廟埕の朝香
早朝、空がすっかり明るみ、人影もまばらな頃。台南「福徳宮」の境内には薄霧が立ち込めていた。微かに冷えた空気の中、一筋の煙がゆるやかに立ち昇る。沈香の香りに混じり、淡いタバコの匂いが漂う。
「拝めばご加護がある……ゴホッ! 平安無事だ……」
咳き込み混じりのしわがれた声が、静まり返った境内に響く。廟公・李金土の姿は、朝霧の中でひときわ孤独に見えた。両手で一本の線香を捧げ持ちながら、口には半分のタバコをくわえ、灰が今にも落ちそうに揺れている。彼は目を細め、敬虔な手つきで線香を香炉へと突き立てた。それはまるで、唇の間にタバコの吸い殻をしっかりと挟み直す仕草のようでもあった。
福徳宮の一日は、いつもこの二つの火種と、一つの祈り、そして数回の咳から始まる。何年も、毎日、たった一人で。そして決まってこの言葉が続く。
「土地公様、今日も信者たちが健やかに過ごせますよう……」
だが今日、その言葉が言い終わらぬうちに、彼は激しく咳き込んだ。慌てて手で口を覆うが、その体は茹でた海老のように丸まった。
広げた掌には、刺すような赤色の血が滲んでいた。彼は眉をひそめ、低く呟く。「やれやれ、何かに取り憑かれた(煞著)かな……」
「お父さん(Dad)!」
背後から澄んだ女の声が響いた。「またタバコ吸ってる!」
娘の李亜嬌が三歩二歩と駆け寄り、父の指先からタバコをひったくると、そのまま香炉の中で揉み消した。
「帰ってきたのか!」自分のために海外から駆けつけてくれた娘を前に、金土は喜びが勝り、小言を言う気にもなれない。ただ、小さくぼやいた。「せっかく帰ってきたのに、朝っぱらから神様に失礼な真似をするなよ」
亜嬌は腰に手を当てて目を剥き、いたずらっぽく笑う。「ハハッ、李マネージャーこそ。お線香とタバコの区別もつかないなんて、神様に失礼なのはどっちかしら?」
「まあ、一本くらい……」そう言ってポケットのタバコに手を伸ばそうとした瞬間、また激しい咳が彼を襲った。今度はさらにひどく、背骨までが震えている。
亜嬌は慌てて父の背中をさすった。だが、その掌が触れたのは、驚くほど痩せこけたゴツゴツとした骨の感触だった。彼女の心臓がキュッと締め付けられる。
『いつの間に、お父さん、こんなに痩せちゃったの?』
「ゴホッ……禁煙なんて、そう簡単にはいかんよ……」金土は息を切らしながら手を振り、「ボーイフレンドの阿郎に聞けばわかるさ!」と言った。
亜嬌は呆れて目をそらした。「彼氏じゃないってば!ただの都市伝説よ!」
若かりし頃の初恋の相手。帰省してタバコをやめろと言うたびに、彼が反射的に見せる、あの落ち目の香港アクションスターのような「困り顔ミーム」のポーズを思い出した。
「それはそうと……」金土は話をはぐらかそうとしたが、また新しい咳の波が押し寄せる。
亜嬌は背中を叩き続けたが、その眉間の皺は深くなるばかりだった。
「大丈夫だって!」金土はようやく息を整え、娘の手をポンポンと叩いた。「明日、また医者に診てもらうから」
亜嬌は何も答えず、ただ黙って、彼を支える手に力を込めた。
朝の光が強まり、香炉の煙はゆらゆらと昇っていく。消え残ったタバコの臭いと混じり合いながら、廟の軒先を越えて、あの蒼白い空へと消えていった。
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次回:『病棟XVIII』
父の診察に付き添う娘。だが、三人が辿り着いたのは、とうに廃墟となったはずの病院だった。




