表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/48

第23話 恐怖公のウワサ

第23話


 東地区へ戻るころには、蒸気塔の白煙が夕焼け色に染まり始めていた。

「あれ⋯?なんで空の色変わってるんだろ?」

 ハンマーが不思議そうに天を仰ぐ。確かに、この街でも太陽は動かないはずだ。

 それなのに、来たときより空が少し橙色になっている。

「あー、そりゃ人工照明だよ!」

 スクラッパーが誇らしげに話す。

「この世界だと空の移り変わりが無いだろ?だから、時間の経過と共に蒸気に照明を当てて色を変えてんのよ!」


 人工照明。

 それは凄い技術だ、とハンマーは感嘆する。

 陽を消せない街でも、こうして「時間」を作っている。


 東地区の中央まで行くと、オアシスの倉庫群から救出された住民たちは、街の人々に支えられながら医療所へと運ばれていく。


「助かった……!」

「スクラッパー!ありがとう!」

 口々に礼を言われ、スクラッパーは照れくさそうに頭を掻いた。

「いやいや!礼ならこっちの英雄たちに言ってくれ!」

 そう言ってキーパーの背中を軽く叩く。

「今回の件は東地区の正式依頼扱いだ。約束の報酬、出さねぇとな」

 スクラッパーは腰の留め具を外すと、中からずっしりと重い布袋を取り出し、キーパーに放った。

 キーパーが布袋を義手で掴むとガシャンと重い金属音。

 袋の口が少し開き、中から鈍い茶色の貨幣が覗く。

 歯車と蒸気塔の刻印が打たれた金属貨。

蒸気貨スチームコインだ。デイブレイクタウンの通貨」

 ハンマーが覗き込んで目を丸くする。

「すご……!こんなにいいの?」

 袋の中には大量の蒸気貨が詰まっていた。

 金属同士がぶつかり、重い音を立てる。

 レンが一枚取り上げて確認する。

「銅貨か⋯純度が高そうだな」

「さすが詳しいねぇ。そいつは高純度の銅貨だ。武器でも家でも買えるぜ」

 スクラッパーはにやりと笑う。

「しばらくは遊んで暮らせる額だ」


「⋯妥当だ」

 レンが淡々と袋をキーパーへ戻す。

 そのときだった。


『興味深いものを見せてもらった』

 静かな声がして、皆が振り向く。蒸気管の影から、一人の老人がゆっくり歩いてきた。

 黒い外套。

 白髪混じりのオールバック。

 やせた体。

 どこにでもいそうな、少し弱々しい老人だった。


「……誰だ」

 レンは自然と銃に手を伸ばす。 


 老人は慌てて両手を上げた。

「おお、怖い怖い。そんな物騒なものを向けないでおくれ」

 柔らかい声だった。

「私はただの老人だ。少し……話をしたくてね」


「話だぁ?」

 スクラッパーが目を細める。

 老人はゆっくり頷いた。

「うむ。南地区のことだ」


 スクラッパーたちの空気が少し変わる。

「南地区?」

 ハンマーが首を傾げる。

 老人は周囲を見回し、声を落とした。

「君たちはこの街の外から来たのだろう?」

「まぁな」

 キーパーが答える。

 老人は静かに続ける。

「なら、まだ知らないだろう。南地区には……一人の支配者がいる」

「名を――フィアー」

 その名前に、スクラッパーが舌打ちする。


「……あの野郎か」

「知ってるの?」

 ハンマーが聞く。

「南地区のボスだよ。恐ろしい独裁で街を支配してるってゆー噂だ」

 老人はゆっくり頷く。

「その通りだ」


 少し間を置き、続ける。


「彼は恐怖で人を縛る。逆らえば精神を壊すとも言われている。ワシの連れだった者も⋯」

 キーパーは黙って聞いていた。

「南地区では誰も逆らえないんじゃ。意見も……誰も言えない」

 老人は小さく息を吐く。

「このままでは、あの街の人々は壊れてしまうよ」

 沈黙。重苦しい空気が一行を包む



 その頃。

 東地区の屋根の上。

 蒸気管と鉄骨の間に、ひとつの人影があった。

 体をすっぽり覆う大きな衣服。

 フードを被り、首元のジッパーは鼻先まで閉められ、顔はほとんど見えない。白い前髪だけが、フードの隙間から風に揺られている。

 少女は屋根の端にしゃがみ込み、下の様子を静かに見ていた。


 老人。

 レン。

 ハンマー。

 スクラッパー。


 ⋯キーパー。


 順番に視線が移る。

 袖の奥で、指がわずかに動く。

 そして――止まる。

 老人がキーパーたちを連れて歩き出した瞬間、少女の肩から力が抜けた。


「……なら」

 小さな声。

「今は、いい」

 次の瞬間、影は屋根の向こうへ溶けるように消えた。



 老人の背を追うように歩きながら、会話が続いていた。

「それで?」

 レンが聞く。

 老人はキーパーを見る。

「君たちの力を貸してほしい」

「……。」

「端的に言うと、フィアーを倒してほしいのじゃ」

 スクラッパーが息を吐く。

「まぁ南地区は確かに物騒な噂は多いが⋯そこまで酷かったとはな。」

 レンは鋭い目つきを緩めずに問いかける。

「なぜ私たちに頼む?」


 老人は少し考えて答えた。

「なに、単純じゃ。君たちは強い」

 穏やかな笑み。

「先ほどの戦いを見ていた」

 キーパーの目がわずかに細くなる。

「遠くからだがね」

 老人は軽く咳をした。

「正直に言おう。私のような老人では何もできない」

 寂しそうに笑う。

「だが、あの街の人々は救われるべきだ」 

 ーーそれに、と老人が続ける。

「失礼な言い方だが、君たちは他所から来た者たちだ。今後も生活をしていく私たちよりも、万が一失敗したときのリスクも⋯な?」

 ハンマーがキーパーを見る。

「どうする?」

 スクラッパーが口を挟む。

「南地区は俺もよく分からない。決めるのはアンタたちだが⋯まぁ協力はするぜ。」

 レンが静かに言う。

「私はキーパーに従う」


 キーパーはしばらく考え、口を開いた。


「南地区の場所は?」

 老人は静かに微笑む。

「この運河を越えた先だ」

 蒸気塔の向こう。

 夕焼けの中、街の南側が薄く見える。

「そこに――恐怖の街がある」

 沈黙。

 やがてキーパーが歩き出す。

「行こう」

 レンが銃を下ろす。

「了解。⋯ジジイ、依頼ということで報酬は準備しておくように。」

 ハンマーが頷く。

「南地区だね!」


 スクラッパーは肩をすくめた。

「まぁ……気をつけろよ」

 スクラッパーに見送られながら、三人は運河の橋へ向かって歩き出す。

 老人は、その背中を静かに見送っていた。

「報酬は⋯期待してくれてよい」

 夕焼けの蒸気が、ゆっくりと街を包み込んでいく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ