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ボツ作品集  作者: うみゅ
花霞街遊華録
2/4

2話

 デジタル時計が午前四時を指す。

 私はいつも通り、硬いベッドから起き上がり、カーテンを開ける。

 窓の外はまだ深い闇に包まれ、冬だからか肌寒い。

 彼の補佐となって、初出勤の時刻は、五時前だ。


 顔を洗うため、洗面所に向かう。

 鏡の中では、白銀の長い髪と冷ややかな青の瞳を持つ少女が、こちらを無表情に見つめ返していた。


虫酸(むしず)が走る顔だ。


 忌々しい両親に似て、あの忌々しい幼馴染と同じ、人を突き放すような冷たさ。


 不意に、掌にじわりと熱い違和感を覚えた。

 視線を落とすと、固く握りしめた拳の隙間から、赤い液体―血が滴り落ちている。無意識に爪を食い込ませていたらしい。


「…。こんなに感情的になるとは」


 自分のことながら、どこか他人事のように呟く。

 清潔な白いタオルで赤を拭い去り、何事もなかったかのように朝の支度を整えた。


 昨日と同じ、重厚な扉を開く。そこには、すでに彼がいた。


「今日から、早速仕事を始めてもらいます」


 彼は立ち上がり、書架から分厚いファイルを取り出す。


「こちらが、我々が関わっている仕事です」


 ファイルを受け取り、中身を見る。


「我々は主に二つの面で活躍しています。一つは財務管理。もう一つは…」


 彼は一瞬、言葉を止めた。その一泊の沈黙が、部屋の柑橘系の爽やかな香りを一瞬で凍らせる。

 そして、彼は何事もなかったように平然と言葉を続ける。


「…拷問です」


 私は顔色一切変えずに頷く。


「承知しました」


 彼は満足げでに笑みを浮かべる。


「やはり、この程度では驚きはしないのですね。その点は評価できそうです。とにかく、これから貴女が担当する仕事は主に財務管理です。拷問の方は、私が直接尋問する際に補佐をしてもらえればと思います」


…拷問か…、大変そう。


 私は驚きも戸惑いも、なんの感情も湧かなかった。


「分かりました」


 彼は人差し指を立てて、口を開く。


「そしてもう一つ。これからもそうやって平然としていることをお願いしますよ。無用な感情や同情を捨ててください。特に…『人情』なんてものは、ここでは全くの無用の長物ですからね」


…逆に持っている人が居るほうが驚きだよ。


 内心、そう思いながら、頷く。


「分かりました」


「よろしい。じゃあ、これから始めましょうか?」


 書類の山に目を向けた後、再び私を見る。


 内心、嫌な予感が走る。


「まずは、このリストにある人物達の身元照会をお願いします」


…この人がまともな人で良かった。


 内心、安堵するが顔には出せない。出したら、もっと多くの書類が出てくと。

 私はもう、黒蓮組に来る前に経験済みなんだ。


 渡された書類には五十人ほどの人達の顔写真があった。


「分かりました」


 彼は私のデスクに案内して、口を開く。


「この作業は三十分以内で終わらせてください。それ以上かかるようなら、貴女の能力では無理だということとなります」


「分かりました」


 彼は頷いて、自分のデスクに戻って行った。


 私はデスクの端末に向かい、慣れた手つきでセキュリティを突破する。裏社会のデータページを瞬時に検索し、リストにある人物達の身元情報を引き出した。


 私は時間をかけずにリストに乗っていた人達を調べ上げ、結果を報告する。


「ご苦労様です。次は…」


 彼は私に書類の束を差し出した。


「これらの報告書をチェックして、問題がないか確認してください」


 渡された書類の束は結構な分厚さがある。

 ざっと、八cmか十cmはあるだろう。受け取った瞬間、ずっしりとした重みが腕にかかる。


「分かりました」


…うん、前言撤回。まともな人じゃないね。


 デスクに戻り、チェックを始める。

 今、気づいたが、数十名の構成員が各自、仕事をしていた。


…集中していて、気づかなかった。これは危険だな。


 仕事に集中することはいいことだが、私達はいつ狙われるかは分からない。集中しながら警戒するのが一流。


…鈍ってきたな。ここが安全だとしても油断はできない。


 数分が経った頃、彼は用事があるのか、席を立ってどこかへ行ってしまった。


 近くに居た、構成員の男性が話しかけてくる。


「玲…と言ったか。お前、琥白さんの補佐となったんだろう?」


 私は手を止めずに言う。


「そう。で、なに?」


「その…、一度気に入られないって思われたら、もう、おしまいだって…。気をつけたほうがいい」


「ご忠告どうも。でも…」


 私は一瞬、言葉を区切ったが、そのまま続ける。


「私は気に入られるつもりも、嫌われるつもりも無い。ただ、割り当てられた仕事をするだけ」


 私は一切彼に目を向けず、書類仕事を淡々とこなす。

 構成員の男性は驚きや戸惑いの声で、「そうか…」と呟き、自分のデスクに戻った。


…そう。誰にも注目されない無関心さこそ、私に都合がいい。

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