猊鮕盯(ニコチン)
前回のあらすじ:金土の日常の近所の面々が、一人残らず彼と共に細胞異界へ!皆に残されたのは細胞としての視点だけ。癌がどうとか煙草がどうとかの概念はなく、ただ(システムに設定された)拐われた小さな恋人たちを皆で力を合わせて探し出すことだけを知っている。ようやく足場を固めた矢先、強敵が押し寄せてきた!
========
身体が癌細胞という生来の宿敵に立ち向かうとき、本当に必要なのは総動員、全村出動なのだ!
金土「土」:樹状細胞
亞嬌「嬌」:B細胞
「太」:輔助型T細胞
四「郎」:毒殺型T細胞
「天」:天誅型細胞
「猴」:嗜中細胞
「尼」:単核細胞
「羅」:巨噬細胞M1型
「浄」:巨噬細胞M2a型
「迪」:幹細胞
(以上、登場順。この後さらに多くの仲間が登場する。)
このうち、天誅型細胞、嗜中細胞、巨噬細胞は先天免疫細胞。TおよびB細胞は後天免疫細胞。樹状細胞の役割は、主に後天免疫細胞を活性化することにある。
——先天免疫システムは、原始的な多細胞生物の体内にすでに備わっていた。しかし「顎骨脊椎生物」にまで進化して初めて、さらに後天免疫細胞を持つに至った。ひとたび生物が顎骨と脊椎を持てば、あちこちへ動き回り、さまざまな食物を食べ、色とりどりの伴侶を選ぶ。接触する病原や傷害は飛躍的に増大する。そのとき、先天・後天の二大免疫システムが強力に手を結び、宿主が、天地を喰らう能力を打ち立てる。
刹那、それまで平穏だった血の河が沸騰したかのように滾り、吐き気を催す腥い血霧が一面に押し寄せてきた。
「羅」が真っ先に反応する。彼女の髻に挿した青銅の簪が一斉に眩い青光を放ち、極限まで張り詰めたその顔を照らし出す。手にした傘の骨はたちまち紅い油紙の傘へと化けた。彼女は本能的に両手でその傘を固く握り締め、傘の先を槍のごとく滾る河面の奥へと突きつけ、声を張り裂けさせて叫んだ。
「前方高エネルギー! 悪党がもうすぐにでも襲いかかってくるぞ!」
煙草を銜えた「土」は、この突然の異変に魂も飛び散らんばかりに驚き、慌てて手にした桃の木の杖を握り締める。杖頭に滲むほのかな黄色い光が、濃密な血霧をかろうじて突き抜けた。その弱々しい光の向こう、霧の中に無数の蠢く影が狂おしく蠕動し、刃物が水面を裂くような「ブチュッ、ブチュッ」という異様な音が伴っているのを彼は見た。
「こ……こいつぁ、なんじゃあ?」
土の声は風に舞う落ち葉のように震え、彼は闘志のかけらもなく後ろへ縮み上がり、ついには最も安全な場所——隊伍の最後尾へと逃げ込んだ。
この時、すでに陣形は形を成している——
前線:羅は紙の傘を広げ、港を守る怒りの女神さながらに、押し寄せる者どもと真正面から対峙する。
中核:「郎」と「嬌」がすぐ背後に続く。一人は両手を交差させ今にも敵を殺たんと身構え、一人は長剣を抜かんとし、二人とも完璧な臨戦態勢をとっている。師「太」はさながら泰山のごとく、端正に佇み、両手を背後に組んで悠然としている。眼前の逆巻く大波も、彼女にとってはただのさざ波に過ぎぬかのようだ。
後方:
「天」は「尼」の傍らで、自らは目が見えぬゆえに問う。「なんの匂いじゃ、この異臭は?」
「乃ち阿土公、口に一条の棒状の物を銜え、雲を呑み霧を吐いております。」尼はありのままを描写し、さらに続ける。「前方よりまた濃霧が迫り来て、いかなる妖怪かは未知数にて。」その描写は正確にして客観的。
土は最後尾、殿りを務め、「猴」の背後に隠れ、いつの間にか彼の火を借りて煙草に火をつけ、大きく一服吸っている。猴仔の手にはとうに火の点いた霊能爆竹が握られ、火の粉はパチパチと音を立て、今にも霧の中へ炸裂せんばかり。
この緊迫の瀬戸際、土の手にした煙草から一筋の青い煙が棚引き、その煙は暗い肉色のトンネルの中で異様かつ滑稽で、生死を賭したこの殺し合いの空気とはひどくそぐわない。
尼が言い終えたとたん、血霧は黒へと変じ、強大な衝撃波によって完全に引き裂かれ、三匹の歪んだ畸形の猛獣が正式にその姿を現し、この腫瘍の生み出した「密航通路」において覇権を争う。
それは、聞くもおぞましい三匹の怪物。
「猊」:狼のようで犬にも似た生き物。全身の皮膚はひどく糜爛し、灰黒色の膿血が筋肉の隙間から絶え間なく滲み出ている。岸に上がり歩くたび、足の下の肉色の大地が腐蝕のシュウシュウという音を発し、腥く臭い吐息には死の悪臭が混ざり、人を窒息させんばかり。
「鮕」:巨大な鈍い音とともに、それは血の河から猛然と躍り出し、再び重々しく水中へと落ちた。これは完全に不規則な、血のように赤い肉塊で、決まった形を持たないが、水に落ちる瞬間、肉塊の中から長く、粘滑で、逆鉤を一面に生やした「触手」を抜き放ち、それを空中で狂乱のごとく振り回している。
「盯」:これは身の毛もよだつ存在だった。空中を旋回するそれは、一本の長く痩せ細った蛇。その頸部には十一もの悍ましい小さな頭が生えている。どの頭にも一対の眼がついており、サーチライトのように、その場にいる全員をじっと睨み据え、どの標的が最初に闘志を失うか見計らっているかのようだ。
この、癌変の奥深くから孵った三匹の怪物を前に、もとは破竹の勢いだった戦列にも、動揺が走らずにはいられない。羅が油紙の傘を握る指節はうっすらと白くなり、郎と嬌も知らず半歩後退り、猴仔の手の爆竹の燃える速度すら、心なしか半拍ほど遅くなった。
ただ二人だけが、微動だにしない。
「天」は相変わらず尼の肩に手を置き、顔にはあのトレードマークの、俗世を見抜いた冷笑を浮かべている。彼には見ることはできず、また見る必要もない。なぜなら彼の高度に発達した聴覚と感知能力にあっては、これら怪物の呼吸の頻度、筋肉の伸縮速度、行動の軌跡、そのすべてが脳裡で精確なデータ座標へと変換されているからだ。
「太」もまた動かない。だが彼女は、実にはっきりと見ていた。彼女のあの静かな双眸には、蛇形「盯」の悍ましさと犬形「猊」の凶暴さが映り込んでいる。だがその立ち姿は百年の古松、泰然として山嶽のごとし。彼女は両足を前後に開き、気を丹田に沈め、重心をごく自然に後方へと移している。その構えは、決して怯みではない。それは計り知れぬほど深い守勢である。
その一見、静かな立ち姿の下で、彼女の全身の骨格と筋肉は極限まで圧縮され、あたかも限界まで引き絞られた角弓のごとく変化している。千鈞の勢いが彼女の呼吸の間に流転し、僅かな空気の擾乱すら、すべて彼女の空っぽで広大な掌中へと収められていく。
空気が、この肉色のトンネルの中で凝固した。
土は最後尾に隠れ、煙草の煙を棚引かせ、前方の彫像のような太師傅を見つめる。口の煙草の吸い口が、一度震えた。
黒霧はすぐさま腥臭を孕んで翻り押し寄せる。皆が「盯」の複数の魔眼に震え上がるなか、水中の「鮕」が再び襲いかかった! そいつは血の砲弾のごとく水面を破って飛び出し、空中で蠕動するうちに、奇怪な歯を生やした怪魚へと変じる。あの鉤のついた触手は、もとは長い舌だったのだ! 長鞭のようにしなり、威嚇するがごとく空中で舞う。
鮕がまさに落水せんとする刹那、それまで静かなる処女のごとくだった「太」が動いた。
「ふん!」
一声の冷たい鼻息が、雷鳴のごとく炸裂する。太の爪先が軽く肉色の大地を蹴り、溜めに溜めた腰胯の力が、極限まで圧縮されたバネのように一気に解放される。一同が目の前をちらつくのを覚えたときには、太の姿はすでに一条の残像と化して激しく飛び出し、空気はこの勁力に引き裂かれ、低く唸る悲鳴を上げる。
瞬く間に、彼女は最先端の羅をも追い越した。
「ドオォン——!」
太が重く着地し、足の裏が千斤の水門のごとく地表へと打ち込まれる。地面にはなんと、肉眼でも見える気勁の波動が波紋を描いた。彼女は両目を電光のように輝かせ、まさに飛びかからんとする犬形「猊」と、空中の「盯」を真正面から睨み据える。その山をも排するかのような師太の気迫は、なんと二頭の怪物もろとも満天の黒霧を、数丈も後方へと震い退けた!
「いわく……引進落空,合即出!(引き入れ落として空しく、合わせて即ち出づる!) 」
語気も消えやらぬうちに、太はなんと強敵に囲まれながら、悠々とひとつ旋身し、咆哮する怪物に背を向け、驚き冷めやらぬ一同へと面を向けた。彼女の衣袂はひらひらと風に舞い、その従容とした姿が、もとは殺気立っていた戦場に奇妙な安定感を生む。
「皆の者、私にははっきり見えておる。」太の声は高くはないが、一人ひとりの耳にはっきりと届く。「このような海・陸・空の業障どもは、先に浄妹、迪坊を拐かした奴らと、間違いなく同類、同梱の者どもじゃ!」
「目下の急務、同士たちよ、少し私の言うことを聞かれよ。」太はゆっくりと両手を合わせ、その視線が土の手にした桃の木の杖と皆の得物を一掃する。「まずもって、奴らの急所を見破らねばならぬ。そのうえで……」
——太(輔助型T細胞)は免疫の指揮官。彼女は敵の勢いがあまりに凄まじいのを察知し、まずは先手を打って一泡吹かせ、勢いを上げ、免疫の小兵たちを鼓舞せねばならぬと理解していた。とりわけ、今この土(樹状細胞)がすっかり縮こまってしまった以上、彼女が大勇猛心を奮って挺身するしかない!
惜しむらくは……彼女には直接の攻撃能力が欠けていた……
通常の敵であれば、師太のような、まず威圧をかけてから背を向けるという構えを前にすれば、半ば肝を潰し、しばらくは迂闊に手出しできまい。しかし、これらの突然変異畸形には、常識など通じない!
太が怪物に背を向けて皆に理を説いているまさにその時、猊と盯はすでに待ちきれず、それぞれ鼓膜を劈く「ガオォ!」と陰湿な「シュウゥゥ!」を伴って、二頭の業障は一は地、一は天から、息も詰まる悪臭と腥風を連れて、同時に太の両側の死角へと飛びかかった!
「Leave it to me!/心配ご無用!」
危急の瀬戸際、後天免疫の花形たる「郎」と「嬌」が互いに目配せを一つ。それは一騎当千の戦士の間にのみ通じる阿吽の呼吸だった。二人は揃って飛び出し、師太が手を出すより先に、この二頭の怪物に一泡吹かせてくれようというのだ!
郎は疾風のごとく、その身は肉色の大地に幾条もの残像を曳き、瞬く間に必殺の技を繰り出し、相手の死穴を直取する。「死穴毒殺!」彼のあの単剣指は毒龍が舌を出したかのごとく、空を裂く音を伴い、寸分違わず猊のあの腐り爛れ膿んだ咽喉を刺し貫かんとした!
それと同時に、「神剣出鞘!」嬌は軽やかに跳び上がり、髪先を宙に遊ばせ、鈴を転がすような号令を放つと、片手を一振り、腰のあの長剣が華麗に鞘を抜け放たれる。透明な「剣刃」がこの上なく優美で絶妙な弧を描き、鋭い剣気を帯びて、空中の「盯」の中央の頭蓋を真っ二つにせんと真っ直ぐに斬りかかった!
さすがは後天免疫システムの切札、この「毒殺型T細胞」と「B細胞」の初登場の技は、速度といい、その姿といい、華麗この上なく、異様なまでに優美と称するに足るものだった!
だが……現実は残酷である。
「ガキィィン——!」
金鉄が交わる甲高い音が響き渡った。万獣を貫かんと見えた郎の指先は、猊の腐った皮毛に触れた瞬間、なんと無垢の鋼鉄で鋳造された壁を突き刺したかのような感触! 猊の龐大な身軀はただ半歩よろめいたきり、皮毛には赤い痕ひとつ残らぬ。
「ああっ、臥槽!」
郎は悲鳴を上げ、全身が強大な反作用で弾き飛ばされ、よろめいて後退った。かの剣指は衝撃で一瞬にして痺れ、感覚を完全に失った。彼は恐怖に駆られて見下ろし、自らの指が、あまりの打撃の強さに、大袈裟に折れ曲がり変形しているのを目の当たりにした。
一方、嬌の状況はさらに奇怪。
彼女は「神剣」の軌道が完璧に盯の頭蓋の中心へと埋め込まれ、剣気の立てる漣さえ見えたのを確かめた。だがその瞬間、あの剣が幻影なのか、盯の身体が幻影なのか、両者の間にはなんと一切の物理的衝突がなかった。剣身は煙の塊を切り裂いたに過ぎず、わずかに盯の飛行方向を乱しただけだった。
蛇形「盯」は空中で止まり、十一の頭蓋が同時に得意げに向き直り、着地しきれぬ嬌に向かって細かな鋭い歯の並ぶ口器をずらりと開き、嘲笑うかのような「ヒャヒャ」という笑い声を発した。
「Holy sh…snake!!」
嬌はあやうく着地で足首を挫きかけ、優雅さもどこへやら、無傷の盯を信じられぬとばかりに見つめた。かと思うと、彼女は心砕けた叫びを上げる。「What TF!!」
彼女はこの時ようやく気づいた。己が誇りに思っていたあの「神剣」が、なんと柄ばかりで刃がない! もともと水晶のごとく透明な剣身と思っていたものは、戦場の検証の下、今や現実に透明だったのだ。実体など、まるで存在しなかったのである!
もとはまことに格好よく美しかったものを! まったく惜しい! この二人、天賦の異能を持ちながらも、その威力があまりに強大であるがゆえに、無辜の者を傷つけぬよう(自己免疫傷害を避けるため)、必ず活性化を経ねばならぬ。
郎と嬌の攻撃はまさに「華麗なる空砲」に終わったが、この二人の後天免疫の花形が身を挺した一撃は、せめてものことに、陣の中核にいた太が二獣に一瞬で引き裂かれるのを防ぐだけの時間は稼いだ。
だが、指揮官たる師太は今この瞬間、火のついた蟻の如くに気を揉み、泰山が目の前で崩れようと色を変えなかったあの泰然さはすっかり消え失せていた。彼女は苛立ちげにその場で地団駄を踏み、地面をドンドンと踏み鳴らし、その語気は「鉄が鋼にならぬ」ことへの焦慮で満ちている。
「わしの言うことを聞きなされ! この阿呆ども! まずは怪物に標をつけるのじゃ! 標がなければ、お前たちの攻撃に座標などなく、実体に当たるわけがなかろう! それからじゃ——」
それから、はもはや無かった。太の話は少々長く、ふたたび乱暴に断ち切られた。
見れば、挑発された「猊」と「盯」はまったくの無傷で、すでに忍耐を失くしているのが明らかだった。犬形の猊は背筋も凍る「フィィ」という奇怪な叫びを発し、四肢百骸から腐蝕性の黒気を噴き出している。
空中の蛇形盯は十一の首が一斉に鳴き、金属を擦り合わせるような「ガアガア」という声を発している。二頭の業障は一左一右、山をも排する悪意を携えて、再び中心の太を包囲し、飛びかからんとしている!
「わああ——っ!」
今度こそ、師太の宗師級の「引き入れ落とす」も、どうあがいても二匹の怪物の挟撃の速さには追いつけぬ。
刹那、怪物の嘶き、咆哮と、太の完全に取り乱しきった鋭い悲鳴が、狂おしくこの肉色の大地の上で交錯した。
========
次回予告『先天勇士』
太が二獣の速攻を目の当たりにしたその時、しかしそれよりもさらに速い、彼女の目にも捉えきれぬ現象が起きていた!
「太」:ヘルパーT細胞




