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第16話 深淵の⋯

第16話



 クラッシャーの目と鼻の先に、人差し指が向けられる。

 ウツロの指先に光が集まり、やがて漆黒の球体となる。漏れ出る熱がクラッシャーの前髪を焦がす。空気が蒸発する音がする。


 超至近距離から、放たれる

「黒点」


 この距離なのに、光が音を置き去りにする。

 空気が圧縮され、鼓膜が裂ける寸前まで張り詰める。


 次の瞬間。

 世界が、削除された。

 クラッシャーの腿から上が、爆ぜ消える。


 肩も、腕も、首も、頭も。

 焼け焦げることすらなく。


 ただ、そこに“無かった”ことになる。

 残された腿から下は、パタリと静かな音を立てて倒れる。


 血も出ない。

 悲鳴もない。

 空間に空洞だけが残る。

 ウツロは静かに息を吐いた。

 全身が黒く染まっていたウツロの輪郭は、光の放出とともにくっきりと浮かび上がる。


「フフ⋯救済完了だ。」


 呟いたそのとき。


 ぐにゃり、と。

 断面が揺らぐ。

 黒い靄が滲み出る。

 影とも煙ともつかぬ何かが、消えたはずの空間を埋め始める。

 骨ではない。

 肉ではない。

 輪郭の曖昧な“可能性”。

 それが、形を持つ。

 肩のようなもの。

 首のような影。

 顔のようなシルエット。

 だが。

 それはクラッシャーではない。

 人ですらない、異形。


 雑に肩まで伸びた黒髪。

 軽薄な笑みもない。

 左右で色の違う瞳。

 それぞれのパーツは人の形をしている。だが、その合成物は明らかに異質。異形。


 薄く歪んだ笑み。

 黒い外套のような影をまとった細身の男。

「……いやぁ。」

 首を鳴らす。

「さすがにやべぇな、今のは。」


 ウツロの視線が凍る。

「貴様は……」

 男は肩をすくめる。

「俺?俺はクラッシャー」

 くすりと笑う。

「嘘だよ。」


 胸を指す。


「名乗る名前もねえや。」

 影が揺れる。


 ウツロが即座に指先を向け、光を収束させる。集落中から神隠しの間に補充した光はまだ残っている。

 ウツロの足先から徐々に黒く染まる。


「いや遅え。」

 クラッシャーだった男は、その場から消える。

 消えたように見えるほど、早く動いたのではない。言葉通り、消えた。


「なっ⋯。」

 ウツロの足首が、握られる。床から生える手に、がっちりと掴まれる。

 ウツロを掴んだ手首は裂け、そこに歯が生え舌が伸びる。

『お前にとって、俺は何者に見える?』


「貴様⋯!」

 ウツロは指先を手に向ける。


『だから遅えって。』

 手首に開いた口から、また次の手が生えてくる。

 足を掴みながら更に伸びてきた手は、光を収束させていたウツロの手を握りしめる。


(いま、黒点を放てば自分に当たるーー!)

 そう判断し光を体に戻す。


『今、お前にとって俺は得体のしれない奴に見えてるんだろうな』

 

 ウツロは咄嗟に光の剣を生み出し、影から伸びる手を焼き切った。

「何なんだ!貴様は!?」


『今、お前が俺のことをどう思ってるか⋯それが答えだよ』


「わけのわからないことを⋯!」


 黒い影のような、闇の沼から伸びる無数の手。その一つがウツロの剣に当たると、剣が砕けて光の粒子になり散った。


『ありゃ、"破壊できちゃった"。

まだ俺のことクラッシャーだと思ってくれてんの?』


 沼の中から、3つの口が出てきて笑う。ケラケラ。ニタニタと。


(何なんだ⋯何が起きてる?何をしている?)

 ウツロは全身に光を集める。光と熱の鎧「天蓋」。

 天蓋そのものに強度は無い。だが、高密度の光が発する熱により、触れるもの全てを燃やし尽くす。


ーーはずだった。

(ま、まさか⋯!)


 しかし沼から生える手は天蓋越しに掴んでくる。燃えるはずの距離にある口は笑っている。


(コイツは、世の理を越えている⋯!)


 無数の手も、笑う口も、生えてくる闇の沼ごと消し飛ばすしかない。

 そう考えたウツロは自身への被害も省みず、指先を地面に向ける。


「黒点⋯!」

 光が収束し、放たれるはずだった。だが、極小の黒点が生まれて、すぐさま消失した。


「!?」


『せっかく良い能力持ってるのにさ、手の内見せすぎだよ。』


『何で俺がわざわざ地下に大穴空けたと思ってんだ。』


 その言葉を聞き、ウツロは咄嗟に窓の外を見る。

 御殿の屋根が見えるはずの景色は、集落全体が見渡せている。


「まさか⋯!」

『あんだけの爆音でも、戦いに夢中で気づかなかったか』


『自慢の"万視"が無けりゃ、視野は狭いってか?』


「貴様⋯!地盤沈下させたのか!」


 地盤の沈下。

 広間から神隠しの間まで、社の大半が、崩れ落ちていた。


『光の"発生源"が無けりゃ、ガス欠だな!』


 ウツロは小刻みに震える。血が出るほど唇を噛み、眼には充血が広がる。

「キィ⋯キキ、キ貴様ァァァ!!!」

 

 ウツロは絶叫し、背中から炎が弾ける。

「光が無ければ、作れば良いんだろぉおおお!!!」

 背中の炎から放たれる光を指先へ集め連射する。

 頭に血が上っていても、その照準は驚くほど正しく笑う口や伸びる手をそれぞれ消し飛ばす。


『その程度の光量じゃあ、自慢の黒点は出せないんじゃない?』

 憎たらしいほど、恨めしいほどに、無数の口から煽る声が響きケタケタと笑う。


『お前が操れる"光"ってのは、自分の炎から生まれたものだけなんだろ?』


『炎が瞬いていた台座は、全部で三つ。これ、合ってる?』

 ケタケタと笑いながら答え合わせをする口。


「黙れ、黙れ黙れ黙れ!!」

 いくら光弾で弾いても、沼全ては消え去れない。まさに口の減らない沼。


『終わりにしようぜ』

「私は死なない!」

 沼の中央に渦が生まれる。黒く、完璧な円で波が起こる。


ゴポッ⋯ゴポッ。


『じゃあな、哀れな崇拝者。』


 困惑。恐怖。

 この集落の支配者に君臨して、長らく経験していなかった感情に襲われる。

(光量が足りない⋯。身を守れない⋯。嘘だ、死ぬ?死ぬのか?)


 波紋が大きくなる。沼が震える。

 そこに⋯巨大な炎の渦が突っ込んできた。


「ウツロ様ァァァ!」


 炎の渦。人間サイズの炎のハリケーンが、ウツロにトドメをささんとする沼へ飛び込む。


『うわっ!?』


 沼と炎は暴れ乱れる。水と油のように、決して混ざることなく絡み合う。


「ファ⋯ファイアー?」


「逃げて⋯逃げてください。俺が⋯止めます」

『死に損ないがァ⋯。』

「⋯しかし。」

 頭ではウツロも分かっている。他の部下たちなら悩むこともなく切り捨てただろう。

 だが⋯ウツロは躊躇いを隠せない。


「行けぇ!!ウツロォ!」

 ファイアーがウツロに向かって炎を延ばす。自らの半身をウツロの背中に預ける。

 ウツロの背中で揺蕩う炎が、轟炎と化す。


「く⋯。ファイアーよ。魂の浄化を⋯待っています。」

 

 そう言って、ウツロは炎を噴射させ神隠しの間の窓から飛び降りた。

 神隠しの間がフッと暗くなるまで、時間はかからなかった。

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