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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

ムラサキアヤメの猟奇的恋愛録

掲載日:2026/02/28


 私は雨が好きだ。

 人を殺した時、簡単に血を洗い流せるからだ。


「どう? 正義(セイギ)くん。熱い? 冷たい? 痛い? 苦しい?」  


 土砂降りの雨の中。

 山奥にある、誰も立ち寄る事のない錆びれた公園で。

 

 赤く染まるナイフへ視線を落としながら、私は元カレ()()()何かに声をかけた。


 私に声をかけられたソレは、ちょうどその中心部に倒れ伏し、横殴りの雨にうたれている。


 うつ伏せに倒れる彼の腹部から、私が刺した痕から溢れる血が、赤い花を咲かせるように滲んでいた。


 血を、そして熱を。時間経過と共に消費してゆく彼は、青くした唇を何とか動かし、言葉を吐き出した。


「アヤメ、何故こんなことを……? やっぱり()()()()だったのか……?」


 喀血しながら怒りの滲む瞳で私を睨みつける。

 

 言っている意味がわからない上に、罪を犯した意識がない彼に対し、強い怒りを孕んだままの私は、彼の顔を蹴り上げて仰向けにさせる。


 そしてそのまま馬乗りになり、手に持っていたナイフを、先ほど刺した場所と同じ腹部に捩じ込んだ。


 口から血泡を吐き散らして呻く彼の腹部に、私は何度も何度もナイフを刺し続ける。彼が息絶えるその時まで。


「またそういう訳のわからない事を……! なんでこうなったかもわからないって言うの!?」

 

「がっ……! やめっ……!」

 

「わからないなら教えてあげる。──あなたが浮気をしたからだよ?」


 足をジタバタとさせて暴れる彼に、私はナイフを突き刺した。その度に体がびくんと跳ね、顔に血が付着する。


 レインコートを着ているから、中の服はある程度大丈夫だけど、やっぱり顔につくのは嫌だなぁ。


 なんて、彼に対する愛がとんと冷めてしまった私は、彼が動かなるなるまで延々と、ナイフを刺し続けた。


 数分後にはすっかりと動かなくなり、刺す事に飽きた私は、ナイフをその場で適当に転がした。


 はぁ、とため息をつき、ただの肉塊と化した元カレへと視線を落とす。 


 何故殺されたのか。そんな疑問が滲む表情で息絶える彼の瞳に、すっかりと朱で染められた私が写っていた。


 土砂降りの雨だから、すぐに洗い落とされるだろうけど、この喪失感は暫くの間引き摺るだろう。


 以前もそうだった。

 付き合っていた時の楽しかった思い出や、幸せな記憶。それら全てが消えてなくなり、心にぽっかりと大きな穴が開くのだ。


 これまで付き合ってきた男は、17年という短い人生の中で、たったの34人。

 

 正義くんを含めたら35人目な訳だけど、殺す度に残存する虚無感と喪失感だけは、この大雨でも決して洗い流す事が出来なかった。


 もっと雨足が強くなれば、暗澹とした心の闇を、綺麗さっぱり消し去ってくれるかもしれない。


 そんな想いからより強く雨が降るように祈るけれど、恐らくそれは私の心象の問題ではなく「死んだ彼の死体をどうするか」についてだろうと。

 雨にうたれて冷え切った頭でそう思った。


「死体、どうしよう。そのまま川に流すか埋めるか、バラバラにして捨てるか」


 結局のところ、死体の処分が面倒だというのが今の私の想いで、もう彼の事なんて何とも思ってないんだなと自分自身を俯瞰的に見る。


 好きだった。心から。

 愛していたと言っても過言ではない。  


 けれどこの男は、そんな私の愛を弄び、裏切った。


 信じていたのに。彼なら、私の理想の王子様になってくれるって信じていたのに。


 私を裏切り、影で()()()と連絡を取り合って、挙げ句「君が犯人だ」なんて、訳のわからない事を言い出して……。


「……もういいや。ノコギリもスコップも無いし、適当に捨てよう」


 独り言を呟きながら、私は彼と過ごした思い出を振り払うように、頭を振った。


 何でこんなことになるんだろう。どうして私がいるのに浮気なんかしたんだろう。

 

 安定しない精神状態の中、私は彼の死体を引き摺りながら、これまでの事を思い起こす。


 :


 (セイギ)と出会ったのは、私がちょうど34人目の彼氏を殺した後の帰り道のことだった。


 別に浮気はしていなかったし、殺す気は全然無かったけど、私に黙って合コンに参加したと言うから殺した。

 

 優しい彼のことだ。友人に誘われて仕方なくいったのかもしれないけれど、私のことを思えば参加しようなんて思わない筈だ。


 それなのに私に一言も告げず、勝手に参加するのはどういうことだろう? 問い詰めると苛立った様子で「面倒臭いんだよお前」と逆ギレしてきた。

  

 だから殺した。

 私に合わせられない時点で、殺されても仕方がない。当たり前のことだった。


 死体はいつもの公園に遺棄した。

 私は泣きながら、そして土砂降りの雨にうたれながら道を歩いた。


 殺す度に苛まれる虚無感と、ちょっとの罪悪感を引きずって。


 ──また殺しちゃった。なんで上手くいかないんだろう?


 そう思いながら私は、彼との出会いから何までを消し去るようにその場を駆け出した。


 早く帰って早く寝よう。そして早く彼の事なんか忘れよう。これまで殺して来た33人の元カレと同じように。


 そんな想いの中、前も見ずに走っていると、傘を指す一人の男性とぶつかりその場で転んでしまう。


「痛っ……!」


「あっ、すみません。大丈夫ですか?」


「だ、大丈夫です。すみません、ぶつかってしまって……」


 私はぶつかった人に頭を下げ、早々にその場から立ち去ろうとする。


 泣いてる所を見られたくないし、思いっきり転んで少し恥ずかしかった。


 それに今誰にも会いたくないし話したくもなかった私は、その場から逃げ出すように彼の隣を横切る。


「待って。君、ムラサキ 綾女アヤメさんだよね? 何かあったの? 泣いてるみたいだけど」

「え……?」


 名前を呼ばれて思わず振り向く。

 心配そうな瞳で此方を覗き込んでくる彼の正体に気付いたのは、その時だった。

 

 :

 

 正義くんは雨の中、傘も差さずにいる私を心配して家まで送り届けてくれた。


 ネグレクト気味の両親は、私の帰りが遅いことに口を出したりはしない。


 だから時間がいくら遅くなろうと何の心配もないよと彼に伝えると、彼は余計に私を心配してくれた。


 優しくて素敵な人だと素直にそう思った。


 それと同時に、私の理想の男性像とも思った私は、彼氏を殺したその日の夜に正義くんと連絡先を交換し、「何かあったら話を聞いてくれる?」と、次に会う約束を取り付けた。


 それから私は彼と会い、悩みを相談する(てい)で普通に話をして、また会う約束をした。


 こうした関係を1ヶ月ほど続け、私の方から「付き合わない?」と言って付き合うことになった。


 正義くんはこれまで付き合って来た人の中で、誰よりも優しくて、頼り甲斐のある人だった。


 昔読んでいたお伽話に登場する王子様のように、彼は私の話を聞いて欲しい時に聞いてくれて、側にいて欲しい時に側にいてくれた。

 

 行為の後は、正義くんは私に優しくキスをしてくれる。私に構ってくれる。


 他の男なんてした後はそっぽを向いて寝るか、スマホの画面に夢中になって、私のことなんかちっとも見てはくれなかった。

 性欲を満たしたらそれで満足なんだろう。


 当然そんな男共は殺してきた訳だけど、正義くんは違った。いつだって私に優しくて私を優先的に考えてくれていた。


 こんな素敵な人は他にいない。本気でそう思ってたし、彼と一生を添い遂げようとも考えていた。


 だけど、そんな幸せな日々も長くは続かなくて。


 彼と付き合い始めてから半年くらい経ったある日。彼は私に「僕と会わない日は何をしているの?」と聞いてきた。


 両親から小遣いを貰えない私は、幾つかバイトを掛け持ちしていた。


 基本的にお金が無いことが常な私は、正義くんと会わない日はバイトに出て、デートや服、|その他もろもろ《ナイフ、ノコギリ、etc…》を揃える為に働いていた。


 そのことを伝えると、彼は私の肩を掴んで「どうして僕に黙って勝手なことをするんだ」と怒鳴ってきた。


 一瞬の内に殺意が湧いたけど、逆に考えれば、正義くんが私を独占したいからそんなことを言っているんだと。そう思った瞬間に嬉しくなってしまった私は彼に謝り「今度からは隠さずに伝えるね?」と言って、蟠りなく話を終えた。


 :


 そんなやり取りがあってから数日後。

 彼の部屋で一緒にテレビを見ながら寛いでいた私たちは、今度のデートはどこにいこうかと話をしていた。


 映画や動物園も行ったし、買い物なんてしょっちゅう付き合って貰ってる。こうなってくると中々行く場所は見つからない。  


 すっかり飽きてしまった私は、向かい合わせに座っていた場所を彼の隣へと座り直し、ぴったりと肩をくっつける。


 どこに行くかなんて、また別の日に決めればいいや。

 それよりも最近はバイトが忙しくて、会っても話すばかりで全然してなかったから、私は彼を求めるように目をやった。


 その行為だけで彼は察してくれたらしく、そのまま優しくキスをして、私をベッドに押し倒す。


 今日はその気分で、それを察してくれた彼に嬉しく思いながら目を瞑り、彼が触れてくれるのを待っていると、つけていたテレビからとあるニュースが流れてくる。


 すると彼は途端に私から目を逸らして、テレビの方へと視線を移した。私よりもニュースの方を気にするんだ? ……なんて面倒なことは言わない。


 最近の私は、ちょっと嫌なことがあったからと言って「殺そう」という発想は無くなっていた。彼が私の事を心から気にかけ、愛してくれているのがわかるからだ。


 だから、それくらいのことで怒らないし、我慢できる。


 視線をテレビに送ったまま硬直する彼を見つめながら、私はベッドの上からニュースの内容に意識を集中させる。

 

 ニュースの内容は昨日の夜、マンションの玄関口で一人の男性が、頭部を鈍器のようなもので殴られ、死亡したという内容だった。


 別の日には女性が一人、同じように鈍器で頭を殴られて殺害され、数ヶ月前には男女二人が、バールのようなもので殴られる事件があったらしい。


 男女二人は命に別状は無く、殴りかかってきたのは長身の男。

 時間はいずれも深夜帯で、雨降りの日に限って犯行が行われており、同一犯の犯行として捜査を続けていると言う。


 私はニュースを横目に見ながら、視線を向けたままの彼に「物騒だね」と声をかける。


 正直な話、事件の内容に全く興味がない。というよりどうでも良かった。


 殺人事件なんて、私たちがこうしている間にも何処かで起きていて、知らず知らずの内に命を落としているんだから。


 かく言う私は34人もの彼氏たちを殺してきた訳だけど、そこに罪の意識は無かった。

 私の期待を、そして愛を裏切った罰だ。殺されても仕方がないでしょ。

  

 ……嫌だな。こんな事思い出したくないのに。

 私は、いつまでも構ってくれない彼の頭を此方へと向けさせる。


 いつまで私を待たせるつもりなの? と声ではなく瞳で伝えようと、彼の瞳を覗き込む。

 すると彼は酷く冷めた視線を私に落として、淡々とした口調で声を零した。


「……殺された二人。実は僕の友達なんだ」

「え?」


 ……友達? 何それ。メスの友達がいるなんて私聞いてないんだけど。

 それに殺されたからってそんなに落ち込んでるのは何で? そんなに大切な存在だったって事? 私よりも?


 ぐるぐると、脳内を駆け巡る幾つもの感情と言葉の数々。思考が上手く纏まらず、何て返せばいいのかもわからなかった私は、彼の瞳から目を逸らして、ただ一言だけ「そうなんだ」と告げた。


 それ以上、なんて答えたらいいんだろう。既に私の中での倫理観なんて崩壊してるのに。


 人を殺す事に何の罪の意識もない私が、多分悲しんでいる彼に気の利いた言葉をかけられるとは、到底思えなかった。


 そんな私を見下ろす彼は、消え入るような声で、「君が殺したんじゃないのか?」と漏らした。


 いよいよ意味がわからなくなった私は、今度はちゃんと彼の瞳を見て、「そんなことする訳ないじゃん」と返した。


 すると彼は「そうか」とだけ呟いて、「今日はその気じゃなくなった」と、私はそのまま家に返され、それから数週間もの間、私は彼から距離を置かれるようになった。

 

 :


 距離を置かれるようになってから、私は何度も彼を殺すことを考えていた。


「君が犯人なんじゃないか?」なんて失礼なことを言っておいて、否定したら距離を置くとか意味がわからない。


 私は、何故彼が私を避けるようになったのか、その意味が知りたくて何度も彼に会おうと試みた。


 彼のいる教室に行ったり、彼の家に足を運んだり、ラインで何度も呼びかけたり。

 結果として彼は私の声に応じることはなく、私を見かけても声すらかけなくなっていた。


「……なんで? 私、正義くんに何かした……?」


 誰もいない教室で、虫の羽音よりも小さな声で呟いた。


 誰かに相談したい訳でも、話を聞いて欲しい訳でもない。


 ただこうして思ったことを吐き出さないと、今の私は溜め込んだ怒りや悲しみといった強いストレスと感情の波に、呑まれてしまいそうだった。


 それから凡そ1ヶ月もの月日が流れ、私は返ってこない正義くんとのラインを眺めたまま、校内にあるベンチの上に腰掛ける。


 すぐ側にある自動販売機で適当に買った飲み物を口に含みながら、正義くんとのこれまでの楽しかった日々を思い出していた。


 あの頃は幸せだったな……なんて。まだ17歳なのに随分と年寄りくさいセリフだなと、自傷気味に笑う。


 笑ったところで、心の中で抱えてある暗澹とした闇は晴れる事はなく、去来する虚しさを、更に激しく助長させるばかりだった。


「……帰ろ」


 私はふらりとした足付きでベンチを離れ、帰路につく為、教室に向かおうとする。


 すると、ちょうどベンチから覗ける外の通路に、正義くんが歩いていくのが見えた。


 私は思わず彼の跡を追う。

 すると彼はそのまま教室に入り、スマホを取り出して誰かに電話をしていた。


 誰と話してるんだろうと、教室の外で聞き耳をたてる。流石に外からじゃどんな話をしているのかはわからない。



 ただ、彼の口から「ミユキ」という名前が出た瞬間、怒りや悲しみといった感情の奥で湧き上がっていた「殺意」が、顔を覗かせた。



 楽しそうに「ミユキ」という名の誰かと話す彼は、私に向けたことのない笑顔で話し、砕けた口調で言葉を紡いでいた。

 

 私が聞きたかった話も、声も、今はすべて「ミユキ」という存在に向けられている。


「ふぅん、そっか。だから正義くん、私とは会ってくれなくなったんだ……」


 ぽろりと、自然と涙が溢れてくる。

 そこで私は、本当に彼のことが好きだったんだなと自覚する。


 浮気されることは何も初めてじゃない。

「面倒臭いから」とか「束縛がウザい」とか。浮気される理由や原因なんて、私自身がよく理解していた。


 けど正義くんは、そんな私を受け入れてくれていると、そう思っていた。


 優しくて、ツラい時に話を聞いてくれて、いつも私を尊重してくれて、一途に思ってくれて……。


 でも結局はそんなもの、全部ウソだったんだ。


 誰なの? そのミユキとか言う女。

 過去の女性遍歴にそんなヤツいなかったよね? 


 私が悲しくて泣いてる時に、いつ、どこで、その女と知り合ったの? 私に隠し事するなとか束縛しておいて?


 ふざけんな。


「……もういいや、殺そう」


 スッと溜め込んでいた怒りが収まり、彼が「ミユキ」と話し合えるまで、私は教室の外で彼が出てくるのを待った。


 それから数分後。話し終えた彼が教室から姿を現し、外で待っていた私と目が会う。あからさまに同様する彼に、私は笑顔を浮かべて言った。


「今日の夜、話したい事があるの。だからお願い、私に黙ってついてきてくれないかな。……多分これが、()()()お願いになるから」


 懇願する私の声に、彼は軽くため息をつき、覚悟を決めた様子で「わかった」と答えて、


 ()()()()()


 :


「……なんか疲れちゃったな。もうこのまま放置しちゃおうかな、正義くんだったもの」


 腹部を刺され、暫くのたうち回っていた彼を押さえつけ、上からナイフで何度も突き刺し続けたせいか、想像以上に疲れている自分がいた。


 私は「ふぅ」と一息ついて、血に塗れた彼の死体を適当に転がした。


 この公園にわざわざ足を運ぶ人はいないだろうし、この雨量なら明日も雨は降り続ける筈だ。なら死体はこのまま適当において置いて、明日の朝にでも解体して捨てればいいか。


 まともに機能していない脳で、私は雨に打たれながらそんなことを考えた。


 心から好きだったし、愛していた。けど冷めてしまえばこれ程にどうでもよく思えるのは、何度も殺してきた中でも変わらなかった。


 所詮正義くんも、私の元カレと対して変わらない存在だったんだと改めて理解する。それと同時に、彼が私を「犯人だ」と言ったことや、唐突に私から距離を置いた理由がわからないままで、そこだけはモヤっとしていた。


 けど、もうそんなことはどうでもいい。


 真っ暗闇の中、バケツをひっくり返すように振り注ぐ土砂降りの雨と、それを降らしている空を見上げる。


 ──正義くん以上にいい人なんて、他にいるんだろうか。


 未練たらしくもそう考えてしまう私は、これ以上ここに止まるといつまでも引き摺ってしまいそうな気がして、その場から立ち去ろうと(きびす)を返す。



 その直後、私は背後から頭を殴られ、その場で倒れ込む。



 すると背後に立つ人影は、殴り倒した私のことなどお構いなしに、既に息絶えた正義くんを抱き抱え、彼の名前を呼んだ。


「──セイギ、セイギ? ねぇ、起きてよセイギ。()だよ、()()()だよ。ねぇ、起きてってば……ねぇ?」


「……は?」


 もう起き上がることはない正義くんを腕に抱えながら、必死に名前を呼ぶ()は、自分が誰なのかを彼に知らせる為に、自身の名前を口にした。


 ……ミユキ。今確かにこの男はそう言ったけど、ミユキって、女じゃなかったの? 浮気していた訳じゃ無かったの……?


 混乱する私を他所に、ミユキと名乗る男は涙を流しながら右手に握りしめる鉄パイプを私に突きつける。


「最近、セイギが僕に連れなかったのは、この女と遊んでいたからなの……? 酷いよセイギ。今度一緒にデートに行く約束したのに。……やっぱり、()()()()()()()じゃ足りなかったんだね」


 今にも倒れそうな足取りで、鉄パイプを引きずりながら、私の元に向かってくる、ミユキと名乗る一人の男。


 おかしいとは思ってた。


 彼の女性遍歴を調べた時、「ミユキ」なんていう女の名前は一つも無かった。


 というより彼の浮ついた話をほとんど聞いたことがない。これまで付き合った女性も、一人程度しかわからなかった。


 けどもし、正義くんの恋愛対象が女性じゃなくて、()()()()()()()()? 


「……嘘でしょ?」


 だとしたら、何で私と付き合ったの──なんて言う疑問は、すぐに私の中から答えが出ていた。


 彼はずっと、友人を殺した犯人を探していたんだ。


 ニュース番組を見たあの日、男性一人が鈍器のようなもので殴られ、殺害された。


 そして、それよりも前。

 恐らく私と正義くんが出会った頃にもう一人、女性が殺されている。……数ヶ月前に。


 時期的に、私がちょうど34人目の彼氏を殺した後で、その時初めて私は正義くんと出会っている。


 そして恐らく、その時点から私は、彼から友人二人を殺した犯人だと思われていた。


 時間帯も深夜で雨降りの中。

 逃げ出すように走る私。

 彼はそんな私を見て、心配そうに声をかけてくれた。


 ……まさか、それすらも嘘だったってこと?

 身近にあなたの友人を殺したであろう存在がいたのに? 


「──ああ、やっぱり殺して正解だった」


 私は殴りつけられた頭を抱えながら、今なお強く握りしめるナイフを、そのままミユキの方へと突き向けた。


 散々人の気持ちを、愛を踏み躙って。


 実は女じゃなくて男が好きでした? 


 挙げ句私のことは友人二人を殺した犯人として疑ってました? 


 ()()()()()()()()()()の事は一切疑わずに?


 そんなふざけた話があってたまるか。


 私は、もう雨なのか涙なのかわからない液体を拭いながら、彼の最後の忘れ形見をこの世から消し去る為に、握りしめるナイフを振り翳した。

 


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