第12話 うなされながらも生き残った。
第12話
白い小屋の中。
窓はあるが、外は見えない。障子越しの光は変わらない。
(小屋に入ってどれくらいの時間が経ったのだろうか⋯。)
その部屋には椅子が一つ。
パンサーは座って、ただ"その刻"がくるのを待つ。
窓越しには、タイガーが居る。かける言葉を見つけられず、ただ歯ぎしりをするしか無かった。
「……もう、良いんだ。」
パンサーは小さく笑う。
「えっ⋯。」
目を見開くタイガー。長く共に戦ってきた、誇り高き戦友が吐いた"諦観の言葉"。
「長く⋯。長く戦ってきた。」
「第一ラウンドでは、私は敵無しだった。」
「エリアを駆け巡り、夜影に忍び、首を見つけては裂いた。」
パンサーの言葉は、武勇のような内容だが、その言葉尻はあまりにも儚い。
「生き残ったと思った。そしたら、第ニラウンドが始まった。」
「周りは私と同じ、第一ラウンドで生き残ってきた強者たち」
「私は、狩る側から狩られる側になっていた。」
タイガーはただ黙って戦友の言葉を聞く。
「そんなとき⋯助けてくれたのがチーターだった。アイツの強さは私にとって、自由の象徴だった。」
「チーターと出会い、その後お前にも出会えた。初めて、仲間ってやつを見つけられたんだ。」
「それから仲間も増え、この村を拠点にして⋯。あと少し、あと少しで私たちはこの世界から解放されるはずだった」
「だがなぁ⋯。ウツロたちに全てを奪われた。築き上げてきたモノ⋯全て。」
「なぁ、タイガー。チーターのこと、どうか頼むな。アイツは⋯意外とおっちょこちょいなんだ。」
「パンサー⋯ッ!」
見たことのない戦友の姿。大粒の涙を流し、椅子から崩れ落ち地に伏すパンサーを、窓越しに見つめることしか出来ない。
(オレには⋯何も出来ないのか)
遠くで水車が回る音。
その音が、異様に遠い。
見張りは居ない。壁は薄く、脆い。
タイガーの力であれば、いとも容易く破壊して、パンサーをこの部屋から出すことは出来る。
ーーだが
「変な気は起こすなよ。この村は、全部あいつに見られてる。」
タイガーの気持ちを察したのか、パンサーが牽制してくる。
そうなのだ。この村に近づくモノ、起きるコト、全てをウツロは見透かしている。
原理は分からない。奴の能力も分からない。だが、奴には見えている。それだけは確かだった。
「たとえこの村から出られたとしても、"チーター"が追ってくる。」
「奴らに操られた⋯正気じゃなくなったチーター。しかしその早さは、強さは変わらない。」
タイガーは頷く。
「アイツは⋯奴らとの戦闘から変わった。目が空っぽだ。」
パンサーは目を閉じる。
「いつかきっと⋯目を覚ましてくれる。」
「そのとき、お前たちは何とかして逃げろ。アイツとお前なら、逃げられる。」
そのとき、足音が聞こえてきた。誰かが近づいてくる。恐らく、面会の終わりを告げに来たウツロの使者。
足音と共に、浄化の刻は迫ってくる。
すべてが、火へ繋がる。
白装束の男が入ってくる。
顔は布で覆われ、目元だけが見える。
同じ白装束を着せられ、ウツロの⋯白夜教の仲間になったが、誰の顔も見たことは無い。
「別れの挨拶を済ませたのか。」
淡々とした声。
タイガーが身構える。
男はゆっくりと窓に近づき、パンサーの顔を覗く。
そして。
ほんの僅かに口元を寄せ、タイガーにだけ聞こえる声で小さく囁いた。
「——俺はクラッシャーだ。」
タイガーの目が見開かれる。
「なっ⋯!?」
「静かにしろ。」
男は視線を上げずに続ける。
「もういい?違うな。」
わずかに、白い歯が覗く。
「まだ駄目だ。お前たちは、まだ"アガリ"にははええよ。」
「パンサーを逃がす、そんでウツロを⋯白夜教を叩こうぜ。」
タイガーは囁く。
「正気か?」
「さてな。少なくとも狂気ではある。」
タイガーの喉が鳴る。
「だがどうする気だ?
やつには全て……」
「見られてる。だろ?」
クラッシャーの顔にかかった布が僅かに揺れる。笑っているのが、微かに見えた。
「見られてるなら、見せてやりゃいい。」
クラッシャーは振り返る。
「火遊びの末路ってやつをな。」
白い世界に、初めて黒い火種が落ちた。
◆
——暗闇。
だが、冷たくはない。
足元には、光の線が走っている。無数に。縦に、横に、絡み合うように。
絡み合いねじり合い、一本の線となる。そしてまたその線は走っていき、他の線とぶつかりねじり合う。
ときおり、線は止まって消える。
そしてまた弾けて線が生まれる。
キーパーは俯瞰してその様を見つめている。
(……ここは?)
遠くで、何かが崩れる音。何かが増殖する音。
それは警告音のようであり、オルゴールの音色のようでもある。
無数の白い光線の中、たった一つの赤い光線が生まれる。
(あれはリセット⋯。え?)
まるで習慣のように、無意識に「リセット」と心の中で呟いたことに、自分で驚く。
——修復、構築、そしてリセット。
いくつかの言葉が、頭の奥に浮かぶ。
誰かが言ったのか。 自分が言ったのか。
分からない。
足元の光が一部、黒く染まっていく。 そこから、枝のような影が広がる。
——侵入⋯いや侵食?
違う。それはもっと、無機質な単語。
——不具合。
キーパーの足が、自然と動く。
黒く染まった箇所へと歩み寄る。 触れようと手を伸ばす。
その瞬間。
光が彼の手に集まり、黒を押し返す。
まるで—— それが当然の役目であるかのように。
(……俺は、何を——)
視界が揺らぐ。
遠くに、扉が見える。
巨大な扉。 その向こうには、さらにまばゆい光。
扉の前に、誰かが立っている。
顔は見えない。
だが、その存在はどこか“上位者”の気配をまとっている。
声が響く。
——管理を怠るな。
——均衡を保て。
——感情を持つな。
『そして魂を⋯導け。』
胸が締めつけられる。
光の線の一本が、ふと温かく感じた。
それは⋯"誰か"のシルエット
キーパーの手が、わずかに震える。
——逸脱は許されない。
その瞬間。
光が乱れた。
線が絡まり、崩れ、黒が広がる。
警告音。
赤い光。
無数の表示。
——管理者エラー。
——権限異常。
——同期率低下。
(違う……俺は……)
何かを思い出しかける。
だが。
視界が、白に塗り潰された。
「……っ!」
キーパーの体が跳ねる。
荒い呼吸。額に汗。気持ちの悪い感覚。
しかし右手だけは、強く握られた柔らかな温もり。
「キーパー……!」
ガンナーの声。
光は、いつもの“朝”の光。
だが。
キーパーの瞳の奥に、ほんの一瞬だけ、あの光の線が見えた気がした。
「……俺は……」
言葉にならない。
ただ、胸の奥に確かな違和感だけが残る。
この世界は、戦場ではない。
——もっと別の“何か”。
だが、その答えにはまだ届かない。
窓の外で、水車が回る音がする。
一定のリズム。
止まらない。
まるでこの世界のように。
「無事で⋯よかっだ。」
涙と鼻水で濡れた顔。こんな表情のガンナーを、初めてみた。
(いや、俺のことを心配してくれたんだな。)
とにかく⋯起きて一発目はガンナーをなだめることから始めたキーパーであった。




