第17話 魂の箱庭
第17話
神隠しの間の窓を突き破り、ウツロは空へ躍り出た。
背中から噴き上がる炎が尾を引く。
地盤沈下で傾いた社の屋根を踏み、さらに高く跳ぶ。
着地。崩れかけた石段の上。
かつて集落を見下ろしていた“救済者”の定位置。
だが、村はかつての輝きを失っている。
地盤の崩落で灯台座は沈み、循環していた光は断たれた。
家々の窓も、街路も、ウツロから見れば闇に沈んでいるようにすら見える。
息が荒い。
胸が上下する。
(光が足りない……クラッシャーめ⋯許さん、許さんぞ)
集落を見下ろす。クラッシャーとの戦闘で、社を突き抜けた黒点の光が家や木々を燃やし、至るところから火の手が上がっている。
多くの村人たちが門から集落の外に避難していく。
だが数人。白装束を着た数人の信奉者たちは、こちらに向かって祈りを捧げている。
「おお⋯神よ。」
(迷える哀れな魂たち。私が彼らを神の下へ、送ってやらねばならない⋯。)
そのときウツロの脳裏に思い出されたのは、この集落に来る前。アンサーと出会った、"あの日"のことだった。
◆
「⋯この爺さんが本物の"アンサー"なのか?ライター。」
口元を隠し、黒い服に身をつつんだファイアー。
彼の目から見て、目の前にいる老人は、オーラも殺気も感じない"弱者"に見える。
「こらファイアー!失礼はよしたまえ。
⋯申し訳ない。彼には私から注意しておきます。」
「⋯よい。彼の目は"ある意味で"正しい。私にはあなたたちのような強さは無い。」
ボロボロの布切れを纏い、腰はこれでもかというほど曲がった小さなご老人。
ライターにとって、彼への印象はそんなもの。
だが、根拠のない確信はあった。確かに、彼は"答え"なのだ。
毎日の戦いで仲間たちを失い、強者たちが暴れ、より強い者が支配を塗り替える毎日。
"この世界とは、いったい何なのか?"
ライターの中で、その疑問は日々大きくなる。仲間たちは、何故かあまり強い関心を持たない。
とにかく戦い、ランクを上げて生き残る。ほとんどの生存者たちにとって、それこそが目的。
だがライターだけは、世界自体に強い興味を持っていた。
「ただし、答えられる問いは一人につき一つのみ。」
「そして答えを得た者は疑問を失う。儂という存在を⋯認識できなくなる。」
「⋯分かりました。」
「私は、この世界について知りたい。この世界は、いったいーー」
◆
私に祈りを捧げる信奉者たち。
迷える魂たち。
私が、神の下へ導いて⋯
(チガウ⋯。チガウノカ?)
燃え盛る火。逃げ惑う人々。そして自分を崇め祈る信奉者たち。
ソレらを見てウツロは、アンサーからもらった答えの"もう一つの解釈"に目覚めた。
「そうか⋯私が神の下へ導くのではない。」
「ワタしコソ⋯神ナノカ。」
その呟きと共に、サンライズヴィレッジの上空に突然"小さな太陽"が生まれる。
村全体を眩く照らす陽光は、祈りを捧げる信奉者たちを、逃げ惑う人々を、見境なく貫き焼いた。
「ワタしガ、皆を浄化しなければ!!!」
巨大な日輪を背負う、陽の化身。
「ワタシは⋯私は、栄光ノ灯火!!」
「この魂迷の世から、君たちを解放しましょう!」
光を纏うウツロの背中には、漂う日輪。輪から放たれる、幾多もの光線は雨のように集落へ降り注ぐ。
燃える絶叫が響き渡る。しかしその叫びも、今のウツロには賛美歌として聞こえる。
「やめろー!!!」
背後から声がする。ウツロが振り返る。
キーパー。
ガンナー。
ハンマー。
シーカー。
四人が、崩れた瓦礫を越えて姿を現す。
「ウツロ!」
キーパーが叫ぶ。
ウツロは彼らを見て、一瞬怪訝な顔をする。
「君たちは⋯あの悪魔の仲間じゃないですか。」
「あなたたちに救う価値はありません。永遠にこの世で彷徨いなさい。」
ウツロは言い捨て、視線は下へ向く。
集落の人々。
混乱しながら、逃げ惑いながら、誰もがこちらを見上げている。
恐怖。
不安。
縋る視線。
光とは、照度ではない。
炎でもない。
天体でもない。
“希望”だ。
ウツロの口元が、ゆっくりと歪む。
「……今、皆さんを解放します。」
背中の日輪が揺らぐ。
赤ではない。
橙でもない。
黄金。
「神の寵愛を。」
「てやぁ!!」
ハンマーが、ウツロの背中に槌を叩きつける。だが体に触れた瞬間、槌の先端が赤く発光し、溶け落ちた。
「そんな!?」
「無駄ですよ。何者も、私を止めることは⋯」
言いかけて、ウツロは先程までのクラッシャーの姿を思い出す。
「いや⋯あなたたちも充分危険かもしれませんね。」
音が消えた。
次の瞬間。
ウツロはハンマーに飛びかかる。
それを一瞬早くキーパーが察して、間に立ちウツロを止める。
黄金に輝くウツロの両手を抑えるキーパーの手と肩からは蒸気が溢れる。能力によって形は保たれる。だが焼かれ続ける痛みは止まらない。
「ぐぅうう⋯!」
「なぁ、キーパーくん。」
ウツロが、キーパーに語りかける。
「なぜ、君たちは私を止める?なぜ邪魔をするんだ?」
「ふざけるな⋯!目の前で起こる殺戮を、黙って見てられないだろう!」
「殺戮⋯?何を言っているのですか。私は、彼らをこの世界から解放しているのですよ。」
ウツロは言いながら、後ろへ飛びキーパーとの距離を開ける。
「前にも問いましたね。君は自分の名を覚えているか。と。」
「名がどうした。俺は、キーパーだ!」
「違う⋯。」
「それは、君という魂に与えられた仮の肉体の名に過ぎない。」
「おかしいと思いませんか?君たちはどこで生まれたのか?幼少期の記憶は?親は?」
「何を⋯?」
ドクン
そのとき、キーパーの心臓が激しく高鳴る。
「この世界に来る前のことだ。君は、どのように"死んだ"?」
「何を⋯言ってるんだ?」
ドクンッドクンッ
「この世界は、罪を背負いし魂の箱庭。
分かりやすく言えば、ここは君たちの魂を浄化するための死後の世界なのですよ。」
「意味が⋯」
『うぁあ⋯!!』
キーパーの背後から、突然のうめき声。一瞬振り返ると、ガンナーが頭を抱えうずくまっている。
「ガンナー!」
「うぅ⋯!」
「シーカー!ガンナーとハンマーを連れて下がれ!」
「⋯部屋においてきたクラッシャーのことも確認しろ!」
「し、しかし⋯!」
「俺は大丈夫だ!俺は⋯死なない!!」
キーパーはウツロの目を真っ直ぐと見据えながら、言いきる。
「ふ、ふふ。死なないというのも可哀想です。死して魂が浄化されて初めて、この世界から解放されると言うのに。」
「この空間は、私の瞳だ。」
ウツロの蒼い瞳が輝く。日輪から質量のある光が押し出される。
キーパーが受け止めるが、押される。
膝が地に触れる。
光が一点へ収束する。
キーパーの体を焼き焦がしながら押しつぶしていく。
「私もあなたと同じでした。自らのことを⋯"魂の記憶"を、忘れていた。」
「しかし思い出したのです。啓示を受けたのです。私は⋯」
ウツロは光を止める。前身が焼け焦げ、膝を付くキーパーを見下ろす。
ウツロは本当の名を名乗る。だが、その名は光の轟にのまれ、キーパーには聞こえない。
〜
二人の姿を見つめる、黒い沼。
遠く、社の裏から。
拮抗する二人を見上げ、舌打ちする。
「……チッ。」
追うか?
否。
キーパー達がここにいる。
今の姿を晒すのは得策ではない。
だが、このままじゃキーパーも危ない。
(仕方ねえ⋯。)
少しばかり悩んだ黒い影は、闇の裂け目へと溶けていく。




