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第17話 魂の箱庭

第17話


 神隠しの間の窓を突き破り、ウツロは空へ躍り出た。

 背中から噴き上がる炎が尾を引く。


 地盤沈下で傾いた社の屋根を踏み、さらに高く跳ぶ。

 着地。崩れかけた石段の上。


 かつて集落を見下ろしていた“救済者”の定位置。

 だが、村はかつての輝きを失っている。

 地盤の崩落で灯台座は沈み、循環していた光は断たれた。

 家々の窓も、街路も、ウツロから見れば闇に沈んでいるようにすら見える。


 息が荒い。

 胸が上下する。


(光が足りない……クラッシャーめ⋯許さん、許さんぞ)


 集落を見下ろす。クラッシャーとの戦闘で、社を突き抜けた黒点の光が家や木々を燃やし、至るところから火の手が上がっている。

 多くの村人たちが門から集落の外に避難していく。


 だが数人。白装束を着た数人の信奉者たちは、こちらに向かって祈りを捧げている。

「おお⋯神よ。」


(迷える哀れな魂たち。私が彼らを神の下へ、送ってやらねばならない⋯。)


 そのときウツロの脳裏に思い出されたのは、この集落に来る前。アンサーと出会った、"あの日"のことだった。



「⋯この爺さんが本物の"アンサー"なのか?ライター。」

 口元を隠し、黒い服に身をつつんだファイアー。

 彼の目から見て、目の前にいる老人は、オーラも殺気も感じない"弱者"に見える。


「こらファイアー!失礼はよしたまえ。

⋯申し訳ない。彼には私から注意しておきます。」


「⋯よい。彼の目は"ある意味で"正しい。私にはあなたたちのような強さは無い。」

 ボロボロの布切れを纏い、腰はこれでもかというほど曲がった小さなご老人。

 ライターにとって、彼への印象はそんなもの。

 だが、根拠のない確信はあった。確かに、彼は"答え"なのだ。

 毎日の戦いで仲間たちを失い、強者たちが暴れ、より強い者が支配を塗り替える毎日。


"この世界とは、いったい何なのか?"


 ライターの中で、その疑問は日々大きくなる。仲間たちは、何故かあまり強い関心を持たない。

 とにかく戦い、ランクを上げて生き残る。ほとんどの生存者たちにとって、それこそが目的。

 だがライターだけは、世界自体に強い興味を持っていた。


「ただし、答えられる問いは一人につき一つのみ。」


「そして答えを得た者は疑問を失う。儂という存在を⋯認識できなくなる。」


「⋯分かりました。」


「私は、この世界について知りたい。この世界は、いったいーー」



 私に祈りを捧げる信奉者たち。

 迷える魂たち。

 私が、神の下へ導いて⋯


(チガウ⋯。チガウノカ?)


 燃え盛る火。逃げ惑う人々。そして自分を崇め祈る信奉者たち。


 ソレらを見てウツロは、アンサーからもらった答えの"もう一つの解釈"に目覚めた。

「そうか⋯私が神の下へ導くのではない。」


「ワタしコソ⋯神ナノカ。」


 その呟きと共に、サンライズヴィレッジの上空に突然"小さな太陽"が生まれる。

 村全体を眩く照らす陽光は、祈りを捧げる信奉者たちを、逃げ惑う人々を、見境なく貫き焼いた。


「ワタしガ、皆を浄化しなければ!!!」

 巨大な日輪を背負う、陽の化身。

「ワタシは⋯私は、栄光ノ灯火(グローリーライター)!!」

「この魂迷の世から、君たちを解放しましょう!」


 光を纏うウツロの背中には、漂う日輪。輪から放たれる、幾多もの光線は雨のように集落へ降り注ぐ。


 燃える絶叫が響き渡る。しかしその叫びも、今のウツロには賛美歌として聞こえる。

 

「やめろー!!!」

 背後から声がする。ウツロが振り返る。


 キーパー。

 ガンナー。

 ハンマー。

 シーカー。


 四人が、崩れた瓦礫を越えて姿を現す。


「ウツロ!」

 キーパーが叫ぶ。

 ウツロは彼らを見て、一瞬怪訝な顔をする。


「君たちは⋯あの悪魔の仲間じゃないですか。」


「あなたたちに救う価値はありません。永遠にこの世で彷徨いなさい。」


 ウツロは言い捨て、視線は下へ向く。

 集落の人々。

 混乱しながら、逃げ惑いながら、誰もがこちらを見上げている。


 恐怖。

 不安。

 縋る視線。


 光とは、照度ではない。

 炎でもない。

 天体でもない。


 “希望”だ。


 ウツロの口元が、ゆっくりと歪む。

「……今、皆さんを解放します。」

 背中の日輪が揺らぐ。

 赤ではない。

 橙でもない。

 黄金。

「神の寵愛を。」

 

「てやぁ!!」

 ハンマーが、ウツロの背中に槌を叩きつける。だが体に触れた瞬間、槌の先端が赤く発光し、溶け落ちた。

「そんな!?」


「無駄ですよ。何者も、私を止めることは⋯」

 言いかけて、ウツロは先程までのクラッシャーの姿を思い出す。

「いや⋯あなたたちも充分危険かもしれませんね。」


 音が消えた。

 次の瞬間。

 

 ウツロはハンマーに飛びかかる。

 それを一瞬早くキーパーが察して、間に立ちウツロを止める。


 黄金に輝くウツロの両手を抑えるキーパーの手と肩からは蒸気が溢れる。能力によって形は保たれる。だが焼かれ続ける痛みは止まらない。

「ぐぅうう⋯!」


「なぁ、キーパーくん。」

 ウツロが、キーパーに語りかける。

「なぜ、君たちは私を止める?なぜ邪魔をするんだ?」


「ふざけるな⋯!目の前で起こる殺戮を、黙って見てられないだろう!」


「殺戮⋯?何を言っているのですか。私は、彼らをこの世界から解放しているのですよ。」

 ウツロは言いながら、後ろへ飛びキーパーとの距離を開ける。


「前にも問いましたね。君は自分の名を覚えているか。と。」


「名がどうした。俺は、キーパーだ!」

「違う⋯。」


「それは、君という魂に与えられた仮の肉体の名に過ぎない。」


「おかしいと思いませんか?君たちはどこで生まれたのか?幼少期の記憶は?親は?」


「何を⋯?」

 ドクン

 そのとき、キーパーの心臓が激しく高鳴る。

「この世界に来る前のことだ。君は、どのように"死んだ"?」


「何を⋯言ってるんだ?」

 ドクンッドクンッ


「この世界は、罪を背負いし魂の箱庭。

分かりやすく言えば、ここは君たちの魂を浄化するための死後の世界なのですよ。」


「意味が⋯」

『うぁあ⋯!!』

 キーパーの背後から、突然のうめき声。一瞬振り返ると、ガンナーが頭を抱えうずくまっている。

「ガンナー!」

「うぅ⋯!」


「シーカー!ガンナーとハンマーを連れて下がれ!」

「⋯部屋においてきたクラッシャーのことも確認しろ!」

「し、しかし⋯!」

「俺は大丈夫だ!俺は⋯死なない!!」

 キーパーはウツロの目を真っ直ぐと見据えながら、言いきる。


「ふ、ふふ。死なないというのも可哀想です。死して魂が浄化されて初めて、この世界から解放されると言うのに。」


「この空間は、私の瞳だ。」

 ウツロの蒼い瞳が輝く。日輪から質量のある光が押し出される。

 キーパーが受け止めるが、押される。

 膝が地に触れる。

 光が一点へ収束する。


 キーパーの体を焼き焦がしながら押しつぶしていく。

「私もあなたと同じでした。自らのことを⋯"魂の記憶"を、忘れていた。」


「しかし思い出したのです。啓示を受けたのです。私は⋯」

 ウツロは光を止める。前身が焼け焦げ、膝を付くキーパーを見下ろす。


 ウツロは本当の名を名乗る。だが、その名は光の轟にのまれ、キーパーには聞こえない。


 

 二人の姿を見つめる、黒い沼。

 遠く、社の裏から。


 拮抗する二人を見上げ、舌打ちする。

「……チッ。」


 追うか?

 否。

 キーパー達がここにいる。

 今の姿を晒すのは得策ではない。

 だが、このままじゃキーパーも危ない。


(仕方ねえ⋯。)


 少しばかり悩んだ黒い影は、闇の裂け目へと溶けていく。


 

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