第6話 壊滅しても生き残った。
第6話
時は少し遡る。
ナイトタウンに、スペシャルミッションが発生し、大型マモノが迫ってくる中。
サンセットタウンは街という体裁を失っていた。
瓦礫。
血痕。
折れた武器。
そして――息が止まった多くの人々。
『戦わない街』
『誰もが安心して過ごせる』
理想を掲げ、秩序を誇っていた自治区。多くの人々が生活し、喧騒が賑わっていた残響すら、跡形もなく崩れ去っている。
特に、街の中央は激戦が繰り広げられた形跡が深い。
おびただしい数の死体。血溜まり。
サンセットタウンと、DOWN(派閥)との総力戦。もちろん、誰も無事で済むとは思っていなかった。
とはいえ、負ける気も無かった。まして"全滅"するなど、どちらのチームも想像すらしていなかったことである。
サンセットタウン中央部の噴水広場。その中心に立つ、傷だらけなひとりの男。
「フゥ⋯フゥ⋯はぁぁ。」
目の下に大きく深いクマ。
口を開けばため息が出てしまうDOWNのトップ、"ダウナー"。
「……意味が、分かんないや。」
ダウナーはこの第二ラウンドで長らく生き残ってきたAランカー。紛れもない強者。
相手の精神に干渉する能力。そもそもの戦闘能力も決して低くない。
長い第二ラウンドでの生存で、数多の猛者を束ねDOWNという盗賊団を結成した。
「もうすぐさぁ⋯僕らSランクになれたのよ?」
暗い声で、周囲に倒れる三つの死体に話しかける。
「オーバー、ウィナー、ネイチャー⋯」
それぞれが、DOWNの幹部たちの名。
皆Aランクの上位者であり、サンセットタウン殲滅を果たせば、恐らくSランクになれていたであろう者たち。
「ハァ⋯。」
「へへっ。残念。
"よくがんばりました"ってな?」
ダウナーの背後で、調子の良い軽い声が発せられる。ダウナーは振り返ることもない。
否、振り返ることすら出来ないほど、体はボロボロだった。
「これだよこれ!『Sランク四人までもう少し!』ってところから、本当の第二ラウンドが始まるんだよねん。」
肩から腕にかけてタトゥーが入った金髪の男は、ニカッと白い歯を見せて笑う。
「そーなったら、他の奴らのやるこたぁ二つ。自分も急いでSランクになるか、Sランク目前の奴らを殺す。か。」
ダウナーの背に近づき、ゆっくりと首を握る。
そして何かを呟く。
「⋯ハァ。」
首を握られたダウナーの口から、またため息が漏れる。
「ここまで生き残ってきたのになぁ⋯。サガる⋯なぁ⋯。」
最後の言葉を発して、ダウナーは倒れた。以降、その口からため息が漏れることは二度と無かった。
「へへっ。まあまあおもろかったよ。」
血の匂いに混じって、別の足音が響く。この街に残る、最後の足音。
「……く、クラッシャー…!…」
震えた声で名を呼んだのは、槍を持つ男――ランサーだった。
自警団の中でも、リーダーの側近として知られていた存在。Bランク上位。実力はAランクとの呼び声も高かった男。
「お前……!!」
槍先が、わずかに揺れる。
「約束は……どうした……?」
問いかけられ、男は振り返る。
いつものように、軽く肩をすくめた。
「約束ゥ?」
その反応に、ランサーの顔が歪む。
「ふざけるな……!
リーダーと……リーダーと約束しただろウ!?」
声が裏返る。
「DOWN壊滅までは、協力するはずだ!
それなのに……なぜ……なぜ"リーダーを殺せた"!?」
ランサーは、震える手で槍を精いっぱい握る。
男は、少し考える素振りを見せ、そしてにやりと笑う。
「オイオイ⋯見てなかったのか?DOWNは壊滅させたじゃねえか。」
男は、ゆっくりと歩き出す。
ランサーとの距離を、あえて詰めていく。
「そ、それは今だろう!?俺がリーダーの死体を見つけたのは、もっとずっと前だったぞ!」
「んー⋯てか、俺に約束なんて守ら義理あんのか?」
靴が、血溜まりを踏む音がする。
「リーダーが言ってたのは⋯『我々の仲間になれ――クラッシャー』って話だ」
ランサーの喉が鳴る。
「だ、だから……!お前は……!仲間のはずだろう!?」
「えっ、俺!?」
男は、わざとオーバーに驚いた素振りを見せて首を傾げる。
「リーダーの能力で、DOWN壊滅まで仲間としての行動と制約を義務付けられるはずだ!!」
「うーん、まぁ⋯協力しろって言ってたなぁ。」
一拍。
男の笑みが、少しだけ歪む。
「でもさぁ」
「俺もちゃんと確認したのよ?」
ランサーの目が、見開かれる。
「……な、何を……」
「“嘘を吐いてる可能性”って奴をな」
ランサーは、一歩後ずさる。
「な……何を言ってる……?意味が……」
男は、楽しそうに言った。
「なぁ、ランサー。リーダーは自分の能力を信じすぎたな。」
話すたびに、ランサーの背筋が凍りつく。
「⋯は⋯?」
「能力の前に、相手を見て信じられるか判断しなきゃな。」
「だ、だから何を――」
ランサーの目を、真っ直ぐに見つめる。
「お前には、俺が何者に映ってる?」
「……何を……」
「……お前は……クラッ…?」
言いきる前にランサーの手から槍が落ちる。槍の上に、崩れたナニカの欠片が積もり、赤黒く染まる。
男は――声を出して笑った。
「へへッ」
「へははは!!」
腹を抱えるほどの笑い。
「いやぁ……そうだな。」
笑いが、ぴたりと止まる。
「俺は、クラッシャーだよな!」
夕焼けの街。常に薄い橙色で染まる街は、その日は深紅に染まった。
「本当に、時の止まる街になったな。」
ニカッと笑って、男は歩き出した。夜に向かって。
◆
大型マモノ討伐から、二日後。
ナイトタウンは、普段の日常を取り戻していた。通りに人はおらず、視線だけが巡っている。
大型マモノの地鳴りや咆哮でヒビ割れたビルはそのまま、割れた窓も修復されていない。
ナイトタウン立体駐車場。
最上階。
柵の隙間から、ネオンの光が滲み込む。
「二日も経つとさ」
ハンマーが、地面に腰を下ろしながら言った。
「あの日のことが、凄く昔のことのように感じるね。」
「私は逆だな。」
ガンナーが短く息を吐く。 「今になって、全て鮮明に思い出される。」
誰かが拾ってきた缶を開ける。中身は水か、得体の知れない飲料。今日もミッションを無事に終わらせ、拠点で一息つく。
あの日以降、シーカーとハンマーも行動を共にするようになった。
「……まぁなにはともあれ。」
キーパーが言った。
「皆のおかげだ。」
軽く、缶同士が触れ合う音。なんとなく、乾杯をして答える。
「一息ついたことだしさ。」
溜め込んでいたものを吐き出すように、シーカーが前に出る。
「僕の見解を聞いてほしいんだ。」
全員の視線が、シーカーに集まる。
「……僕の能力は、探求。疑問や興味が引き金となり、発動される。」
「前に、言ってたな。」
「僕には、3つの疑問があった。」
「能力について、この世界について、そして⋯僕たち自身について。」
3本の指を立てるシーカー。
「そのうちの一つ。能力について。僕はあの日、キーパーくんを見ていて発見したことがある。」
「俺⋯?」
一瞬、駐車場に沈黙が落ちる。
「能力のシン化だ。」
「進化?」
ハンマーがキョトンとした顔で聞き返す。
「それもある。僕は第一ラウンドのときから、能力について差がありすぎると思っていた。」
「街全体を吹き飛ばすやつも居れば、目の前を一瞬だけ凍らせるやつもいた。」
聞いていた3人にも各々心当たりはある。
「これは能力の当たりハズレだけの問題なのか。そう思っていたんだが、第一ラウンド終盤で僕は複数の能力を持つ者と出会った。」
複数の能力保持者。名前が二つあるのではなく、一つの名前に一つの能力という前提を覆す者たち。
「そこで仮説をたてた。能力は"成長"するのではないかってね。」
シーカーは言葉を選びながら続ける。
「成長だと?」
「そう。それこそがシン化。」
「シン化の方向性はいくつかあると思う。能力解釈そのものが変容し、新たな力を手に入れる"進化"。」
「新たな力⋯。つまり、その進化をした人が複数の能力保持者ってこと?」
「恐らくね。そして元々の能力がより強化⋯例えば有効範囲が広くなったり、威力が上がったり⋯。それが"深化"。」
「それは私も見たことがある。戦闘中に明らかに強くなっていく能力。」
ガンナーは波動銃を手入れしつつ、聞いている。
「他にもあると思うけど⋯。
そしてキーパーくんはあのとき明らかに能力が"深化"していた!」
シーカーの興奮が高まる。口調が早くなり、声量も上がっていく。
「君の話では、“耐える”って事実が結果としてついてくる能力だったはずだ。」
「だからこそ、傷はつくし、身体も骨もボロボロになる。⋯だけど耐えている。そんな能力。」
ハンマーは、キーパーの失った左腕をチラリと見た。
「だけど、あの時の君は肉体が!骨が!筋繊維一つ一つが千切れること折れることを拒否し、無傷を"維持"していたんだ!!」
あまりの熱量に、キーパーは体を仰け反らせて聞いている。
「近いよ、シーカー。」
ハンマーは、慣れた口調で聡しながらシーカーの肩を後ろへ引いた。
「おっと、失礼。でも!今まで仮説の域を出なかったシン化を、僕は目の前で見て確信したよ。」
興奮を抑えながら、シーカーは締めくくる。
「君の能力は、一段階上がった。そして!」
「ここで生き残るためには、僕らもシン化していかないといけないんだ。」
シーカーは自らの胸を叩きながら、ハンマーとガンナーの方へ向き直す。
短い沈黙。
そして、ハンマーが低い声で問う。
「……どうやって?」
至極真っ当な問いかけに対して、シーカーは爛々とした表情で堂々と答える。
「それは分からない!」
また、沈黙が流れる。ガンナーが銃を手入れする音だけが『クラッシャー様の城』でこだました。
◆
「そういえばさ!昨日街で"バスター"から聞いたんだけど。」
ハンマーが話を変える。聞き慣れない名前に、ガンナーは手を止めて聞き返す。
「あぁ。大型マモノを討伐するときに、協力してくれた大剣を持っていた奴だ。」
俺は、ガンナーに説明する。
「サンセットタウンが壊滅したらしいよ!」
その言葉を聞いて、キーパーとガンナーは硬直した。
サンセットタウンが、壊滅?
「DOWNも、自警団も全滅した。って。」
キーパーは立ち上がり、ハンマーに詰め寄る。
「その話は本当なのか!?」
「え、うん。掲示板からも⋯名前がたくさん消えたって⋯。」
「クラッシャーは?クラッシャーの名前は⋯!」
「あわわ⋯それは分かんない分かんないごめん〜!」
「ちょ、ちょっとキーパーくん、落ち着いて!」
シーカーが俺の肩を慣れない手つきで止め、なだめる。
「す、すまない。」
「クラッシャーって、たまに聞く名前だよね。もしかしてキーパーくんの仲間だったのかい?」
「そうだ。そしてサンセットタウンに居たはずだ。」
「⋯それだと、もう。」
キーパーの視界が揺れる。俺の治療の為に、サンセットタウンに残ってくれたクラッシャー。
「嘘だろ⋯!アイツが⋯死ぬわけ⋯。」
あの軽薄そうな笑い顔が思い出される。
「キーパー⋯。この世界では、死は突然じゃない。アイツの分まで私たちが生き残るんだ。」
ガンナーがそっと震えるキーパーの肩を持つ。
「⋯。」
「オイオイ!勝手に殺すなよ!」
そのとき。
階段の方から、足音。
軽く、間延びしたリズム。
「へへっ、たっだいま〜。」
聞き慣れた声。
現れたのは、金髪の男。
クラッシャーだった。
一瞬、全員が言葉を失う。
「……お、お前⋯!!」
キーパーが言う。目には薄く涙が浮かぶ。
「無事だったのか⋯!!」
「オイオイ⋯男の涙は冷めるって!」
クラッシャーは肩をすくめる。
「でもよ、なんかありがとな。こんな世界で、まだ泣いてくれる奴がいんのな。」
へへっ、と、いつも通りの笑顔。
いつも通りの軽さ。
「ま、ご苦労だったな。私としてはどっちでも良かったが⋯。
キーパーが喜んでいるから、よしとしよう。」
「相変わらずガンナーは冷てぇな!」
周囲に笑い声が響く。
「会うのは初めてだな。僕はシーカー。そしてこの子はハンマーだ。
いろいろあって、キーパーくんたちと行動を共にしている。」
「へえ!仲間が増えたのか!よっしゃ!今日は飲み明かすか!」
この世界に酒など無い。だが、会えていなかった数週間の話を肴に、5人は朝まで語り尽くした。
太陽の昇らないこの街で、
太陽の沈みかけた街の惨劇を尻目に。




