路で行われた漫才めいたやり取りに私はため息を吐いた。

 最近どうもうっかりすると時々口調がジジイ語になってしまう。

 まずいなぁと考えているとあくびが一つこぼれた。

 隣では光伸が朝から辛気臭く肩を落として歩いている。

 

「朝から鬱陶しいよ、ミツ。ちょっと失敗しただけだろ。ミツだってたまにミストを意識した振る舞い出てるし、お互い様だって」

「えっ!? 嘘だろ、いつだよそれ!」

「こないだの体育の剣道の時とか。うちのクラスと合同で、雨だったから武道館の半分で女子がダンスしてたろ? ミツが盾もないのに片手剣よろしく竹刀を斜めに大きく振りかぶって、胴をあっさり払われていたのを目撃したぞ」

 

 ぐあぁぁぁ、と聞き苦しい声を上げて光伸は頭を抱えた。

 あの時の光伸は、オレ騎士道まっしぐらだぜーと言わんばかりの自信に満ちた雰囲気を出していた事は言わないでやろう。武士……じゃないけど、老魔道士のせめてもの情けだ。

 ちなみにその時間の私はもちろん体育館の隅で見学だ。ダンスなんて激しい運動をしたらステップを踏み損なって足首をくじいてしまうに決まっている。

 運動をする度に毎回保健室に運ばれる私に体育教師ももう諦めているので問題はない。

 どうせ表向きは病弱と言う事になっているのだ。滅多に風邪も引かない健康体だが。

 

 そんなことを回想している私の横で光伸はひとしきり呻いて激しく後悔したあと、気を取り直してまた歩き出した。立ち直りが早いところがコイツの良いところだ。

 

「ああ、くそ、気をつけなきゃな……。それで、南海は何に困ってるんだ?」

 やっと話が本題に戻った。私は少し悩んだが、ウォレスが金欠である事を素直に話すことにした。

「金欠だ。クエストなんかでちまちま金を稼いではいたんだが、魔法が面白くて調子に乗って魔道書を買っていたら、本当に欲しい物が出てきて今ちょっと困ってるんだ」

「レベルは上がってるのか?」

「昨日5になったとこだな。ファトスの周りで戦う分には苦労していないから狩りをすればいいんだけど、そればっかりやっているのもなぁ」

 

 なるほど、と光伸は頷く。金欠は序盤のプレイヤーには良くある問題だろう。

 パーティを組んで遠出をして、効率のいい狩りをしたなら問題はないのだろうが、あいにく私にはその気はないし。

 まだ相変わらず瞑想なんかもしているし、最近はロブルの店にも通い続けているのでそっちにも時間を割きたい。何せ今や私とロブルは立派な友人なのだ。

 

 あのブラウやロブルとの出会い以来、私はNPCをNPCだと思うのを止めることにした。

 店の店員にも、街角を行く人にも、緑のマーカーがついていたら積極的に何度でも話しかけてみることにしている。

 買い物や部屋を借りるのも、ウィンドウを開いて「操作」をするのを止めて、何事も直接の会話で大体の用件を済ませるようにしている。RGOはシステム上そういう行為も普通に可能なのだ。

 もっともいちいち口頭でやり取りをするよりもウィンドウを開く方が面倒がなくていいので、大抵のプレイヤーは意図して情報を集める時やクエストの時以外そんなことはしていないと思うが。

 

 しかし何とそれ以来、NPC達の態度が目に見えて変わってきた。

 会話をする度にNPCの話す内容が変わり、その日のオススメを教えてくれたり、パン屋の人気のパンの焼きあがり時間を教えてくれたり、町内の美人ランキングや角の花屋のお姉さんの思い人を教えてくれたりする。

 それが役に立つか立たないかは置いておいて、今では私はすっかりファトスの街の人々に馴染んでしまった。まったく、本当に良くできたシステムだと感心するばっかりだ。

 まぁ、そのおかげですれ違うプレイヤーには私もNPCかなと疑われたり、胡乱な目で見られたりする事もままあるのだが。そんなことは些細なことだろう。

 

 

 話がそれたが、私はファトスの街の周辺情報を脳内で検索して、出てくるモンスターについても考察を加えた。

 沼スライムは倒しやすいがドロップ品の値段が下落しているから、そろそろ次のターゲットを考えるべきか。しかしあの周辺の敵は取得経験値の方に若干のボーナスがついていて、ドロップアイテムは大した物がないという種類が多い。沼スライムは良い方なのだ。

 その辺は初心者向けのレベル上げ用の敵ばかりなのだから仕方ない。

 やっぱりコツコツやるしかないだろうか。

 

「なぁ、そろそろ一緒にどっか行こうぜ。セダの周辺ならもっといい敵いるし」

「断る。まだまだ、理想には程遠い」

「ったく、そんなに拘ることかよ……レベル上がるペース遅いし、結構インしてるみたいなのに、何に時間使ってんだ?」

「余計なお世話。私は私なりに有意義に時間を使っているんだから放っとけ」

 何となくムカついたので光伸の耳をぐいと引っ張ると悲鳴が上がった。反省しろ。

 拘ってこそやりがいがあるというものだろうに、まったく。

 

「やっぱりセダに急いで行くのは止めて、先に何か生産スキルでも取るかな……」

 次の街への興味はあるが、ここは我慢かもしれない。

 とりあえずロブルの店の始まりの木の葉の書だけ急いで確保して、後は長期戦で行くか。ついでに何か生産を始めて、ゆくゆくはある程度の収入や自給自足の道を確保したいところだ。

「お、生産スキル取るのか? 何にするんだ?」

 光伸は興味津々と言った風に問いかけてくる。しかしあいにくその問いへの答えは私の中でもまだ出ていなかった。

 

 RGOには他のMMOなんかと同じように生産という行為があり、基本の職業の他に、一種類だけ副職を選ぶことができる。

 といってもキャラメイキングの時に副職を選べるわけではなく、あとからその副職に就く方法を探して覚える方式だ。

 大抵は街にそれら生産職のエキスパートのNPCがいて、彼らに弟子入りするなりなんなりして覚えることとなる。

 もっとも、各職業に就くための必須スキルや必要ステータスポイントというのも設定されており、選べる副職は己の能力の範囲内のものだけだ。

 だからある程度レベルが上がってから副職を始める人の方が多いらしい。

 

 私も多少のレベルアップをしたし、ステータスも順調に伸びているのでそろそろ就ける職業があるはずだ。

 鍛冶や農業などの職業は腕力体力が足りてないので無理だろうが、魔法具の生産や薬師などなら就けると思う。

 

「最初は薬師がいいかなぁと思ってたんだけど……ファトス辺りの材料で作れる薬の需要が減ってきてるみたいだから悩んでるんだ」

「ああ、そっか。そういやフォナン地区が開いたもんな。今あの辺で取れる薬草とか、ドロップ品を使った薬に人気が集まってるからなぁ」

 そう、私がロブルの店に入り浸って偏屈ジジイに癒されている間に、いつの間にか大陸四つ目のフォナン地区まで踏破されたのだ。

 

 踏破というのは区分けされた大陸の次の地区の主要都市に、最初の旅人が辿り着くことを言う。

 大陸が区分けされ、そこに街があることがわかっているのに踏破というのはおかしな表現だと思うが、まぁそう呼ばれている。

 

 グランガーデン大陸は全部で十五ほどの地区に区分けされており、そこにある街同士は本来は一応の交易などもあるらしい。

 しかし昨今魔物の活発化が各地で頻発しており、あちこちの土地が乱れ、情勢が不安定になっている。

 そのため交易は大規模な商隊が協力して年に一、二回行うのみで、一般の人間はその中には加えてもらえない。

 そのせいでいつの間にか街道は荒れ果て、地図も新しい物が作られなくなって久しい。交流が細くなった街や村はどこも衰退し始めている……という設定が、背景にはある。

 

 で、そこで登場するのが大陸を行く旅人たるプレイヤー達だ。

 彼らは大勢で協力して、一般人の往来が途絶えて荒れ果てた街道や荒野を辿り、周辺の敵を倒して安全を確保し、地図を描きながら次の街への道をもう一度開く。

 そうやって道を再び開いた旅人が次の街に到着すると、その辺りの新しい地図が売られるようになり、一般レベルでの交流が復活したので周辺の街は活気付いて再び発展を始め、定期便の馬車が往来し始めたりするのだ。

 

 と、まぁそれが地区を踏破する、という行為の意味だ。

 未知のモンスターがわさわさいたり、沼や川に足止めされたり、ボスクラスの大きなモンスターに襲われたり、休める安全地帯がなかなか見つからなかったりと様々な出来事があるため、幾つものチームが協力して何日もかけて調査することが多いらしい。

 それはそれで楽しそうだが、今のところ私には縁のない話だ。

 今の話で私に縁があるのは、四つ目の地区が踏破されて色々と流通や相場の事情が変わった、というところだ。それによって金策に関しては軌道修正をしなくてはならなくなったのだ。

 

「そういえばミツは何か生産やってるの?」

「ああ、俺は騎獣生産やってるよ。せっかく騎乗スキル取ったしな。セダの南に牧場のある村があってさ、そこで覚えられるんだ」

 光伸の説明によると、野にいる獣の中から騎乗可能なものを生かして捕らえ、調教するらしい。牧場にスペースを借りなくては行けなかったりして初期投資が少しいるらしいが、売れれば結構いい値段になるということだった。

 面白そうだが、腕力と体力と騎乗スキル必須と言う事で、私にはまだ到底無理そうだ。……そもそも動物に乗ったら酔う気がする。

 

「うーん……」

「まぁ、今からやるなら薬師はあんまり薦めないかな。魔道士が少ない事もあって、皆回復薬に頼りがちだからな。薬師はダブつき気味だと思うぜ」

「ああ、そっか。そう言われて見ればそうだ……材料の需要が結構高いから、単純に材料よりも完成品を売った方が儲けになるかなって思ったんだけど、それはつまりもう薬師はいっぱいいるってことだもんな」

 単純な事実に今更気付いて私はため息を一つ吐き出した。

 やっぱりファトスにいて他人と交流をしていないとわからないことも多いな。

 この辺も少し考え直さなければ。

 

「魔道士なんだから魔法具の生産系がやりやすいと思うけど、そっちももうそれなりに稼いでる奴はいるからなー。けど、生産スキルもまだまだ色々あるんじゃないかって言われてるからな、そういうのが出てきてからでもいいと思うぜ。そうしたら、後発とか関係なくなるし。

 ま、案外お前なら変な職業探してきたりしそうだけどな」

 なるほど。そうか、まだたった四つ目の地区が開いたばかりなのだから、今後色々出てくる可能性もあるわけだ。

 生産スキルは一つしか覚えられないが上書き可能なので、新しい街で新しい生産職が見つかるとそれに鞍替えする人もいたりするらしいと、確かに聞いた事がある。前の職業の熟練度は惜しいが、上手くいけば先行利益を狙えるのは魅力だろう。

 

 検討課題が色々増えて、私は逆に憂鬱な気分から解放された気がした。

 何も解決はしていないが、楽しみはまだまだ隠れているのだ。

 プレイヤーの数だけ楽しみ方はあるのだから、焦らずそれらを探してみよう。

 

 今日は帰ったら何をしようか? 

 まだ今日が始まったばかりだというのに、私はもうそんなことを考え始めた。

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