第15話 誅戮の光
第15話
クラッシャーの開けた地下穴に落ちる二人。
タイガーはうまく受け身を取れず、地面に激突する。
「グッ⋯!」
「あ、すまん!咄嗟だったから力加減できなくてよ⋯」
「いや、いい。助かった。」
声だけのやりとり。ずっと明るい町を見ていた二人にとって、夜よりも暗い地下穴では視力が機能しない。
『まさか⋯チーターがやられるとは思いませんでした。』
声と共に、真っ暗な空間に白い亀裂が走る。
ズドォン!!
光が突き刺さる。
岩が赤熱する。
空気が焼ける。
「チッ……!」
クラッシャーが横に跳ぶ。
タイガーが腕で顔を庇いながら転がる。
だが――
逃げ場が、減っている。
上空から差し込む一本の光は、やがて二本、三本と増えていく。
枝分かれ。
地下に、白い網が張られる。
影が削られていく。
じりじりと。
「なるほどな……。」
クラッシャーが歯を見せる。
「このままじゃ袋の鼠だ。一旦奥へ逃げるぞ。」
そう言って、地下の壁を破壊しドリルのように掘削しながら突き進んだ。
少しして、最初にクラッシャーが広げた穴が光で満たされる。
天井部。社に繋がる穴の縁。
逆光の中に立つウツロの輪郭が、ゆらぐ。
「⋯獣め。」
淡い声。
「奴らは手負いです。鼠を狩るのは得意でしょう?
⋯追いつめて噛み殺せ。」
「⋯了解です。ボス。」
「私は神隠しの間に戻ります。また光を"集めなくては"。」
一度穴を満たした光を引き上げ部屋へ戻っていくウツロを背に、穴へ飛び込む一つの黒い影。
「血の匂いはこの奥からするな⋯。」
その影は四足歩行の姿勢をとり、一目散に横穴の中へと駆けていった。
◆
『神隠しの間』
そこは入り口の引き戸からは想像も出来ないほど広い部屋。部屋全体が眩く照らされており、むしろ明るすぎて"何も見えない"。
だが、中央には炎が灯った台座があり、その周囲だけは何故か薄暗くなっている。
ウツロは広間の奥にある座椅子に腰掛け、目の周りに光を集める。
「改めて村全体に光を満たさなくては⋯。」
村に光が満たしていないと、襲撃や逃亡、不審な動きに気づけない。
「へぇ〜、そんな感じで光を繋いで監視するんだな!」
突然正面から聞こえる声。
ウツロはビクリと体を起こし、自らの視力に頼る。
神隠しの間の入口。
そこには一人の男が立っている。雑に伸ばした金髪。目つきの悪さと対照的に、白い歯を見せる薄い笑い方。
「く、クラッシャー!?」
「そろそろ、終わらせに来たぜ。」
そう言ってクラッシャーは笑いながら近づいてくる。
(どいうことだ⋯!?アイツはもうやられたのか?)
「あれこれ考えないで、正々堂々タイマンといこうぜ!」
クラッシャーは突然ギアを上げ駆け寄ってくる。
咄嗟に指が動く。
指先の一点に、部屋に充満させておいた光が集中する。
収束。
圧縮。
光が集まった指先は、やがて黒点へと収束する。
「ち、散れ!!」
爆ぜた。
轟音。
土壁が吹き飛ぶ。
閃光の通った焦げ跡には、何も無い。すると座椅子の背後から声がする。
「こっちだよ!」
クラッシャーがウツロの襟を掴み、投げた。
「ぐぅっ……!」
「へぇ〜、なかなか"便利だなこの力"。」
独りで自分の手をまじまじと見つめ呟く金髪の男。その姿に、なぜか見覚えがある。
「貴様⋯何者だ?」
「なんなんだよさっきから。誰だの何だの。"名前"なんかどーだっていいだろ?」
「部下に助けてもらわなきゃ、司祭様ってのもこんなもんか。」
「⋯なんだと?」
「その程度の力で、偉そうに救済だなんてよく言えたもんだな!」
クラッシャーは投げられ倒れるウツロに向かって拳を振り上げる。
そのとき、ウツロの体が漆黒に染まった。
その姿を見て、咄嗟に拳を止め下がるクラッシャー。
「よく、止めたな。やはり私と戦ったことがあるのか⋯?」
全身が黒く染まり、もはやシルエット以外のパーツを認識できない人影。
「ようやくやる気になったか。」
「もういい⋯貴様は極刑だ!!!」
ウツロは立ち上がる。歩くたびに、社の床が一瞬で煤となる。
ウツロの視線が揺れる。
「光四刑」
光が四方へ拡散する。
それぞれの光がカーブを描きながらクラッシャーめがけて飛んでいく。
「おもしれぇ。」
クラッシャーが地面を蹴る。
ウツロめがけて、一直線に跳ぶ。
光の縄を強引に突破する。
皮膚が焼ける。
だが止まらない。
ウツロの足元へ。
「おら!堕ちろ!」
クラッシャーはウツロの足元を叩きつける。
破壊された床に穴が開く。
だがウツロは飛び上がり、屈んだ状態のクラッシャーに向けて指先を向ける。
「獣が。」
黒い指先に光が収束する。
空気がチリチリと焦げる
超至近距離の
「黒点」
クラッシャーがめがけて、光線が放たれた。
◆
「フー⋯フー。」
社地下に空いた洞穴。奥でタイガーは座り込み息を整える。
『後は俺に任せて、ここで休んでな。タイミングが来たら、社から抜け出してパンサーとチーターを拾って逃げろ。』
クラッシャーはそう言って光の中に消えていった。
タイミング。
(社に来る前に、クラッシャーと話していた作戦通りであれば、もうすぐ⋯)
そのとき、闇の中で二つの眼光が一瞬だけ明滅した。
「ォルァア!!!」
何者かの攻撃。
咄嗟に転がり避けるタイガー。
「グッ⋯誰だ!」
「誰だって?随分じゃねえかよ。」
少し休んだおかげで、夜目が効いてきたタイガーの眼に、ようやくその姿が見えてくる。
「お、オマエは⋯!」
「ジャガー⋯!!?」
その男は、ジャガー。
Zooの元四天王であり、数多の派閥より"最強の牙"と恐れられた、タイガーの仲間であった。
◆
闇の中。
乾いた土の匂い。
かすかに残る血の匂い。
タイガーはゆっくりと立ち上がる。
「……ジャガー。」
低い声。
対する影が一歩、前に出る。
筋肉の線が浮かび上がる。
鋭い目。
低く構えた姿勢。
「久しぶりだな、タイガー。」
その声音に、かつての面影はある。
だが温度が違う。
「生きていたんだな。」
「勝手に殺すんじゃねえよ。」
ジャガーが鼻で笑う。
「逃げ切れなかったのか?」
「逃げ切れなかっただと?
俺は、そもそも逃げてねえ。」
「なんだと……?」
「一度撤退はしたが、すぐに戻ったさ。そしてウツロ様についた。」
静寂。
土が崩れる音。
「チーターの野郎、戻ってきた俺を見て、かばおうとしやがってよ。」
「俺の"牙"で、背中から喰らいついてやったよ!」
ジャガーの目が細まる。大きく口を開け、自慢の牙を見せる。
「オマエが⋯チーターを」
「あ、裏切り者とか言うのはやめてくれよ?俺は、強い方についただけだからな!」
その一言で、空気が変わる。
「……ウツロに従ってるのか。」
「従った?そらまた違うな。」
四足の姿勢に沈む。
「ウツロ様すら、利用してるだけだ。」
次の瞬間。
激しい風圧。
タイガーの腹部に衝撃が走る。
巨体が土壁に叩きつけられる。
「ぐっ……!」
「相変わらず遅ぇな、タイガー!」
追撃。
横薙ぎ。
トドメの噛みつきだけは、間一髪腕で受ける。
皮膚が裂ける。
「チーターと違ってよぉ、俺は“自分で”動いてる。」
膝蹴り。
顎が跳ねる。
血が飛ぶ。
だがタイガーは踏み止まる。
「……お前は、そんな奴じゃなかっただろう。」
「は?」
「最強の牙は、仲間を噛まない。」
一瞬。
ジャガーの眉が動く。
だがすぐに消える。
「綺麗事だな。」
地面を蹴る。
連撃。
右、左、後ろ。
獣の間合い。
地下の狭さを最大限に使う。
タイガーは押される。
だが。
踏み込む。
「ヌォォォォ!」
頭突き。
鈍い音。
ジャガーの額から血。
距離が開く。
「……効くじゃねぇか。」
「俺は、逃げなかった。」
タイガーの呼吸が荒い。
「逃げなかっただと?お前らだって従ってただろうが!」
「それでもだ。」
虎の瞳が光る。
「俺は、背を向けない。」
マスクが現れる。
虎柄。
牙。
身体が膨れ上がる。
「久しぶりに、本気でいくぞ。」
ジャガーの口角が上がる。
「ガス欠寸前のくせに⋯。」
両者、低く構える。
地下に静寂が落ちる。
次の一撃で決まる。
地面を蹴る音が、同時に鳴った。
ドゴォォン!!
ジャガーの牙と、タイガーの爪が鈍い音を立てて衝突する。
「てめーの戦い方は知ってるぜ、タイガー!」
「それはオレのセリフだ!ジャガー!」
ジャガーの連撃。闇に乗じて右の横殴り、左足で回転蹴り、すぐにしゃがんで足払い。
タイガーは両手で頭を守る。避けずに強靭な体幹と筋肉で耐える。
「オラッ、オラ!オラオラオラ!」
ジャガーの猛攻は止まらない。裏拳、前蹴り、飛び上がって踵落とし。
タイガーは避けるでもなく、耐える。
「おせぇーんだよ!」
ジャガーが必殺の牙を剥き出しにする。生物として最強レベルの咬合力。
「死ねぇ!!」
「オマエは変わらんな。」
そのとき、タイガーは動いた。大きく開かれツッコんでくる口顎に、真下からの強烈なアッパーを食らわせる。
「ガッハァー⋯」
殴られた反動で、美しく弧を描きながら仰け反り、飛ぶジャガー。そのままタイガーはジャガーの背中をガッチリとホールドする。
「トドメとみるや自慢の噛みつき。その癖が治らん限り、オマエじゃオレには勝てん!!」
刹那。ジャガーの眼が、わずかに揺れる。
何かを言いかけようと口を開くが、言葉は出なかった。
ホールドし、自らの体重を乗せながら、地面にジャガーの脳天が突き刺さった。
「⋯10カウントは、いらんな。」
闇の中で、タイガーは呟く。
「さらばだ。⋯友よ。」




