第10話 狂気の中でも、生き残った。
第10話
社は、村の中央よりわずかに高い場所に建っていた。
石段は磨かれ、苔一つない。
木造の建物は古いが、朽ちていない。むしろ不自然なほど整っている。
両開きの扉が開く。
(外から見るより広いな⋯)
中央には炉。青い炎が静かに揺れている。
陽炎の奥で人影が揺れる。
「ようこそいらっしゃいました。」
声は柔らかい。
奥に立つ人物。 白い長衣には似合わない、金に輝くスカーフを首に垂らしている。
鋭い眼光の下で張り付けたような笑顔が不快さを助長する。
「どうも。司祭を担わせていただいております。ウツロと申します。」
キーパーが一歩進む。
「まず聞かせてくれ。
俺たちが来ると、なぜ分かっていた?」
司祭は迷わず答える。
「答えを探し、迷える者は、誰しも光に向かうからです。」
「随分と抽象的だな〜」
クラッシャーがわざとらしく大きな声で煽るが、司祭は気にも介さず続ける。
「あなた方は“答え”を探しているのでしょう?」
4人の空気が張りつめていく。クラッシャーだけは、いじけた顔をつくってふざけていた。
「"アンサー"を知っているのですか?」
「ええ。彼は神の代弁者ですから。」
シーカーが身を乗り出す。
「どこで?」
「さて⋯随分と昔のことですから。」
司祭は姿勢を崩さずにゆっくりと近寄ってくる。
「逆に問いますが、あなたがたは彼に会って、何を知りたいというのですか?」
「それは⋯シン化についてです。
僕たちは強くなりたいんです。僕たちが⋯仲間と生き残るために」
司祭は炉の火に視線を移し、静かに笑った。
「強く⋯ふふふ。やはり迷える者ですね。」
クラッシャーが鼻で笑う。
「なにがおかしいんだ?」
司祭は静かに語りだす。
「この世界で強くなったとて無駄です。」
少しずつ、身振りが大きくなる。
「あなた方にとってはこの世界はコロシアイ、生き残りをかけた世界かもしれません。」
表情が崩れ、声が大きく、けたたましくなっていく。
「しかァし!!この世界は神の創り出した無限世界!!」
そして司祭は両手を天に掲げ叫ぶ
「終わりなど⋯ン無いィ!!」
沈黙。
ハンマーは青ざめ、シーカーは困惑し、ガンナーは真顔で、キーパーは頭を抱えた。
クラッシャーだけは、ニヤニヤと白い歯を見せ笑っていた。
司祭はスッと表情を戻し、また薄い微笑みを造り語る。
「いくら生き残ろうが、死ぬまで続く、"死んでも続く"。」
ガンナーが低く呟く。
「……死んでも、続くだと?」
「えぇ。この世界は魂の処理場ですので。」
「魂の⋯」
「処理場??」
「失礼。強くなりたいのでしたね。それでは一つ問いましょう。」
「あなた方は、自らの名前を覚えていますか?」
「⋯名前?」
「そんなの⋯私は"ハンマー"だよ。」
「ふ、ふふ。なんと哀れ。なんと惨め。自らの"名"も忘れた武士たち。」
「何を⋯ッ゙!?」
キーパーが問いかけようとした瞬間、激しい頭痛に襲われる。
見たことのない景色。聞いたことのない声。味わったことのない匂い。出会ったことのない⋯人の顔がノイズ混じりに生まれては消えていく。
「キーパー!?」
「大丈夫ですか!?」
ハンマーとシーカーが駆け寄る。ガンナーは、焦点の合わない目で虚空を見つめている。
「魂の記憶すら忘れた抜け殻よ。その形代で戦い続けるしか能のない獣たちよ。」
また、司祭が話し始める。
「ここで戦い続ける。」「己を削り、削り、削り尽くす。」
キーパーは反応しない。
ガンナーはもはや声が届いていない。
シーカーとハンマーは狼狽えている。
司祭は続ける。
「永遠の戦場であり」 「ヴァルハラ。」「あるいは地獄。」
そのとき
クラッシャーが笑う。
「くだらねえ〜。ただの妄想野郎かよ。」
司祭が、声を止める。
クラッシャーを見つめる。いや、睨みつける。
「断言してやるよ。お前の信じる神なんていねぇ。」
「いいえ。います。」
司祭は即答する。
「私は神を崇拝しているだけでは無い。」
「神の声を聞いたのです!」
「んじゃ、その神とやらはどこにいるってんだ?」
「この世界の外です。」「馬鹿げてんな。」
クラッシャーは一蹴する。
「ふ、ふふ。まぁ、いいでしょう。せっかく答えを教えてあげたというのに⋯。」
司祭は自らを律するように胸に手を当て、深く息を吸う。
「まぁ、いいのです。そんな獣の魂を浄化してあげることこそ、私の使命。」
「あいにく、アンサーはいませんが、強くなりたいのであればこの村に少し滞在してみてはいかがですか?」
「そこの2人も、少し休んだほうが良い。」
司祭はキーパーとガンナーを指さし、微笑む。
「ちょうど最近空いた部屋があります。案内させましょう。」
司祭が手を鳴らす。
脇の引き戸が開かれ、寅面をした者と、猫面をした者が入ってくる。二人とも、肩周りに赤い紐を付けている。
「お客人を部屋へ案内してください。」
面の者たちは一言も話さない。ただ、静かに歩み寄り入ってきた扉の方へ手を向ける。
「とりあえず、行きましょう。キーパーさんも、ガンナーさんも休ませたほうがいいと思います。」
「わ、わかった!ガンナー、肩を持つよ。」
シーカーがキーパーの手を引き、ハンマーがガンナーを支えて案内されるままに部屋を出る。
クラッシャーは司祭の方を一瞥して、誰にも見られることなく笑った。
◆
案内されるがまま社を出ると、光がやけに強く感じられた。
先導する寅面と猫面は無言のまま歩く。一切の足音も無く、目の前にいるのに気を抜くと意識から外れそうな存在感。
本当にそこに存在しているのかも怪しいほど。
「……なあ。」
クラッシャーが唐突に口を開く。
二人は反応しない。
「お前、“パンサー”だろ。」
その瞬間。
猫面の歩幅が、わずかに乱れた。
「そんでお前は"タイガー"だな?」
寅面の肩が一瞬だけ強張る。
ほんの一拍。
だが、見逃さない。
クラッシャーの口角が上がる。
「図星かァ。わかりやすいお面被りやがって」
「…何のことだか⋯。」
寅面が初めて声を出す。
低く、抑えた声。
「誤魔化しかたが下手だなぁ!
⋯とぼけんなよ。」
クラッシャーは歩幅を合わせ、横に並ぶ。
「立ち方。足運び。重心の落とし方。
⋯何よりその気配の消し方。」
ちらりと腰元を見る。
「見たことあるぜ。
Zooとは一度やりあったこともある。」
猫面が初めて口を開く。意外にも、澄んだ可愛らしい声。
「勝手な私語は謹んだ方が良いかと⋯。」
「へぇ。」
クラッシャーは鼻で笑う。
「あんなに自由を謳ってた奴らが、今じゃ飼猫か。傑作だな!」
沈黙。
「"チーター"の野郎も首輪して、喉でも鳴らしてんのか?」
クラッシャーが嘲るように言い放ったその刹那。
パンサーの眼光が光る。鋭い爪がクラッシャーの喉元を裂かんと振り下ろされーー
タイガーがパンサーの右上腕を掴み制止した。
「なんだよ。別に身体の自由が利かねえってわけじゃ無さそうだな。」
クラッシャーは白い歯を見せ笑う。
タイガーは静かに、しかし先ほどより低い声で呟く。
「オレはお前のことなど知らんが⋯兄貴のことを知ってるのなら"それなり"の者なのだろうな。」
「へへへ。なんだよ。冷静ぶってるけど、抑えきれてねえぞ。」
「殺意の目だ。」
「やり合ってもいいぜ。ルールを破ることになるんだろうけどな。」
寅面が止まる。
ゆっくりと振り返る。
「……あなたも、同じ目をしていますよ。」
一瞬、空気が冷える。
クラッシャーは笑うだけで、何も言わなかった。
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