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第33話 束の間

第33話


 北地区の朝は、金床の音で始まる。

 カン。

 カン。

 カン。

 工房街の奥から、金属を叩く乾いた音が響く。


 メーカーの工房では、今日も火花が散っていた。

 作業台の上には、黒鉄の義手。

 キーパーの左腕。

 そして、ハンマーの持っていた槌が置いてある。


「……なるほどな」

 スクラッパーは腕を組みながら、槌をじっと眺めていた。

「だいぶ溶けてるな」

「光を操る敵がいてな…熱で溶けた」

 キーパーが答える。

 スクラッパーは口笛を吹いた。

「そんな奴相手にして、生きてるだけでも奇跡だろ」

 メーカーが工具を持って近づいてくる。

「構造自体は問題ない。だが外装がかなり損傷しているな」

(ウォーハンマーが傷ついて溶けている描写)

 メーカーが工具を手に取る。

「直すだけならすぐ終わる」

 そして。

 ニヤリと笑った。

「だが、せっかくだ」

「少し弄らせてもらうぞ」

 ハンマーは眉を上げた。

「え、弄る?」

 スクラッパーが笑う。

「キーパーの義手みてぇに、魔改造されるんじゃね?」

「おお!強くしてくれるの?」

「ハンマーちゃんも恐らく槌を扱うことに関してはバフがかかるはずだ」


「それなら、多少無茶な設計でも難なく扱えるだろう」

 メーカーが槌をまじまじと眺めながら話す。


 そのとき、キーパーが義手を軽く叩く。

 カン。

「コイツも、死神を相手にしたとき少し欠けてしまった」

「"コイツ"の死神のせいでな」

「ひぃ…」

 レンが意地悪く言い直すと、フィアーはキーパーの背に隠れた。


「この義手も、普通の人体じゃあ出力を抑えないと壊れる」

 メーカーが続ける。

「だから制御をかけていた」

 工具を回す。

 ガチン。

「だが」

 メーカーが言う。

「お前の身体にとって、徐々にコイツが"異物"じゃなくなってきておるようだな」

 スクラッパーが笑う。

「それってつまり」

「出力制限、少し外せるぞ」

 キーパーは黙った。

「どうなる」

 メーカーが指を立てる。

「三つだ」

 一つ。

「単純な硬度強化」

 二つ。

「瞬間出力」

 三つ。

「衝撃制御」

 スクラッパーが床に置いた鉄塊を指さす。


「そうか…」


 キーパーは少し考えてから、答えた。

「どれくらいかかる?」


 メーカーは再度指を三本立てる。

「ハンマーちゃんの槌と合わせて3日じゃな」

「……よし、頼む」

「任せろい!」


「せっかくだ、前回はあんまりゆっくり出来なかったし、東区を案内してやろうか?」

「……そうだな。じっとしてても仕方がない」



その日の夕方

工房の蒸気が橙色に染められる時間帯だった。


 東地区の広場。

 露店が並び、人の声が響く。

 平和な光景だった。

 フィアーはベンチに座っていた。

 屋台のパンをかじる。

「……」

 ぼそり。

「普通の街だ」

 キーパーが隣に座る。

「不満か」

「いや」

 フィアーは首を振る。

「むしろ驚いてる」


「音楽が鳴ってるわけでも…」

「男女で、手を繋いでるわけでも」

「え、笑顔に溢れてるわけでもない」


「それなのに、皆、どこか充実して"今"を生きている気がする」

 手に持った歯車を見つめる。

「ま、街って、回ってるんだね」

 キーパーは何も言わない。

 夕焼けが街を染めていく。


「アッツーイ!」

 工房から、ハンマーのコミカルな叫び声が聞こえてくる。

 メーカーの仕事ぶりを見て、ハンマーが手伝いたいと言い出したのだ。

 実際、槌を使いこなすことに長けた能力だったため鍛冶の筋が良いとメーカーも褒めていた。


「無理やりじゃなくて、ほ、本当に自分がやりたいことをやってるときは、あんなに充実そうな顔をするんだね」


「フィアー、お前はこれまでずっと一人だったのか?」

「うぅん…仲間だと思ってた人はい、いたけど……」


 言葉に詰まり、少しだけ間を置く。


「で、でもこの世界では、当たり前のことなんだよ」

 恐らく、何かがあったのだろう。だがキーパーは、あえて聞くようなことはしなかった。

「そうか」とだけ答えて、フィアーと同じ方向を見る。


「キーパー!」

 後ろから、レンの呼ぶ声が聞こえる

「ソイツの近くにいたら危ないぞ。変なものを見せられるかもしれない」

「ひ、ひぃ!出た!」

 レンが走って近づいてくると、フィアーはキーパーの影に隠れる。

「大丈夫だ。少なくとも、俺にはフィアーの能力は効かないさ」

「そもそも、私は驚かされた怨みを忘れてないぞ……」

「も、もう許してよ。ハンマーちゃんも無事だったんだし……しつこいとキーパーに嫌われるよ」ボソッ

「あ゙?何か言ったか?」

「あわわ…」


 フィアーにとって「恐怖」の対象は、孤独や死ではなくなっていた。

 最も恐いのは、目の前にいる鬼…

「何か失礼なこと考えてないか?」

「な、なにも言ってないよぉ」


 レンの睨みに怯えたフィアーは、ハンマーの居る工房へと逃げ込んでいく。


「まったく。」

 レンはため息を吐きながら空いたキーパーの隣に座ってきた。

「あんまり、いじめてやるなよ」

「いじめてなど!逆に私がどれだけアイツに恐い思いをさせられたか……」

「分かっているさ。でもフィアーも孤独だったんだ。この世界に来た者たちは皆そうだ」

 キーパーの目には穏やかさがあった。レンは、その横顔を見つめている。

「わ、私はもう孤独ではない…キーパーが、いる、からな」

 見つめる目を落とすことも出来ないまま、頬を染めるレン。声が少しずつ小さくなる

「そうだな」

「キーパー…」

 ベンチに置かれたレンの左手が、自然とキーパーの手へと寄っていく。

 レンの顔も、キーパーの肩へと吸い寄せられて…


「キャァァ!」

「うわぁあ!?」

 フィアーと、ハンマーの叫び声がした。

「どうした!」

 咄嗟に、キーパーは立ち上がり工房に振り返る。

「痛っ!」

 キーパーが工房へ行ったせいで、寄りかかろうとしたレンはベンチに倒れこんでしまった。

「キーパぁ〜、虫が…虫が…!」

「ハンマーがいきなり叫ぶから、お、驚いちゃったよ」


「もぉ〜!」

 レンはぶすくれた顔をして、ベンチから立ち上がる。

「やかましいぞ!たまにはキーパーをゆっくりさせんか!」

 

「ひ、ヒィ〜!鬼が来た!」

「誰が鬼だ!」

 

「せからしい奴らじゃな」

「まったくだ。」

 メーカーとスクラッパーは、顔を見合わせて笑った。



 キーパーが義手を構える。

 拳を握る。

 義手の内部で、微かに歯車が鳴った。

 ドン。

 軽く叩いた。

 鉄塊が弾き飛んだ。

 壁にぶつかり、鈍い音を立てる。

 ハンマーが拍手した。

「すごーい!」

 メーカーが笑う。

「まだ軽く叩いただけだ」

「本気でやれば床抜ける」

 キーパーは義手を見つめた。

「……十分だ」


「少し軽く感じるな」

「いやいや、実は前のより重くなっておる。軽く感じるのはお主の身体が受け入れてきておるのじゃろう」

 メーカーが頷く。

「これで、もっと戦えるだろう」


 そのとき。

 工房の奥から、怒鳴り声が響いた。

「もうちょっと待って!」

 振り向く。

 ハンマーだった。

 作業台の前で、必死に何かを叩いている。

 その手には工具。

 そして。

 前より全体は大きく、しかし打突部分は狭くなっている槌を叩いて調整している。

 レンが呆れた顔をした。

「まだやっているのか」

 ハンマーは振り向かない。

「自分で仕上げたいの!」

 スクラッパーが苦笑する。

「職人のプライドってやつか」

 ハンマーは真剣だった。

 トン。

 トン。

 トン。

 金属を叩き、形を整える。

 何度も失敗し。

 何度も叩く。

 フィアーは少し離れた場所から見ていた。

「……」

 ぽつりと言う。

「すごいな」


 ハンマーには周りの音は聞こえていない。

 しばらくして。

 カン。

 最後の一撃。

 ハンマーが槌を持ち上げた。

「できた!」

 形はほんの少し、歪だ。

 だが。

 武器としては問題ない。

 スクラッパーが覗き込む。

「……」

「悪くねぇな」

 ハンマーが笑った。

「でしょ!新しい武器……"戦鎚"だよ!」


 スクラッパーが工房の入り口から顔を出した。

「おーい!」

 手を振る。

「準備できたぞ」

 レンが立ち上がる。

「いよいよか」

 スクラッパーは言った。

「西地区へ行こうかね!」


 東地区の空気が、少しだけ重くなる。

 フィアーが小さく言った。

「……ほんとに行くの?」

 キーパーは答える。

「行く」

 短い言葉。

 それだけだった。

 静かな東地区の夜。

 西地区へ向かう準備が、静かに整っていった。

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