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番外編 フィアーの恐ろしい一日

番外編


 南地区。

 夜の観覧車。

 僕はゴンドラの窓から、下を見下ろしていた。

「はぁ……」

 ため息。


 ヨロコビから侵入者の情報が入った。最近はめっきり襲撃も減っていて、落ち着いていたのに……

 そうブツクサと呟きながら、南地区の街並みを見下ろす。


 街中で奏でられる音楽、男女が手を繋ぎ、仲睦まじく歩く平穏な日常。

 人々は皆笑っている。

(やっぱり楽しい街には音楽が無いとね)

 ここまで発展させるのに、凄く時間がかかった。

 昔は毎日のように襲撃があった。

 そんなある日、僕のもとへヨロコビが来てくれて、僕にいろいろと提案してくれたのだ。

 

 ときには人を追い出して、ときには働かせて…

 そもそも労働等という概念のないこの世界で、僕の能力は大変便利だった。


 この街を、危険に晒すわけにはいかない。

 僕は、ヨロコビから聞いた侵入者の情報を改めて思い出す。



『侵入者は男一人と、女二人。男の方は左肩から先が義手であり、女は巨大な銃を携えています』


『今回の敵は手強いですから…追い出すよりも、館へ誘い込み、罠を仕掛けたほうが良いかと思いますよ!』

 ヨロコビの爽やかな笑顔が僕の心に光を差し込んでくれる。

 僕に対して、笑顔を向けてくれるのは彼くらいなもんだ。



 いつも通りの、簡単な仕事のはずだった。

 僕は右手を見る。

 手のひらの紋様。

 閉じた眼。

「恐幻ノ眼」

 ゆっくり瞼が開く。

 黒い瞳が、こちらを見返してくる。

 この眼は、相手の恐怖を刺激する幻覚を見せる。

 人間は単純だ。

 怖いものから逃げる。

 だから。

 逃げる方向を作れば、勝手にそこへ向かう。


 ……普通は。


 ゴンドラを降りると、周りには町人たちが集まってくれていた。

「「フィアー様!本日も大変楽しいです!」」

 よかった。街の人々もこう言ってくれているし、大丈夫なのだろう。きっと。

 そのとき、通りの奥から慣れない視線を感じる。街の住人とはまた違う、敵意と殺意を込めたような視線。

 僕はギョッとしてそっちの方向を見る。

 

 男が一人と、少女が二人。男は義手……

 ターゲットだ。

 僕は恐怖の幻覚を送り込む。でも、男の方には効かないようだった。

 銃を持った少女の方も、効きが良くない。

「ま、まずいなぁ。き、きっと強いんだろうな」

 少し考えて、恐怖と共に僕の幻覚を見せる。

「帰ってくれるならそれで良いか……」

 

 そう思い、声を届ける。できる限り、おどろおどろしく…

 すると突然、槌を持った少女の瞳が見開かれる。

「……!」

 立ち上がる。空を見つめて……


『うそ……なんで…』

「ん?」

『やだ……やめて……』

「なになに?」

 少女の肩が震え始める。

『ヤダ……ヤダヤダヤダ……』

「え……え?」

 少女の手のひらから、滑るように槌が地面に落ちる。

『やめて……やめて!!』

「き、効きすぎてない?」

 少女の眼から、涙が溢れる。

「イヤァアアア!!」

 そのまま彼女は、街の奥へと走り去ってしまった。


 稀にいるんだよね。めちゃくちゃ怖がりな人も。僕と一緒だ。


 僕はとりあえず追いかけた。


残った二人も、彼女を追って館まで来てくれるはずだ。結果的には、ヨロコビの言うとおりになりそうで安心する。


 そのときの僕は、考えが甘かったと、後になってひどく後悔することになる。


 フィアーの館。

「ハァ……ハァ……」

「うわあああああああ!!」

 ドガァン!

 扉が蹴破られる。

「い、いい加減おちついてくれ…」

 少女を館まで連れてこれたのは良かった。だが、それからが大変だった。


 恐怖心を無くすためには、僕の左手にある紋様「狂布ノ心」で吸い取る必要がある。

 でも吸い取るためには、直接触らないといけない。


 それなのに…


 少女は館の中で暴れている。もはや怖がっているようにも視えない。

「な、なんて子だ……グフッ!」

 少女の右拳が僕の左頬にクリーンヒットする。

 僕の口から血が吹き出し、廊下の床に飛び散る。

「や、やめてくれよ…」

「うわぁぁぁ!」

 少女は突然走り出す。

「も、もはや…予測、不能だ」

 少女は廊下の奥で突然立ち止まる。

「やっと、落ち着いてくれたのかな」

 僕が近づき、少女の肩に手を触れようとする。

 その瞬間、少女が振り向いた。

「来るなああああ!!」

 拳。

「ひ、ひぃい!」

 ドゴォン!!

 壁が砕けた。

「え?」

 僕は固まった。

「壁、壊した?」

 次の瞬間。

 ハンマーが突っ込んできた。

「いたあああ!!」

 ドガン!!

 拳が僕の腹にめり込む。

「ぐはぁ!?」

 吹き飛んだ。

 廊下の床に転がる。

「なんで殴るの!?」

 僕は慌てて立ち上がった。

「待って!話し合おう!」

「うわああああ!!」

 殴られた。

 また僕は吹き飛んだ。

「ふひゅ…ひゅー…」

(話し合えない!!)


 仕方ない。

 右手に刻まれた瞼の紋様が閉じる。

 そしてもう一度、開く。

 眼だった紋様が。

 口へと変わる。

「畏怖の口」

 トラウマを呼び起こす能力。

「こ、これで落ち着いてくれれば…」

 少女が震えだす。

 止まる。よし。今だ。


 と思った瞬間。

「いやああああああ!!」

 さらに暴走した。

「悪化してる!?」

 館の柱が折れる。

 窓が割れる。

 床が砕ける。

 僕は必死に逃げた。

「待って!館壊れる!」

 少女は追いかけてくる。


 そこからは完全に鬼ごっこだった。

 恐怖誘導は万能じゃない。

 大まかな方向は操れる。

 でも。

 狭い館の中では。

 細かい制御ができない。


「なんでこんな強いの!?」

 僕の体と館はすでにボロボロだった。

 壁。

 柱。

 家具。

 全部壊れている。

 僕は膝に手をついた。

「……もう、無理だ」

 

 他の二人が来るまでに、恐怖を植え付ける罠も仕掛けないといけない。

 時間が無いのに、解決策も無い。

(……に、逃げるか…?いやいや!それじゃだめだ!)


 そんなことを考えながら、僕は暴れる少女との距離を詰める。

 さしずめ、大型の肉食獣との邂逅。とにかく、目は合わせるな。

 

 少女、もとい獣はこちらをじっくりと吟味するように見つめている。

(え、これ怖がってるんだよね。)


 恐ろしい眼力に、僕の足はすくむ。

 そのとき、獣が突撃してくる。

「うぉおおおおお!!!」

「うわぁああああ!」


 少女は僕に凄い力で飛び掛って、僕は押し倒される形になった。

 

 偶然、彼女の肩を押さえた僕は、急いで能力を発動する。

「ひ、ひいい」

 恐怖が左手から流れ込んでくる。

 同時に、少女が止まる。

 ゆっくり。目がとろんとしてくる。


「……ふわぁ」

 大きなあくび。

 そのまま。

 床に倒れた。

 爆睡。

 僕はその場に座り込んだ。

「……ハァ」

 館は廃墟だった。

 壁は壊れ。

 柱は折れ。

 床は砕け。

 僕は満身創痍。

 服はボロボロ。

 頬には拳の跡。

 腕にはアザ。

 僕は天井を見上げた。

「……」

 小さく呟く。

「もう二度とやりたくない」

 それが。

 この日の、心からの感想だった。

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