第27話 喜びか、悦びか
第27話
追加されたマモノは、ゆらゆらと上半身を揺らしながら進んでくる。
その動きは独特だった。
ふと止まり、その後突然一歩後退する。
単純な動きではない。
「さっきまでのマモノよりやりづらいな⋯。」
マモノの様子を見ながら、キーパーは距離を測る。
人の上半身を、無理やり引き延ばしたような胴体。肋骨が、皮膚を突き破りそうなほど浮き出ている。
「上半身は脆そうだな⋯。」
レンはスコープを覗き込む。
下半身は虫の節足。その巨大な節足は、上半身とのアンバランスさが際立っている。
関節だらけの脚が石畳を擦り、嫌な音を立ててゆっくりと前へ進む。
なにより特筆すべきは――両腕。
人の腕などではない。
肘から先は、巨大な鎌だった。
刃は歪んだ銀褐色。
刃先が石畳をかすめるたび、細い火花が散る。
頭部には六つの眼。
口は縦に裂け、そこから長い舌が何本も蠢いていた。
「……カマキリみたいなシルエットだ」
レンが低く呟く。
「脚の動きは、遅いな」
「そうだな。遅いうえに、変則的だ。」
キーパーも同意する。
節足の脚を一歩引きずるたび、身体が大きく揺れる。
だが――
次の瞬間。
ギィン!
鎌が振られた。
音が遅れて届く。
目の前の石畳が一直線に裂けた。
レンの目が見開かれる。
「速っ……!」
脚の動きは遅い。
だが、鎌の振りは異様に速い。
「エアリアル・レイ」
レンは急ぎマモノとの距離をとる。奴の攻撃範囲に入ってはいけない。
レンが最大限の警戒をするのに、一振りで充分だった。
キーパーが前へ出る。
マモノはゆらゆらと体を揺らしながら、右肩が軽く振れる。
その瞬間ーー
目の前に迫りくる凶刃
「目じゃ追いきれない!」
キィンッ!!
黒鉄に火花が散る。
衝撃が腕から肩へ突き抜けた。かろうじて、義手の付け根部分で防ぐことが出来た。
だが、
「……ッ!」
今まで傷一つついてなかった黒鉄に、小さく傷が残っていた。
あの鎌はただの刃ではない。切断力が桁違いだ。
もし生身なら――
腕ごと落ちていた。
マモノはもう一度鎌を振る。
「レン!」
今度は横。
レンが飛ぶ。鎌が空を裂く。
その風圧だけで観客席の鉄柵が削れた。
「冗談だろ……」
レンが呟く。
「奴の肩を見ておけ!鎌の振りが来るときは、肩が上がる!」
そこへ。
上から拍手が降ってきた。
『素晴らしい!』
実況席。
ヨロコビが笑っている。
『どうでしょう?我が闘楽場自慢の新作でございます!』
『この一撃!この破壊力!一振りで命の灯火を吹き消しかねない!』
マモノに集中しているはずなのに、ヨロコビの声はよく通り、嫌でも耳に入ってくる。
『ですが⋯少しばかり慎重過ぎますね』
ヨロコビは腰から"金の拡声器"を取り出した。
『『さぁ!!!』』
先程までより遥かに大きい声量。耳がつんざき、頭が痛くなる。
『『さっさと屠れ!!切り裂け!!我が悪魔よ!!!』』
拡声器の音が、闘技場全体を殴りつける。両耳を押さえてもなお鼓膜が震えるような爆音。
次の瞬間。
マモノの全身が震えた。
筋肉が膨れ上がる。
眼が血走る。
六つの眼が、一斉に開く。
「……何をした」
キーパーが睨む。
ヨロコビが肩をすくめた。
『私の能力でございます』
指を立てる。
『私の名は――“アッパー”』
『ご存知ですか?』
ヨロコビは楽しそうに続ける。
『生物の脳というものは、実に面白い。少し刺激してやるだけで、普段使えない筋力まで解放するのです』
『興奮』
『多幸感』
『抑制の消失』
『ドーピング状態』
ヨロコビが笑う。
『つまり、アレは今“アッパー状態”です』
マモノが咆哮する。
筋肉がさらに膨れた。
両手の鎌が持ち上がる。
そして――
振る。
ギィンッ!!ギィィンッ!!!
今度は空気が裂けた。
二連の衝撃波。
闘技場の石壁が十字に弾ける。
レンが横へ転がる。
「力まで上がってる!鎌の振りも更に早く⋯!」
だが。
キーパーは冷静だった。
「そうだな……ただ」
マモノの脚を見る。
節足が止まっている。
「動きは遅くなってる」
レンも気付く。
「……確かに」
「あの筋力や脳の興奮、腕の振りに脚がついていけないんだ。」
ヨロコビの声がなおも響き続ける。
『強いでしょう!』
『痛いでしょう!?』
『恐いでしょう!!?』
ヨロコビは金の歯を見せて笑った。
『ちなみに⋯ここまで頑張ったご褒美に、ひとつ教えて差し上げましょう』
マモノが鎌を大きく振り上げる。
『あなたはディーラーの行方を気にしてましたねぇ⋯。』
凄まじい勢いで、鎌が落ちる。
キーパーが受け流すが、黒鉄が軋む。
「……ッ!」
レンが撃つ蒼白の閃光が、マモノの肩を撃ち抜く。
『彼女は⋯西地区へ連れて行かれます』
だがマモノは止まらない。鎌が振り上がる。
キーパーが踏み込む。
「レン!」
「任せろ!」
レンが跳ぶ。
至近距離で銃口を口へ突っ込む。更に滑走のために使っていた両肩の口もマモノへ向ける。
「クアドラレイッ!!」
ドン!!
4本の閃光。
マモノの頭部が半分弾けた。
『新たな悪魔の贄となるためにねぇぇええ!!』
マモノはまだ動く。
「しつこい……!」
キーパーが拳を握る。
義手が赤く光る。
「終わりだ」
踏み込みながら、鎌を間一髪で避ける。
そしてマモノの胸部へ拳を叩き込む。更に、よろめいたマモノの頭部へレンの追撃。
ドガァン!!
黒鉄の爆発。閃光の貫通。
マモノの頭部が弾け、身体が吹き飛ぶ。
壁へ叩きつけられ。
動かなくなった。
静寂。
そして――
実況席から拍手。
『いやぁ素晴らしい!』
ヨロコビが笑う。
『本当に⋯でもそろそろしつこいですねぇ』
観客席の奥から数人が立ち上がった。
黒いベストの、カジノスタッフ。
「ヨロコビさん、もういいだろ」
「俺たちも遊ばせてくださいよ」
それぞれが武器を手に、闘技場への階段を降りてくる。
ヨロコビが指を鳴らした。
『もちろん』
『皆さんにも私の“アッパー”を』
金の拡声器を掲げる。
レンが閃光を撃ち抜くが、ヨロコビは華麗に避ける。
『ボ⋯ナスだ。』
上手く声が拾えないのか、よく聞き取れない。そのとき
『ボーナスだ!!ボーナス!!ボーナスボーナスボーナス!!!
奴らを捕まえて、ボーナスじゃぁぁぁ!!』
「「うぉおおおおお」」
スタッフたちの目が妖しく光る。全身の筋肉が膨れ上がり、血管が浮く。
髪が逆立ち、纏う空気が変わる。
眼が、血走る。
笑う。
「ははははは!」
「楽しい!」
キーパーが構える。
一人ひとりは決して強そうには見えない。だが厄介なのは、アッパーの効果による疲労感の欠如。死ぬまで気づかない興奮作用。そして恐怖感の消失。
その状態の生物のしぶとさは、あのマモノを見れば嫌でも警戒をしてしまう。
「ぶるぁぁぁぁ!!」
「ヒャッハーーー!!」
叫びをあげるスタッフたち。
ある者は巨大な斧を軽々と持ち上げ、振り回す。そしてある者は両手に氷の塊を生み出し、こちらへ向けている。
「レン!とりあえず遠距離型のアイツとアイツをーー」
だが。
その瞬間。
闘技場の奥で影が動いたような気がする。
一瞬。本当に一瞬。
斧を振り回すスタッフの一人の首が落ちた。
誰も見えない。
ただ。血だけが噴水のように宙に散る。
「…ぴ…?」
もう一人。
胸が裂ける。倒れる。
三人目。
腹が開く。沈む。
静寂。
ヨロコビの笑顔が固まった。
「…な…何だ?」
誰もいない。
ただ、遠く。
闘技場の壁際で、影がゆっくりと消えていった。
ヨロコビが呟く。
「……今のは!?」
その瞬間。
ヨロコビがよそ見をした、その一瞬。
スタッフが降りるために開けた観客席側の扉。そこを駆け上がったキーパーの拳が、ヨロコビの顔面にめり込んだ。
ドン!
ヨロコビが床に叩きつけられる。
キーパーが襟を掴む。
「お前」
拳。
ドゴッ!!
ヨロコビの顔が歪む。
「ぐっ……!」
レンが蹴る。
腹へ。
骨が鳴る。
「お前」
レンの声は冷たい。
「声が耳に響いてうるせぇ。」
ヨロコビが血まみれの顔で笑う。
「……私は、ヨロコビですから」
次の瞬間。
キーパーの拳が落ちた。
ドガッ!!
「ぐぁ!」
さらに。
レンの銃床。
バキッ!
ヨロコビが転がる。
歯が飛ぶ。
金の歯が石畳に転がった。
キーパーが掴み上げる。
「殺さない」
低く言う。
「まだ聞くことがある」
レンが笑う。
「⋯そうだな」
銃口を額に押し付ける。
「フィアーの館」
「全部吐いてもらう」
地下闘楽場には。
もう歓声は残っていなかった。




