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第32話 再訪

第32話


 館の奥へ続く廊下は、先ほどまでの戦闘が嘘のように静かだった。


 床に敷かれた赤い絨毯。壁に掛けられた古びたランプ。

 どこかの遊園地のアトラクションのような、妙に作り込まれた空間。

 フィアーは先頭を歩きながら、何度も後ろを振り返っていた。

「……本当に、攻撃しない?」

 キーパーは肩をすくめた。

「今のところはな」

「い、“今のところ”って言った!」

「疑われて当然だろ」

 レンが後ろから冷たく言う。

「またふざけた幻覚を見せられるかもしれないからな」

 フィアーは小さく肩をすくめた。

「だ、だって……さっきまでは敵だったし……」

「今も信用しているわけじゃない」

 レンは歩きながら銃をいじる。

「妙な真似をしたら、その瞬間脳天を撃ち抜く」

「ひぇ……」

 フィアーは肩を縮めたまま歩く。

 そのときだった。

「……あれ?」

 廊下の突き当たりには、白い扉が一つだけあった。

 フィアーが指差す。

「ここ…」


コンコン

 キーパーが白い扉をノックし、ドアノブを回す。

「ハンマー、入るぞ」 

 恐る恐る、部屋に入る。

 目線の先には、簡素な寝台が一つ。


 そして。

 その上で、ぐうぐうと寝息を立てている少女。

「……」

「……」

「……」

 ハンマーだった。

 仰向けに寝転び、片足を投げ出し、妙に幸せそうな顔をしている。

 レンが眉をひそめた。

「ずいぶん呑気な……ん?」

 レンが何かに気づき、ハンマーの首筋を確認する。そこには、爪でひっかいたような、いくつかの傷。

「……無傷と聞いていたが?」

 銃を向けられるフィアー。汗をダラダラと流しながら、必死に弁明をする。

「い、いやこれは!僕じゃなくて!僕、というか僕の見せた恐怖で錯乱した彼女が自分で!」

 フィアーが慌てて手を振る。

「だから、ほ、本当に眠らせただけだよ!恐怖心を0にすると、極度のリラックス状態に!なるんだ!」

「…どちらにせよ貴様の能力のせいだろう」

「い、いやいやいやいや!!」

「まて、恐怖心を0にもできるのか?」

「そ、そうだよ!0にしちゃうと、リラックスし過ぎて怠けたり眠ったりしちゃうからあ、あんまり使わないけど」

「なるほどな」

 キーパーは寝台に近づき、ハンマーの肩を軽く揺らした。

「おい」

 ハンマーがもぞもぞ動く。

「……ん……」

 まぶたがゆっくり開いた。

「……あれ?」

 天井を見上げる。

 数秒。

 そして、キーパーを見て。

「あれ、ここは?」

 ハンマーは大きく伸びをした。

「めっちゃ寝たなぁ」

 レンが呆れた顔をする。

「お前、状況わかっているのか」

「うん?」

 ハンマーは起き上がり、周囲を見回した。

 そして。

 フィアーを見つける。

「……あれ?」

 首をかしげる。

「この人だれ?」

 レンが即答した。

「変態だ。お前の寝込みを襲おうとした」

「ちがう!」

 フィアーが即座に叫ぶ。

「誤解!誤解!」

 ハンマーはしばらく二人を見比べていたが。

「ふーん」

 とだけ言った。

「まぁいいや」

「良くない」

 レンがため息をつく。

 キーパーが言う。

「話は後だ。ここを出る」

「賛成」

 レンが頷く。

 ハンマーも立ち上がった。

「じゃあ帰ろう」

 フィアーが小さく言った。

「……帰る?」

 三人が振り向く。

 フィアーは少し言いにくそうに続けた。

「西地区には……行かないほうがいい」

 レンが眉をひそめる。

「理由は?」

「危ないから」

「具体的には?」

「……全部」

 フィアーは視線を落とした。

「奴隷売買」

「ギャング」

「他にも、マモノを使役するやつがいるとかなんとか…東地区なんて、そいつらに、襲撃されて何人も連れて行かれてるって」

 レンの表情が変わる。

 キーパーは静かに言った。

「やはりな」

 フィアーが顔を上げる。

「やっぱり?」

「ヨロコビが言っていた」

「……」

 フィアーは黙り込んだ。

 しばらくして、小さく呟く。

「……嘘だ」

「そう思いたいならそれでもいい」

 キーパーは歩き出した。

「だが確かめる」

 レンが言う。

「その前に」

 キーパーは振り返る。

「東地区に戻る」

 ハンマーが手を叩いた。

「スクラッパーのとこ!」

 レンが頷く。

「義手の整備も必要だし、先に北地区にも行こう」

 フィアーが戸惑う。

「……北地区?」

「工房街だ」

 レンが言う。

「この街で一番まともな場所だ」

「まとも……?」

 フィアーは少し驚いた顔をした。



 数時間後。

 北地区。

 通りには金属音が響いていた。

 カン、カン、カン。

 火花。

 鉄の匂い。

 工房の煙突から白煙が上がり、あちこちで職人たちが作業をしている。

 フィアーは足を止めた。

「……」

 目を見開く。

「……普通の街だ」

 ハンマーが笑う。

「でしょ?」

 レンが言う。

「ここはまだマシな地区だ」

「デイブレイクタウンは…流れ者ばっかりだから、き、恐怖で統治しないと治安は悪化する一方だとばっかり聞いてたのに」

 工房の奥から声が飛んだ。

「おい!キーパー!」

 振り向く。

 大きな金床の前に立つ二人の男。


 メーカーとスクラッパーだった。

 彼はしばらくキーパーを見ていたが。

「……おいおい」

 眉を上げる。

「無事だったんか!」

 ハンマーが手を振った。

「ただいま!」

「帰ってくる予定だったっけ?」

 スクラッパーは苦笑する。

 キーパーが言った。

「一旦、義手を見てほしくてな。スクラッパーに相談もしたかったから、ちょうどよかった」

「おう」

 スクラッパーは頷いた。

 そして。

 フィアーを見る。

「……そいつ誰だ」

 レンが言った。

「南地区の支配者」

「は?」

 スクラッパーの顔が止まる。

「てめぇが、鬼畜外道の恐怖公か」

「!」

 フィアーが必死に手を振る。

「誤解!」

 ハンマーが言う。

「この人いい人だよ!」

 レンが即座に言う。

「いい人…?微妙だな」

「な、なんで!?」

 フィアーが叫ぶ。


 スクラッパーはしばらく黙っていたが。

 やがて肩をすくめた。

「……面白ぇ手土産だな」

 そしてキーパーを見る。

「で」

「こんなヤツ連れてきて、おまけに義手の整備たぁ、次はどこ行くつもりだ?」

 キーパーは答えた。

「西地区」

 金床を打つ音が止まる。

 メーカーの顔が少しだけ変わった。

「……本気か」

「本気だ」

 短い沈黙。

 スクラッパーはため息をついた。

「まともな奴は行かない場所だ」

 フィアーが小さく言った。

「……い、言ったでしょ」

 だがキーパーは答えた。

「それでも行く。何人も連れ去られているらしい」

 スクラッパーはしばらく考えていたが。

「……やはり西地区の仕業か」

 小さく頷いた。

「なら準備していけ。それと、俺も行こう」

 そして。

 視線をフィアーへ向ける。

「そいつも連れてくのか?」

 キーパーは答えない。

 ただ一言。

「使える」

 フィアーが固まった。

「え?」

 レンが笑う。

「否定はしないんだな」

 フィアーは困った顔をした。

「……こ、怖いんだけど」

 キーパーは短く言う。

「俺が守る」

 フィアーは黙った。

 しばらくして。

 小さく頷いた。

 北地区の空に、鍛冶の火花が散っていた。

 西地区へ向かう準備が、静かに始まろうとしていた。

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