第20話 次なる旅立ち
第20話
乾いた風が、薄褐色の砂埃を巻き上げ、数少ない草を揺らしている。
水の気配はほとんど感じない砂道を歩く三つの人影。
キーパー、ハンマー、そして"レン"。
サンライズヴィレッジで、ウツロと戦ってから、約三ヶ月。
――あくまで体感で、だが。
あの日、ウツロとの決戦のあと。ついにシーカーとクラッシャーを見つけることは出来なかった。
一部の生存者たちは、屈強な男に連れられて南へ向かったとハンマーから聞いたが、その中にも二人の姿は無かったそうだ。
俺たちは、一度ナイトタウンに戻り、ミッションをこなしながら拠点で二人の帰還を待った。
ナイトタウンで顔見知りになった生存者たちにも聞いてまわったが、やはり二人の姿は誰も見ていないそうだ。
「待っているだけじゃ、だめだ。」
俺の言葉に、二人は賛同してくれた。探しに行くしかない。
この世界で見つけた、数少ない仲間を放っておくことはできなかった。
空は白みかけている。
夜と朝の境界線のような色。
背後に残した夜の街は、もう見えない。
「……静かだね。」
ハンマーが呟く。
「騒がしいよりもいいさ。」
レンが短く返す。
「最近は、なぜかミッションの通知も少ない。」
キーパーが腕を組む。
今までは定期的に来ていたミッション通知が、不定期になっていた。
マモノや侵入者が少ないのか、それとも⋯
「いや、少ないというより――」
レンが言葉を継ぐ。
「私には、相変わらず来ていない。」
ハンマーが顔を上げる。
「まだ無いの?」
「ああ。」
レンは前を見たまま言う。
「掲示板からも、私の名前は消えている。それに、今までは見ることが出来ていた自分のランク表示すら⋯。」
キーパーの胸の奥が、わずかに軋む。
あの日。
サンライズヴィレッジでのあの瞬間から、レンは“外れた”。
「到達者、だからか?」
キーパーが低く呟く。
「そう仮定するしかないな。」
レンは冷静だ。
「ランクすら無くなったということは、このゲームの管轄からも外れているのかもしれない。」
ハンマーが首を傾げる。
「でも、それって悪いことなのか?」
「分からない。」
レンは小さく笑う。
「少なくとも、ランク争いに巻き込まれないのは楽だ。」
「だが、解放条件であるSランク到達が⋯。」
俺の心配に対して、レンは『それはおいおい考えればいいさ』とまた笑って答える。
レンは、あの日以降よく笑うようになった。
「シーカーも……」
ハンマーの声が少し小さくなる。
「名前、消えてたな。」
沈黙。
キーパーが歩みを止める。
「だが死んだ、と決まったわけじゃない。」
「うん。」
「表示が“無い”だけだ。」
レンが言う。
「私と同じ可能性もある。」
淡い希望。
もちろん確証などない。
「クラッシャーは掲示板に残ってる。」
ハンマーが言う。
「ランクも、生存表示も。」
「あいつは、しぶといからな。」
キーパーが少しだけ笑う。
「しぶとさだけなら、一級品だ。」
レンも小さく頷く。
「だから、まずはクラッシャーを探す。」
「そのために――」
三人の視線が、前方へ向く。
遠く、砂霧の向こう。
薄く屋根が連なっている。
朝焼け色の光を受けた街。
「デイブレイクタウン。」
レンが名を告げる。
流浪の民。
難民。
ランクから逃げた者。
ランクに追われた者。
様々な存在が集まる街。
「情報も、あるはずだ。」
キーパーが言う。
「クラッシャーの足取りも。」
「シーカーのことも。」
ハンマーが拳を握る。
風が吹く。
どこか懐かしい匂いが混じる。
「レン。」
キーパーが呼ぶ。
「なんだ。」
「お前の言っていた“魂の記憶”。やはり、この世界とは全く別なのか?」
少しだけ、間。
「そうだな。全てを鮮明に思い出したわけではないが、少なくとも私のいた世界とは違う。」
レンが思い出したという魂の記憶。ナイトタウンに戻って、いろいろと話を聞いたが、簡単には信じられないことばかりだった。
『銀河戦争』『星の絶滅』『ガルガン帝国の星鋭遊撃隊』
聞いたこともないような世界の話。
そしてレン自身、今の肉体と、記憶の中の身体では乖離があるらしい。
「ウツロの言っていたことが、正しかったのか」
「……全てってわけじゃないだろう。」
「ただ⋯」
レンは前を見たまま答える。
「確かに記憶の中の私は死んだ。体から熱が逃げていき、死に向かっていく感覚は間違いなく残っている。」
キーパーは黙る。
「でもな、"ココ"ではまだ生きている。」
レンの声は静かだ。
「ここでは、自分で決めていく。」
その言葉に、キーパーの心臓が強く鳴る。
理由は分からない。
ただ、どこか――
引っかかる。
「行こう。」
レンが言う。
「そうだな。」
「デイブレイクタウンへ!」
三人は歩き出す。
真っ暗だったナイトタウンの闇から、朝日の光が、少しずつ強くなる。
サンライズヴィレッジとはまた違う朝焼け。
次の光へ。
デイブレイクタウンは、もうすぐそこ。
◆
やがて砂霧の向こうから、低い唸りが聞こえてくる。
唸りと共に流れてくるのは、風ではなく真っ白な蒸気。
蒸気に包まれ、三人は思わず顔を伏せる。何故かその蒸気は乾いており、さらさらと後ろへ流れていく。
やがて視界が開ける。
目の前には、巨大な鉄塔がくすんだ朝日を背に、白煙を吐き出している。
幾重にも絡み合う配管が街の空を走り、歯車が軋みを上げ、鉄橋が立体的に重なっている。
砂漠の中に、無理やり文明を築いた都市。
それが、デイブレイクタウンだった。
「……すご。」
ハンマーが思わず声を漏らす。
門らしき構造物は無い。代わりに、蒸気を吐き出す円筒状の塔がいくつも立ち、街の外周を囲っている。
その蠢く部品や噴き出す蒸気を見ると、ただの外壁というよりも、巨大な機械生命体のような異質さを感じる。
中からは金属を叩く音、怒鳴り声、蒸気の噴出音が混ざり合って響いてくる。
「な、なんか凄いね。ぐちゃぐちゃというか⋯。」
ハンマーが呟く。
「まるで街自体が生きているようだ。」
レンは短く返す。
三人はそのまま街へ足を踏み入れる。
路地は狭く、上を見れば鉄骨が縦横に交差している。ワイヤーに吊られた荷物が頭上を移動し、歯車仕掛けの運搬機が軋みながら通り過ぎる。
薄い陽に照らされた大通りには、多くの人が行き交っている。
一歩路地裏に入ると影で満たされているが、そこにも多くの人影が蠢く。
デイブレイクという名の通り、これから夜明けが来るかのような影と陽光の混在。
街ゆく人々は、片腕が機械の男や義眼を光らせる女。背中に蒸気ボンベを背負った少年。さらには全身毛むくじゃらの、性別年齢不詳の二足歩行者。
様々な存在が、無秩序に行き交っていた。
キーパーたちは、街の中心にある広場へ出る。
そこにあったのは、ひときわ巨大な歯車だった。
円形の鉄板が回転し、その内側に文字が刻まれている。蒸気圧で動いているらしく、規則的に唸りを上げながら表示が切り替わっていく。
「掲示塔か。」
キーパーが言う。
「恐らく改造されているな。表示形式や動きが他の街の掲示板と違う。」
レンは目を細めながら考察する。
表示を追う。
ランク上位者の名が並ぶ。
クラッシャー:ランクA
確かに、ある。
「……生きては、いるな。」
キーパーの声がわずかに緩む。
だが。
探してもシーカーの名は無い。
そしてガンナーの名も、無い。
歯車は無機質に回り続けるだけだ。
「やっぱり、消えてる。」
ハンマーが小さく言う。
「私のように、表示から外れただけかもしれない。」
レンは淡々と告げる。
「ただ、表示されていないだけだ。」
キーパーは一度だけ掲示塔に触れる。
冷たい鉄の感触。
何も起こらない。
だが胸の奥が、わずかにざわつく。
「クラッシャーとシーカーの目撃情報を探そう。」
レンが言った。
手当たり次第に声をかけて話を聞く。ここの住人は見た目によらず友好的で、様々な話を聞かせてくれた。
デイブレイクタウンには、独自の通貨があり、それさえ払えば様々なモノが買えるらしい。
武器や鎧、更には義手といった工業品が集中する北地区。地図を見て、自分たちはそこから入ってきたのだと理解する。
そしてその隣の地区は、ミッションの代行や何でも屋といったバラエティ豊かな商品の並ぶ東地区。
そこから娯楽や食料品といった、一見すると必要のないモノを取り扱う南地区。
ーーそして
西地区。特に西の『裏地区』と呼ばれているエリアで売られているのは、情報や"人"。
「西地区には、あんまり近寄らない方がいいわよ〜」
気の良さそうなおじさん(おばさん?)は去り際にそう忠告をしてきた。
「それでも⋯行かないわけにはいかないよね。」
ハンマーはこちらをジッと見てそう話す。
「とはいえ、情報を得るためにはお金が必要らしい。それをまずは稼がねばな。」
レンは冷静だ。
「俺たちが稼げる場所と言えば、東地区だな。そこでミッションの代行でもやってみるか。」
東地区に向かおうと歩き出す三人。
初めてのお金稼ぎ。上手くいくのだろうか。
小さな不安がよぎる。
だが、振り払う。
「やるしかないんだ。」
蒸気塔の上から、相変わらずモクモクと白煙が立ち昇る。
まるで都合の悪い真実を掻き消すように。
デイブレイクタウンは、まだ目を覚ましたばかりだ。




