遺囑
前回:後輩である炎院長の熱烈な誘いを受け、金土は「細胞起乩法」の主役に選ばれた。起乩(神降ろし)の概念は理解できても、それ以外は未知の領域。迫りくる運命を前に、父として最期のけじめをつけねばならない。
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三ヶ月以上の月日が流れ、時は「起乩」前夜を迎えた……。
深夜、子刻の風が福徳宮の鮮やかな門柱を吹き抜け、香炉の残り火はとうに冷え切っていた。李金土は独り、神卓の前に跪いている。薄暗い灯明の下、その丸まった背中はひどく孤独に見えた。
祭壇の上の土地公様は、相変わらず血色よく、半眼の瞳ですべてを見通しているかのようだ。福徳の杖を手に、目の前の老いさらばえた無力な従僕をじっと見つめている。
「……準備は、できておるか?」
恍惚とする中で、金土には神の囁きが聞こえた気がした。それは威圧的な詰問ではなく、親しみのある問いかけだった。
「土地公様……」
彼は神像を見つめ、痰の絡んだしわがれ声で口を開いた。
「わしは一生、あんたに仕えて人の『收驚』や厄払いをしてきた。だが今や、わし自身が病魔に怯えさせられとる……」
語るうちに、彼の頭は力なく垂れ下がっていった。
「……ん?」
ふいに、彼は顔を上げた。
灯明の炎をじっと見つめる。
……。
………。
何の反応もない。
「どうしたっていうんだ?」
その時、一筋の声が静寂を切り裂いた。
「お父さん、サバヒーのお粥(虱目魚糜)を食べなさいよ!」
金土が振り返ると、娘の亜嬌が湯気の立つ陶器の器を両手で捧げ、足早に近づいてくるところだった。粥の表面には雪のように白い魚の身が浮き、鮮やかなセロリが散らされている。彼が最も好む食べ方だ。
「明日は陣頭のお祭り騒ぎよ! 精神を叩き起こして、他人に無様な姿を見せないようにね!」
娘は父が若かりし頃に使っていた威勢のいい口調を真似てみせたが、語尾には隠しきれない震えが混じっていた。
金土が器を受け取った瞬間、二人の手が触れ合った。
彼は娘の目をじっと見つめた。娘の角膜に映る、落ちぶれた老人が、遺言を託そうとしている。
「亜嬌……お前を一人で育て上げ、外で戦わせてきたが、そろそろ落ち着く場所が必要だ。阿郎は安平でお前を二十年も待っとるんだぞ……」
角膜の中の老人は消えた。娘が白目を剥いたからだ。
金土は続けた。「娘よ、これからはお前が神様と話す番だ」
亜嬌は猛烈な勢いで顔を背けた。一粒の涙が粥の中に落ちる。
「……バカなこと言わないで(Silly dad)!」
彼女は吐き捨てるように立ち上がった。その声は張り詰めた弓の弦のようだった。
金土が顔を上げると、彼は息を呑んだ。
逆光の中、小さな人影に金の縁取りがなされている。背には弓矢を負い、編み込まれた髪は戦旗のようにたなびいている。聞こえてきたのは、聞き覚えのある少女の声。
「Game's not over yet!(ゲームはまだ終わってないわ!)」
金土は目をこすり、もう一度よく見た。
そこには遠ざかっていく亜嬌の背中があるだけだった。彼は眉を片方だけ上げ、ため息をつく。
「……何て言ったんだか(聽嘸)」
そして、器の中を見た。粥の表面に、透明な真珠のようなものが一粒、浮いている。
彼は目に涙を浮かべた。
「おてんば娘め。……わしの粥に、塩気を足してくれたのか?」
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次回:『見過鄉親(郷親たちとの対面)』
旅立ちの時、廟の前には馴染みの顔ぶれが揃っていた。それは名残惜しい別れの挨拶……。
だが、本当にそれだけなのだろうか?




