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第2話 撃ち抜いて生き残った。

第2話 


 目を覚ますと、まだ外は薄暗かった。


 "まだ"とは言ったものの、この街には朝や夜は無いようだ。空は常に真っ暗であり、逆に地上はネオンで眩しいほど燦々と輝いている。


「……お、起きたか!」

 コンクリートの冷たさを背に、クラッシャーがこちらを見下ろしていた。


 片手には、どこから拾ってきたのか分からない缶を持っていた。


「ほれ、コーヒーだ。飲むか?暖かいぜ。」

「……あぁ。ありがとう。」


 受け取ると、確かに暖かい。

 コーヒーの苦味を感じながら、俺は一息つく。


(休むということに、まだ慣れないな。)


 本当はしっかりと休みたい。キーパーの体は何本か折れたままの骨と、摩耗しきった筋肉で動くたびに激痛が走る。


 死なない。

 人間的な自然治癒はもちろんあるが、本来死ぬはずのダメージを受け続けた体が再生することはない。


「⋯とりあえず、今日行くところはもう決めてんだ。」

 クラッシャーは軽く肩をすくめた。

「ドクターに会いに行こう。」

「……ドクター?」


「この街で、数少ない⋯

“治療が出来る者”だ」



 拠点としていた立体駐車場を出て、街を移動する。


 ネオンの光が、ひび割れたアスファルトを照らしている。


「ドクターとやらは、俺の体を治してくれるのか?」


「そうだな。多分治してくれるぜ。

こっちの働き次第⋯だけどな!」

「働き……?」


「そうさ。」

 クラッシャーは前を歩きながら言う。

「この世界じゃスコアが最も価値のあるものだ。

だからこそドクターの為にボーナスミッションの代行をしてやるのさ。」


(なるほど。能力の対価を払うのか。)


 確かにこの世界は第一ラウンドとは違う。

 ただ無法と無秩序の中で血を求めるのではなく、規律とシステムが生まれつつあるのだ。


 少し歩き、空が黒から薄橙色に移りゆく。無機質なコンクリートの道から、石畳のような道に変わっていく。


 先ほどまでいた街ーーーエリアからでたのだろう。


「さっきまでいたのは、いわゆる"ナイトタウン"。そんでこれから行くのは⋯」


 言いながら、クラッシャーは向かっている先を指差す。

「サンセットタウン」

指を刺す先には、赤く燃える太陽が、動くことなく地平線からこちらを覗いている。


「そこは、生存者たちの自治区になっている。殺しや戦闘はご法度。ルールを破れば、サンセットタウンにいる生存者たち全員から袋だたきさ。」


「自治区⋯!」

 対価。自治。ルール。

 俺が来る前から、第二ラウンドは始まっていたことくらいは想像できる。

 だが、自治区が生まれているとは、一体どれほどの期間、第二ラウンドは行われているのか。


「ま、とりあえず気楽にいこう。そこの頭張ってるやつも話せばわかるやつだ。」


 そう言ってクラッシャーは口笛を吹きながら楽しそうに歩く。


 その時だった。


『――ボーナスミッションを開始します』


 無機質なアナウンスが、また俺の視界に浮かぶ。


【ボーナスミッション】

・制限時間:3時間

・条件:各エリアに出現した飛行型マモノの討伐

・達成報酬:討伐数に応じてスコア加算


「……あらら。2日連続で良くないミッションだこと。」

 クラッシャーが舌打ちする。


「これも割に合わないってやつか?」


「割に合わないってゆーか⋯」


 話していると、周囲が暗くなり、頭上から突然雷のような怒号が轟いた。

「グギャァァガァガガァ!!」


 上を向き、キーパーは目を開く。自分たちの真上。遥か上空に大翼を広げる蛇のような巨大な生物が飛んでいた。

「あ、あれが⋯マモノか?デカすぎるだろ⋯!」


 マモノを見上げながら、クラッシャーは笑う。

「そもそも、俺たちの能力的に、飛行型マモノには打つ手がねえ」

 クラッシャーが絶望的なことを、とびきりの笑顔で言う。

 その途端、巨大な飛行型マモノは、こちらに向かって雄叫びを挙げ、急降下してきた。


「に、逃げろぉぉお!!」

 キーパーの掛け声と共に、2人は走りだした。石畳を全力で踏み抜きながら。



 マモノが空から突進してくる。

 あまりの早さ。追いつかれる寸前で俺は前に出る。

「クラッシャー!俺の後ろに!」

 

 衝撃。

 肋が軋む音。腱が切れかける痛み。

 そして肺から空気が漏れる感覚。


 だが、立っている。


「俺は殺せねえぞ⋯!」

 なんとか踏みとどまる。マモノは俺に衝突した勢いでよろけるが、また空に飛び上がる。


「まずいな⋯このままヒットアンドアウェイを続けられるとジリ貧だぜ。」


「お前の破壊能力で倒せないか?」


「無理だな。俺の能力は直接触れないと発動できないんだ。」


(どうする⋯。せめてアイツを地上で止めることさえ出来れば⋯。)


 マモノは上空で羽ばたきながらこちらを睨みつける。

 真っ赤に輝く眼光は、殺意を隠さない。


 第一ラウンドで浴びるほど受けていた殺気を思い出す。

(⋯今は、一人じゃねえ。)

「クラッシャー!」

「おう?」


「俺は死ぬわけにはいかない⋯。ドクターとやらは、腕は確かなのか?」


「⋯あぁ。さすがにその欠損した右手は治せないだろうけど、治療の腕は間違いねえぜ。」


「それなら、俺がコイツを止める。その隙に、お前がアイツを"破壊"してくれ。」


 覚悟を決めた。

 クラッシャーは、いつものニヤケ面を浮かべながら頷く。

「グギャァァ!!!!」


 雄叫び。また、急降下してくる。

 さっきよりも疾く向かってくる。近くに来ればよりその巨大さが分かる。そこらへんのお屋敷ぐらいの巨躯。


 ズドンッ


 真正面から、巨大過ぎる衝突。隕石が、ぶつかったくらいの衝撃で、意識も体も跡形もなく消え飛びそうになる。

 それでも。


「フンヌァアアアア!!!!」

 ただひたすらに"耐える"。飛びそうな意識。千切れそうな腕も。弾け散る血飛沫も。

 耐えるしか出来ない。


 地面には俺の足が引きずられて出来る深い二本の溝。

 左腕を、自分の頭よりもデカいマモノの眼球に食い込ませて押しとめる。

「グギャッッガァッッガガァ!!!!」


「行かせねえ飛ばさねえ!!」

 全身の膂力を使って押し止めようとする。

 クラッシャーが、マモノに引きずられる俺の方へ走ってくる。腕を伸ばし、マモノに触れるその直前。


 俺の体はフッと宙に浮く。マモノは俺ごと、空へ飛びあがろうとしている。

(届かないか⋯!)


 マモノの眼球に差し込んだ手だけは抜かすまいと、両足も使ってマモノの頭にしがみつく。


 そのとき

「――頭を下げろ!!」

 横から別の衝撃。

 マモノの頭ごと横に振られ、そのまま落下する。


 地響きが鳴り、巨大なマモノごと俺は地面に転がる。

「な、なんだ⋯?」


 マモノを見ると、首から頭蓋にかけて吹き飛んでおり、その向こうの石畳も深く抉れていた。

 マモノは少しの間痙攣していたが、しばらくすると石畳の上でピタリと固まった。


「アンタ、やるじゃんか。」


 女の声。

 頭にはバンダナを巻いており、長い黒髪を纏めている。


 防具は軽装だが、手には巨大な鉄の塊を持っている。


 クラッシャーが駆け寄ってくる。

「お前、良い腕してるな!」


 女は一瞬空を見て、すぐに俺の方を見る。

「ミッションクリアだと。つまりソイツは間違いなく死んだようね。」


 なるほど。女の視界に、例のアナウンスが流れていたのだろう。

「⋯そうか。助かった。礼を言うよ。」


「アンタがマモノの動きを止めてくれてたおかげさ。おかげでワンショット・キル出来た。」


「その厳つい銃でやったのか!すげえな、オイ」

 クラッシャーは目を輝かせてながら話す。

 だが女は俺から視線を外さない。


「アタシは"ガンナー"。アンタは?」

「⋯俺は、キーパーだ。」

「キーパー…耐久者か。素敵な能力だね。よろしく。」


 ガンナーは細い腕をこちらへ突きだす。俺はその手を握り返す。

「よっこら、しょっと。」

 握手をしたまま、ガンナーは細い体で、軽々と俺を起こす。


「こちらこそ、よろしくな。」

 ガンナーは笑う。先ほどまでの勇猛な姿から一変して、少女のような笑顔。


「マモノとの戦闘、見てたよ。アンタ、なかなか漢気があるじゃんか。」

 ガンナーは真っ直ぐと俺の目を見つめて、話す。


「あの〜…」

 クラッシャーが俺とガンナーの間からひょっこりと顔を出す。


「オアツイ中悪いんだけど、俺、さっきから無視されてね?」


「…弱い男に、興味はない。」


 ガンナーはクラッシャーに一瞥もくれず、ただ俺を見つめながら吐き捨てた。


「ひどいや」


 クラッシャーが泣き真似をしてハンカチを噛みしめる。どこから出したのか分からないハンカチ。


 なんだかおかしくて、俺は腹を抱えて笑った。生き残った気の緩みなのか。つられてクラッシャーも笑う。

 

「な、何かおかしいこと言っただろうか?」

 俺が笑ったせいで、ガンナーは少し戸惑いながら、オドオドと問いかけてくる。

 そのギャップに、またも笑いがこみ上げる。

 

 完全に笑いのスイッチが入ってしまって、腹が痛くなっても暫く収まることは無かった。

 途中からガンナーは笑われていると自覚して、少しだけむくれていた。


 思えば長いこと、腹から笑えてなかった気がする。こんなに気持ちの良い痛みは、久しぶりだった。


第2話 了

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