第41話 悪魔の囁き
第41話
最初のウルティマが現実へ投入されてから、数年が経過した。
千年に及んだ戦争は、この数年で終わりへと向かっていた。
決定的だったのは――もちろんウルティマの存在。
ヤマト帝国の前線都市は、ひとつ、またひとつと消えていく。ウルティマによって防衛線は突破され、拠点は焼き払われ、反撃の余地すら残さないまま制圧されていった。
その様相は、もはや戦争ではなかった。
ただの、処理。
ウルティマは数万の戦闘を習熟した兵士でありながら、勝利と生存において強烈な自我を持っていた。
その精度は、異常だった。
相手の思考を予想し、敵の布陣を読み切り、最短で崩壊させる。ときには仲間を頼り、協力する。
だが、必要なら味方すら囮に使い、損耗を最小限に抑える。
その判断には、一切のブレがない。
――完璧な兵士。
それが、ウルティマだった。
◆
「……順調だな」
アンダルフは、中央管制室の高所から戦況モニターを見下ろしていた。
巨大なスクリーンに映し出される戦域。光点が、ひとつ、またひとつと消えていく。
それは敵戦力の消失を意味していた。
損耗率、資源消費、作戦成功率。
すべてが、もはや理想値に近い。
「アンダルフ所長」
背後から声がかかる。
振り返るまでもない。この声の主は、限られている。
「……ローゼンか」
ローゼン。近年頭角を表しつつある若い研究者。
整った顔立ちとその抜群の頭脳は私に匹敵すると噂されている。
だが、私は見抜いていた。
その目はどこか乾いている。常に何かを求めている。
恐らく、私の地位を狙っている。
(そんなことさせるか…。)
ヤマトに勝利した後にも私の成功は、続かねばならない。
「はい。戦況報告です」
「報告は必要ない。常に見ている」
アンダルフは視線を動かさない。
だがローゼンは気にした様子もなく、横に並んだ。
「では結論だけ」
淡々とした口調。
「ヤマト帝国崩壊まで、あと一歩です」
その言葉に、わずかに空気が揺れた。
「……一歩。一歩か」
アンダルフは小さく呟く。
確かに、戦況は優勢だ。
だが――終わらない。
しぶとく残る拠点。 崩れない防衛線。
そして何よりーー
「“あれ”か」
戦場を映し出すモニターを見下ろす。
「ええ」
ローゼンが、薄く笑う。
「ヤマトで言うところの祈り。呪い。
…あるいは信仰とでも言うべきですか」
モニターの一角が拡大される。
そこには、わずかな人数で戦線を維持する部隊が映っていた。
光を纏う者。異様な力場を発生させる者。常識では説明のつかない現象に、最強であるはずのウルティマが一機、破壊された。
「非効率で、非論理的で、再現性もない」
「ですが……厄介です」
ローゼンは肩をすくめつつ呟くが、どこか笑みを浮かべているように見えた。
◆
「だからこそ、あと一歩です。」
ローゼンの声色が、わずかに変わる。
「ウルティマは、次の段階に進むべきです」
アンダルフは、初めて視線を向けた。
「……次だと?」
「はい」
ローゼンは迷いなく頷く。
「……馬鹿なことを。ウルティマは間違いなく完成された兵士だ。次など…」
「ウルティマは確かに完成形です。そこらの強者如きであれば容易に蹴散します。ですが――」
一拍置く。
「まだ、“本物”を超えきれていない」
「……どういう意味だ」
「魂です」
即答だった。
「魂だと?」
「形容する言葉が見つからないので。」
ローゼンの目は黒く、深淵を見ているように暗い。
「戦闘経験。思考の蓄積。状況判断。すべてはヴァルハラで積ませました」
「ですが、それは所詮“人工的に作られた人生”です」
ローゼンの目が、わずかに細まる。
「先ほども言ったように、本物には、及ばない」
沈黙。
その言葉の意味を、アンダルフは模索した。
「……何を考えている」
ローゼンは、口角を上げる。
「簡単です」
そして。
「“本物”を、混ぜれば良い」
「圧倒的な力を示した戦士」
「戦場を生き抜いた兵士」
「王、将軍、革命家、殺戮者――様々な"本物の人間"のデータを読み込ませる」
言葉が並ぶ。
「彼らの教養、経験、人格、知識をデータ化する」
「何なら、"敵国の英雄"すら取り込んでもいい」
「そして、オプティマたちと一緒にヴァルハラのアバターへとインストールする」
アンダルフの瞳が、わずかに揺れた。
「本物の人間をだと…それはあまりにも……!神の倫理に反する」
ローゼンは大声を出して笑い、アンダルフの言葉を遮る。
「ははは!神ですか!アンダルフ所長ともあろうお方が…それこそ非論理的です」
ローゼンの不快な笑いに、アンダルフは煮えくり返る腸を抑えながら、平静を装う。
「……そのデータを、オプティマと戦わせるつもりか」
「ええ」
即答。
「共存させてもいい。敵対させてもいい」
「重要なのは、“混ぜること”です」
ローゼンは、迷いなく言葉を重ねてくる。
「人工の意識と、実在した意識」
「それらを同一環境で競わせることで、より高度な“選択”が生まれる。」
「文化や文明もより発展し、"本物"の意識はオプティマに新たな経験を与えるでしょう」
そして。
「そこから生まれる存在は、もはやウルティマではない」
一歩、前に出る。
「経験や戦闘データだけではない。心を持ち葛藤し裏切り殺し愛し憎み喜び悲しみ…それでも生き残る」
ローゼンは、わずかに顎を上げた。
「ウルティマを超えるーーその先の存在」
その言葉は、静かだった。
だが。
どこか、取り返しのつかない響きを持っていた。
「それは――」
ローゼンは答える。はっきりと。
「“アルティマ”です」
◆
ローゼンがいなくなった研究室に、沈黙が落ちる。
モニターには、なおも戦場が映っている。ウルティマが、敵を排除し続けている。
完璧な兵士。
だが。
アルティマという禁忌に、躍る心は誤魔化せなかった。
アルティマ・プロジェクトは、急速に進んでいった。
人の自我を取り込むことに対する倫理や道徳という考えは「1000年続く戦争を終わらせる」という大義の前では霞んでいく。
研究所内の空気が変わる。
ヴァルハラ内に、変化が起きる。
集落が生まれ、国家となる。
思想が根づき、文化となる。
歴史が積み上がり、戦いは、ただの生存競争ではなくなる。
支配。裏切り。信仰。秩序。
それらが、混ざり合い、増幅していく。
ローゼンはアルティマプロジェクトの班長になっていた。
称賛。立場。権力。
そのすべてが、私からローゼンへと傾いていく。
誰もが信じていた。
「アルティマが実践に投入されれば……ついに」と。
だからこそ、私は止めなかった。
◆
最初の"異常"は、些細な変化。とある研究員の報告だった。
「自己犠牲だと?」
「はい…。ヴァルハラⅱ009923にて、一人のオプティマが別のオプティマを庇い死にました」
「馬鹿な…いくら信仰や支配があるとはいえ、"生き残る"という原則的命令コードに逆らうなど」
「ですが、事実です」
「うむ……」
「素晴らしいことじゃないですか!」
いつの間にか、ローゼンが私の横に立っていた。
「誇りや自己犠牲といった変化は、兵士として成長ですよ!これもまた、アルティマの影響でしょう」
「しかし、命令コードに逆らうようでは本末転倒だ」
「命令コードを遵守させたいのであれば、オプティマスで十分では?それでは足りないからこそ、ウルティマを生み出したのでしょう?」
たしかに一理ある。ローゼンの言葉で、研究員も納得し自らのデスクに戻る。
この時点で、既にローゼンは私を上回る影響力を得つつあったのだ。
それからまた数ヶ月。変化はあれど、アルティマ・プロジェクトは順調だった。
しかし"その日"は突然やってくる。
「データが消えている!?」
一人の研究員が画面を見つめて絶叫する。
映し出されたログの乱れ。 記録の欠損。そして破損し修復不可能となったオプティマ。
「……エ、エラーか!?」
「バグかもしれない!」
私は慌てて残存する記録を遡る。
「……なんだ、これは」
モニターに映し出された映像。
黒い影。
形は、人にも、獣にも見える。 だが、そのどちらでもない。
輪郭が定まらず、存在が揺らいでいる。
「未定義のデータ……?」
「異常個体か……!?」
誰かが呟く。
「これは――」
「……ウィルスだ」
ヴァルハラ内に感染したウィルスのことを、私たちは"マモノ"と呼称した。
“マモノ”は、増え、戦闘に介入する。ログを破壊する。オプティマに侵食する。
マモノに汚染されたオプティマたちは修復不可能となり削除させるしかなかった。
◆
「原因は――ヴァルハラの基盤構造にある」
「ち、違う!!アルティマだ」
「外部データの混入が原因としか思えな……」
「だとしても――」
そして。
その視線は、一斉に集まる。
「……アンダルフ所長」
その呼び方は、すでに敬意を含んでいなかった。
「これは、所長の責任ですぞ」
静かな声。
逃げ場はなかった。
画面上ではマモノの原因も、発生源も、一切が不明。
本来であればヴァルハラ全体を稼働停止しなければならないのだろう。だが一刻も早く戦争を終わらせたいガルガン上層部は、それを是としなかった。
一応の対策として、ヴァルハラ内にマモノ討伐のミッションコードは追加した。
あとは"直接確認しなければならない"。
責任か、追放か。
"私"の意識が、データに落とし込まれる。一人のアルティマとして。
頭にプラグが差し込まれる。
(生きたままアルティマ化されるのは、私が始めてだろうな)
もはや諦めにも似た感情を覚えながら、私の視界はゆっくりと薄れていく。
薄れゆく視界の中。
私を取り囲む研究員に紛れるローゼンの笑顔だけが、ひどく鮮明に脳裏へ焼き付いた。




