第23話 恐怖公のウワサ
第23話
東地区へ戻るころには、蒸気塔の白煙が夕焼け色に染まり始めていた。
「あれ⋯?なんで空の色変わってるんだろ?」
ハンマーが不思議そうに天を仰ぐ。確かに、この街でも太陽は動かないはずだ。
それなのに、来たときより空が少し橙色になっている。
「あー、そりゃ人工照明だよ!」
スクラッパーが誇らしげに話す。
「この世界だと空の移り変わりが無いだろ?だから、時間の経過と共に蒸気に照明を当てて色を変えてんのよ!」
人工照明。
それは凄い技術だ、とハンマーは感嘆する。
陽を消せない街でも、こうして「時間」を作っている。
東地区の中央まで行くと、オアシスの倉庫群から救出された住民たちは、街の人々に支えられながら医療所へと運ばれていく。
「助かった……!」
「スクラッパー!ありがとう!」
口々に礼を言われ、スクラッパーは照れくさそうに頭を掻いた。
「いやいや!礼ならこっちの英雄たちに言ってくれ!」
そう言ってキーパーの背中を軽く叩く。
「今回の件は東地区の正式依頼扱いだ。約束の報酬、出さねぇとな」
スクラッパーは腰の留め具を外すと、中からずっしりと重い布袋を取り出し、キーパーに放った。
キーパーが布袋を義手で掴むとガシャンと重い金属音。
袋の口が少し開き、中から鈍い茶色の貨幣が覗く。
歯車と蒸気塔の刻印が打たれた金属貨。
「蒸気貨だ。デイブレイクタウンの通貨」
ハンマーが覗き込んで目を丸くする。
「すご……!こんなにいいの?」
袋の中には大量の蒸気貨が詰まっていた。
金属同士がぶつかり、重い音を立てる。
レンが一枚取り上げて確認する。
「銅貨か⋯純度が高そうだな」
「さすが詳しいねぇ。そいつは高純度の銅貨だ。武器でも家でも買えるぜ」
スクラッパーはにやりと笑う。
「しばらくは遊んで暮らせる額だ」
「⋯妥当だ」
レンが淡々と袋をキーパーへ戻す。
そのときだった。
『興味深いものを見せてもらった』
静かな声がして、皆が振り向く。蒸気管の影から、一人の老人がゆっくり歩いてきた。
黒い外套。
白髪混じりのオールバック。
やせた体。
どこにでもいそうな、少し弱々しい老人だった。
「……誰だ」
レンは自然と銃に手を伸ばす。
老人は慌てて両手を上げた。
「おお、怖い怖い。そんな物騒なものを向けないでおくれ」
柔らかい声だった。
「私はただの老人だ。少し……話をしたくてね」
「話だぁ?」
スクラッパーが目を細める。
老人はゆっくり頷いた。
「うむ。南地区のことだ」
スクラッパーたちの空気が少し変わる。
「南地区?」
ハンマーが首を傾げる。
老人は周囲を見回し、声を落とした。
「君たちはこの街の外から来たのだろう?」
「まぁな」
キーパーが答える。
老人は静かに続ける。
「なら、まだ知らないだろう。南地区には……一人の支配者がいる」
「名を――フィアー」
その名前に、スクラッパーが舌打ちする。
「……あの野郎か」
「知ってるの?」
ハンマーが聞く。
「南地区のボスだよ。恐ろしい独裁で街を支配してるってゆー噂だ」
老人はゆっくり頷く。
「その通りだ」
少し間を置き、続ける。
「彼は恐怖で人を縛る。逆らえば精神を壊すとも言われている。ワシの連れだった者も⋯」
キーパーは黙って聞いていた。
「南地区では誰も逆らえないんじゃ。意見も……誰も言えない」
老人は小さく息を吐く。
「このままでは、あの街の人々は壊れてしまうよ」
沈黙。重苦しい空気が一行を包む
〜
その頃。
東地区の屋根の上。
蒸気管と鉄骨の間に、ひとつの人影があった。
体をすっぽり覆う大きな衣服。
フードを被り、首元のジッパーは鼻先まで閉められ、顔はほとんど見えない。白い前髪だけが、フードの隙間から風に揺られている。
少女は屋根の端にしゃがみ込み、下の様子を静かに見ていた。
老人。
レン。
ハンマー。
スクラッパー。
⋯キーパー。
順番に視線が移る。
袖の奥で、指がわずかに動く。
そして――止まる。
老人がキーパーたちを連れて歩き出した瞬間、少女の肩から力が抜けた。
「……なら」
小さな声。
「今は、いい」
次の瞬間、影は屋根の向こうへ溶けるように消えた。
〜
老人の背を追うように歩きながら、会話が続いていた。
「それで?」
レンが聞く。
老人はキーパーを見る。
「君たちの力を貸してほしい」
「……。」
「端的に言うと、フィアーを倒してほしいのじゃ」
スクラッパーが息を吐く。
「まぁ南地区は確かに物騒な噂は多いが⋯そこまで酷かったとはな。」
レンは鋭い目つきを緩めずに問いかける。
「なぜ私たちに頼む?」
老人は少し考えて答えた。
「なに、単純じゃ。君たちは強い」
穏やかな笑み。
「先ほどの戦いを見ていた」
キーパーの目がわずかに細くなる。
「遠くからだがね」
老人は軽く咳をした。
「正直に言おう。私のような老人では何もできない」
寂しそうに笑う。
「だが、あの街の人々は救われるべきだ」
ーーそれに、と老人が続ける。
「失礼な言い方だが、君たちは他所から来た者たちだ。今後も生活をしていく私たちよりも、万が一失敗したときのリスクも⋯な?」
ハンマーがキーパーを見る。
「どうする?」
スクラッパーが口を挟む。
「南地区は俺もよく分からない。決めるのはアンタたちだが⋯まぁ協力はするぜ。」
レンが静かに言う。
「私はキーパーに従う」
キーパーはしばらく考え、口を開いた。
「南地区の場所は?」
老人は静かに微笑む。
「この運河を越えた先だ」
蒸気塔の向こう。
夕焼けの中、街の南側が薄く見える。
「そこに――恐怖の街がある」
沈黙。
やがてキーパーが歩き出す。
「行こう」
レンが銃を下ろす。
「了解。⋯ジジイ、依頼ということで報酬は準備しておくように。」
ハンマーが頷く。
「南地区だね!」
スクラッパーは肩をすくめた。
「まぁ……気をつけろよ」
スクラッパーに見送られながら、三人は運河の橋へ向かって歩き出す。
老人は、その背中を静かに見送っていた。
「報酬は⋯期待してくれてよい」
夕焼けの蒸気が、ゆっくりと街を包み込んでいく。




