第9話 光満ちた世界で、生き残った。
第9話
森を抜けてからは、しばらく誰も口を開かなかった。
背後では、濃霧がゆっくりと閉じていく。まるで何事もなかったかのように。
前方は、光。
森の外は、明らかに空気が違っていた。 闇も霧もなく、視界が広がる。遠くの丘陵地帯が淡く照らされている。
朝だ。
いや――ずっと朝のような光だ。
「……これが、サンライズヴィレッジエリアか。」
キーパーが小さく呟く。
だが、その光の中に立つ五人の空気は重い。
ガンナーは、キーパーのすぐ隣を歩いていた。 それも、今までより明らかに近い距離で。
「キーパー⋯傷はどうだ?」
「浅い。問題ない。」
「痛みは?」
「無いよ。さっきも言ったが、皆が行ったあと、蔦や花は襲ってこなくなったからな。」
森でキーパーが残ったあと。
駆けていく4人を追いかけるように根が伸びていった。
キーパーは何本かの蔦や根を抑え込んでいたが、しばらくすると何事もなかったように森は静かになった。
そう言って何度も説明しているが、ガンナーの視線は離れない。
キーパーが歩けば歩く。 立ち止まれば止まる。
半歩遅れて、常に射線に入れる位置を取っている。
まるで、もう二度と離れまいとするかのように。
クラッシャーがそれを横目で見る。
「……随分と過保護なことで。」
軽い口調。 だが、どこか棘が混じる。
ガンナーは即座に反応した。
「黙れ。」
「怖っ。」
「お前の"役割"は前方注視だ。こちらに振り向くな。」
空気が張り詰める。
ハンマーが慌てて間に入る。 「まぁまぁまぁ!みんな無事に抜けられたんだからさ!」
「そ、そうですよ!ははは」
シーカーもハンマーに同調する。しかしガンナーとクラッシャーはお互いに牽制し合ったまま。
「結局、俺の言った通りだったじゃねえか。」
「結果論だな。」
「事実だろ。」
クラッシャーは肩をすくめるだけだった。
耐えきれなくなって口を挟む。
「二人とも落ち着け。」
「俺は落ち着いてるさ。ただコイツがいつまでもネチネチとよぉ⋯。あんま粘着質だとキーパーに嫌われんぞ⋯ボソッ」
「⋯もういい。お前はコロス。」
ガンナーの声は低い。
「ま、まあまあ⋯!」
「なんだ?仲間を大切にしたいんじゃねえのか?」
「ちょ、二人とも一旦止まってください⋯!」
「何度も言っているが、貴様を仲間だと思ったことは無い。」
「お ち つ け !!」
キーパーのカミナリが落ちる。
「クラッシャー、あまり煽るな。」
クラッシャーは苦虫を潰したような顔をして「あいよ。」とだけ答える。
「そしてガンナー。」
「む。」
「俺は、信じられている方が動きやすい。」
その一言に、ガンナーの足が止まる。キーパーも合わせて立ち止まり、ガンナー正面に立つ。
「クラッシャーの言うとおり、耐えることが俺の役割だ。時には見捨ててもらったほうが助かることもある。」
ガンナーは少し不服そうな顔をしながら、無意識にキーパーの袖を掴んでいる。
そんなガンナーの目を、キーパーは真っ直ぐと見つめる。
「ガンナー。約束しよう。俺は死なない。どんな敵だろうと、"必ず生き残る"。」
ガンナーは、目を見開き袖から手を離す。
「ま、ガンナーの援護射撃に守られるのも、なかなか悪くないけどな。」
小さく笑う。
ガンナーは、小さく頷いた。
「俺は、“耐える者”だ。」
「……分かった。」
そしてまた、5人は歩き出す。
ガンナーは納得したのか、随分と晴れやかな表情をしていた。
だが、キーパーとの距離は離れない。
ガンナーは銃を片手で持ちながら、いつでもキーパーの袖を掴める位置にいる。
「へぇ⋯。」
それを見てクラッシャーは薄く笑う。
その視線の奥にあるものは、誰にも読めない。
そして、遠くの丘の向こうから、まるで常に漂い続けているかのような光が、五人を照らしていた。
◆
ススキの生い茂る丘を越えた先に、それはあった。
『サンライズヴィレッジ』
眩しい。
思わず目を細めるほどの光が、村全体を包んでいる。
空は雲ひとつない。 だが太陽は見えない。それでも影は薄く、常に朝焼けのような淡い黄金色が地面を染めている。
「……本当に、朝みたいだね。」
ハンマーが呟く。
村は素朴な様相だった。
石と木で組まれた家々に、茅葺き屋根。舗装されていない土の道。井戸と、水車。
電飾もネオンもない。
ナイトタウンとはまるで別世界だ。
「なんだか、つまんなそうな村だな。発展してねーつーか。」
クラッシャーの言葉を聞きながら、シーカーは辺りを観察している。
「いや、意図的にそうしているのかもしれない。」
畑がある。 作物が風に揺れている。村の奥では野焼きが行われているのか、濃い煙がモクモクと空を昇っていた。
暫く歩くと、村の入口らしき門が見えてくる。門と言っても、サンセットタウンにあったような立派な門ではない。
村全体を囲む、木で出来た低い柵。その柵の中間に、薄っぺらい引き戸があるだけ。
そしてその戸の前に、誰かが立っている。
狐のお面。白い装束。紅い紐が、右肩周りにくくられている。
「ようこそ、サンライズヴィレッジへ。」
丁寧にお辞儀をする狐の面。
その目の穴は、底知れない闇のように真っ黒だった。
お辞儀をされ、反射的にキーパーとハンマーはぺこりと頭を下げる。
「皆様がお越しになるのを、司祭様は楽しみにされています。どうぞ、中へ。」
そう言って、門戸を開き中へ招く。
「なぜ⋯僕たちが来ることを知っていたんだ?」
シーカーはボソリと呟く。恐らく、全員が同じ疑問を抱いているのだろう。
招かれているが、誰も一歩目を踏み出さない。
「⋯入られないので?」
尋ねられる。そのときキーパーがまず歩き出した。
「虎子を得るには、虎穴に入らないとな。」
キーパーが行くならと、ガンナーが小走りで着いていく。そのまま全員歩き出す。
(だ、大丈夫なのかな⋯。)
ハンマーの背中を冷や汗が滴る。全身に走る悪寒を隠す気もないまま、村の門戸をくぐった。
◆『第二章 白夜誅戮編』◆
村に入ると、より異様な光景が広がっていた。門戸から奥の社まで進む真っ直ぐな一本道。
その道の両側に人が等間隔に並び、花道を作っている。
全員が、白い装束を身にまとっていた。
ゆったりとした長衣。装飾は無い。武器も見えない。
男女の区別も年齢も曖昧に見える。 各々が動物を模した面を被り、髪も襟の奥へと隠している。
「……」
キーパーは足を止めた。
並んでいる人々は、一切こっちを見ない。ただ正面に立つ者と向き合い、微動だにしない。
だが、敵意は感じない。警戒もない。
「ようこそ。」
言葉を発しながら歩み寄ってくる影。
やはり白装束で、虎の面を被っている。そして門戸に居た者と同じく、紅い紐を肩に回している。
「司祭様はこの奥です。どうぞ、こちらへ。」
その声は静かで、感情の起伏がほとんどない。
その者は奥の社に向かって歩きながら、手を振り村を紹介する。
「ここは、サンライズヴィレッジです。」
「……知ってるよ。」
クラッシャーがぼそりと言う。
男は微笑を崩さない。
「ここでは、勝手な争いは禁止しております。」
ガンナーに一瞬目を配る虎面。
「……この村を仕切っているのは、その司祭という者ですか?」
シーカーが尋ねる。
「いいえ。神です。」
虎面は一度も振り返らずに即答する。
「掲示板はどこにある?」
虎面は、ゆっくりと首を傾げた。
「そのようなものは、ここにはありません。」
一瞬、五人の空気が止まる。
「……無いの?」
ハンマーが目を丸くする。
「我々は、競いません。」
男は穏やかに言う。
「スコアやランクなど、神の掌の上ですから。」
ーー神の掌の上。
(司祭という者と別に、神と呼ばれる者がこの村にいるのか?)
「……俺達が来ることを知っていたそうだな。」
キーパーが男に向き直る。
「俺たちは"アンサー"と呼ばれる男について知りたい。ここに手がかりがあると聞いた。」
男は静かに頷く。
「"答え"であれば司祭様が知っています。」
そして、付け加えた。
「司祭様も喜んでおられる。迷える者を、また救えることを」
その言葉に、風が止んだように感じた。
救い。
歩くたびに、光が濃くなっていく。そう錯覚する。
もう、社は目の前。
影の無い、世界へ。
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