第21話 黎明の街並み
第21話
デイブレイクタウンの形は歪なひし形をしており、街を斜めに横切る二本の人工運河が、十字を描くように四つの地区を分断していた。
北地区から東地区に入るための橋を渡ると、全体の雰囲気は大きく変わる。
油と蒸気の匂い、鉄の音に満たされた北地区と比べて、東地区は全体的に整頓されており、人の数も一層多い。
「凄いな⋯。聞いていた以上にたくさんの店や施設があるな。」
「あっちには不動産や病院まであるよ!
あ!あっちは花屋さんだって!」
ハンマーは目をキラキラさせて駆け出す。
サンセットタウンも賑やかだったが、デイブレイクタウンは規模がまるっきり違う。
ナイトタウンも大きい街だが、あそこは人が少なく全体的に真っ暗なためかこれほど広く感じない。
まさに都会だった。
「花だとか不動産だなんて、この世界で必要なのか?」
レンが冷めた目で話す。気持ちは分かる。
だが、あんまり店前で言うなーーとキーパーが注意しようとした、そのとき。
『この世界だからこそ必要なんだぜ!』
よく通る、快活な声がこちらに向かって聞こえてくる。
花束を抱え、頭に赤いバンダナを巻き、爪楊枝を咥えたまつ毛の長い伊達男。
「お前は?」
レンは鋭い目つきで尋ねる。もはや威嚇する犬のようだ。
「オォ〜麗しいお嬢さん。この花束をどうぞ。お近づきの印です」
「いらん。」
即答。レンはよく笑うようになったと思ったが、相変わらずのようだ。
「おっほほ、これは手強い。」
「お前は?」
「兄ちゃん両手に花たぁ!やるねえ!まぁ、伊達っぷりならオレサマには敵わねぇけどな!」
バンダナの男は突然キーパーの肩を組み笑いかけてくる。馴れ馴れしいが、嫌な気持ちはあまりしない。不思議な魅力を持つ男だ。
レンは男の襟を掴み、キーパーから引き剥がし、眉間に銃口を突きつけながら尋ねた。
「次が最後だ。オマエハダレダ?」
もはや殺気すら出している。
さすがの伊達男も小さく冷や汗をかきながら両手を挙げる。
「お、オォ。これは失礼したな。俺はスクラッパー。綺麗な人を見るとテンション上がっちまうんだよ。」
「ちょ、レンだめだよ!この人はお花をくれた親切な人だから!」
スクラッパーの後ろから花束を持ったハンマーがちょこんと現れレンの銃をおろす。
「ハンマー。こういう奴に騙されるな。知らない人から何かを受け取るな。」
「お母さんか。」
「ハハハ!楽しい奴らだな!旅の人かい?」
スクラッパーは軽快に話し始める。しかしこっそりキーパーの後ろに下がり、足が小さく震えているのはバレバレだった。
「この街は活気があるな。」
キーパーが呟く。
「活気というより、爆発寸前って感じだけどな!」
スクラッパーは頭上を横切る巨大な歯車を指さした。
ハンマーは素直に上を見て、視線を巡らせる。
「さっき花屋でハンマーちゃんから聞いたぜ!仕事を探してんなら、東地区の中央掲示板だ。」
スクラッパーはついてきな!と元気よく話して歩き出す。
レンは相変わらず怪しんでいたが、キーパーがついていこうと言って渋々ついていくことになった。
東地区の中央には、蒸気管に囲まれた円柱状の依頼塔があった。
各地区に置かれた掲示板を改造したのだと言う。
金属板に直接刻まれた依頼内容が回転し続けている。
レンとハンマーが目を細める。それを見てスクラッパーは赤い文字の依頼を指さす。
「高報酬のものっつったら――」
その瞬間。
轟音。
地面が揺れた。
遠くで鉄骨が崩れ落ちる音。
悲鳴。
「……依頼、見つけたな。」
キーパーが静かに言う。
「あー、こりゃちょーどかもな。」
スクラッパーは不思議と落ち着いていた。
四人は音の方角へ駆け出す。
蒸気塔の更に東。
巨大な工場の外壁が半壊していた。
破壊の中心には――
鉄塊を振り回す巨躯の男と⋯マモノ。
「な、なぜマモノが!?」
「ミッションの通知、来てなかったよね!?」
三人が驚く間も、破壊音は続く。
「オラァ!ランク狩りだ!Bランク以上の奴を連れてこい!」
巨躯の男は全身に改造の痕跡があり、腕は鋼鉄。脚部は蒸気機構で膨れ上がっている。
「アイツは⋯?」
「最近襲ってくるようになった、ランク狩りさ。別にアイツだけだとなんてことは無いんだが⋯」
男の横にいるのは、三体のマモノ。四足歩行のイヌのような身体に、蛇のような頭。全長は2mくらいか。
「あんなふうに、何故かマモノを引き連れていやがるんだ。」
「オラァ!!一人でいい!一人引き渡せば、素直に帰ってやる!」
叫びながら、建材を引き剥がす。
その背後で、作業員らしき人たちが逃げ惑っている。
「マモノがいるとなると、少し厄介だな。」
キーパーは前に出る。
一体のマモノがキーパーに襲いかかる。頭の部分が噛みついてくるが、キーパーは難なく耐える。
そのまま掴んで抑えようとしたが、マモノは素早く避けて距離をとった。
「せめて両手あれば⋯。」
機動力のある小型マモノ、さらに複数を相手にする場合、片手の無いキーパーは抑えきれない。
「心配するな。」
レンが二丁の銃を構える。
「キーパーは前だけ見ていればいい。
ところでスクラッパー。報酬は約束できるんだろうな?」
「ああ!ランク狩りはいつだって討伐対象だ。」
「⋯ならいい。」
レンは力を貯め、二連の銃撃を放つ。マモノたちは難なく避けるが、合わせてレンは肩に銀筒を出現させる。
「エアリアル・レイ!!」
ウツロとの戦闘から、およそ三ヶ月。レンはあれから更に自身の能力を研鑽した。
マモノの機動力を上回る高速移動。更に二丁の銃をより精密に操作できるようになり、一人で複数の相手でも難なく撃ち抜く。
「うっひゃ〜、あの子一人で勝っちまいそうだな!」
スクラッパーが興奮している。
そんなレンから一瞬だけ目を逸らし、キーパーは欠損した肩を見下ろす。
(⋯。)
すぐに向き直し、まだ鉄塊を振り回す男の方に焦点を合わせる。
躊躇はない。
「ハンマー、こっちも行くぞ。」
「あいよ!」
合図とともに、最初に飛び出したのはハンマーだった。
大槌が鉄塊と激突する。
衝撃波が走り、拮抗する。
しかし男は笑う。
「軽いなァ!」
蒸気噴射。
瞬間加速。
ハンマーが吹き飛ばされる。
「キャ!」
「気をつけろ!ソイツは人体改造者だ!」
「へっへっへ!おせェ!」
男は足から蒸気を噴射し、倒れたハンマーの下へ鉄塊を振り上げる。
「くっ!」
「オラァ!」
スクラッパーが足元に落ちていた端材を薄いブーメランのように潰し、ランク狩りに投げた。
ブーメランはランク狩りの足に刺さり、噴射を止める。
「ビンゴ!」
その隙にキーパーがランク狩りの懐へ入る。
左腕のみで、体勢を崩しにかかる。
だが。
重い。
圧倒的質量。
「片腕欠損してる奴が出しゃばりやがって!舐めてんのかァ!」
蹴り。
キーパーの体が地面を滑る。
だが、倒れない。片腕だけでランク狩りの足首を掴んで離さない。
「……まだだ。」
「しゃらくせェ!」
男が蒸気圧を最大まで上げる。
爆発的な加速。
なんとかキーパーも離さずに抑える。本当なら肩から手がもげてもおかしくない加速力だが、キーパーの力もフル活用して止める。
その瞬間。
「よく止めてくれた!」
別方向から、何かが突っ込んだ。
鋭い衝撃。
鉄の端材で包まれたランク狩りの脇腹に、横から手が突っ込まれている。
「俺の地区で好き勝手するなよ!」
陽気な笑みを浮かべたスクラッパー。
「傷だらけの解体工!」
その瞬間、ランク狩りの鉄腕と足の蒸気機構が分解され、ボルトが弾け飛んだ。
「スクラッパー……!」
周囲の作業員が声を上げる。
青年は肩を回した。
「俺に触れたら⋯バラすぜ?」
上半身だけになった男は、頭から地面に激突する。
「まだまだ!」
「まっ…待ってくれェ…!!」
更に踏み込み。
スクラッパーの掌が胸部へ。
胸にある蒸気炉が歪む。
「潰れろ。」
ぺしゃり、と。
機構が潰れ、男は動かなくなった。
静寂。
蒸気だけが漏れる。
スクラッパーは笑いながらキーパーを見た。
「片腕で突っ込むとか無茶しちゃって!」
キーパーは立ち上がる。
「守る必要があった。」
スクラッパーの目が、僅かに細まる。
「……でも助かったぜ。」
マモノを倒し終えたレンが銃を下ろす。
「ここでは、ミッション関係なくマモノが出るのか?」
「そうなんだよ。少し前から⋯な。」
「そうか。とりあえず、約束の報酬を寄越せ。」
レンは手を差し出す。
「まぁまぁまぁ!渡す⋯渡しても良いんだが、最終的には俺がトドメ刺したジャン?」
「ァ゙?」
軽薄な笑いを浮かべるスクラッパーに対し、レンは再度殺意を込める。
「いやいやちょいちょいまてまて!」
スクラッパーは両手を挙げながら話を続ける。
「俺はいま東地区まとめ役、みたいなもんだ。あんたたち、噂の街潰しだろ?」
「街潰し?」
「片腕の男に、銃と槌をそれぞれ持った美女二人。⋯まだお仲間居たと思うけど、お前ら有名だぜ」
スクラッパーはキーパーの顔をまじまじと見つめる。
「サンセットタウン、サンライズヴィレッジ。近頃街が二つも潰れてら。」
レンが間に入り、銃を突きつける。
「⋯何が言いたい?」
「別に敵意は無ぇんだ。ただ、その実力を見込んで頼みがあるのよ。」
「さっきも言ったように、この街はランク狩りに襲われててよ。
⋯奴らに住人が何人も攫われてるんだ。その根城を潰しちゃくれねえか。」
「報酬は?」
「そうだな、前払い⋯とゆーかさっき助けてもらった報酬としてまず、アンタの腕を作らせる。ってのはどーだ?」
一瞬の沈黙。
キーパーが答える。
「腕だと?」
「あぁ、義手だ。両腕あるほうが、何かと便利だろ?」
スクラッパーは親指で北地区にそびえる蒸気塔の奥を指す。
「俺は北にも顔が利くんだ。紹介してやるよ。」
「この街で一番、頭のネジが外れてる職人をな。」
レンの目が細くなる。
「製造者か。」
「メーカーって呼ばれてる。」
蒸気の向こう。
鉄扉の奥から、金属を削る音が響いていた。
「その上で、ランク狩りを潰してくれりゃ、お前らがこの街で望むものが手に入るだけの報酬を用意しよう。」
「⋯良いだろう。」
悩むまでも無かった。
「よーし。よろしくな!」
キーパーとスクラッパーが固く握手をしているとき。
遠くの高所から、静かな視線が落ちる。
白い前髪の奥から、じっとキーパーを見つめる影。
音も、気配も感じさせない。
だが――
キーパーだけが、僅かな寒気を覚えた。
「……?」
振り向く。
「お?どした?」
誰もいない。
蒸気だけが揺れている。
「いや⋯。」
街に根を張る配管のように、様々な思惑が静かに絡み合い始めていた。




