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12:心躍る出会い


「……六、七……八っと、ここかの?」

 

 ブラウに教わった道を辿り、細い小路にある家の数を数えて歩いて八軒目。

 私は、ロブルの古書店と思われる建物の前に立っていた。

 しかし、ようやく見つけたのは、本当にここが店なのかと疑いたくなるような小汚い建物だった。

 多分この周囲はいわゆる下町だとか、貧しい地区だという設定が与えられているのだろう。周りの建物はどれも至極簡素な土壁作りの家屋で窓は小さく、どれも古びた木の扉や鎧戸がついている。表通りの建物は大抵窓にガラスが嵌っていたが、この辺では殆ど見かけない。

 

 目の前のロブルの店はかろうじて通りに面した丸窓にガラスが嵌っているが、質の悪い分厚く歪んだガラスで少し色がついているのかすっかり曇っているのかは判らないが、店の中がかろうじてぼんやり見えるかどうかという感じだ。

 顔を近づけて中を覗き込むと、ぼんやりとだが本棚のような物が見えた。

 上を見上げれば一応小さな看板らしき物がぶら下がっているのだが、雨風に晒され色褪せて絵柄や文字の判別が難しい。かろうじて開いた本の絵が描いてあるように見えなくもないだろうか。

 とりあえず、どうやらここが目的の場所で間違いはなさそうだった。

 しかし、建物にまで芸が細かいものだ。

 

 感心しながらも入り口に向かい、木の扉を引くと鍵はかかっていなかった。

 ギギィ、と今にも力尽きそうな音を立てて扉が開く。

 開いた隙間からそっと中を覗き込むと、店内はひどく薄暗かった。

 窓も小さいし、そもそも本は光に弱い物だから仕方ないのかもしれない。

 

「こんにちは」

 店なのだから入っても構わないんだろうが、一応挨拶だけ投げかけ、私は店の中に足を踏み入れた。

 中に入ってみると店内は外から見た印象よりも随分と広かった。まぁ考えてみればVRなんだからそれも不思議ではない。

 街並みもこういった空間も、服や小物などの細かいところも実に良くできているので時々それを忘れそうだ。

 私はそんなことを考えながら、薄暗い部屋の中を見回した。

 

 部屋の中はまさに本の海だった。ギルドの図書室よりも遥かに本が多い。

 入り口側を除く三方の壁は天井近くまである背の高い本棚で、フロアにも壁よりは低いが背の高い本棚が縦に三列ほど規則正しく並べられ、奥まで続いている。

 そんな大きな本棚が沢山あるというのに床にも溢れた本が適当に積み重ねてあって、それらを避けながら歩くのも一苦労だ。

 ここの本は読めるのかと棚の一つに手を伸ばしてみたが、並んだ本たちは一塊になったまま動く様子はない。どうやらよくできてはいるが、動かす事のできないオブジェクトのようだ。

 

 残念に思いつつも、私はローブの裾を持ち上げて本の合間をすり抜け、奥を目指した。

 少し歩くと出口らしい扉のついた部屋の向こうの壁が見え、その手前には本に半ば埋もれたカウンターと、そしてその陰に隠れるように座る人影が見えた。

 どうやらあれがここの店主のようだ。

 

 ロブルさんと思しき人は、実にいい感じの爺さんだった。

 歳は今の私よりも少し若いだろう。痩せた体を揺り椅子に収め、熱心に本を読んでいる。

 年経た顔にはその頑固さを物語るような深い皺を幾つも刻み、短めの白い髭が鼻の下と顎を飾っている。

 高い鼻に乗せた丸眼鏡も実にそれらとよく似合っていた。

 老眼鏡だろうか? ああ、いいな、私もアレをかけたい。

 灰色の短い髪の上には丸い毛糸の帽子を被っているところを見ると、頭の天辺は少々薄そうだ。

 どこからどう見ても、ちょっと偏屈そうな古書店の店主、という肩書きを絵に描いたような人物だった。

 

 彼は恐らく私が入ってきた事に気付いているだろうに、顔も上げようとはしない。

 偏屈ジジイ、イイ! と私は内心でガッツポーズを決めた。

 これはぜひともジジイ同士の友情フラグを立てたいものだ。

 

「お邪魔するよ」

 もう一度声を掛けてから近寄ると、彼はチラリと目線だけで私を確認し、それからフン、と鼻を鳴らしてまた本へと視線を戻した。

 うう、一見さんへのこの冷たい対応、まさに偏屈ジジイだ。最高だ。

 

 その冷たい反応に感動を覚えながら、私はウィンドウを開いてラルフの絵本をオブジェクト化し、積み重なった本で三分の二が埋まったカウンターの端にそっと乗せた。

 

「白き木の葉は入荷しておるかね?」

 ブラウから教わった言葉を告げると、老人は驚いたように顔を上げ、私の顔とカウンターの上の本を交互に見つめた。

 

「……ふん、どうやらあんたはお客のようだな。よかろう、何用だね?」

「ここへ来たらこの本を修理してもらえると聞いての。それに古書店と聞けば、本好きとしてはなおさら来んわけにはいかんしのう」

 手に取れない本たちを残念そうに見回すと、ロブルはその私の様子を見て微かに口の端を上げた。

 

「古本なんぞに興味のある旅人がいるとは、珍しいこともあるもんだ」

「はは、旅人嫌いという話は本当なようじゃの」

 私が笑うと、ロブルは面白くもなさそうに鼻を鳴らし、ぼろぼろになったラルフの絵本を手に取った。

 

「旅人なんぞ好きになれる訳があるまい? 不意に街にやって来ちゃ、あちこち好き勝手にうろつき回り、草原で弱い者いじめをして気が済むと去っていく連中だ。

 顔を合わせても挨拶一つできやせん。何を目指しておるんだかは知らんが、大半はごろつきとかわらんさ」

 面白くなさそうなロブルの言葉に私は目を見開いた。

 思わず彼の頭の上に視線を投げ、そこにNPCのマーカーがあることを確かめてしまった。

 間違いなくNPCだ、うん。

 しかし今のセリフのリアリティはかなりのものだった。

 確かにそう言われると、彼ら街の住人の視点で見たら冒険者は騒々しい厄介者と言えなくもない気がする。

 

「……同じ旅人としては、耳が痛いのう」

 私が苦笑と共にそう返すと、ロブルは首を横に振ってくれた。

 

「ブラウの紹介でここに来たのなら、あんたはまだちっとはマシな方さ。少なくとも本が好きな暇人だって事は確かだろうしな」

「そうそう、ブラウが貴方によろしくと言っとったよ」

 本が好きな暇人、と評された言葉について考えながらブラウの言葉を伝えると、ロブルは初めてはっきりとした笑顔を見せた。

 うう、偏屈ジジイの笑顔とはレアなものを見た。幸せだ。

 

「あんた、何か取られたかい?」

「うむ……ラルフの母御の手作りクッキーをのぅ。楽しみにしとったんだが……」

「はっは、そりゃ運が悪い! なら、今日は夜辺りアイツが訪ねてくるかもしれんな」

 私はその言葉に首を傾げた。私の反応を見てロブルは楽しそうに秘密を一つ明かしてくれた。

 

「アイツは誰かから菓子やら面白い物やらを分けてもらうとここに来て、ソレを肴にわしとお茶を飲むのが習慣なのさ。最近は機会が減っておったが、今日は久しぶりにご相伴に与れそうだ」

 なんとそうだったのか。

 道理でブラウはあんなに嬉しそうにクッキーを受け取ったのに、すぐに全部食べてしまわなかったなと思ったら。

 孫のような妖精と偏屈ジジイの友情っていうのもいいなぁ。

 しかし、運が悪いって言うのは?

 

「妖精ってのはな、普段は姿を隠しているくせに寂しがりなのさ。アイツもギルドにしょっちゅう来る人間を良く見ていて、機会があれば話しかけようと思っとるらしい。だがそうして姿を現しても、あいつらは大抵の場合、『試し』を仕掛ける。例えば醜い姿で出てきたり、持ち物を強請られたり、使いを頼まれたり、謎をかけられたりと色々のようだが……。

 あんたが話しかけられたのは、アイツがそれを狙っとったからだろう。たまたまその時にとっときの菓子を持っとって、それを強請られて取られちまうなんて運が悪いとしか言いようがなかろう?」

 私はその言葉にガックリと肩を落とした。

 妖精との出会いのフラグが何なのか正確なところはわからないが、どうやらクッキーはきっかけの一つに過ぎなかったらしい。

 もしかしたら本当の出会いフラグはあそこの本を全部読んだ時とか、瞑想何十時間とか、そういう条件だったのかもしれない。

 と言うことはクッキーは取られ損なのか?

 

「まぁ、もしまた妖精と出会う事になったら気をつけるこった。あいつらはちゃっかり者ばかりだからな。

 与えたものに見合う何かを返すのが連中の流儀ではあるが、それがその時こちらが望む物とは限るまい。何せ気まぐれな連中だ」

 

 なるほど。そうすると私がもし手ぶらで出会っていたなら、あるいはクッキーとは別の物を持っていたなら、また違うやり取りがあったと言うことか。

 だが、良く考えればアレをきっかけに簡単に仲良くなれたと言えなくもないかもしれない。この店の事を教えてもらえたのも、そのおかげなのかもしれない。

 仮定ばかりではあるが、手ぶらだったらどうだったのかはもう知りようがないのだから、そう思っておくのが精神的には良さそうだ。

 

 私はそうポジティブに考える事にして、無理矢理己を納得させた。

 どうせもうあげてしまったクッキーは戻ってこないのだ。

 しかし色々考えると本当に芸が細かくて、うっかりするとそろそろ彼らがNPCだと言うことを忘れそうだ。

 私が納得したのを見て、ロブルはまた笑うと手にしていた絵本をすっと私に差し出した。

 

「さて、ではわしからも茶菓子の礼だ。もう直ってるぞ」

「いつの間に……」

 私は知らぬ間に糊と布テープで補強されていた薄い絵本を受け取り、それを開こうと手をかけた。

 一体この本を修理すると何が起こるのかずっと気になっていたのだ。

 絵本の表紙をめくると勝手にページが動き、ひらりと真ん中あたりの見開きが出てきた。この動きは、まさか。

 目を落とすとそこにあったのはページの片側にぽつんと記された、『白き木の歌』 と言う一文だった。

 

「これは……まさか、魔道書!?」

 私の声にロブルはニヤリと笑みを浮かべ頷いた。

「そうさ。ただし、こいつは見ての通りもうぼろぼろの本だ。直したとはいえ、またすぐ壊れるだろうな」

 と言うことは修理してもらっても回数限定アイテムだという事には変わりないと言うことだろうか?

 

「せいぜい、読めるのはあと一回というところだろう」

「たった一回? しかし、それではさっきまでと変わらんのでは?」

「あんたそれでも魔道士かい? 覚えりゃいいだろうが」

 なるほど、そういうことか。

 私はその意味に気付き、この本の使い道を理解した。

 修理してもらわなければこの本は読むことも出来ない、掲げるだけで発動する範囲回復薬代わりのアイテムだが、修理してもらえば一回きりだが魔道書として読んで使う事ができる。

 そのたった一回で呪文を覚えきれるかどうか。

 

「……面白い」

 開発者からの挑戦のようなアイテムに、私はこらえ切れない笑みを浮かべた。

 私の笑みをどうとったのか、ロブルもまた面白そうな顔を浮かべて頷いた。

 

「美味いクッキーに免じて、わしからも良い事を教えてやろう。これはな、『始まりの木の葉』と総称される魔法の一つだ。

 始まりの王と共にこの大陸にもたらされた魔法だとも、古い妖精種の残した魔法だとも言われているが、本当の事は誰も知らん。判っているのはどれも普通の魔法よりも遥かに強かったり、特殊な力を持っていたりするらしいということくらいで、それがどれほどの数あるのかも知られてはおらん」

「皆このように絵本の中に隠れているものなのかの?」

「絵本とは限らんが、まぁ本の間に隠れている事は確かだな。大抵はこれのように、バラバラになっちまう寸前のような古びた本に隠れている。こいつらはそういう古い本が好きなのさ」

 まるで魔法自体に意思があるかのような言い方だ。

 私は首を傾げ、その疑問を投げかけた。

 

「まるで魔法に意思があるような言い方じゃな?」

「ある意味ではそうかもしれんな。こいつら『始まりの木の葉』 は言の葉の合間……つまり、普通の本の中に姿を隠し、渡り歩いていると言われている。確かめたものはおらんがな。

 まぁ憶えとくといい。こういった本は、大陸中に結構あるのさ。その出会いは偶然で、ただ一度きりかもしれない。気がつくかどうかも運次第だ。だが、そこにこそ面白みがあるってもんだ」

「うむ……憶えておこう。是非とも何度でも出会いたいもんだの」

「あんたなら恐らくまた出会いがあるだろう」

 ロブルの言葉に何故かと問いかけると彼は、ブラウだ、と教えてくれた。

 

「アイツの祝福を受けたろう?」

「ああ、確かに受けたが……何も目に見える変化はなかったが、あれは一体?」

「この本を開き、魔道書として読めるってのがその祝福なのさ。知の妖精の祝福を受けると、これと同じように世界のあちこちの散らばった『始まりの木の葉』を見つける事ができるようになる。祝福には他にも効果があるが、一番は何と言ってもそれだ。

 これらの魔法が古い妖精種のものじゃないかと言われるのはその辺りが理由だ。あいつらと同じように、本当の姿を隠して擬態しているからな」


 私は胸の内で、どうしよう、と小さく呟いた。何かドキドキしてきた。

 始まりはチン○ルそっくりの不細工妖精との出会いだったのに、その話がおかしな方向へどんどん広がっている気がする。

 一体私はどんなフラグを立てたんだ?

 未だにレベル1だっていうのに、何だか壮大な夢を持ってしまいそうだ。

 

 高鳴る胸を押さえながら、私はロブルの顔を見た。

 NPCだと判っていても、もう私は彼をNPC扱いする気にはなれない。だから、答えが判りきっていても聞きたかった。

 

「それを知る貴方は探そうとはしないのかの?」

「フン、わしはただの古本屋の店主さ。それが一番性に合っている。世界中を旅して、世界中の本を読み漁るなんてのはごめんだよ。そんなことをしたら持病の腰痛が悪くなって婆さんにどやされちまう」

 婆さんもいるのか! この偏屈ジジイと夫婦とは、一体どんな最強婆さんなんだろう。是非とも一度お会いしたいものだ。

 私が胸をときめかせていると、不意にロブルは店内の本棚を指差した。

 

「この中にもどこかに確か一冊くらいそんなのがあったはずだ。まだあるかもしれんから、気になるなら探してみたらいい」

「この中に……しかし、さっきは本を手に取れんかったのだが……」

 私が眉を寄せると、ロブルはパチンと指を一つ鳴らした。

「うちの本はどれも器量良しだが気難しくてな。気に入らん客とは手も繋いでくれんのさ。これで読めるようになるはずだ」

「ほほう、どれ……」

 言われるままにカウンターの上の一冊を手に取ると、本は今度は素直に私の手に渡り、はらりと開かれてくれた。うーん、何て身持ちが固いんだ。

 適当に手にした本はもちろん当たりではなかったが、フォナンの闘技場とその歴史、という知らないタイトルのものだった。

 

 店内は薄暗いが、外はまだ日が高い。

 許しも出た事だし、私は本に埋もれていた小さな木の椅子を探し出すとカウンターの上にぶら下がっているランプの下に寄せ、そこに陣取って本を読ませてもらうことにした。

 私が読書の態勢に入ったのを見てもロブルは何も言わない所を見ると、売り物を読んでも特に気にはならないらしい。

 ひょっとするとここの本を読んだらクッキーで上げ損ねた知性+1を取り戻せたりするかもしれない。

 ささやかな期待と共に本を読み始めた私の姿を見て、ロブルもまた揺り椅子に体を戻して本を手に取る。

 


 静かな店内に、爺さん二人が本をめくる音だけが密やかに響いていた。



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― 新着の感想 ―
 ブラウをショートカットできないのは考えられてるわ。
[一言] 皆に知られてる魔法と、古本に隠れて存在する古い妖精の魔法。 もっと色んな種類の魔法がありそう。 そしてプレイヤーは誰もそのことに気づいていない!? 凄い話になってきた。
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