炎院長
前回:病棟の内部はハイテクな「冷たい白」の世界だった。そこに現れた炎院長。冷徹な施設に合わせ、彼もまた氷のような男かと思いきや……。
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目の前の院長は、ミディアムロングの髪の毛先を軽く外にハネさせ、風になびくような空気感を纏っていた。輪郭は彫刻のように鋭く、冷徹な美しさを湛えている。金縁の眼鏡はライトの下で冷たい光を放ち、眉間には鋭い知性が宿っていた。
開いた白衣の間からは、鍛え抜かれた鋼のような筋肉が覗く。医者としては、あまりに型破りな肉体だ。
レンズの奥の瞳は、深い淵のように底知れないはずだった。だが……。
「李先生、お嬢さん、こんにちは。炎と申します。院長です。どうぞ、お楽に」
院長が発した短い挨拶が、部屋の空気を一変させた。
彼がふわりと微笑むと、その瞳は虹のように優しく弧を描いた。レンズ越しに放たれたその光彩は、春の氷が解ける瞬間の輝きのように、冷徹な仮面を一瞬で太陽のような温もりへと変え、その場にいる全員を包み込んだ。
その温もりは、特に亜嬌を直撃した。
席に座りながら、彼女の目は完全に「bling-bling」と輝き、目の前の医師にすっかり圧倒されていた。
『炎正英院長は少なくとも60歳のはず……。こんなにイケメンなんて、インポッシブル(ありえない)わ!)』
ドキュメンタリーに映っていたのは、平凡で銀髪の老道士だった。だがこの男はあまりに眩しすぎる。耳には点滅するイヤーカフをつけ、ナースとはまた違う光の装飾を耳元に宿していた。
亜嬌の脳内で、大胆かつ合理的な仮説が結ばれる。
『あの時の小乩童……ビンゴ! 絶対に彼だわ!』
親子が着席し、冷護士は傍らに直立した。彼女の微笑みは崩れず、その視線はプロフェッショナルな厳格さで二人を注視し続けている。
その頃、扉の外では阿郎が手持ち無沙汰に座っていた。立ち上がることもできず、指に挟んだタバコを一口吸っては吐き出す。煙はくゆりもせず、高性能な換気システムへと吸い込まれていく。彼は、この一服がなんだか無駄な努力のように思えていた。
診察室内。炎医師は眼鏡を指で押し上げ、デスクに埋め込まれたマルチディスプレイを操作し始めた。指先で画像を拡大し、水平にスワイプすると、画像が壁面に投影される。頭部、胸部、腹部のモノクロのスキャン画像、そして色彩豊かな検査データやグラフが次々と現れた。
「いいですか、ここを見てください。これが肺です」
炎医師はプロジェクターペンで胸部の画像を指した。「肺の中に、綿あめのような塊がいくつかありますね……」
続いて、色鮮やかなレポートを指す。「そしてこれらは、すでに発生している遺伝子変異です」
炎医師は依然として太陽のように温かい口調で、優しく告げる。
(by: mendozajpd)
「李さん、前回の肺の検査結果が分院から届きました。よく見てください。このボロボロに溶けたマシュマロのようなものが……」
彼は一度言葉を切り、語気を和らげたまま、静かに宣告した。
「今から、客観的な科学的根拠に基づいて判定を下します」
医師はモノクロの胸部画像にペンで円を描いた。
『Squamous cell carcinoma of the left lung, stage IVA, with contralateral lung metastasis.』
合成音声が英語で読み上げる。親子は反応できない。
「あ、失礼。――左肺の扁平上皮癌、ステージ4A。すでに反対側の肺にも転移しています」
医師は誠実な眼差しを親子に向けた。「残念ながら、この喫煙に関連する変異に対して……現時点で有効な分子標的薬はありません」
医師は再び、カラーのレポートに円を描く。
「JYI-H3513、JYI-H3529、JYI-H3547……これらは分院での生検の結果、特定された李さんの体内の癌細胞のシリアルナンバーです」
再び機械音声が読み上げる。
(※癌細胞のコードは病院名から取られ、HはHumanを表す)
父娘は聞けば聞くほど、五里霧中(霧の中)に迷い込んでいた。もっとも、医師の機械的な判読を聞かされるのは、いつだってそういうものだ。
だが、医師の次の言葉は、霧を晴らすどころか衝撃的だった。
「悪いニュースです。お父さんの癌細胞でシミュレーションを行いましたが、非常に悪性度が高く、分裂も早い。もしバスケットコートの真ん中に置けば、二ヶ月もしないうちにコート中を埋め尽くすでしょう」
それはもはや人間の言葉ではなく、AIが描く中二病的な狂想曲のようだった。
マスクをした金土の瞳は、すべてを悟ったように穏やかだ。
対照的に、亜嬌は投影された画像を凝視し、その瞳は微かに震えていた。
炎医師は誰に言うでもなく、独り言を並べ立てる。
「無治療なら半年……長くて197日、か……」「標準治療のSOPはプラチナ製剤の化療だが……」「その通り、完治はしない。だが、延命すれば……中央値で19.97ヶ月といったところか。……確認済みだ。正常な摂取量なら、タピオカミルクティーをあと600杯は飲める計算になるな」「そうか? VR新療法の被験者募集? ……よし、試してみよう」
我慢の限界だった。亜嬌は猛然と机を叩き、壁の画像を指差した。
「どうしてよ! 肝臓も脳も、あんなに綺麗なのに!」
すると、冷護士が素早く「ハエ叩き」のような道具を取り出し、高く掲げた。
「性霊の機材は高価です。破壊は許されません。……お仕置き(打打)しますよ」
炎医師は厳粛な面持ちで言った。
「画像上は陰性ですが、一晩眠れば脳内へ転移しているかもしれない。……臨床経験がそう語っています」
金土は白黒の画像を見つめ、不意に苦笑いした。
「この白黒の絵面を見てると……まるで『七爺八爺』が命を奪いに来たみたいじゃないか」
医学画像が、彼の目には悪鬼を捕らえる白黒の死神に見えていた。
彼は自らの身の上を嘆くように呟く。
「わしらは金持ちじゃない……プラチナ(白金)なんて買えんよ」
(※実際、白金製剤による化療は標準治療であり、保険適用もされるためそれほど高額ではない)
(by: 澎湖舟集工作室)
亜嬌は理屈では分かっていても、怒りを抑えきれない。
「お父さんは悪人じゃないわ! 七爺八爺なんて関係ない!」
言いながら再び机を叩こうとしたが、ナースが道具を「シャッ」と振るのを見て思いとどまった。
彼女は医師を睨みつける。
「言いなさいよ! 新薬はいくらなの? 刺し違えてでも払ってやるわ!」
その激しい反応に対し、医師はわざとらしく「キメ顔」を作り、両目をキラキラと輝かせた。亜嬌はその眩しさに直視できず、頬を赤らめる。
医師はペンでレポートを軽く叩いた。
「現在、癌組織には免疫抑制タンパク質『PD-L1』の発現は見られません。それなのにこれほど成長が早いということは……。推測するに、免疫細胞たちが『寝たふり(躺平)』をしているのでしょう」
突如、彼の眼鏡が鋭く光った。
「だったら……」
両手で拳を作り、萌えポーズで気合を入れる。
「僕たちが中に入って、あいつらのケツを叩いて(Kick their ass)やりませんか?」
「……はぁ?(WTF?)」
娘は呆気に取られたが、父は至って冷静だった。
その時、炎医師は懐から一通の書類とペンを取り出した。
「『細胞起乩VR作戦システム』……」
そこには金文字のタイトルが輝き、【主人公同意書】という文字が印字されていた。
亜嬌は目を見開いて固まる。「起乩(神降ろし)? 神様が憑依するってこと?!」
だが金土の目は輝き、剣指を立てて首を振り、型を決め始めた。
「……ついに『開壇』か!」
炎医師も同じ手つきで応じ、温かく説明を加えようとした。
だが、言い終わる前に金土が書類をひったくり、最後のページをめくって、迷わず「李金土」とサインした。
「お、お父さん……」
娘は完全に置いてけぼりだ。しかし、怪異はさらに続く。
「師伯!」
甘ったるい女の声が、ナースの口から発せられた。
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次回:『師伯出馬』
金土が二つ返事で参戦を決めたのは、偶然ではなかった。それは宿命の再会。
予言しよう。戦場に向かうのは、彼一人ではない……。




