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11:強請と祝福


 会って見たいと思った淡い夢をほんの一瞬で打ち砕かれた私は、上を見上げてしまわないようにしながらその生き物と対峙していた。

 上を見て姿を視界に入れると動揺してしまいそうになるため、不自然じゃない程度に顔を逸らす。

 

「……君は、もしかして、いや、そんなはずは絶対ないんじゃないかと思うが、ひょっとすると……万が一……その、妖精、だったりとか?」

「ぼくがそれ以外の何に見えるってのさ、魔道士さん」

 

 声だけは可愛い。可愛い声で呼びかけられるのは嫌ではない。

 しかしその姿を見るとがっかりを通り越して軽く絶望しそうだ。

 

「そうか……妖精なのか……」

「そうだよ。この図書室に住んでるのさ。ブラウって呼んでね」

 それはブラウニーから来ているのだろうか。

 どこからどう見てもチ○クルのようなこの生き物がブラウニーだとは。どっちかというと小太りなゴブリンと言われた方がしっくりくる。

 

 私は顔を見ないように気をつけながら、ちらりと彼の頭上を見上げた。そこには緑色のマーカーが付いている。NPCの印だ。

 そうするとこれはイベントなんだろうか。

 もうかなり長い時間をこの図書館で過ごしているが、イベントが起きたのはもちろん初めてだ。

 情報掲示板に書いてあった図書室に関する話にもこんなものが出てくるなんて事は書いていなかった。

 書いてあったのは確か、この地区に出現するモンスターの基本情報が載っている本だけは役に立ったとか、そういうことくらいだ。

 こういう場合はどうするべきだろう?

 

 

「ええと……ご丁寧に、どうも。わしはウォレスじゃよ」

 私は考えながらもどうにか名乗り返し、それの顔を視界に入れないように頭を下げた。

 NPCだと解ってはいても、挨拶は友好の基本だと私は思っている。

 それにこのゲームのNPCは相当高度なプログラムを使っているらしく、会話の幅がかなり広く侮れない。

 情報掲示板でもこういったイベントでのNPCへの対応には気を使った方がいいんじゃないかという話が出ていた。

 ついでに言えば、さっき読んでいた本にも妖精と友好を築くと良い事があると書いてあったし。

 そんな事を思いながらの私のぎこちない挨拶に、ブラウはよろしくねと言って嬉しそうな笑い声を立てた。

 

 

「ね、ウォレスさん、ここでは物を食べたり飲んだりしちゃだめなんだよ。それ、どうするの?」

 ブラウは小さな指で私の手元を指し示し、首を傾げた。

 私はその言葉で手元で握りつぶしそうになっていたクッキーの袋の存在を思い出し、慌てて中を覗いた。

 良かった、特に潰れてはいないようだ。

 

「ああ、ここは飲食禁止なのか……そりゃすまんかったのう。それなら外で食べる事にしよう」

 向けられている気がする熱い視線から隠すようにして袋の口を閉じると、ブラウから不満の声が漏れる。

 

「えー、しまっちゃうの? ねぇ、ぼくもそれ食べたい! ちょうだい!」

 これが普通の店売りクッキーで、目の前の自称妖精が声に見合う可愛い子供だったなら、私は二つ返事でこのクッキーをあげただろう。

 けどこれはラルフのお母さんの手作りクッキーだ。

 これにしか知性+1の効果はない上に、一回しか貰えないんだぞ!

 しかしこの自称妖精との間に生じたらしい謎のイベントも、このままスルーするには少々ためらわれる。

 私はしばらく考えた末、他の物を提案してみる事にした。

 

「ううむ、すまんが、これは頂き物で譲るにはちょっとのう……甘いものが食べたいのなら、代わりのクッキーを買ってきてあげるからそれで我慢してくれんかの?」

「やだやだやだ! それラルフのママのでしょ? それがいいんだもん!」

 

 くっ、この声だけ妖精め、ピンポイントでこれ狙いだったのか! 可愛い声で駄々をこねるな!

 

「しかし……わしもこのクッキーの効果がないと困るんじゃよ」

 このクッキーで知性+1が出来なければ目標だった杖を装備できなくなってしまう。

 魔道書よりも杖の方が補正効果が大分いいから拘りたいのに。

 

「だってラルフのママのクッキー美味しいんだもん! 滅多に焼いてくれないんだよ。ねぇ、じゃあぼくがそのクッキーの代わりにおまじないしてあげるから、お願い!」

「おまじない?」

 驚きに顔を上げた私はうっかり妖精のオヤジ顔を直視してしまった。慌てて視線を下げるがダメージは大きい。

 もうクッキーあげるからいなくなってくれって言ってしまいそうだ。

 妖精はそんな私の様子は気にせず、自慢げにおまじないとやらの説明をしてくれた。

 

「そう、おまじない! 妖精の祝福だよ、滅多にもらえないんだから!」

「その効果は?」

「さぁ~?」

「さらばじゃ」

 サッと踵を返すと妖精は慌てて私の目の前の机に飛び降りてきた。

 くっ、勝手に視界に入るな、この!

 

「待って待って! じゃあもう一ついい事を教えてあげるから!」

 

 ブラウの懸命な声に私は足を止めた。というより目の前に来られると直視しにくくて歩きにくいだけだが。

 声だけ妖精は私の返事も聞かずに急くように口を開いた。

 

「あのね、そのクッキーを持ってるって事は、ラルフから本をもらったでしょ? まだ持ってる?」

「持っとるが……」

「ラルフはお気に入りの本はいっつもボロボロになるまで読んじゃうんだ。でもそれね、修理できるんだよ」

 

 本を修理できると言う言葉に私は目を見張った。

 あのラルフの絵本について私が知っているのは、一回切りの回復アイテムだという事だけだ。

 確かに本という形態なのだから現実だったら直すのは難しくはない。しかし、RGOの中でそんな話を聞いたことはなかった。

 

「……直すにはどうしたら?」

「ロブルっていうおじさんに会いに行けばいいんだよ!」

「そのロブルさんとやらが直してくれるのかな? して、その人はどこに?」

 ロブルという名に聞き覚えのなかった私の問いにブラウはこくこくと頷き、部屋の出口を指差した。

 

「ロブルの家に行くには、まず西通りを真っ直ぐ西門に向かって、門が見えたらそこから二つ手前の南へ続く細い小路に入るんだ」

「ふむふむ」

「そうしたら入り口から八軒目がロブルの古書店だよ。目立たないけど見逃さないでね」

「古書店……そんな店もあるのか」

「そうだよ! ロブルに会ったら本を見せて、白き木の葉は入荷しているかって聞いてね」

 どうやら合言葉まで必要らしい。

 何故そんな面倒を、と考えているとブラウはそれを感じたのか自慢げに胸を反らした。

 

「ロブルは本が好きで、旅人が嫌いなんだ。それで、本の沢山あるところが好きなぼくと友達なんだ」

「なるほど。その合言葉は君の知り合いだという証拠なのか」

「うん! だから、ロブルに会ったらよろしくね!」

 

 ブラウの話を聞いて私はしばらく考え、結局手に持ったままのクッキーの袋を彼に差し出した。

 知性+1は惜しいが、このイベントの先への好奇心を思うとやはりここは乗っておくべきだろう。

 妖精の顔がどうとかはこの際棚上げだ。

 

「いいの!?」

「先に良いこととやらを聞いてしまったのじゃから、約束は守らねばのう」

 ブラウはパッと顔を輝かせて袋を受け取った。うう、その満面の笑みは破壊力抜群だ。

 しかし仕草や声は可愛いのだから、後は私脳内でフィルターをかけるしかない。

 そうだ、ここは一つ近所の幼稚園児のサトル君を思い出そう。

 サトル君は少し生意気なところも含めて、文句なしに近所で一番可愛い幼児だ。

 心の目を開けば目の前の妖精もサトル君に見える……気がする。

 

 私が心の目を開くべく努力をしている前で、妖精は大事そうにクッキーを一つ摘むと口に放り込んだ。

 その姿は本当に美味しそうで嬉しそうで、何かに開眼中の私も思わず少し嬉しくなった。

 

「ん~、おいしい! ありがとうウォレスさん。ぼくね、ラルフとも友達なんだ。だからラルフのママがクッキーを焼くと、時々こっそり分けてもらってたんだよ。でも、ラルフのママは最近ずっと忙しくって、クッキーを焼いてくれなかったんだ。だからすごくうれしいよ!」

「そうじゃったか、それは良かった。そんなに喜んでもらえたなら、わしも嬉しいことじゃよ」

 私は喜ぶブラウに笑顔を返した。

 サトル君に喜んでもらえたと思えば私も嬉しい、うん。

 ブラウは残ったクッキーはそのままに袋を閉じ、大切そうにそれを腰につけていたポシェットにしまいこんだ。

 

「じゃあ、約束だからおまじないしてあげるね。ちょっと椅子に座ってくれる?」

 くるりんぱぁ~! とかいう良くわからないおまじないをされたらどうしようとちょっとドキドキしながら、私は言われるままに椅子に腰を下ろした。目線が低くなると妖精の顔が嫌でも眼に入りやすくなって居心地が悪い。

 しかし段々とこのオッサン顔も見慣れてきた気がする。

 

 何をするのかとじっと見ていると、ブラウは立っている机の上でくるくると謎の踊りを踊り始めた。

 妖精が回るたびに彼の周りの空気がチカチカと光を纏い、小さな体が少しずつ朧になる。

 その姿を良く見ようと目を凝らした次の瞬間、ブラウの体が一際強い光を放ち、私は思わず目を瞑った。

 

 

 

「ウォレスさん」

 

 不意に名を呼ばれて目を開けた私は、自分の見たものが信じられなくてぱちぱちと瞬きを繰り返した。

 目をこすっても見たが、目の前のものには変化はない。

 

「驚いた?」

 その生き物は、いたずらっぽい笑顔を浮かべて私の顔を下から覗き込んだ。

 声と背丈はさっきと何も変わっていない。だからこれがブラウなのだと判る。

 だが、その姿の変化は劇的だった。

 奇妙な衣装とオッサン顔だった妖精は姿を消し、目の前にいるのはいかにも妖精らしい形の紺色のチュニックとズボンを細身の体に纏い、愛嬌のある優しい笑顔を浮かべたサトル君ばりに可愛い少年だった。

 私が内心で快哉を叫んだ事は言うまでもない。

 そうだよ、これだよこれ! これが妖精だよ!

 

「……うむ、驚いたのう」

「反応薄いなぁ。でも、それでこそ魔道士って言うべきなのかな?」

「まぁの。それが君の本当の姿かの?」

「そうだよ。ぼくたちは大体みんなこんな感じで、本当の姿を隠して生きてるんだ。臆病だからね」

 隠すにしてももう少しマシな姿はなかったのかと言いたいところをぐっとこらえる。

 芸が細かいというかなんというか、恐らくあの姿を見て示した態度次第ではこの妖精と仲良くなることは出来ないのだろう。

 それにどうやら合格したらしい事にほっと胸を撫で下ろしていると、ブラウは机の上をとことこと歩いて私のすぐ傍まで来た。

 

「――知の道は目に見え難く、時には薄闇に続く。貴方の志が、その道を照らす光たらん事を。言の葉の合間に住まう知の妖精ブラウがここに祝福を贈る――」

 可愛らしい声が、厳かに祝福の言葉を紡ぐ。

 頬に触れた小さな唇はくすぐったかった。


「……どうもありがとう、ブラウ」

「こちらこそ。クッキーをどうもありがとう。また遊びに来てね、ウォレス!」

 

 小さな手を振って妖精はひらりと姿を消した。

 後に残されたのは、椅子に座ったままの私と元通りの静寂だけ。

 何か変化があったのだろうかと思いステータスウィンドウを開いてみたが、残念ながらステータスにはどこも変わりはなかった。

 結局クッキーと引き換えにした祝福がどういうものだったのかは解らないままだが、たった今起こったこの不可思議な出会いは私に後悔を残していない。

 

 それに、厳密にはこのイベントはまだ終わったとは言えないのだ。

 私はロブルの古書店に行く為に、腰を上げて扉に向かって歩き出した。

 次に何が待っているのかと想像すると思わず足が早くなる。

 物語は、やはりこうでなくては。

 何だかどうしようもなく胸が躍っていた。


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― 新着の感想 ―
チンクル、アメリカ辺りでは嫌われてるらしいから。 (とくに男性が)男性の容姿は良くなくていいと思ってる節のある日本人でも、あのままだとさすがに話として微妙だったかも。
そ…そんな、小太りなゴブリンのはずが!
 これ、主人公以外には醜い姿で見えてるなら……ジジイにキモ……不細工で小さなおっさんがキスしてるように見えるのか?
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