冷護士(冷徹な看護師)
前回:エレベーターの扉が開き、三人の前に現れたのは、眩いばかりの白い光に包まれた謎の廊下だった。
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扉が開いた。外の眩しさに三人の目は追いつかず、足を踏み出すこともできない。目の前には一本の廊下。突き当たりのドアには(またしても)スキャナーがあり、上部のインジケーターは赤く点灯している。内装は統一され、まるでハイテクな研究施設のように無機質な白一色だ。
「アンブレラ社の研究所かよ……」
真っ先に反応したのは阿郎だ。ゲームの知識を総動員する。「バイオハザード・シリーズは全部こうなんだ。赤ランプは『開かずの門』って意味だぞ!」
彼は山の育ち特有の野性的な勘で、素早く首を振って左右を確認した。「右は行き止まり。左の突き当たりに部屋がある。そこは緑のランプだ。……それに、デカくて厳格そうな『白い物体』がこっちに来る! たぶん看護師だ!」
「べっぴんさんだといいんだがな……前回の病院の看護師は最高だったぞ」金土は前回の入院(正英記念病院)の経験を思い出して鼻を鳴らす。
「そのへんは……おじさん自身で確かめてくれよ……」亜嬌が隣にいる手前、阿郎は明言を避けた。亜嬌は興味なさげに、ただじっと入り口を睨みつけている。
コツ、コツ、コツ…… 足音が近づいてくる。
一筋の細長い白い影が、左からフレームインした。
純白のワンピース。腰には飾り気のない布の帯。体型に抑揚はなく、足元は標準的なナースシューズ。髪は中程度の長さのブラウンで、レトロな波打つウェーブヘアを後ろに流している。耳たぶには点滅する小さなピアス。ナースキャップは無菌室のような冷たい光を放っているが、その顔立ちは極めて厳格だ。まるで西洋版の「八家将」のような威圧感を湛え、片手でエレベーターのドアを押さえている。
「金土様、亜嬌様、四郎様。ようこそ。私はコールド・ナースです。すぐについてきてください」
先ほどと同じ、粘膜の音さえしない純粋な電子音声。口角はピクリとも動かない。
三人は背を向けて歩き出したナースの後に続いた。
周囲は白一色の研究所で、見るべきものは何もない。ただ阿郎は気づいた。このナースは自分と同じくらいの長身で、しかも「後ろ向き」に歩いている。その動作はあまりに自然で、視線は常に三人を、執拗なまでに観察し続けていた。
「この看護師……前も後ろも絶壁だな。まるで一枚のホワイトボードだ」
金土がボソリと毒づく。背中を一度も見ていないはずなのに。
二十歩ほど進むと、緑のランプが灯るドアにたどり着いた。小画面にはこう表示されている。
【新生科 Neoplasm 炎院長】
ついに炎院長のお出ましだ。
亜嬌と阿郎の顔に緊張が走る。
(あの道士院長か……! 出所してたのね!)(オーマイガー……)
金土の表情は、この施設と同じく、読み解くことのできない深淵を湛えていた。
「李親子は中へ。ゲストの方は、そこへお座りください」
ナースが言うと、壁から自動的に座板が飛び出した。指示に従い、阿郎が腰を下ろす。
「すぐに立たないでくださいね。一度立つと板は収納され、二度と出てきませんから」
ナースの忠告に、阿郎は行儀よく座り直した。
「では、すぐに。李先生、李お嬢様、どうぞ」
気圧式のシュッという音と共に、ドアが左へスライドした。ナースは脇に寄り、手で中を促す。二人が踏み込むと、ナースは二人と向き合ったまま(後ろ向きに)部屋へ入り、ピタリとドアを閉めた。
ついに――冷護士 の「背中」が阿郎の前に晒された。
彼が何を目撃したのか、その口は「お」の形に開き、目は見開かれている。何かを、悟ってしまったかのように。
部屋の中は薄暗く、それほど広くはない。だが中央の光沢あるテーブルは、十数人が乗れるほど巨大だ。その奥にはもう一枚の扉。ナースは端に直立不動で立ち、標準的な礼法で告げた。
「お客様のお着きです。来賓のお二方、静粛に」
静寂が支配する。二人は固唾を呑んで、その「宣告」の時を待った。
「それでは、ただいまより炎院長が余裕を持って登場されます。開門!」
声に反応するようにドアが開き、院長が姿を現した。
プロフェッショナルな歩調で現れたそのシルエットは、すらりとして白衣を纏い、まるで「冬の松」のように凛としている。それは、「炎」という熱い名前とは真逆の、氷のような静謐さを纏っていた。
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次回:『炎院長』
凍てつく空気の向こう側、ついに姿を現した炎院長。来賓たちが目にするその姿は、想像を絶するものだった……。
冷護士




