第2話 撃ち抜いて生き残った。
第2話
目を覚ますと、まだ外は薄暗かった。
"まだ"とは言ったものの、この街には朝や夜は無いようだ。空は常に真っ暗であり、逆に地上はネオンで眩しいほど燦々と輝いている。
「……お、起きたか!」
コンクリートの冷たさを背に、クラッシャーがこちらを見下ろしていた。
片手には、どこから拾ってきたのか分からない缶を持っていた。
「ほれ、コーヒーだ。飲むか?暖かいぜ。」
「……あぁ。ありがとう。」
受け取ると、確かに暖かい。
コーヒーの苦味を感じながら、俺は一息つく。
(休むということに、まだ慣れないな。)
本当はしっかりと休みたい。キーパーの体は何本か折れたままの骨と、摩耗しきった筋肉で動くたびに激痛が走る。
死なない。
人間的な自然治癒はもちろんあるが、本来死ぬはずのダメージを受け続けた体が再生することはない。
「⋯とりあえず、今日行くところはもう決めてんだ。」
クラッシャーは軽く肩をすくめた。
「ドクターに会いに行こう。」
「……ドクター?」
「この街で、数少ない⋯
“治療が出来る者”だ」
◆
拠点としていた立体駐車場を出て、街を移動する。
ネオンの光が、ひび割れたアスファルトを照らしている。
「ドクターとやらは、俺の体を治してくれるのか?」
「そうだな。多分治してくれるぜ。
こっちの働き次第⋯だけどな!」
「働き……?」
「そうさ。」
クラッシャーは前を歩きながら言う。
「この世界じゃスコアが最も価値のあるものだ。
だからこそドクターの為にボーナスミッションの代行をしてやるのさ。」
(なるほど。能力の対価を払うのか。)
確かにこの世界は第一ラウンドとは違う。
ただ無法と無秩序の中で血を求めるのではなく、規律とシステムが生まれつつあるのだ。
◆
少し歩き、空が黒から薄橙色に移りゆく。無機質なコンクリートの道から、石畳のような道に変わっていく。
先ほどまでいた街ーーーエリアからでたのだろう。
「さっきまでいたのは、いわゆる"ナイトタウン"。そんでこれから行くのは⋯」
言いながら、クラッシャーは向かっている先を指差す。
「サンセットタウン」
指を刺す先には、赤く燃える太陽が、動くことなく地平線からこちらを覗いている。
「そこは、生存者たちの自治区になっている。殺しや戦闘はご法度。ルールを破れば、サンセットタウンにいる生存者たち全員から袋だたきさ。」
「自治区⋯!」
対価。自治。ルール。
俺が来る前から、第二ラウンドは始まっていたことくらいは想像できる。
だが、自治区が生まれているとは、一体どれほどの期間、第二ラウンドは行われているのか。
「ま、とりあえず気楽にいこう。そこの頭張ってるやつも話せばわかるやつだ。」
そう言ってクラッシャーは口笛を吹きながら楽しそうに歩く。
その時だった。
『――ボーナスミッションを開始します』
無機質なアナウンスが、また俺の視界に浮かぶ。
【ボーナスミッション】
・制限時間:3時間
・条件:各エリアに出現した飛行型マモノの討伐
・達成報酬:討伐数に応じてスコア加算
「……あらら。2日連続で良くないミッションだこと。」
クラッシャーが舌打ちする。
「これも割に合わないってやつか?」
「割に合わないってゆーか⋯」
話していると、周囲が暗くなり、頭上から突然雷のような怒号が轟いた。
「グギャァァガァガガァ!!」
上を向き、キーパーは目を開く。自分たちの真上。遥か上空に大翼を広げる蛇のような巨大な生物が飛んでいた。
「あ、あれが⋯マモノか?デカすぎるだろ⋯!」
マモノを見上げながら、クラッシャーは笑う。
「そもそも、俺たちの能力的に、飛行型マモノには打つ手がねえ」
クラッシャーが絶望的なことを、とびきりの笑顔で言う。
その途端、巨大な飛行型マモノは、こちらに向かって雄叫びを挙げ、急降下してきた。
「に、逃げろぉぉお!!」
キーパーの掛け声と共に、2人は走りだした。石畳を全力で踏み抜きながら。
◆
マモノが空から突進してくる。
あまりの早さ。追いつかれる寸前で俺は前に出る。
「クラッシャー!俺の後ろに!」
衝撃。
肋が軋む音。腱が切れかける痛み。
そして肺から空気が漏れる感覚。
だが、立っている。
「俺は殺せねえぞ⋯!」
なんとか踏みとどまる。マモノは俺に衝突した勢いでよろけるが、また空に飛び上がる。
「まずいな⋯このままヒットアンドアウェイを続けられるとジリ貧だぜ。」
「お前の破壊能力で倒せないか?」
「無理だな。俺の能力は直接触れないと発動できないんだ。」
(どうする⋯。せめてアイツを地上で止めることさえ出来れば⋯。)
マモノは上空で羽ばたきながらこちらを睨みつける。
真っ赤に輝く眼光は、殺意を隠さない。
第一ラウンドで浴びるほど受けていた殺気を思い出す。
(⋯今は、一人じゃねえ。)
「クラッシャー!」
「おう?」
「俺は死ぬわけにはいかない⋯。ドクターとやらは、腕は確かなのか?」
「⋯あぁ。さすがにその欠損した右手は治せないだろうけど、治療の腕は間違いねえぜ。」
「それなら、俺がコイツを止める。その隙に、お前がアイツを"破壊"してくれ。」
覚悟を決めた。
クラッシャーは、いつものニヤケ面を浮かべながら頷く。
「グギャァァ!!!!」
雄叫び。また、急降下してくる。
さっきよりも疾く向かってくる。近くに来ればよりその巨大さが分かる。そこらへんのお屋敷ぐらいの巨躯。
ズドンッ
真正面から、巨大過ぎる衝突。隕石が、ぶつかったくらいの衝撃で、意識も体も跡形もなく消え飛びそうになる。
それでも。
「フンヌァアアアア!!!!」
ただひたすらに"耐える"。飛びそうな意識。千切れそうな腕も。弾け散る血飛沫も。
耐えるしか出来ない。
地面には俺の足が引きずられて出来る深い二本の溝。
左腕を、自分の頭よりもデカいマモノの眼球に食い込ませて押しとめる。
「グギャッッガァッッガガァ!!!!」
「行かせねえ飛ばさねえ!!」
全身の膂力を使って押し止めようとする。
クラッシャーが、マモノに引きずられる俺の方へ走ってくる。腕を伸ばし、マモノに触れるその直前。
俺の体はフッと宙に浮く。マモノは俺ごと、空へ飛びあがろうとしている。
(届かないか⋯!)
マモノの眼球に差し込んだ手だけは抜かすまいと、両足も使ってマモノの頭にしがみつく。
そのとき
「――頭を下げろ!!」
横から別の衝撃。
マモノの頭ごと横に振られ、そのまま落下する。
地響きが鳴り、巨大なマモノごと俺は地面に転がる。
「な、なんだ⋯?」
マモノを見ると、首から頭蓋にかけて吹き飛んでおり、その向こうの石畳も深く抉れていた。
マモノは少しの間痙攣していたが、しばらくすると石畳の上でピタリと固まった。
「アンタ、やるじゃんか。」
女の声。
頭にはバンダナを巻いており、長い黒髪を纏めている。
防具は軽装だが、手には巨大な鉄の塊を持っている。
クラッシャーが駆け寄ってくる。
「お前、良い腕してるな!」
女は一瞬空を見て、すぐに俺の方を見る。
「ミッションクリアだと。つまりソイツは間違いなく死んだようね。」
なるほど。女の視界に、例のアナウンスが流れていたのだろう。
「⋯そうか。助かった。礼を言うよ。」
「アンタがマモノの動きを止めてくれてたおかげさ。おかげでワンショット・キル出来た。」
「その厳つい銃でやったのか!すげえな、オイ」
クラッシャーは目を輝かせてながら話す。
だが女は俺から視線を外さない。
「アタシは"ガンナー"。アンタは?」
「⋯俺は、キーパーだ。」
「キーパー…耐久者か。素敵な能力だね。よろしく。」
ガンナーは細い腕をこちらへ突きだす。俺はその手を握り返す。
「よっこら、しょっと。」
握手をしたまま、ガンナーは細い体で、軽々と俺を起こす。
「こちらこそ、よろしくな。」
ガンナーは笑う。先ほどまでの勇猛な姿から一変して、少女のような笑顔。
「マモノとの戦闘、見てたよ。アンタ、なかなか漢気があるじゃんか。」
ガンナーは真っ直ぐと俺の目を見つめて、話す。
「あの〜…」
クラッシャーが俺とガンナーの間からひょっこりと顔を出す。
「オアツイ中悪いんだけど、俺、さっきから無視されてね?」
「…弱い男に、興味はない。」
ガンナーはクラッシャーに一瞥もくれず、ただ俺を見つめながら吐き捨てた。
「ひどいや」
クラッシャーが泣き真似をしてハンカチを噛みしめる。どこから出したのか分からないハンカチ。
なんだかおかしくて、俺は腹を抱えて笑った。生き残った気の緩みなのか。つられてクラッシャーも笑う。
「な、何かおかしいこと言っただろうか?」
俺が笑ったせいで、ガンナーは少し戸惑いながら、オドオドと問いかけてくる。
そのギャップに、またも笑いがこみ上げる。
完全に笑いのスイッチが入ってしまって、腹が痛くなっても暫く収まることは無かった。
途中からガンナーは笑われていると自覚して、少しだけむくれていた。
思えば長いこと、腹から笑えてなかった気がする。こんなに気持ちの良い痛みは、久しぶりだった。
第2話 了




